ぽっくり下駄の音がカランコロンカランコロンうるさい。

花街に入ったあたりからずっと背後で鳴っていたその音は、裏路地に入ってもなお続いていた。オイオイ、尾行すんならちったァ隠れたらどうなんだ、え? 呆れながらも振り返ったさきに、なつかしいおんながいた。

「阿伏兎さん」
「お前さん、……」

派手な着物に前結びの帯、ざっくり結い上げた黒髪と色とりどりの簪――さながら遊女のような出で立ちに、俺は言葉を失った。おんなは、いや、まだ少女というほうが近いはずだが、そいつはそんな俺の様子をみてくすくすわらっている。

「こりゃ驚いたな。遊女にでもなったのか?」
「冗談、くだんないです、阿伏兎さぁん。身体売るぐらいなら強盗にでもなります」
「……そうだな、おまえは、そういう奴だった」
「変わってないでしょう私」

変わったよ。おまえはそんな嫌なわらい方をしなかったろ? 

「まぁ、あながち間違いじゃあないですね。お金稼ぐための、いわば仕事着ですから、この格好」
「仕事着?」
「はい。ご存知ですか?」

ツツモタセ。紅を差したくちびるがそう発音した。どうやら地球でもろくなことをしていないらしい、この、元部下は。
で、何の用だ? 俺が問おうとするのと、おんなが後ろ手に持っていた傘を振りかざして飛び掛ってくるのとは、ほぼ同時だった。

受け止めた傘越しにおんなの目を見ると、あぁ。獣の目をしている。こういうところは変わっちゃいねぇらしい。

「ころしたいと思うのと」
「性的欲求は、一緒なんです」
「私の場合」
「阿伏兎さんに対しては」

第七師団を抜けた日、初めて俺に傘を向けたこいつの言葉が、気味悪いぐらい鮮明にリフレインした。

どうしたもんかな、と思う。こいつは一応夜兎の端くれだし、なにより俺はさっさと船に戻って色々と報告せにゃならんのだ。こんな所でやりあっている暇は、ない。
ぎりぎりとおんなが押し付けてくる傘を受け止めながら、その白粉の塗られた首筋に、目をやる。一撃。出来るだけ重いのを正確に叩き込めば、気を失わせるぐらい、できるか。正直、俺に向かってくるこいつには、隙がありすぎる。


聞きなれた物々しい音とともに頭上がふっと翳ったのは、そのときだった。


余念なく傘に力を込めながら、空を仰ぐ。巨大な鉄の塊、――表面に刻まれているのは、見慣れたマーク。

「参ったな、こりゃ。お迎えがきちまったよ」

手加減している余裕がなくなった。そう続けると、おんなは熱っぽい目でじっとこちらを見上げた。

「本望です阿伏兎さん。だって、ころしたいと思うのと性的欲求は一緒ですから」
「……そういうことにしといてやるよ」

足払いをかけ、それを避けるときの一瞬の隙を突いて傘を弾き飛ばし、低く腰を落としておんなのわき腹を一息に突いた。ずぶ、と深く沈みこんだ傘の先端はおんなの細っこい身体を貫通して、真っ赤な血がするどく吹き出す。すばやく傘を引き抜こうとすると、おんなは俺の手に両手を添えてそれを阻止した。
口からも血を吐きながら、そいつは最期に、乾いた声でわらった。




「 くだんない 」




――なァ、団長、頼みがあるんだ。このままじゃ俺は、崩れていくこいつを抱きとめてやることも出来やしないよ。



僕の左腕を返してください
//2010.11.11 title:レイラの初恋
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -