「ごめんね」

傾いた茜色の日差しはすでに鳴りを潜め、等間隔に並んだ硝子窓の向こうにはまろやかな藍色が広がっている。まばらに散る白い星々は、風が吹けば攫われてしまいそうなほどに小さい。

街の明かりをすべて消したら。あの空に浮かんでいる星たちはどのくらいみえるのだろう?

「あたし桂くんのこと好きだった。おしゃべりしながら手ぇつないで帰るの、好きだったよ」

目の前の彼女は滔々と語る。よく喋る口だな。
なぁ、なぜ、全部過去形なんだ?

「一緒にいると安心した……抱きしめてもらうの、好きだったよ。でも、」

大きな瞳に影が揺らぐ。まっすぐに此方を見つめてくる泣きそうな顔、(泣きたいのはこっちだ)

スカーフの取り払われたセーラー服、そのしたにひそめた体。最初にそれをみたのは保健室のベッドの上だった。体調が悪くて立ち寄った5限目の授業中、カーテンで仕切られた奥のベッドで。あられもない姿をした彼女は眠っていて、首筋には幾つものあかが忌々しく散っていた。

ともに学級委員をつとめる、真面目でごく普通のクラスメイトだと思っていた彼女。思いがけないことに激しく動揺していた俺は、ふと気がついたのだ。俺と入れ違いに保健室から出てきたのは、誰だったか。

セーラー服に黒髪が純真さを表すとしたら、彼女はとんでもない詐欺師だ。 

「抱きしめてもらいたいのは桂くんだけど、キスしてほしいのは先生なの」

そうしてこれが、俺の初恋だった。



彼女が出て行った教室は、孤独感もあいまっていよいよ暗い。
いつもならとっくに帰宅している時間だ、親が心配しているかもしれない。携帯の着信を確認しようとポケットに手を突っ込むと、堅いなにかに手が触れた。取り出すとそれは煙草だった。以前高杉にもらった(というか、没収した)ものだ。

窓の向こうで星が一つ流れた。銀色の閃光がちろりと尾を引いてひどく忌々しい。同じく高杉から没収したライターを取り出して、俺は煙草に火をつけた。







//2010.10.9
同タイトルで桂(が先生)連載も考えてるんですが。
ちなみに微妙に「逃避行」と同設定なようなそうじゃないような

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