抜け出せない。手をとらえられたままもがいて、吐き気がするほど濃密な闇の中。いつまでもいつまでも、抜け出せない。彼があたしを引き留める、その声で、手で、体で。
無駄としりながらあたしはもがく。もがく、もがく、そして最後にはいつも。
「待ってよ」
身を起こして出ていこうとした瞬間に、手首を掴まれた。
くっと込められた力にいとも簡単に引き寄せられ、再び倒れ込んだ先は布団の上。
退くんはあたしの手首を握りしめたまま、半身を起こしてこちらを見下ろした。
「なに、」
彼の瞳には感情がみえない。
「離してよ、もう戻る」
「戻るってどこに、」
「…部屋」
「誰の?副長?」
「…っ、あたしの!」
馬鹿言わないで、そう言って暴れれば手首を掴む力がとんでもなく強くなった。
「痛い痛い痛い」
「あぁごめん」
なんとも思っていなさそうな声音、しかし退くんは手を離した。解放された手首に、疼くような痛みが残る。顔をしかめれば退くんはわらう。細められたその瞳に、ようやく感情を見いだす。かなしい。
無理やり引き留めたくせに退くんはさっと立ち上がった。あたしが起き上がるのを目線で制して、彼は軽く伸びをする。白いワイシャツはぐちゃぐちゃに皺になっている。
「行くの?」
「監察の仕事は深夜が多いんだ、知ってるでしょ」
「じゃああたし帰っていい」
「それは駄目。僕が戻ってくるまでそこにいて」
彼は床に放り出されている隊服を拾いあげ、くるりと背を向けた。
襖が開かれ、月明かりが差し込んでくる。退くんは最後に横目でこっちを見た。
照らし出された横顔、その目元でなにかがちらりと光ったのを見て、声をかけずにいられる訳がなくて。
「退くん、さびしいならちゃんと口で言って」
「なにそれ同情?」
襖が閉められた。
去っていく足音が途絶え、ひとりきりの夜に静寂が降ってくる。
あまやかな宵闇、未だ生温い布団、ぜんぶぜんぶ幻のよう。まるで現実味のないせかい、退くんの部屋。
肌に触れる空気が甘い。甘ったるいよ、退くん。
//2010.09.23
あたしが書く山崎ってどうしていつもこうなんですかね。