(士道不覚悟で切腹だ。そこになおれ、俺が、――)   

半分本気半分冗談で、副長が繰り返していた言葉が今、無性に恋しくなった。
ただ足枷となるだけのどうしようもない感情を揉み消して、兎にも角にもあたしは走った。走って、走って、泣いた。涙は向かい風を受けてまなじりから零れ、後方に飛び散る。


何ゆえこんなことになったのか依然として見当もつかない。ただ、あたしは一応真選組の端くれで、それから、街で見かけた、凛とした立ち姿の男の人と恋をしただけ。

なにはともあれ、あたしは何かとんでもない過ちを犯しつつある、それだけは確かだ。
なんかもう、ここのところ毎日いっぱいいっぱいで、士道に反してるのはわかってるけども、とりあえず逃げた。現実から。もっとわかりやすくいうと真選組から。



人気のない道を選んで逃げていたはずなのに、いつのまにか辺りは騒がしくなっていた。けばけばしいネオンと行き交う男女、繁華街。かぶき町という街の名前と、問題ごとばかり起きる街だから注意が必要なのだと、教えてくれたのは副長。

情けなく乱れた呼吸を落ち着けようと、足をとめた。体力的にも限界が来ている。そこでふと、気がついた。


(指名手配犯への特別な感情なんて、蓋をしてしまえば?)
すでに犯してしまった過ちなんて、いくつかの逢瀬程度のほんのささいなもので。しようと思えばいくらでも言い訳できる。


いいんじゃないの?

――いいわけねーわ。

未練たらたらの自分にため息をついた瞬間、背後から騒がしい足音がした。複数、それも走ってる。聞きなれているからわかる、みんなだ。どうする? どうやって、逃げ、


「っ、」


するりと視界を横切った黒髪があたしのすべての思考をとめた。
袈裟姿で深く笠を被ったその髪の持ち主は、横目でちらりとこちらをみた。その視線がなにを意味しているかあたしにはさっぱりわからなくて、だからとりあえず、都合のいい解釈をした。(今行きます)


「!」
「志乃、」


駆け出したあたしの目の前の路地から、急に男が現れた。勢いのついた足は反応できず、横に伸ばされた腕にぶつかり、そのまま引き寄せるようにとらえられる。
黒い制服の両腕の中、顔をあげれば、なんだか複雑な表情をした副長がいた。そんな目でみられると、抵抗する気を失ってしまう。
――あーあ、なんだかんだ、あなたには敵わない。その顔は、卑怯だ。

ねぇ副長、腹を切る覚悟はできてるよ。女だけれど武士だもの。



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(言っておくが逃がさねェぞ)

//2010.9.18
ほんのり土方→ヒロイン風味
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