欲望のままに齧らせて






ケーキバースパロ

おかしい、と感じたのは少し前からだ。何がおかしいのかというと、俺の味覚の話だ。

少し昼を過ぎた頃、ダンスの練習を中断し、昼食を摂ろうということになった。スタッフさん達が大量に買い込んできた菓子類やジュース、チキン、弁当、エトセトラ。そのどれもが美味しそうであるはずなのに、俺はその食べ物たちを手放しで歓迎することはできなかった。午前中はずっと振付を考えたり通しで合わせたりなどしており勿論空腹状態である。そりゃあ美味しいものが食べたいに決まっている、にも関わらずだ。

汗臭さを掻き消すようないい匂いはしっかり鼻に届いている。俺の隣に座ったテヒョンイヒョンも嬉しそうに弁当の蓋を開けて、大きな口を開けてもしゃもしゃ食べ始めた。他のヒョンたちもニコニコと嬉しそうに食べ物に手を伸ばしていき、あっという間に俺だけが何も手をつけていない状態になる。慌てて箸を割って弁当に手をつける。けれど、砂でも噛んだような感覚にやっぱりか、と俺は肩を落とした。味が、無いのだ。いや、味を俺だけが感じられていない。何を食べても同じ。匂いは感じられるのに、舌にのせた食べ物たちは感触だけを伝えて、肝心の味を教えてくれなくなった。

「ジョングガ?どうしたの?」

ふと箸を止めたテヒョンイヒョンが俺の顔を覗き込む。ヒョンは俺のように味がしないなんてことはないらしく、普段通りだ。俺は味がしないから食べたくないとは言い出せず、どうもしませんと返事をして無理矢理口の中に弁当の具を詰め込んだ。粘土でも詰めているようで、気分が悪い。

ここ最近ずっとそんな調子だった。ストレスが原因でそういった症状が出ることもあるようだったけれど、俺自身に変わったところや強くストレスを感じているところなんて特にない。もうアイドルをし続けて何年も経とうというのに今更ストレスで身体を壊すようなヤワな作りはしていない。毎日元気に筋トレをして順調に筋肉という名の鎧をつけ、ヒョン達に恐れられる黄金マンネである。それなのに食事が満足に楽しめないとなると本当に困る。今は無理矢理詰め込んではいるが、食事という名の作業でしかない。他のヒョンたちが美味しそうに食事を摂るのを恨めしげに見遣るが、それを相談すると大騒ぎされそうで、気が引けたのだった。


「じょーんぐが」

夜、苦痛と化した食事を済ませ風呂に入り、あとは寝るだけというところで部屋の扉がノックされた。相手が顔を出すよりも早くその特徴的な声でテヒョンイヒョンだと分かった。きっと映画を観ようとか新曲いいのがあるから聴こうとか、そんなお誘いだろう。テヒョンイヒョンとは趣味が合う。俺より映画に凝っているヒョンは、俺が今まで見たことの無いようなお洒落な雰囲気の映画を沢山知っている。俺はヒョンと映画を共有するまではアクション系の映画しか見たことがなかったし、ゆったりとした雰囲気の映画は眠くなるからあまり見たいと思わなかった。けれど、ヒョンが勧めてくれるものは、派手なアクションシーンがなくても面白くて退屈しない。音楽も、元々俺が聴いているものとはジャンルが違うけれど、聴いてみると胸にぽつんと落ちるかのような繊細なメロディが案外良く感じたりする。だからヒョンに、俺のためにプレイリスト作ってよ、とねだることもある。それに気を良くしたヒョンは定期的に俺の部屋に来て、良いと思ったものをおすすめしに来てくれるのだった。その律儀さが可愛らしいし、同時に相変わらずの趣味の良さに舌を巻く。

「ジョングガ、もう寝ちゃう?」

遠慮なく部屋に入ってきたくせに、ヒョンはベッドに腰掛けてから、伺うように大きな目をくるりと俺に向けた。風呂上がりらしくほかほかと熱を持ったヒョンの頬は赤みがさしている。手に持ったコーラとポテチは手土産らしい。思わず笑みを溢しながら、「まだ寝ませんよ」と返事をしていた。

俺におかしなところがあるとすれば、もうひとつある。この、二つ歳上の兄に恋をしていた。異性同士の恋愛が普通とされるこの国で、容姿の美しさもさる事ながら、心も綺麗で純粋な彼をいつの間にか並々ならぬ感情を以て、「好きだ」と感じていた。同じグループの中の同性同士なのだからこの想いを告げることは今後一切ない。しかし、できる限りテヒョンイヒョンのことを一番にわかってあげたいし、純粋でどこか危なっかしさのある彼を守れる存在でありたいと思った。

イヤホンを分け合いながら寄り添って、ヒョンセレクトの音楽を聴く。派手な見た目の割に繊細なバラードが好きなヒョンは、目を閉じながら薄く笑って、「いいでしょ」と曲が終わる事に俺の反応を伺ってくる。ほとんどが英語なのでたまに翻訳サイトを見ながら、このメロディがどうで、声質がこうだから、とか意見を交えながら話し込んだ。ヒョンの好きな曲は歌詞すら優しくて、じんわり胸に溶け込むようだ。優しくて美しいヒョンだから、こんな歌を見つけられるのかな。ヒョンの綺麗な横顔と滑らかなメロディがマッチしていて、これだけでMVが撮れそうだな、なんて思った。ぼんやりヒョンに見とれていると、ヒョンがあ!といきなり声をあげてすいすいと音楽アプリを操作し始める。それからイヤホンから流れ始めた曲をさして、ヒョンがクイズを出すように話し始めた。

「ねえ、これ。この曲ね、"Moon the back"って言うんだけど。どういう意味かわかる?」
「月にから戻ってくる?月が戻ってくる?……わかんないです」
「本当はMoon the backはタイトルで、全体の文だと"I love you to the moon and back"になるの」
「愛してる、と月って……月が綺麗ですねみたいな遠回しな表現ですか?」
「あー、そんな感じかな。日本語のそれよりももっと分かりやすいけどね。あなたが好きだから、月まで行って戻ってくることだってできるよ、っていう意味。素敵じゃない?すっごく愛してる、ってことなんだよ」

きらきらした笑顔でその台詞を言うテヒョンイヒョンが可愛らしすぎる。しっかり俺を見ながら「すっごく愛してる」なんて、心臓に悪いから言わないでほしい。まるで俺にそう言っているような、いやそうであったらいいのに、と勘違いしてしまうような目が、ちくちくと俺を突き刺す。もしこういうことを普段から他の人にも言っているのであればとんだ人たらしだ。タチが悪すぎる。相手が俺だからあなたは何もなく済んでるんだよ。ロマンチックなフレーズよりもテヒョンイヒョンにばかり意識がいってしまって、「そうですね、すごく素敵です」とありふれた返事しかできなかった。

曲を聞き終わるとヒョンはイヤホンをぽいとベッドに投げて、「お菓子たべよ〜」と言いながら袋を開けた。匂いばかり部屋に充満して味がしないのだから本当に酷い。コーラは炭酸水を飲んでいるのだと思えばまだマシだろうか。口の中で躍る炭酸に顔を顰めつつ、味のしないポテチを噛み砕いた。

「ねえジョングギ。おまえさ、最近調子悪かったりする?」

それからテヒョンイヒョンは徐にそう口にして、どこか探るような目で俺を見つめた。急に核心に触れるのはよしてほしい。そういうところもヒョンらしいけど。気管に入りかけた炭酸水に若干噎せつつ、「別にそんなことないです」と返しても、ヒョンは嘘だ、と切り捨てた。

「おまえ、最近あんまり食べないじゃん」
「食べてます、よ」
「嘘つき、なんで?腹痛いとか?言いたくないならおれに言わなくてもいいけど、病院には行かなきゃ」
「……はい。別に、腹痛いとかじゃないんです」
「じゃあなんで……って、おれが訊いてもいい?」

無理矢理聞き出そうとしてこないところも優しい。ヒョンになら打ち明けてもいいか、と思い直して味覚の話をすると、ヒョンはおれよりも可哀想なくらい辛そうな顔をした。そんな、おれ全然気づかなかった、と絶望した顔でポテチの袋を見る。

「ごめん、気づいてやれなくて。食事、辛いよね」
「まあ……。でも、他に不調なところはないんで大丈夫です」
「味がしないのにご飯食べてもつまんないでしょ。そしたら必然的にご飯食べなくなって食事量が減って、体調崩しちゃうでしょ。明日の朝すぐ病院行かなきゃだめだ」

泣きそうな顔。俺よりも俺のことを心配してくれるものだから、一周回って冷静になる。

「明日は朝から仕事入ってるでしょ。午後になったらオフだし、病院行ってみます」
「わかった。絶対だよ」
「……うん」

ヒョンが俺の頬を両手で包む。目を閉じた顔が近づいてきたからまさかキスされるのかと思ったけど、こつりと額を合わせて、そのまま動かなくなった。大事なものを額にあてて願いを捧げるような仕草が、神聖な儀式のようだった。自分の事のように胸を痛めてくれるヒョンが愛おしい。
そう思うと同時に、突然ぐわんと目眩がした。酷い喉の渇き、ふんわりとした、甘い香り。今まで感じたことの無いような食欲を刺激する香りに、じゅわりと唾液が溜まる。──どうして、どこから?

やがて顔を上げたヒョンが「絶対治るよ、おれが今神様にお願いしたから」と微笑んでくれたのに、俺はまたろくに返事ができなかった。微笑む彼の、赤い唇に視線が釘付けになる。
どうして。何故、今彼のことを──テヒョンイヒョンを「美味しそう」、なんて思ったのだろう。

あのままでいたら危うく俺の頬を包んでいたテヒョンイヒョンの柔らかい手に歯を立ててしまうところだった。
どうにか湧き上がる衝動を押さえつけながら半ば無理矢理ヒョンを部屋に返して、混乱しながら俺は部屋の扉に背中をつけて、ずるずると座り込んだ。部屋にひとりきりになった瞬間、ほとんど息を止めていたことに気づく。あの甘やかな香りはなんだ。ヒョンが居なくなったら香りは消えた。香水の類ではない、直接本能を刺激するようなあの香りは、俺の理性をぐらぐらと刺激してやまなかった。あの香りを嗅いだ直後、俺の頭の中にあったのは、テヒョンイヒョンの肌に噛み付くことだけだった。今までこんなことは無かった。ヒョンの匂いを嗅いだからって衝動に任せて襲い掛かりたいなんて、思ったことはなかったのに。そもそもあの香りは本当にヒョンからだったのだろうか。何がなんだか分からないけれど、まるで目の前に餌をちらつかされて涎を垂らす獣のようで、自分が気持ち悪かった。ベッドへ飛び込んで毛布を頭から被り、絶対に病院に行こう、と固く誓って目を閉じた。


結果的に、病院に行っても何も解決しなかった。
一通りの検査を終えて出た結論は希望を見せてくれることはなく、医者は味覚は戻らないしこれからも戻る見込みはないと断言したのだった。ついこないだまで楽しく食事ができていたのに、あまりに残酷な事実に流石にショックを受けた。それから、幾つかの質問に答えていくと、更に何かしらの検査を受けることになり、思ったより大分時間を食った。
それから医者は苦々しげに、気の毒そうに、どこか警戒するようにも見える目で、「検査の結果を鑑みるに、あなたは味覚障害と共に、後天的に"フォーク"という特殊な体質に変異したようです」と俺に告げたのだった。

病院での診察を終えて、気持ちの整理がつかないままふらりとカフェへ入った。コーヒーとケーキを注文して、奥まった席へどすりと座り込む。やがて運ばれてきたケーキに、無遠慮にぐさりとフォークを突き刺してみる。行儀が悪いのはわかっているのだが、やり切れない気持ちをどこかに放出しなければやっていられない。綺麗な形をしていたケーキは、俺が突き刺したフォークのせいで形が崩れた。ぐちゃり、とフォークを捻るように動かすと、柔らかい層が更に崩れて上に載っていた苺が落ちる。フォークを抜き取り、へばりついたクリームを口の中へ入れてもなんの味もしない。

俺が医者から受けた説明によれば、俺はフォークという後天性の味覚障害者だ。食べれば飢えることはないが、味を感じられない。けれど、"ケーキ"という人間の皮膚でも体液でも肉でも、どこか身体の一部を口に含めば、それはもうとんでもなく美味しく感じられるのだという。ケーキと呼ばれる人間はフォークが見つけ出さない限りは普通の人間と変わらない。しかしフォークがひとたびケーキを見つけてしまえば、フォークにとって、ケーキは極上のご馳走になってしまう。
ケーキを見つけてもう一度食事の楽しみを取り戻すか、ケーキを求めず飢えないためだけに機械的に食事を摂るか。でもケーキといっても人間は人間だ。血も涙も皮膚も肉も、全てがフォークのご馳走になるだなんて聞いて、誰がケーキを見つけようと思うだろうか。俺にカニバリズムの気なんてない。ケーキとフォークなんてファンシーな例え、悪い冗談だとしか思えない。実際今までそんな体質の人間がいるなんて知らなかったし。
それでも俺の思考の端をじわじわと追い立てるのは、あの夜のテヒョンイヒョンだった。綺麗な手に噛みつきたくなった衝動性と涎を垂らしてしまいそうなほどの甘い香り。もしテヒョンイヒョンがケーキなのだとすれば、今日聞いてきた説明が全て現実であるという裏付けと、思ったより近くにご馳走が存在していたという絶望的な事実と向き合わなければならなくなる。どうかあの時の衝動は勘違いであって欲しい。そう思いながらも医者に、人間を見て食欲を掻き立てられたり、いてもたってもいられないくらい匂いに充てられたことはないかと問われた時、観念してテヒョンイヒョンの話をしてしまった。それで更に検査を受ける羽目になったわけだが、これで近くにケーキという存在がいて、それに対して本能のままに求めてしまうのだと分かってしまった。
テヒョンイヒョンを食べるなんて、俺には無理だ。ましてや片想いの相手の体が欲しくてたまらなくなるなんて、なんて拷問だろうか。


「どうだった?大丈夫?ジョングガ」

宿舎に戻ると、俺を待ってくれていたらしいテヒョンイヒョンが俺を迎えた。彼は他のヒョン達には俺の味覚のことを話していないようだった。

「大丈夫です、一時的なものだって。放っておけば治りますよ」

咄嗟に嘘をついた。これから先俺の味覚が戻ることがないなんて言ったらヒョンが悲しむ。それに変な体質になったなんて正直に言ったところで信じてもらえなそうだし、全て説明したとして、もしかしたらあなたが俺のご馳走かもしれないなんて、言えるわけがない。ぐるぐる思考を巡らせている間にも、ふわんと甘ったるい香りが嗅覚を刺激する。病院に行く時間を作るために昼食を抜いたせいで腹が減っていた。カフェで食べたケーキは味がしないただのスポンジで、もっといえば空気を食べているみたいだったから、腹の足しにはならなかった。
心配そうに眉を下げるテヒョンイヒョンに、俺の意思関係なくごくんと喉が鳴る。強烈な喉の渇きに突き動かされるように、テヒョンイヒョンの腕を力任せに掴んだ。ヒョンが戸惑うような顔をして、「ジョングガ?」と俺の名前を呼ぶ。ああ、どうしよう。止まれない。誰か止めてくれ。
気づけばヒョンは俺の腕の中にいて、目をぎらつかせる俺に怯えていた。俺の胸に両手をついて距離を取ろうとしても、俺の方が力が強い。あっという間に抵抗する両手を掴んで頭上にまとめあげ、壁際に追い詰める。

「やめて、ジョングガ!どうしたの!?痛いよ、」

泣きそうに濡れた声を無視して顔を寄せると濃厚な香りが鼻をつく。もう俺の自制心なんてものはあったものではなく、衝動のままに赤く熟れたテヒョンイヒョンの唇に自分のそれを押し付けた。その瞬間口内を駆け巡った、恐ろしいまでの甘さ。喉の奥が甘美なそれに震える。久しぶりに舌が味を拾うのが嬉しくて、食い尽くすようにヒョンの口内を攻める。お互いの唾液が混ざってぼたぼたと落ちるのも構わず、上顎から歯茎から舌から粘膜から、何から何までじゅるじゅると貪った。

「ふぁ、んぐっ、……っ、ぁ、んむぅ……ッ!ぐ、がっ」

鼻に掛かったようなヒョンの喘ぎと、泣きの入った声。必死に俺を呼ぼうとする健気なヒョンに、あらぬ所まで熱くなる。あまりに美味しくて美味しくて美味しくて、俺はもう理性を手放してしまっていた。

しかし。それ以降の記憶がない。突然背後から後頭部に強烈な一撃を食らったのは確かである。


次に目を覚ました時は気絶する前と変わらず玄関の辺りにいて、俺はそのまま床に転がっていた。テヒョンイヒョンはいない。流石に頭が冷えて、ヒョンにとんでもないことをしたということをじわじわ理解した。殴られていなければあのまま自分が何をしたか全く予想できないのが恐ろしい。
ちらちらと記憶の断片にあるのは、息苦しそうに俺を呼ぶ彼だ。泣いていたし、やめてと言っていたのに。しかも自分はそんな彼を見て二重の意味で興奮していた。あまりにも最低すぎる。いっそ殴られた時に記憶も一緒に飛べばよかったのに。

「いってぇ……」

後頭部を固い何かでぶん殴られたせいでズキズキと鈍く痛む。しばらく呆然と座り込んでいると、廊下の奥から「おお、起きたか」というジミニヒョンの声が聞こえた。思わず俯く。もしかして俺をぶん殴ったのはジミニヒョンだろうか。そうだとしたら俺の命は今日で終わると言っても過言ではない。なんせテヒョンイヒョンの大親友、モンペ、そして釜山のヤクザだ(これは俺が勝手に思っているだけ)。ひたりと裸足の足が俺の俯いた視界に映り込み、ガツン、と床に叩きつけられるフライパン。思わず肩をびくりと跳ねさせると、「覚悟はできてんだろうなァ?」という地を這うような、身の毛もよだつ恐ろしい声が俺に降り掛かってきたのだった。フライパンで殴るなんて容赦無さすぎてそれも怖い。鈍器じゃん。
その場で制裁を受けるのかと思えば俺はリビングへ連れてかれた。そこにはテヒョンイヒョン以外のヒョンが勢揃いしていていよいよ死にたくなる。オフなのに何で全員揃っているのか。
欲望のままにいくら綺麗とはいえ同性の男を襲い無理矢理唇を奪ったなんて、しかもジミニヒョンに現場を見られているので弁解の余地すらない。裁かれる、俺は今日ここで死ぬ……。

「て、テヒョンイヒョン、は……」
「ショックで泣いてたから今部屋で休んでるよ。どういうことかキッチリ説明してもらおうか、オイ」

冷ややかな視線を浴びながらも聞かずにはいられなかったテヒョンイヒョンの行方。そりゃあそうだ、あんな力任せにヒョンの口の中を貪りまくって。本当にどう申し開きをするべきか。というかもしやここで彼を本能のままに襲った理由を体質ごと説明しなければならないのだろうか。ギラリと光るヒョン達の目が恐ろしすぎて俺はもう頭が真っ白だった。

「……テヒョンイがさ。ジョングギにも何か理由があるとだろうからあんまり怒らないでやってって言うんだよ。本当か?あまりにテヒョンイが可愛すぎてとうとうやったのかと思ったんだけど何か正当な理由があってのことなのか?」
「どんな正当な理由があったら玄関で濃厚なディープキスかますんだよ」
「ジミニがフライパンで殴ってなかったら今頃どうなってたことやら」
「お前がテヒョンイ大好きなのは分かってたけどまさかそっちとは」

口々に話し始めるヒョンたちの会話の中でも俺がヒョン大好きなのがダダ漏れなのがよくわかることだろう。確かにケーキとフォーク関係なく彼のことが好きだから、キスなんて朝飯前だけど。とうとうやったってなんだよ。

「テヒョンは襲われた当事者にも関わらずお前を庇うから、一応理由を聞いてやろうと思ったんだが。あるなら言ってみろ」

あるならな、と念押しするナムジュニヒョン。いつまで経っても味覚のことを隠しておけるとも思えないし、俺は覚悟を決めて今日病院に行ったことを話した。味覚が無くなりその代わりに体質が変わったこと。どうやら俺はテヒョンイヒョンにだけ味を感じてしまうということ。掻い摘んで話をし終えると、腕を組んで聞いていたヒョンたちは「そんなこと有り得るのか?」と顔を顰めている。スマホで調べ始めたユンギヒョンはやがて苦い顔をしながら「すごく特殊な例らしいが、突然後天的にそうなることがある、って書いてあるな」と言った。

「テヒョンイだけを美味しく感じるって、どういう意味?」
「サイトには体液とか肌とか、とにかく身体の全て…って書いてあるけど……」

そこでぴたりと口を噤んだ彼らは想像したようで、衝撃の事実に各々顔色と表情筋がおかしくなる、口元を抑えるなどしている。理解まではいかないまでも、俺が理性をかなぐり捨ててテヒョンイヒョンを襲った理由にようやく合点がいったようだった。

「えっでもそしたらテヒョンイ、ジョングギに食べられるってこと?」
「肌舐めるとかでも味感じるんなら食べるまではいかないんじゃね?」
「でもあんな獣みたいに襲われたら肉くらい食いちぎりかねませんよ」
「怖すぎるだろ、ていうかマジでテヒョンイがケーキってやつなのか?」

口々にヒョン達が混乱する状況を整理している。じんわりと自分の置かれている状況に足元が冷えていく心地がした。俺は、もう普通の人間じゃない。テヒョンイヒョンにだけ感じる甘く馨しい匂いと脳天を突き抜けるような極上で甘美な味。俺だけがそれを知っている。俺がフォークにさえならなければ、テヒョンイヒョンだってこんな目に遭わずに済んだのに。まるで自分が人喰いの犯罪者にでもなったような気分だ。いや、実際犯罪者一歩手前みたいなものなのだ。

「自分でどうすべきか、お前はわかってるか」

ふと、ユンギヒョンがそう俺に問いかけた。その目は特段いつもと変わったところはなく、このパートはお前でいいか、と訊いてくるみたいな普通の響きだった。他のヒョンたちも、ジミニヒョン以外は俺を責めるような雰囲気ではなく、諭すように、俺の答えを促した。

「……テヒョンイヒョンに……ちゃんと謝って、事情を話します。もし俺がまたヒョンを襲うようなことがあったら…この先もグループで活動すること、考えなきゃいけない、ですよね」

思ったよりも頼りない声が出てしまって情けない。フォークの体質の者は、それこそ自分にとって唯一無二の存在であるケーキを見つければ、犯罪に手を染めて手に入れようとする人もいるという。これ以上テヒョンイヒョンと一緒にいたら自分はもっと彼を傷つけてしまうかもしれない。それなら、あの甘美な味を知り尽くす前に距離を置いてしまわなければ、手遅れになってしまうという予感があった。純粋に、ただ彼に恋をしていた状態に戻りたい。恋心は隠したままでいたかったのに、否が応でも彼を求めてしまう。体ばかり正直で、自分のことを嗤うしかできなかった。

「……よく話し合え。離れることだけが解決策じゃないかもしれないだろ」

優しいヒョンたちに背中を押されて、俺はテヒョンイヒョンの部屋を訪ねることにした。ジミニヒョンは二人きりにするなんて危ないと言ったけれど、同じ建物の中にいるんだから異常があればすぐに分かるだろう、と説得されて、渋々だが引き下がってくれた。
コンコン、と控えめにノックをする。しかし中からは何の返事もなくて、そのまま自分の部屋に帰るか迷った。けれど、きちんと二人で話したい。ヒョンに拒まれてもいいから、せめて目を見て謝りたかった。ドアノブに手を掛けるとするりと開く。宿舎暮らしで部屋に鍵を掛けるメンバーなんかいないので開くのは分かっていたけれど、いつものように無断でずかずか入る時と全く違う状況なので、知らず知らずのうちに手汗をかいていた。
部屋の中は薄暗くて、ベッドがこんもりと膨れている。「テヒョンイヒョン……?」と呟くような声で呼べば、毛布の山がびくんと動いた。やがてもそりと毛布から顔を出したヒョンは、唇がぽってりと腫れているし、頬に涙の跡があって痛々しかった。泣き腫らした赤い目が俺を見つめて、掠れたか細い声が「ぐが…」と呼んだ。それだけで、その数秒間のうちにぐっさりと胸をナイフで刺されたような痛みが襲う。すごく酷いことをしてしまったとわかっていたけれど、後悔なんてものでは無い。どうして俺はフォークで、テヒョンイヒョンがケーキなんだろう、と自分の運命を呪う。

「ごめんなさい、ヒョン……。俺、最低ですね」

ベッドの上にいるヒョンより目線が下にいくようにしゃがみ込む。痛々しい頬に触れようとすればびくりと怯えたような反応をするヒョンが可哀想で、すぐに手を引っ込めた。

「じょんぐぎ、は……どうして……あんなことしたの……?」

涙の膜が張った大きな目が、俺を見下ろした。泣き腫らしていても唇が腫れていても美しさを損なわないヒョンは、俺を光の無い目で見つめながら、責めるでもなくそう問うた。俺はなんと答えればいいのか分からなくて、ぐうと詰まる。

「……そういえば、病院で、……ほんとは何て言われたの…?」

俺が答えづらそうにしたからか、ヒョンは話題を替えた。あんなことされてもそうやって俺に優しくする彼に、なぜかじわりと俺の目の奥が熱くなる。ヒョンたちは俺を責めない。ジミニヒョンだって、最後には俺がテヒョンイヒョンの部屋に行くことを許してくれた。そして彼は、俺に怯えているくせに怒ることをしない。

「ど、して……じょんぐぎが泣くの」
「……ごめんなさい、泣きたいのはヒョンの方なのに、心配してくれてたのに。俺、ほんと最悪だ。ごめんなさい、テヒョンイヒョン……っ」

ぼとぼと落ちる涙は止まる気配がない。袖口で拭おうとしたら、ヒョンがふわりと俺を抱き締めた。理性が働いているせいか泣いて鼻が詰まっているせいか、甘い匂いはあまり気にならない。それより彼の温かい腕の中に抱え込まれて、ひぐ、と情けなく喉が鳴った。数時間前に自分を襲った男を抱き締めるお人好しなんかヒョンくらいしかいないだろう。ぽんぽん、と俺を落ち着かせるように優しい手つきで背をたたかれて、また涙が溢れた。

「……病院で。もう味覚は治らないって、言われて」
「……うん」
「俺はその代わり体質が変わって、フォークっていう……端的に言えば味覚障害を持ってるってことなんだけど……その、ある人間だけ、ものすごく美味しく感じる病気みたいなもの、らしくて」
「……うん?」
「その…人間を無差別に食べたりするやばいやつじゃなくて、ある特定の人の肌とか涙とかだけに味を感じるように…なっちゃったらしくて」
「人の……涙とか、汗とか?」
「それも誰のでもってわけじゃなくて。ケーキ、って呼ばれる体質の人のものだけ。……もう薄々分かってきたと思うんですけど、その、俺にとっての"ケーキ"はテヒョンイヒョン、みたいで。ヒョン、すんごくいい匂いがするんです」

そう言い切るとヒョンはぴしりと固まり俺から離れた。

「え、じょんぐが。おれのこと食べにきたの……?」
「いや、違います!でもあの時ヒョンにキスしたのは、すごく腹減ってる時だったからっぽくて……最近あんまり食べれてないのもあって、こう、なんていうか。ひもじい思いをしていたら突然目の前にご馳走が現れたみたいな」
「やっぱりおれのこと食べようとしてるじゃん……!やだ、あの時のジョングギ怖かったもん、おれの肉とか食べたかったりするの!?やだ……」

今度はテヒョンイヒョンが半べそをかき始めて、慌てて違うんです!あなたを食べたいなんて微塵も思ってませんから!いやちょっと怪しいけど!と土下座しながら弁解した。

「要するに、ジョングギは食人鬼になったわけじゃなくて、おれ専門の変態になったってこと?」
「…………………食人鬼よりはマシですけど……………確かに早い話があなたの肌や体液舐めたがるあたり確かに変態にしかなりませんけどなんか釈然としない………………………」
「ご飯、やっぱり味しない?」
「味覚戻ってはないと思います。病院でもこうなったら治らないって言われちゃいましたし」
「そ、か……それで、ほんとにおれがおいしいの?」
「へ?」

落ち着きを取り戻した彼はこてりと首を傾げた。あんなに俺に口を蹂躙されたというのにまだ分からないのかこのヒョンは。

「ヒョンにキスしたとき、信じられないくらい甘くて美味しかったんです。最近何を食べても全部味がしなくて粘土でも食べてるような感覚だったのに、ヒョンの唇も口の中も舌も唾液も、全部おいしくて……」
「わあ〜っ!もういい!言わなくていい!」

ヒョンは顔を真っ赤にして俺の口を塞いだ。ついつい悪戯心でその手をべろりと舐めると、「ぎゃあ!」という色気のない声が上がったけれど、やっぱり甘くてものすごくおいしい。

「だから、あんまり俺に対して無防備にならないでください。もしまたあなたのことを襲ってしまったら、もう俺どうしたらいいか分からないから」
「でも……俺にだけおいしいって感じるんでしょ?それ以外のものの味は感じられないなんて、ジョングギがかわいそう」
「かわいそう、て……そんなことよりあなたが危険だって言ってんですよ!」

あんなに泣いていたくせに、やっぱりヒョンは俺に甘い。肌だけじゃなくて中身も、甘すぎる。

「あの時はちょっとびっくりしただけで……、ジョングギが苦しいなら、おれのこと食べちゃだめだけど、舐めるくらいなら……いい、よ」
「……あなたは自分が何を言ってるかわかってるんですか?」

ぎし、とベッドに上がり込む。ヒョンの手を捕まえることなんて俺なら簡単だ。俺くらい力があれば、テヒョンイヒョンを易々と封じ込めることができるって、あの時証明されてしまっているのに。手を掴んだだけで震えているくせに、どうして俺に体を差し出すような真似をするのだろう。

「だって、ぐがが辛いのは見ていたくないよ」
「今度はキスだけじゃあ済まないかもしれないですよ」
「……ぐがになら、何されてもいいよ」
「は、」

さっきまでゆらゆら揺れていたヒョンの目はしっかりと俺を見つめていた。何を言ってるのかわかってるの、と何度目か分からない確認をしようとして、今度はヒョンが俺の腕を引っ張った。咄嗟にバランスを取れず体勢が崩れてそのままヒョンの方に倒れ込むと、ヒョンがするりと俺の首に腕を絡ませた。

「ちょ、!!?」
「ごめんね、さっきのは容赦無さすぎて息できなくて苦しかったのと、びっくりしただけだから。おれ、ジョングギならいいよ。痛いのは嫌だけど、おまえが辛いのを少しでも和らげられるなら、協力したい」

ぎゅ、と抱き締められて、また甘やかな匂いが頭を支配していく。あなたが俺を許したら、その無防備に晒された首筋にだって噛みつきかねないのに。ヒョンのことを滅茶苦茶にしてしまうかもしれないのに。今度こそ、泣いて嫌がっても止めてあげられないよ。慈悲深くて、切なくなるほどに優しい。本当にあなたは、ばかなひとだ。


ヒョン達には話し合いの末取り敢えず上手くやっていけるよう努力することにしたと話した。できることがあればなんでもするから言えよ、と温かい言葉をくれたヒョンたちは本当に素敵な人達だ。ジミニヒョンは「テヒョンア泣かせたら次こそただじゃ済まさないからな」と物騒なお言葉を頂戴したが、寧ろ見守っていてくれる方がいい。なんなら監視してもらった方がいいかもしれない。
相変わらず味気のない食事を口に運ぶと、ちらりとテヒョンイヒョンがこちらを見る。気遣わしげに俺を見て、あまり食事に対するリアクションをしないようにしているようだった。
最初は別に気にならなかったが、だんだん必要以上に気を使われるのが嫌になってきて、彼に「食事中は俺の事なんて気にしなくていいですから」と言った。すると彼はしゅんとしながら「そうだよね、ごめん」なんて謝るものだから、俺が心が狭いみたいで自己嫌悪に陥る。ああ、もう、悲しそうな顔をさせたいわけじゃないのに。上手くいかない。
しかもテヒョンイヒョンとキスをした日から三日くらい経って、そろそろ一切味のない食事に限界が来ていた。嫌も何も仕方がないことなのだが、彼のことを見るとどうにも涎が垂れそうでよくない。我慢し続けても良い結果にはならないことは身に染みて理解したので、食事が終わった後に彼の部屋に行くことにした。
すると彼は俺が来ることを分かっていたようで、示し合わせたようにさっさと手に持っていたゲームを脇に置いた。

「俺が来るってわかってたんですか」
「あんな目で見られて、分からないわけないよ」

ふふ、と笑ったヒョンが「お腹空いたんだね、ジョングガ」と女神のように微笑んだ。あまりにもテヒョンイヒョンが美味しそうで、くらりと眩暈がする。甘い甘い匂いが部屋に充満している。晩ご飯は腹に詰め込んであるから腹が減っているわけではないが、満足感とは程遠い。「どうやって食べたい?」とヒョンが訊いてきたとき、じりじりと理性が焼き切れそうに燃えるのがわかった。ぐ、と歯を噛み締める。

「……あんまり挑発しないでくれます?」
「?挑発?してないけど……ねえ、ほら、ぐが」

どこから食べたい?そう言いながらシャツのボタンを外すヒョン。これからいやらしい事でもおっぱじめるのかという色っぽさ。これでは食事(隠語)になってしまう。そういえばテヒョンイヒョンに初めてキスしたとき、下半身まで暴走しかけたのを思い出した。いけない。これは本当によくないことだ。もうここまで来たら隠しきることもできないと判断した俺は、向かい合う彼に話を切り出した。

「ヒョンはさ、気持ち悪くないんですか?同じ体格の男にあんなことされて」
「……戸惑ったけど、俺は大丈夫だよ。ジョングギになら何されてもいいって、言ったじゃん」
「もし俺が、あなたのことを恋愛の意味でも好きなんだって言っても、その気持ちは変わらないんですか」

そもそも彼はちゃんと付き合ってもない人とこういうことをするのに、抵抗のあるタイプだと思っていた。俺のために我慢してくれようとしているのならやっぱりするべきではない。彼の意志を尊重しなければ、彼のことを壊してしまうかもしれない。
──彼は驚いたように大きな目を見開いてから、困ったような顔をして。

「ジョングギのこと大好きだけど、そういう意味かって言われたらわかんない。でもジョングギにキスされても、怖かったけど嫌じゃなかったし、今でも変わらずおまえにキスされてもいいって思う。おまえが辛いのは見ていたくないし、できる限りおまえの力になりたい。それに、おまえがおれに恋してて、その上おまえの唯一のケーキっていう存在がおれなんて、運命みたいじゃない?」

整った色の薄い唇が笑みのかたちを作る。ヒョンはロマンティックなことが好きだ。彼が恋愛的な意味でおれを好きかどうか分からなくても、俺に身を委ねることに抵抗がないということが嬉しかった。

「おまえの運命がおれなんて、ちょっとかわいそうだけど。おまえがおれのことを好きって言ってくれて、嬉しいよ」

だから、いいよ。おれのこと味わって。
直前までの穏やかで優しい雰囲気に色が乗る。低いテノールが俺を誘ったとき、あの甘く馨しい香りが濃くなった気がした。


「えっと……じゃあ、いただきます」
「んふっ、あは、ちょっと待ってウケる」

何故か正座してヒョンに向き合い、どう切り出せば良いか困惑しながら言った一言目がこれで、ヒョンは吹き出してしまった。ムードもへったくれもない。

取り敢えずどこから味わえば一番精神的ダメージが少ないだろうかと考えた。ヒョンがシャツを肌蹴させるのを慌てて止め、まず手からいくことにした。彼が戸惑いがちに右手を差し出す。その指先に吸い寄せられるように唇をつけると、口内とはまた違う甘さがある。少し控えめで、奥ゆかしい甘い味。ちゅぷ、と綺麗に整っている爪先からねっとりと舌を絡ませて、ヒョンの少しの手汗の味と、皮膚や爪をしっかりと味わう。指だけでは飽き足らず、じゅ、と音を立てながら掌の皺に沿って舌を這わせていく。美味しい。この3日間で食べた食事なんかよりもよっぽど満たされていく。無我夢中でヒョンの手を舐めまわしていると「ふ、」という息を詰めたような苦しそうな声が聞こえてきて、慌てて顔を上げる。見れば真っ赤な顔をした涙目のヒョンが肩を震わせていた。俺は一発で正気に戻り、「い、嫌でしたか!?!?」と叫びながら慌ててタオルで彼の手を拭いた。

「ち、ちが、嫌なんじゃ、ないけど……」
「けど、なんですか」
「じょ、ぐがの……舐め方、えろすぎる……」
「……え、」

ぷるぷる震えるヒョンはよく見れば膝を擦り合わせるようにしていて、空いている左手は口元にある。声を漏らさないようにか手の甲に歯を立てていたらしく、歯型までついている。──いや、テヒョンイヒョンの方がえろいじゃん。
舐め方がいやらしいと言われても多分どこを舐めてもそうなる。ヒョンは嫌じゃないと言ったけど、これでは一種のプレイになってしまう。回らない頭でぐるぐる考えていると、ヒョンがもじもじしながら爆弾発言をした。

「ジョングギが嫌じゃないなら、キスがいい」

この時の俺は冷静に考えられるほどの余裕がなくて、ヒョンがいいならとにじり寄った。ただし、彼を力で押さえ込んでしまわないように俺の膝にヒョンを座らせる。目線がヒョンの方が高くなり、これなら彼のペースでキスができる、はず。おずおずと俺の膝に乗り上げたテヒョンイヒョンは、緊張した面持ちで俺の肩に手を置いて、「……いい?」と訊いた。いいよ、と囁くと髪の毛を撫でられてから、ちゅう、とキスが降ってきた。まるで恋人同士のような戯れに、違う意味で興奮してしまう。先に手を頂いたお陰で初回よりはヒョンを味わう余裕があった。
啄むようなキスを何度もしていくと、ヒョンが控えめに口を開ける。ぺろ、と唇を舐めてきた舌を捕まえて絡ませると、「んんっ……」とくぐもった声が洩れた。彼の唾液は例えるならメープルシロップ。柔らかい唇はマシュマロで、熱い舌はチョコレート。俺はそんなに甘いものが好きだったわけじゃなかったのに、ヒョンの甘さは媚薬のように俺を虜にする。
彼が苦しげに俺の服をぎゅ、と握ったので、ハッとしてゆっくり唇を離す。お互いの唾液が混ざって糸を引くのを、ヒョンはぼんやりと見ていた。

「ん、ぁ……、はぁ、……」
「ヒョン、すみません、またがっついちゃって。大丈夫ですか?」
「ぅん……だいじょぶ」

ぽやぽやしたヒョンは舌っ足らずにそう答えた。目は潤んでいて、顔が赤い。とろんとした顔で俺を見下ろす彼があまりに扇情的すぎる。……テヒョンイヒョン、キスだけでこんなトロトロになっちゃうの。

「おまえとのキス、……きもちいから、やじゃないよ」

ただでさえ好きな人とキスしているだけでも気持ちがいいのに、その上ヒョンは甘くて美味しいし、更にそんなこと言われて、大人しくいられる男がいるだろうか、と世の中の男性たちにアンケートを取って回りたいくらいヒョンは可愛い顔をしていて。俺の下半身は熱を持ち、甘美な毒は俺を支配していく。
風前の灯のようだったおれの理性というやつはたんぽぽの綿毛のように飛んでいき、膝の上に乗せていたヒョンをぐるりと体勢を変えてベッドへ組み敷いた。少し怯えたような顔をしたヒョンに、「嫌ならぶん殴ってでも逃げてくれなきゃ、俺あなたに何をするか分からないですよ」と荒い息も隠さず警告する。それでもヒョンは、「いいよ」と言って、俺を許してしまった。

もう一度唇を重ねる。3回目となると少し慣れてきたのか、戸惑うことなく俺の舌を受け入れてくれる。ふと顔を離して熱気の篭った部屋の中でじんわりと汗をかいているヒョンの首筋をべろりと舐めると、「ひゃあ!」と声が上がる。

「ま、待って、そういえばおれお風呂入ってないから汚いっ……」
「ヒョンに汚いところなんてないし、そのままの方が美味しいと思います」
「やっぱり変態だぁ……」

ドン引きです、と顔に書いてあるが今更止まれないので無視だ。俺はヒョンの足の間に割り込むと、さっき自分で直したシャツをまた肌蹴させて、露になった胸に触れる。ヒョンの鎖骨も汗ばむ肌も乳首も柔らかいお腹も全てが俺にとってはご馳走にしか見えず、思い切りむしゃぶりついた。

「ぁ!……ふ、ンッ」
「声、我慢しなくていいですよ」
「やだっ恥ずかしい、」
「いいから……さっきみたいに手噛んで血が出たら、それも俺が食べちゃいますよ」

そう言うとテヒョンイヒョンは渋々俺の肩に手を置いた。「あんまり恥ずかしい舐め方しないで」ってヒョンは言うけど、そんなの無理だ。何より、彼は敏感なのか、舐めるとびくつくし乳首をしゃぶると声が漏れるしで、味云々なしにしても最高だ。左手でくにくにと乳首を弄り、右は舌で愛撫するように舐めしゃぶる。……もしヒョンの胸から母乳が出たら、最高なんだけど。舌で押し潰してから歯を立てると「ぁあんっ」と甘い声が響いた。

「ヒョン、乳首きもちいんだ?」
「違っ、おまえの舐め方がいやらしいから」
「違わないよ」

俺の腹筋にさっきからぐりぐり押し付けられるヒョンの下半身。そこも服の上から手でぎゅ、と刺激すれば、「ああっ!」とまた喘ぐ。

「ヒョンの身体さ、どこもかしこも美味しいんだけど、部位によってちょっとずつ違うんですよ」
「ぁぇ、え……?」
「ヒョンのお腹もおっぱいも美味しいけど、下はどんな味がするんでしょうね?」
「ぇ、や、やだ、だめっ」
「こんなにしてるんだから苦しいでしょ?楽にしてあげますから」

ヒョンの昂ったそこに服の上から俺のものを押し付ける。ぐり、と当たったものがなんなのか分かったヒョンは顔を真っ赤にした。まさか今日全ての行為をしようとは流石に思わないけれど、今俺が苛まれているのが食欲なのか性欲なのか、最早分からなくなっていた。
ヒョンの履いているものを下着ごとずり下げると、そこそこに立派な性器が顔をだす。恥ずかしいのか脚を閉じようとするのでぐっと手で押さえつけ、遠慮なく彼の性器に触れる。

「ひ、ゃ、だめっ、触っちゃだめっ」
「ヒョン、かわいい」
「や、ぁあ、ぁ、あ!」

既に蜜を零しているそこ。そっと握りこんで陰茎を上下に擦れば、気持ちよさそうにまた白濁が溢れる。それにすかさず顔を近づけて先端を口に含むと、今まで舐めたどの部分よりも、濃厚で味わい深かった。思わず笑いそうになりながら、鈴口にじゅ、と吸い付いて舐めしゃぶる。

「ぁあっぐがっ、や、やぁ、きたないからっ」
「おいひいでふ」
「ぅわああんさいてい!だめぇ、ぁん、すっちゃだめぇ!」

ヒョンは半泣きになりながら感じるという器用なことをしている。ぐいぐい弱い力で俺の頭を押しのけようとするけれど、食事中の俺は邪魔できない。夢中で精液を搾り取るようにじゅぶじゅぶと吸い付くと、ヒョンは一層乱れた。

「ああっ、や、だめ、ぐがっあ、いっちゃ、イッちゃうからぁ、っ!」
「っ、イッていいですよ」
「ひぁ、〜〜〜っぁああっ!!」

びくん、と一際大きく腰が跳ねて、俺の口の中にじゅわっとヒョンの美味しい精液の味が広がる。しっかり飲み下すとえぐえぐとヒョンが泣き出した。

「もお、さいてい、飲むなよお、きたないって言ったじゃんかあああ」
「だから、汚くなんかないですって。最高のご馳走です」
「ひぐ、ぁ、ちょっと!な、なに!」

ヒョンの脚を大きく開かせて、性器の更に奥、いつも魅力的な大きなお尻を割り開いて指でぐり、と刺激する。するとヒョンはこれでもかと言うほど目を大きくして、じたばた暴れ始めた。それでも勃ったままなのでペニスが揺れてちょっと面白い。

「や!やだっなんでそんなとこ触るのっ」
「ヒョンの美味しいところは余すことなく知っていたいので」
「〜〜〜ッッへんたい!!ぁ、ああっ!」
「だってヒョンすごく気持ちよさそうだし」

顔をぐしょぐしょにしながら泣いているヒョンには申し訳ないが、一度達してからもヒョンの性器は硬度を失っていないし、とぷとぷと涙を零し続けている。勿体ないので何度も舐めとればその度に背をしならせて感じている彼を見て、これ以上先に進まないなんて考えられない、と思った。
グッと割り開いたお尻に力を入れて後孔がしっかり見えるようにすると、触ってもいないのにもの欲しげにくぱくぱ口を開けていて、さすがに首を傾げる。ぐに、と指を浅く挿れれば、ヒョンの悲鳴と共にぐぷりと飲み込まれる。いやに反応が良すぎるし、後孔の具合がこんなにいいなんてあるのだろうか。

「あ、ひ、そんなとこ、触っちゃだめだってばぁ……」
「ねえヒョン、ここ誰かに触らせたことあるの?」
「あるわけないじゃん、ッ、あう、も、熱い、じょんぐ、なんかからだ、変ッ」

しゃくり上げるように泣きながらヒョンが腰をくねらせる。気づけばぶわりと更に濃くなっている部屋の中の匂い、ぷるぷる震えて涙を溢すペニス、涙と汗と精液でぐちゃぐちゃのテヒョンイヒョン。──俺ばかりが興奮していたわけではなく、しっかりヒョンも捕食される者として出来上がってきているんだとようやく頭で理解した。ヒョンは男なのに、俺のせいでケーキになってしまったがために、俺のために濡れる身体を持っている。湧き上がる興奮に、思わず舌舐めずりしてしまう。

「……触っちゃだめ、なんですっけ?」
「ぅ、意地悪、しないでよ、なんか、むずむずする!ぐがが変な触り方するから!こんな、ン、も、おれおかしくなる、」

顔を赤くしながら髪を振り乱して、耐えられないというように自ら下半身に手を伸ばす。その手を掴んで阻めば、テヒョンイヒョンは縋るように俺を見た。

「ね、こわい、たすけて、じょんぐく」

つ、と滑らかな彼の頬を涙が伝って、細い手が俺のシャツをぎゅうと握る。その時にはもう俺の頭の中はヒョンを如何に美味しく食べるかしかなくて。今からあなたを食べようとしてる男に助けを求めるばかなところもすごく可愛くて、頭が沸騰したようになる。俺は力任せにヒョンの脚をぐっと持ち上げて太腿にがぶりと噛み付いた。

「ぁあッぅ、いたぃ……ッばか、あ!」
「……痛いって口ばっかりのくせに」

太腿から口を離してからひくつく後孔をぐちゅ、と指で掻き回しすと、「食べ頃」と表現するしかないほど濡れている。ぐちゅ、にちゃ、と卑猥な音をさせながら孔を押し広げ、それから両手で抑えて顔を近づけると、ぐっとそのナカに舌を差し入れた。

「ひゃああっ!ゃだ、ひ、ぁ、っ」
「あつ、」
「ふあ、ッ、あっあ、や、らめ、まって、ぐがッ」
「すっご、すんごくおいしいよ、テヒョンイヒョン」

じゅる、じゅぱ、と舌で絡め取るように湧き出る蜜を吸えば、ヒョンは爪先を丸めながらびくびく痙攣している。待ってなんて言われても止まれるわけがない。名残惜しくも口を離し、今度は指を突き入れる。指を動かしてぽってりと主張してくるしこりを掠めると、びくりと腰が震えた。更に指を曲げて引っ掻くように擦ると、「あっ!?」と一際大きな声でヒョンが喘いだ。

「ぁ、だ、だめ、それ……」
「だめじゃないでしょ?腰揺れてる」
「んぅ、あ、ッ」

もっと触ってあげてもいいけどあんまりイかせると疲れてしまうだろうから、としこりに触れすぎないよう解すも、もどかしいのかヒョンの腰がゆるゆる揺れている。それがいじらしい。すっかり解れたナカから指を引き抜くと、物足りなげなヒョンが切なげな顔をする。

「ねえ、ヒョン、きもちい?」
「……ん……」
「ヒョンが興奮すればするほどもっと味が良くなってる気がするから、もっと気持ちよくしてあげる」
「え、……あ、ま、まって、ぐが、ぁ、ああっ!?」

もう散々待った。ガッチガチになったペニスに先走りを塗りつけてヒョンのお尻にちゅくちゅくと擦り付ければそれだけで熟れたそこが吸い付いてくる。正直達しそうなほど気持ちいい。それをぐ、と押し込めば、流石にぱんぱんに腫れた俺のペニスを挿れるには少しばかり狭かった。それでもぐ、と腰を押し進めるとぬるりと飲み込まれていく。

「ぁあッ!いた、いたい、おっきいよぉ、ぐがぁっ」
「力、抜いて、テヒョンア……ッ」
「ふぁ、あう、ンっ……くるし、!〜〜〜ッああっ」

一番太いところが収まってどちゅん、と先が最奥を突いた。互いの下生えが触れ合い絡まり、ヒョンが喉を晒しながら声にならない声を上げて身悶えてる姿で更に腰がずくんと重くなる。苦しそうに肩で息をしながら「ぜ、ぜんぶ入った……?」と聞いてくるヒョンに笑みを浮かべて頷きながら、自身が収まる薄い腹に手を這わせる。ヒョンもゆっくりと俺を真似るように手を腹を撫でてから、「お前じゃなくて、おれの方がお腹いっぱいになってるけど?」と汗を浮かべながら笑うので、当初の予定を変更し泣こうが喚こうがめちゃくちゃに抱いてやることを決意した。いや、元々最後までやる気じゃなかったんだけど。ヒョンの煽りが酷いからさ。
ゆるゆると腰を揺らす。緩い律動とナカに溢れるヒョンの愛液が馴染んでいくと、次第に動きやすくなっていく。少しずつ強く穿つように腰を振ると、断続的に上がるヒョンの声がだんだん上擦ってくる。ぱちゅぱちゅと肌がぶつかり合う音が、「ああテヒョンイヒョンとセックスしてるんだ」とまざまざと思い知らせてくれる。
目にかかる前髪を掻き上げるとそのはずみで額に滲んでいた汗が彼の滑らかな肌に落ちた。は、と短く息を吐くと、ばちんと目が合う。眉根を寄せて強い快感に耐える彼は、その美貌と相俟って何よりも色っぽくて、可愛い。

「かわい、すき、テヒョンア」

低くそう呟けばきゅう、とナカが締まる。恥ずかしそうに顔を隠しながら「もう、見んな」と口を尖らせるので、「まだ余裕そうだね」と腰を引き、ばちゅんと叩きつけるように奥を貫いた。

「あ、ぁ、!っあぅ、!じょ、ぐが……っ」
「ッ、ふ、きもちい、ですか?」
「ンッ!ああぁ、ちょ、あ、あんまりふか、深いのはだめっ」
「どうして?」
「あう!ッだ、だめって、言った……っく、」
「だって、だめって顔、してないよ、ッ!」

熱く絡みつくナカが気持ちよくて堪らない。ヒョンの汗を時折舐めながら、もっと乱れて美味しくなってほしくて、ゴリッと前立腺を突き上げるように強く腰を打ち付けた。

「ひッ〜〜〜〜〜、!!!ぁ、あ、!」

悲鳴のような嬌声と共にぷし、とヒョンのペニスから精液が吹き出す。強い締めつけに射精感が高まり、ヒョンの身体がびくびくと痙攣するのも構わずがつがつと腰を振る。

「むり、むりっぁ、イった、ばっかだからぁ!」
「ね、もうちょっと、!」
「んッ、ひ、……ッ!っやら、もうやぁ、あぁッ!!」
「あー、ッ、イきそ、テヒョンア、ナカに出すねッ」

突き上げるたびに白濁が溢れ出て、ヒョンの腹を汚していく。ばちゅばちゅと腰を叩きつけ、一際大きく腰を奥を穿ち、ヒョンのナカに精を注ぎ込んだ。

テヒョンイヒョンの薄い胸が大きく上下して、乱れた息を苦しそうになんとか整えようとしている。
伸び上がって泣いているヒョンの涙をぺろりと舐めれば、甘いけど塩っぱくて、塩キャラメルのような味が広がった。ヒョンだけが、俺に味を教えてくれる。そのまま耳朶に舌を這わせると、気だるげなヒョンが「も、やだ……つかれた……」と弱く俺を押しのけようとする。でも正直もう少ししたくて。

「お願い、テヒョンイヒョン。もっと美味しくなって、俺に食べさせてよ」

びく、とヒョンの身体がはねる。もっと味わわせて。俺の前でならどんな体液を撒き散らしても構わないから、もっともっと乱れて。無意識のうちに舌なめずりすると、ヒョンは観念したように目を細めて、「ちゃんと、残さずたべてね」と囁いた。




「じょんぐぁ…………」
「ああ……声が大変なことに」
「腰いだぁい」
「本当すみません」
「あッ、もー最低触んな」

昨晩はテヒョンイヒョンの言う通り余すことなく貪り尽くした結果、彼は途中で意識を飛ばしてしまったのだった。そのままにしておけるはずも無く、彼が撒き散らした精液や汗やらをを残らず舐めて綺麗にし、お風呂に入れるなどして身を清めてからきちんと服を着せて寝かせた。俺は俺で身も心もお腹いっぱいになって、最近の中で一番よく眠れた。
昼頃になってからようやく起きたヒョンの声はガサガサになっており、身体を起こそうとしたら痛いと呻くしなんだか大変申し訳なかった。ごめんなさいの意を込めて腰を撫でたら手つきがよろしくなかったようで払いのけられてしまった。

「もお……毎回こんなの身が持たないよ……」
「もうちょっとライトに済ませられるよう善処します」
「しないやつだよそれ。あー、動けない。今日一日お世話してね」
「当たり前ですさせていただきます」

手始めにヒョンご所望のオレンジジュースを持って寝室へ戻ると、ヒョンがこっち来て、と俺をベッドに呼んだ。

「なに?」
「また辛くなったら、ちゃんと言うんだぞ」
「え……」
「俺はすんごい疲れたけど、お前はする前より段違いに生き生きしてるし。お前にとって必要なことなら、我慢せずちゃんと言え、って言ってんの」

美味しいものを食べること。それはすごく大事なことだから。おれにしかお前に美味しいものを食べさせてあげられないみたいだしね。そう言って恥ずかしそうに俯いたヒョンを堪らずぎゅ、と抱き締める。

「好き、テヒョンイヒョン……」
「ん、おれも、すきだよ」
「ほんと?本当に?」
「うん。おれ、そういえば好きな人じゃなきゃキスもセックスもできないや」
「うぅぅテヒョンイヒョン好き、俺のものになって」
「もうとっくにおまえのじゃないの?」

だっておれ、お前の運命なんでしょ?
とびきり美しい笑顔で、テヒョンイヒョンが笑った。









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