言葉が武器なら愛に死ぬ




〇『この愛は致死量のモルヒネ』続編


ねえ、どうしたらあなたは解ってくれるかな。
俺にはあなたしかいないってこと。気の迷いなんかじゃない、俺の運命はあなたしかいないってこと。あなたはいつか終焉が来るものだと信じて疑わないけれど、それは有り得ないんだってこと。こんなに愛を伝えているのに、あなたはどうしていつも悲しそうな顔をするんだろう。

テヒョンイヒョンが儚げに俺を見つめて笑うとき、いつもその瞳の奥に臆病な色が見え隠れしている。幸せだと言うくせにどこかその幸せに浸りきるのを拒んでいる。もっと貪欲になってくれたらいいのに。性別という壁が大きく聳えていて、思うように行かない。俺たちのどちらかが女だったら違っただろうか。でも、きっとそれじゃあ俺たちは始まることすらなかった。

昔の俺は物凄く人見知りで、人前で歌うことも恥ずかったし、兄さんたちに意見を言うのも目の前で着替えをするのも、何をするのも尻込みしていた。中々自分から輪に入れない俺を、人懐っこい笑顔で引き入れてくれたのは他でもないテヒョンイヒョンだった。面倒見が良くて、底知れない優しさで俺を包み込んでくれた。どうしても自信を持てなかった俺を励まして、甘やかして、大丈夫だよと手を繋いでくれたから、俺は少しずつ前を向けるようになった。あなたがいたから成長できた。あなたが居なかったら、今ここに俺は立っていなかったかもしれない。そして今も、あなたがいなくちゃ俺は俺でいられない。気づけば視線の先にあなたがいる。あなたがいなくちゃ落ち着かなくて。
あなたは最初からかっこよかったけれど、歳を重ねていくにつれてどんどん人間離れした美しさを放っていった。どんな服も髪型も髪色も自分のものにしたし、冷たい印象を受ける大きくて魅力的な三白眼に見つめられるとどうにかなってしまいそうになる。それが俺の前でふにゃりと蕩けると、酷い優越感を覚える。こんなに美しい人が、俺の兄さんなんだ、と噛み締める。同時に、そんなあなたが色んな人に愛されているのを見ていると湧いてくる、ぐつぐつと腸が熱くなるような嫉妬心。あなたに魅了されて、あなたの笑顔を待っている人はそれこそ山のようにいるけれど、何よりあなたの幸せを願っているのは俺だし、あなたを笑顔にできるのも俺だって胸を張って言いたかった。本当は誰より美しいあなたを人目に晒すのが嫌だなんて言ったら、あなたは笑うだろうか。閉じ込めて俺だけのものにしたいって言ったら、どう思うかな。
あなたの容姿はどんどん変わっていくのに、中身の無垢さは変わらない。この汚い世界にいて、傷つけられることはあれど人を傷つけることなんて絶対にしない。その優しさは人だけでなく動植物にすら向けられるなんて、あなたって天使か何かの生まれ変わりなのかな、と思うことがよくある。あなたに抱っこされて可愛いね、と撫でられている犬にすらいいなあと思ってしまうあたり末期だった。好きすぎて仕事中にも関わらず目で追って、あなたの姿を追い掛けて、隙を見て抱きついてみたりして。それなのにあなたが俺を見ないで他の兄さんに笑顔を向けるとつい睨んでしまったり。ジミニヒョンに「ほどほどにしろよお前」と窘められたけれど、そんなことすぐ止められるなら苦労しない。

「お前がテヒョンイのこと大好きなのはよく分かってるけどさ、態度に出過ぎだから。ヒョンたちや僕にすら嫉妬するのやめろよ」

呆れたようにそう言われて、どれだけ自分が態度に出していたのか恥ずかしくなった。でも、と食い下がろうとして「でももクソもないよ、ベタベタしすぎるなって社長にも言われたろ。ちょっと控えろ」と言われて、本当に悔しくて唇を噛んだ。
ジミニヒョンは同い歳で「親友」という確固たるポジションがあるから、テヒョンイヒョンの隣にいても何の疑問も持たれないし、甘やかすのも手馴れている。テヒョンイヒョンだって一番信頼を置いているのはジミニヒョンだろう。俺は、ただの弟分でしかないのに。テヒョンイヒョンが頼るのは兄さんたちばかりで、俺には歳上ぶる。俺には弱みを見せようとしない。俺も力になりたいし、あなたを守りたいし、あなたの一番傍にいたいのに。

頼りになる兄さん、唯一無二の親友。他に埋まっていない重要なポジションといえば、恋人。

そう考えたときにふと腑に落ちた。テヒョンイヒョンに執着する自分がどんな気持ちで彼を見ているんだろうとひとつずつ当てはめてみれば、それが恋だってやっと気づいた。男同士だからって無意識のうちに除外していたらしい感情は、恋だと自覚した途端に鮮やかに色付いた。ふざけてキスをされた時の言いようのない頬の熱さとか、ぎゅうと抱き締められた時の落ち着かなさとか、目が合ったときの、ふたりだけの秘密めいた視線のやり取りだとか。そういうの全て、俺だけのものにしたい。どこか危なっかしくて掴めないけど優しい彼の、恋人になりたい。そうしたら、誰にも文句を言われることなく彼を独占できる。
思い違いかもしれないと何度も繰り返し自分に問うた。それは本当に恋なのかと。何度も諦めなければならないのではないかと目を瞑ろうとした。でも瞼の裏に焼き付くあなたの笑顔を諦めることはできなかった。自分の取り巻く環境について何も考えなかったわけではない。アイドルという職業で、7人というメンバーで、沢山のファンを抱えて、恋人を作るということがどういうことか。それも相手が同じグループのメンバーだったら、せっかく築き上げてきた絆を壊してしまうかもしれないと。けれど俺は少し幼くて、突っ走るままに彼を求めた。幸い俺の独占欲がダダ漏れだったせいで、兄さんたちはあまり驚かなかった。迷惑は絶対に掛けないと約束して、テヒョンイヒョンが好きだ、と伝えた。

彼は戸惑っていた。何度も悩んで、一度は断られた。すごく悲しそうな顔で、俺の好きだという気持ちを「それはだめだよ、言わないで」と遮られた時、この世の終わりかと思った。でも結局彼は俺に甘いし、何より彼も俺のことを意識していてくれていたらしかった。甘く視線が絡み合って融けたときの幸せに身を浸す感覚は、俺だけが感じていることではなかったんだと知って、嬉しかった。覚悟を決めた彼が「おれもジョングギのことが好き」と言ってくれた時、この世の全ての何もかもに感謝して回りたいくらい有頂天になった。

あなたは俺のすることなら何でも赦した。何もかもを知りたくて性急に身体を暴いてしまったことも、醜く嫉妬して困らせても、感情をぶつけて拗ねても、「ごめんね」といつも俺に謝った。本当に今思えば幼稚だったなと思うけど、俺も意地っ張りだから中々謝れなくて。でも彼は、喧嘩になる前に折れて、「やっぱり俺、お前には怒れないみたい」とへらりと笑った。

あなたを守りたい、頼られたいと思うのに、いつもあなたの優しさに包み込まれていた気がする。だから、あなたがいつも俺といる時にありもしない終わりを意識しているのだと知ったとき、とても悔しくなった。
性別なんて、あなたを前にしたら何の問題にもならないのに。俺は元々恋愛対象は女の人だけど、気づいたらテヒョンイヒョンを好きになっていたんだから。もし男の人が無理なら抱くなんてできないでしょう。あなたの身体の隅々まで知り尽くしたいって何度も耳元で囁いたこと、忘れちゃったの。あなたの為ならなんでもできるし、してあげたい。今まで付き合った彼女たちに抱いたことのなかった感情を次々と呼び起こさせたくせに、俺の幸せを願って離れようとするなんて、本当にあなたは何もわかってない。


「おれを壊して」「おまえのカタチ覚えちゃうくらいおれをお前でいっぱいにしてよ」──俺が陥落しないはずがない誘い文句で以て俺を抱き締めたテヒョンイヒョンの目には、やはり幸せというよりも哀しみがあった。彼が快楽に逃避しようとしているとわかっているのに我慢出来なくて、腹の底をぐつぐつと燃やしながら、伝わらなさがもどかしくていつもよりも丹念に彼の身体を拓いた。彼へ永遠を証明することはできない。絶対的な安心を彼に与えることは、まだ俺の度量じゃ無理なんだろう。彼を啼かせながらの沸騰した頭では何も考えが思い浮かばなくて、半ば気絶するように眠りについた彼の寝顔を見ながら、途方に暮れた。

「お前と別れたらきっとおれ壊れちゃう」と切なげに笑った彼が可哀想で愛おしい。そうやって不安がるところがいじらしいのに、案外その不安が深くてどうしようもない。ううん、と頭を悩ませながら裸の彼を抱き締めて、目を閉じた。


次に目が覚めた時、いやにベッドが広くて違和感を覚える。一気に覚醒した頭で隣を見ると彼がいない。シーツに温もりも残ってなくて、俺は慌てて部屋を出た。

「おはよお、ジョングガ〜」

リビングに行けば拍子抜けするくらい柔らかな笑顔を浮かべたテヒョンイヒョンがいた。さっきまでの憂いを帯びた色は見えない。

「せっかく作ってくれたのに、ごめんね」と申し訳なさそうに温め直したらしい朝食を口に運んでいる。朝食とはいえもう昼を過ぎていて、朝から行為に及んでしまったことが気恥しい。

「全然、いいんです。あの、腰とか大丈夫……?」
「……あんまり大丈夫じゃないっていうか…、だから今日外に出掛けるのは無理かな……」
「ごめんなさい……」

しゅんと俯くとテヒョンイヒョンがちょいちょいと手招いてくる。近づくと「いいの、朝から愛されて嬉しかった」と小さな声で顔を赤くしながら言うものだから、呻き声を上げながら思わずその場で膝をついた。

「ヒョン、あの、温度差で死ぬ」
「へ?え?今日の?10度くらい気温差あるもんね……?」

そうじゃねえよと叫びそうだったけれど、俺は胸を抑えながら立ち上がり、ヒョンの口元についているソース目掛けてキスをした。

「あのさ、テヒョンイヒョン。俺ってまだあなたと比べたら子供なんだと思う」
「そう?」
「うん。だから未だに物凄く嫉妬深いし結局あなたに甘えてしまう。でもさ、俺は本当に、あなたに心底惚れてる。こんなに身を焦がすような恋愛は初めてだよ。絶対にあなたが俺の運命だって言いきれる自信があるから、どうか不安にならないでほしい。確かにこの先ずっと関係を続けていられるかどうか、証明はできないよ。でも、少なくとも俺はあなたがいないと幸せになれない。あ、そうだ、もし俺が何かしてあなたを悲しませるようなことがあったら、ジミニヒョンに俺をぶん殴ってくださいってお願いすることにします」
「え、ええ?」
「ジミニヒョンなら安心でしょ。あなたのことを泣かせたら頼まれなくても殴りに来そうだし」

ジミニはお前にもあまいよ?と首を傾げるテヒョンイヒョンはやっぱり何も分かっていない。悔しいけどジミニヒョンのテヒョンイヒョンへのモンペ具合は俺も舌を巻くほどなのだから。

「でもさ、それなら……さっきおれ、お前のこと泣かせちゃったね。ごめんね、泣いちゃうとは思ってなくて」

俺の目元を撫でながらテヒョンイヒョンが言う。いや泣くでしょう、最愛のあなたから別れ話をされて泣かない男がいるというのか。

「ジミニに怒られるかな?」
「いや逆に俺が怒られそう」

テヒョンイを不安にさせるお前が悪いだろと頭の中のジミニヒョンが文句を言っている。昔と比べたら随分丸くなった方だとは思うが、年数を重ねてテヒョンイヒョン愛を更に深めたジミニヒョンは本気で厄介だ。……ああもう、そんなことより。

彼の手を取る。指の先まで綺麗な手の甲を持って、跪く。正直すごく照れ臭くて恥ずかしいけど、俺の顔面偏差値ならどんなにベタなことをしても許されると信じている。そして、この人には言葉と行動で尽くさなきゃいけないとよく分かったから。ちゅ、と控えめに口付け、びっくりしているヒョンの目を見つめながら「今度、指輪買いに行きましょう」と言ったら、ヒョンがぽろりと涙をこぼした。

「ぃ、いいの……?指輪、なんてさ、大事なもの」
「あなたとの指輪ずっと欲しいと思ってたんだよね。前ファンから貰ったじゃん。あれも悪くなかったけど、自分たちで選んだやつが欲しい」
「おれも、……ほし、い」

美しい顔をくしゃくしゃにして泣き始めるテヒョンイヒョンが可愛らしすぎて笑ってしまう。ああ、なんて可愛い人。俺には勿体ないって何度も思ったけれど、でも、絶対に誰にも譲らない。

「じゃあ今日、いきたい……」
「え、腰痛いんでしょ」
「次の休みいつかわかんないもん」
「俺も今すぐ行きたいけど、あなたの体も大事だからだめ」
「じょんぐがあ」
「そんな顔してもだめです」
「大好き、愛してる」
「俺も愛してます、絶対買いに行くし指輪は逃げませんから今日は大人しくしてましょう」
「やあだ〜」

くふくふ笑う機嫌のいいヒョンに約束しましょ、と指切りげんまんをして。それから彼の膝裏と背中に手を差し入れてお姫様だっこをする。

「ちょ、あ、おろ、下ろしてっ重いよ!!」
「何のために鍛えてると思ってるんですか、今日は寝室でイチャイチャしてましょうね〜」
「え〜、じゃあジョングギ号しゅっぱ〜つ」

俺の身長が伸び悩んだ辺りから鍛え始めた筋肉は、身長が変わらないテヒョンイヒョンを持ち上げても余裕がある。身体を鍛えている理由にあなたもいるよ、って言ったらどんな反応するかな。ねえ、少しずつでいいから、俺はあなたに骨抜きにされていて、一生離れる気はないって、解ってね。







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