不器用な僕らの愛情論






「なあお前らさ、付き合ってんだろ?」
「え?誰が?誰と?」
「すっとぼけるなよ、お前とジョングクだよ」
「なんでそんな話になるの。付き合ってなんかないよ」
「いやいやいやいやいやいや」

いやいやいや、と無限に発しながらだんだん表情が険しくなっていく親友。まるで信じられない、というような。

「信じらんないんだけど。付き合ってないのにあんなに毎日ベタベタしてるわけ?」
「ボディタッチが多いのは今に始まったことじゃないよ」
「そうだけどさぁ」

ジミンは大きな溜息をつきながらいい加減胸焼けするよ、と自身の前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。胸焼け、ってなんのことなのだろう。薬箱ならあっちだよ、言うまでもないだろうけど。そう返すとこの後に及んですっとぼけんのもいい加減にせえよ、とガラの悪いジミンが顔を出した。

「だって、本当にそういうんじゃないもん。それならおれとジミニだって距離感近いし、なんならマンネ組は距離感バグってるって言われるじゃん」
「いや、それを通り越してんだってお前たちのは」

なんのことやら、とばかりに首をこてんと傾げてみせると、これはもう駄目だといわんばかりに呆れた顔をして、ジミンは「僕の目がおかしいのかな?」と言いながらふらふらと部屋を出ていった。

実際、おれははぐらかしたけど、ジミンの目はおかしくないと思う。ジョングクとおれはとても仲がいい。昔から歳の近い兄弟としてメンバーの中でもいつもくっついていたと言っても過言ではない。でもそれはジミンも同じで、おれとジミンも大概人の事は言えないところにいると思う。でもきっとジミンが言いたいのは、おれとジミンですらしないようなスキンシップをするから、"付き合ってるんじゃないのか"なんて言われるのだ。

まだ俺より小さかったジョングクは、それはもう本当に子うさぎのようで可愛かった。細くて白くてかわいくて、そして人見知りだから中々おれのそばを離れなくて。おれは元々スキンシップをとるのが好きなのもあったし、ジョングクがあんまりにもかわいいから、それはもう可愛がった。ジョングクが照れてやめてって言うまでほっぺやおでこにキスしたり、胸の中に抱え込んでぬいぐるみのように抱き締めたり、足まで絡めてぴったり寄り添って寝たり。ジョングクはおれに懐いていたので、言われるがまま、なすがままにおれのおもちゃになっていた。
今やそれは見る影もなく、いや顔はかわいいままなんだけど、筋肉はもりもりでおれより身体に厚みがあるし、おれが引っ張ってもびくともしないし、キスしようとしたらがっちり顎を掴まれて口にされるし、おれが抱き締めるというよりはジョングクにおれが抱き着く、もしくは抱き締められる、と言った具合に、順調に力をつけたジョングクからは下克上されている日々だ。
おれよりでかくて力があって男らしくなったジョングクなんて、めちゃくちゃイケメンなだけでほとんどかわいくないんだけど、それはそれでかわいいような気がしてしまうのはちょっと末期だ。例えば、おれに対する独占欲を一丁前に出すところとか。ジョングクはおれの仲のいい俳優のヒョンたちやアイドルの友達と遊びに行くのにもすごく嫌そうな顔をする。天気が悪かったり時間が遅いと、「雨だから行くのやめたらいいのに」とか「危ないからやめた方がいいですよ」と、取ってつけたような理由でおれを引き止めるのだ。逞しい腕はおれの手を掴んで離すまいとしているのに、「ごめんね」と振りほどくと置き去りにされたうさぎみたいな顔をする。身体ばっかり大きくなって、しゅんとするところは昔と違うようで変わってなくて、すごくかわいい。その代わり、ただでは起きないジョングクはおれが遊んで帰るとすぐに自分の部屋に引き入れて、一晩離してくれなくなる。拗ねながらおれを腕の中に閉じ込めて、埋め合わせしてください、って唇を尖らせるのだ。埋め合わせも何も、お前とは何も約束してないでしょ。そう言い返すと、そんな返事は聞きたくないとばかりにジョングクの唇におれは食べられてしまう。それがまたかわいくて。よしよしと暗い色の髪を撫でると、「ヒョンの一番はおれだもんね」なんて言うのだ。昔から負けず嫌いだから、おれの優先順位の最高位にいないと気が済まないのだ。それも、ずっと変わらない。ただ、その関係に名前がついていないだけ。兄弟愛の、延長上でしかない。

「そうだよ。おれの一番はおまえ」

だから拗ねないで。ジョングクはふん、と鼻を鳴らして、ベッドの中におれを沈める。鎖骨や首筋、服を捲られて腹筋や臍、胸。余すことなく熱く湿った大きな手で撫で回されると、おれもジョングクに触れたくなってしまうから、二人で服を脱いで、汗ばんだ身体を擦り合わせて、どろどろに溶け合ってひとつになるまで確かめ続ける。

「っ、……ん、ぐがぁ」
「なんですか、っは、」
「おまえのいちばんは、…ぁう、ん、おれ?おれ、だけ?」
「当たり前、でしょ。あなたは、俺のなんだから」
「ん、ふふ。なら、いい、の」

だから俺のこともあなたのものにして。余裕なんて欠けらも無い声でジョングクは言う。おれはとっくにおまえのものだよ、と言ってもジョングクは安心してくれないから、いつも確かめる。お前はおれものもので、おれはお前のもの。揺さぶられながら、色んなところをぐちゃぐちゃにしながら、おれたちは笑いあった。そうしていないと満たされないのだ。そうしてお互いの燻ったものを埋めていく。

あなたが欲しい、と言われて、おれは当然のようにいいよ、と答えた。お前にならおれをあげてもいい。そう思えたから、おれにあげられるものならなんでもあげた。ジョングクもおれが望む限りのものをくれる。人肌恋しさ、火がついてしまった肉欲、一緒に何かを共有したいという気持ち、誰かの一番でいたいという承認欲求。その日のそれぞれに足りないものを与え合っていく。それが恋人なんじゃないのか、と言われれば、そんな風に見えるかもしれない。でもおれたちは恋人になろうなんて話したことはない。恋人同士がするような行為だけれど、「付き合ってる」と型に嵌めた言い方をされるのは、なんだか収まりが悪い。

ジミンにはそれが異常に見えたようで、本当の恋人同士じゃないならやめろよ、と言われた。セフレみたいじゃないか、なんて言われて悲しかったけれど、おれたちは確かにお互いに恋をしているわけじゃない、と思う。依存してしまっているだけだ。お互い寂しがり屋だから、その穴を埋めようと必死だった。確かに、ジョングクみたいないい男をいつまでも離さないでおくのはこの世の女の子たちが可哀想な気がした。おれたちの関係は間違っていると言われても咄嗟に反論できる何かを持ち得ない。そろそろジョングクのなかの一番を明け渡してやらなければならない。

その晩、ジョングクに、恋人を作らないのかと訊いた。するとジョングクは、要らない、と言った。今はあなたがいるから。忙しいし、他に彼女なんか作ってる暇なんてないでしょ。澄ましたように言うので、そっかあ、と笑う。

「おまえの一番でいるの、やめようと思ってさ」
「は?どういう、意味ですか」

ジョングクは一瞬固まって、それから険しい顔をした。わかっているくせに。いつまでも悪いヒョンにかまけてちゃだめだって。この先ずっとお互いを貪り続けることはできないって。

「それは自分で考えなきゃ」

ぴとりとジョングクのかわいい唇に人差し指をあてる。ジョングクは怒ったようにおれの手を掴もうとしたけれど、それをひょいと避けた。

「なんで悲しそうな顔するんですか」
「そんな顔してない……ううん、してるかも。だって今までずっとジョングクの一番は俺だったんだから。でも、恋人じゃない。おれは男だし。おれは確かにお前に愛をたくさんあげたけど、愛ってそればかりじゃないから、それをお前に見つけてほしくて。だから、もうやめよう」
「なんで、やめる必要なんて」
「ね、ジョングク」

声を荒らげるジョングクの言葉を遮り、「お前はもっとたくさん知らなくちゃ」と、今世紀最大のヒョンぶった顔をして、部屋を出ていった。
自分の部屋のひんやりとしたベッドにひとりで座り込むと、なんだか世界にひとりだけ置き去りにされたような気持ちになって、ぽつんと涙が一粒だけ落ちた。たくさん愛をくれてありがとう、って、ジョングクに言い忘れたな、と思いながら眠った。



それからすぐにジョングクは恋人を作ったから、文字通りジョングクの一番はおれじゃなくなった。でも、あのお互いを確かめ合うような熱烈な夜はなくならなかった。ジョングクはいつも通りおれに触れてくるので、おれもなすがまま受け入れた。ジョングクの中の二番目になったのか、それとも色んな愛を一身に受けたいタイプなのか。我がマンネは欲張りだなあ、と思う。あの夜おれが何をやめたのか、少し曖昧になってしまったけれど、あの夜確かにおれはジョングクの一番になることをやめたのだ。だからおれからジョングクを求めることはしなくなった。

でもジョングクは結局、恋人とすぐに別れてしまった。

「あの子、ジョングクのことすごく好きそうだったのに。なんで手放しちゃったの?」

訊いてみればジョングクは苛立ちを押し殺したようにおれを睨んだ。曰く、コレジャナイ感がすごかったから、と。そんなの、付き合って数ヶ月で出す決断じゃないだろう、と言ってもジョングクは首を振るばかりで。じゃああなたも一番だって言えるような存在を作ってみてくださいよ、作れるものならね。そしたらわかります、と更に拗ねられた。だから確かに、と言われるがまま、おれも一番と言えるような、恋人というやつを作ってみることにした。
ジョングクみたいに女の子じゃなくて、広い人脈の中から適当に選んだ歳上の男の知り合い。すぐに約束を取り付けた。ふたりきりでお酒を飲んで、酔っ払ったふりをして、終電を逃してホテルにまで漕ぎ着けた。まるであざとい女の子みたいだな、と自分でも思ったけれど、待ち合わせ場所に現れたその男は、最初から既に燃えるような目でおれを見ていたから、お互い様だと思う。でもやっぱり、ジョングクといた方が楽しい。それこそ決めつけるのが早すぎて、ジョングクのことを言える立場じゃない。

あんなにジョングクと貪り合うように行為に耽って、身体なんてたくさん暴かれたつもりだったのに、いざその男に組み敷かれると少し怖くなった。どんな風におれの足りないところを埋めてくれるんだろう、と期待することにして身体を委ねてみて、やっぱりというべきか、後悔した。

全てが終わってから男が寝こけている間に適当に金を置いてホテルを出てふらふら歩いていたら、ジョングクからメッセージが入っていたことに気づいた。

『今どこにいるの』

そのメッセージが来たのが三時間前で、今は夜中の三時だ。今更返したってもう寝てるだろうとわかっていても、足りないところを埋めてもらうどころか抉り取られたような気持ち悪さが嫌で、ついジョングクに電話してしまった。しかもなんと起きていた。

「……ごめん、電話して」
『どこにいるの』
「ホテルから出たとこ」
『……だから、どこの』

大きな溜息と共に不機嫌そうな低い声が、機械越しに鼓膜を揺らす。きっと呆れてる、恋人すらまともに作れないおれに。歳上ぶって色んな愛を知らなくちゃ、なんてどの口が言ったのか。でも今は、相手がジョングクなら怒られても呆れられてもばかにされても、なんでも良かった。位置情報を送るとジョングクはそこから動かないで、と言って電話を切った。

「……はあ、」

夜明け前の澄んだ空気が身を包む。倦怠感と軋むような痛み。よく知りもしない男といたホテルのベッドの中の、居心地の悪さと快感を拾えないもどかしさ、心細さ。違う、そうされたいんじゃない、とか。そこは別に気持ちよくない、とか。あの熱い視線はただおれのことを好きになってくれたんじゃなくて、おれをいやらしい目で見てただけだったんだなと大分経って、気づいて。テヒョン、とおれの名前を呼ぶ声すら、なんか違う、なんて思ってしまった。でも泣いているおれを見ても男は嗤うだけだった。ジョングクみたいに困ったように泣かないで、あなたに泣かれるとどうしたらいいのかわからない、って言うのが、恋しくなった。思い出すと虚しくて、消えてしまいたくなる。情けない。


「テヒョンア!」

澄んだ空気を裂くようにして聞こえた耳慣れた声に、おれは顔を上げた。道端に蹲っているおれに慌てて駆け寄ってきたジョングクは、おれの顔を見て驚いてからこわい顔をした。

「どうでした、他所の誰かさんは」
「……うん、ジョングクの言う通りだった」
「一番、作れそうですか」
「ううん、無理だと思う」
「どうして?」

おれに目線を合わせてしゃがみこんだジョングクの顔を見つめる。大きな瞳と意志の強そうな上がり眉。でもおれを見るときはすごく甘い色を見せてくれる。今は怒ってるけれど、その中にすら優しさが感じ取れるから、好き。ああ、一番好きだ。考えてみれば、こんなに好きだって思えるひとは、ジョングク以外今までいたことがなかった。きっと今まで、恋ってこういうものなんだって分かっていなかった。男だからとか、ジョングクは弟だからって無意識に逃げていた。今更いい歳になってから身に染み渡るように理解して、胸を掻きむしりたいような気持ちになる。多分今すごく顔が赤いと思う。

「……ジョングクほど好きって思えるひと、これから先見つけられる気がしない」

ジョングクは少しだけ目を見開いてから、嬉しそうにくしゃりと笑った。目尻の皺すらかわいい。

「俺もね、情けないけど、彼女作ってみてそう思ったんです。あなたみたいに綺麗でかわいくて優しくて、俺の全てを知っていてくれるひとなんて、他にいない」
「おれも。おれも……お前がいい。お前がいてくれたらもう何もいらないから……おれを、おまえの恋人にしてくれる?」

ジョングクはむずむずと口を動かして、結局言葉にならなくて、照れたようにこくりと頷いた。それからおれを引き寄せる。ずっと蹲っていたせいで足が痺れて転びそうになったけれど、逞しい腕は危なげなくおれを受け止めた。

「なんか……おまえへの好きっていう気持ちは兄弟愛の延長だと思ってたんだけど、違ったみたい。……恋ってこういうもの、なのかな」
「多分……ずっとあなたと知らないうちにしてたのって、恋だったのかもしれないね」
「そっかあ……あは、照れる、恥ずかし……」
「テヒョンイヒョンかわいい、そうやって自覚したら目の前が拓けた気がする」
「おれも」

ぎゅう、と抱き締めあって顔を見合わせる。恋人、という甘い響きをおれなんかがあげちゃっていいのかな。でも今更、誰かにジョングクを取られたら抜け殻のようになってしまう。

「なんで不安そうな顔、してるの」
「ジョングク無しじゃ生きていけなくなっちゃいそうだなって……」
「もう既にそうだから諦めて」

そうだね、それはそうだ。嬉しくて涙がぽろ、と溢れる。するとやっぱりジョングクは困ったような顔をした。凛々しい眉毛をちょっと下げて、あなたに泣かれるとどうしていいかわからない、って、おれの想像の中のジョングクとそっくりそのままのセリフだったから、おれは耐えきれず吹き出したのだった。


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