残夢でしか会えぬ君へ 2







今日は飲み会がある、というのを今朝ジミンから聞いて初めて知った。他の部署の人も来るそれなりに大人数の飲み会だと聞いて、いつものように行かない、と返事をするつもりだった。しかしジミンが「気乗りしないのはわかるけど、たまにはお前にも来て欲しいな」なんて寂しそうに言うものだから、渋々ながら行く、と返事をしてしまった。無理はしないでね、といいつつジミンの方が嬉しそうにしていたから、優しい同僚が穏やかに笑っている顔は好きなので、まあいいか、と思った。彼なりにおれを心配してくれているのはわかっている。いつも心配させてばかりだから、少しくらい付き合ってあげたかった。


定時に仕事を切り上げて居酒屋へ集まり、各々好きなものを頼んでいく。甘めで度数の高くないサワーを頼んで、大皿に盛られた唐揚げやポテトをもそもそと口へ運んだ。隣に座ったジミンが甲斐甲斐しくおれの好きなものを皿へ移してくれる。気にしなくていいと言っても「僕がしたいからいいの」なんて言う。その様子に女子社員たちからも「仲が良くていいねえ」と温かい視線を頂いてしまい、少し恥ずかしかった。そういえば、いつも飲み会に参加しているあの給湯室にいた上司がいない。怪訝に思いながらジミンに聞けば、何故か他の部署へ異動することになったらしい、と聞いて驚く。時期を見ても不自然で、おれは首を傾げるしかない。ジミンは早々にその話を切り上げてしまった。おれももう思い出したくもない出来事なので、話題にすることはやめた。

「他の部署の人も来るとか行ってなかったっけ?」
「あれ、そういえばいないね。何人か遅れて来るって言ってたからそのうち来るんじゃないかな」

そっか、と頷いてジョッキの中の液体を流し込む。久しぶりの酒に、喉から腹にかけてほんのりとアルコールが伝うのがわかる。熱を持って体内を焼いて、次第に頬が熱くなる感覚。やっぱりお酒は苦手だ。
あまり飲まないようにしていたのに、真向かいに座る人のお酒を間違えて飲んでしまい、急速に酔いが回った。くらくらする頭でジミンの肩に頭をのせてぐりぐりとしていると、ジミンが苦笑したのがわかる。おれたちは部署内でも若い方だからか、少し歳の離れた女性しかいない。それを今ほど感謝したことはない。少しアルコールを入れただけでこんなにふにゃふにゃになってしまうなんて知られても何の得にもならない。「かわいい〜」とか「テヒョンくんってこんな感じなんだぁ、これはジミンくんいないと危なっかしいねえ」とか言われても嬉しくないのだ。

「テヒョンも最近疲れてるみたいだから、いつもよりお酒回るの早いのかな。別に寝てもいいけど帰る時ちゃんと起きろよ?」

ジミンはおれに甘すぎる。ぽんぽんとおれの頭を撫でた手を心地好く思いながら、おれは眠気に抗えずに瞼を下ろした。


「……お疲れ様、……あ〜、─寝ちゃってて。……ごめん……」
「……─いえ、……大丈夫ですか?……いや、俺は……」

浅い眠りの淵で誰かの会話が聞こえる。一人はジミンだけど、もう一人はよく聞こえない。体は言うことを聞いてくれず、睡魔がもっと深いところへと引っ張っていく。眠い。引きずり込まれるみたいに意識が闇へ呑まれていく。そうしたらその先に、またあの海があるのだろうか。



「もうお開きだってのにやっぱりこいつ起きないや。あーもう」
「俺は…顔、見に来ただけなので。別に無理に起こさなくていいですよ」
「……お前さ、テヒョンイにもう来ないでって言われてなかったっけ?」
「…聞いてたんですね」
「ごめんね、テヒョンイ、最近体調悪そうだからあんまり目離しておけなくて。聞こえちゃった」
「……別に、いいですよ。俺、いつもテヒョンさんの悲しそうな顔しか見てないんです。というより、俺のことを見ると一層辛そうな顔になってる気がして」
「…お前がなんかしたんじゃなくて?」
「違いますよ、失礼な。でも、…この人のこと、俺はもっと知ってる気がする」

そう言うジョングクは、憂いを帯びた顔でテヒョンを見つめていた。ジョングクのことは、僕もよく知らない。違うフロアに所属しているやたら顔のいい男ということだけ。そして、こないだ給湯室でテヒョンを助けた人物でもある。
突然僕たちの所属するフロアに現れた彼は、固い表情に焦燥と苛立ちを滲ませながら僕のところへテヒョンのことを報せに来た。気絶しているだけだから寝かせておけば目を覚ますはずだと言った彼のその表情は、誰かへの怒りを明確に現していた。
テヒョンがどうして倒れたのか彼は知っているはずだから問いただそうとしたが、彼は「あなたはこの人を守っていてください」としか言わなかった。だから何も聞けず仕舞いだったが、そのうち日をおかずにテヒョンの上司が居なくなったことで、遠からず心当たりがあった僕はきっと彼の仕業だと思った。どういう手を使ったのかは知らないし、特に興味はない。ただ彼がテヒョンにどうしてそこまでするのかが純粋に気になった。

彼が果たして信用に足る人物かどうかは図りかねる。テヒョンが辛そうな顔をしている原因だとしたら、ただではおかない。そう思うけれど、彼からテヒョンを傷つけそうな雰囲気は全くなかった。それより表情から読み取れる悲痛な何か。テヒョンの寂しげな表情と重なって、少しだけ胸が痛くなった。
彼は眠るテヒョンを見つめてから、ゆるりと面を上げて僕を見た。

「……良ければ俺が送って行きましょうか?」
「ええ?そんな……悪いよ」
「多分ジミンさんだと運ぶの苦労しますし……、あ、家、分かりますか?」

とても迷った。テヒョンは人を家に上げたがらない。起きた時に僕じゃない誰かがいたらパニックになるかもしれない。目を離したくはない。でも直感的に、彼に任せておくべきかも、と思ったのだった。

「あー、うん。……普通ならこいつを誰かに任せるのはあんまりしたくないんだけど、僕も明日予定があるし……しょうがないか。じゃあお願いしていい?家の前に来たらこいつのこと叩き起して、鍵は自分で開けさせてね」
「はい。信用ならないなら、連絡しますよ。ちゃんと送り届けたって」
「別にそんなわけじゃあないんだけど……うん、気を悪くさせたなら申し訳ないんだけど、連絡頼んでいいかな」
「いえ、この人がなんだか危なっかしくて心配になるのは、わかる気がするので。ちゃんと連絡しますし、手出したりなんかしないですよ」

タクシーを呼んだ彼がテヒョンを見遣る、その姿だけでもモデルのような出で立ちだった。長身で整った顔、艶やかな黒髪とシルバーの控えめなピアス。すごくモテそうだけれど女子社員の方には見向きもしなかった。早々に潰れて眠っているテヒョンに目を丸くしたけれど、特に体調が悪そうなところがなくホッとしたようだった。そんな様子も、どこかテヒョンを案じるような態度だから、テヒョンを預けてもいいかと思えたのだった。でも一つだけ。そんな顔をするということには何らかの意味がないと成り立たない。ではそれは何か?僕の好奇心はジョングクに向かった。

「お前はテヒョンの、何なの」
「……わかりません」
「わからないのに、そんな顔するんだ」
「……違う、分からないんじゃない……もう少しで、思い出せそうなんだ、テヒョンさんは…俺にとって、すごく大切な人なような気がする」

ぎゅう、と目を閉じた彼が眉間辺りに拳を当てた。思い出せそう、ってなんの事だろう。もしその何かを思い出したら、テヒョンは救われるのだろうか。とにかくこれ以上好奇心でつつき回すのはやめようと判断して、僕は眠りこけているテヒョンの肩を強めに揺すって起こした。いつもの三分の一ほど目が開いて、「ふぇ?」とふやけた声がこぼれる。あぶなっかしくてしょうがないなとか、すぐ眠たくなっちゃうならジュースだけにしときなさいとか、お小言は沢山ある。でもそれを全て呑み込んで、「今日は僕一緒に帰れないから、この人に送ってもらうんだよ。いい?」と幼子に言い聞かせるみたいに話す。するとテヒョンは「ん〜ん」とかむにゃむにゃ言って、また目を閉じてしまった。隣で彼が苦笑した。

「随分世話焼きなんですね」
「まあ……でも好きでやってるし。テヒョンは僕にとって大切だからね。何となく寂しそうにしてるように見えるから、尚更放っておけないってうのもあるな。……ああ、喋り過ぎた。気にしないで。じゃあ、申し訳ないんだけどよろしくね」

タクシーが来たので、僕は彼に乗るよう促してから財布からお金を出した。そんなのいいですよ、と断る彼に無理矢理握らせる。いいんだ、全て僕の自己満足なんだから。
眠るテヒョンの頬を名残惜しく撫ぜながら、「頼んだよ」と言ってドアを閉めた。何か言いたげな彼の言葉を、僕は聞かない。彼が言わんとすることは何となく分かるから。一生答えるつもりは無い。



ゆらゆらと浮かぶ。揺蕩う。浮き沈みを繰り返すけれど沈むことはない。それは誰かがおれを抱きとめてくれているから。ぎゅ、としがみつくと、誰かの顔がすぐ傍にあって、ふ、と吐息で笑った。いつも夢の中でなら会えるのに。現実世界でおれを抱きしめてくれる人はいないから、寂しい。手を引いておれを導いて。そして抱きしめてよ。その先が絶望に身を浸して選んだ海だったとしても、おれはいい。おまえがいるなら、おれは寂しくないから。だから離さないで。お願いだから。

「おね、がい……ひと、りに……しない、……で……」

口の中で転がすより先に出た言葉が寝言になっていたとは知らないおれは、ぎゅ、と近くにある手を握った。温かい。ずっと求めていた手。その手はぎゅうと力強く握り返してきた。それから優しく頭を撫でられる。涙が出るほど嬉しくて、笑みがこぼれる。だいすき。愛してる。ずっと一緒にいようって言ったよね。だってそうだ、二人で永遠を誓ったんだもの。
どんどん現実と夢の境界線が曖昧になる。おれが何処にいて、おれが誰で、夢の中のことが本当に夢なのか現実なのか。この手を握っているのは誰?おれのことを呼んで、愛してるって言って。夢なら許してくれるんでしょう?ねえ、待って。夢なら醒めないで。もう、ひとりはいやなんだよ。



するりと手を解かれて、ふわりと意識が浮上する。しかしまだ寝起きでぼんやりとしていて、誰かと誰かが会話しているな、ということしか分からなかった。それから気づけば身体が誰かに抱き上げられていた。それがタクシーから出たということだとやっと認識してから急に意識が鮮明になった。え、とからからになった喉から声が漏れる。地面にがつんと重たそうなバッグが落ちる。それはおれのものじゃない、真っ黒なバッグだった。そして、見覚えのあるあの黒い大きな革靴。

「テヒョンア……」

絞り出される苦しげな声が耳元で聞こえる。ふわりと鼻を満たす匂い。苦しいくらいに抱き締められる。力強い腕も甘やかな声色も、全て夢とよく似ている。まだおれは夢の中なのかと思った。でも、潮の香りだけはしない。呼吸を奪う息苦しさもない。ここは海なんかではなくて、真っ暗な道路だ。

「テヒョンア、テヒョンア」

ぽつ、と落ちたのはおれを抱き締めているひとの涙だった。引き寄せられるようにその顔に手を這わせる。涙で濡れたその顔がおれを見たときの感覚を、おれは一生忘れることはないだろう。

濡れた綺麗な、大きな瞳。それがおれを映して、たくさんの感情を宿して歪んで、涙がまた溢れた。苦しそうな嗚咽、絶え間なく落ちていく涙、握り締められた手。スローモーションのように全てがゆっくりで、俺の目にも気づかないうちにみるみる涙が溜まる。唇は戦慄くばかりで、言葉にならない。

雄弁な瞳。



──ジョングク。ああ、


「……ジョング、ク……。おかえり、……」

その瞳はおれがよく知る、昔と変わらないジョングクのものだった。思わずおかえりと先に口が動いていて、おれの言葉にジョングクは目をまた真ん丸にして、それからくしゃりと笑おうとして失敗したみたいな顔をした。その仕草も表情も、全部ぜんぶ、ジョングクだった。

「テヒョ、ア……ッ、ただ、いま……っ」
「帰って、きちゃったね、……ごめんね、おれが……未練がましくて」
「ちが、違う、俺は……っ、ああ、俺の方こそごめん、ずっと……ずっとひとりにして、寂しかったよね、ごめん、テヒョンア」

ぼろぼろと幼子のように泣くジョングクの背中を撫でながら、目を閉じる。

ねえ、おまえは変わらないね。
ねえ、どうして思い出しちゃったの。
あの時、見つけてっておれが言っちゃったから?
おれがいつまでもひとりで泣いてるから?
ごめんね。でもね、おれはずっと会いたかったよ。

会いたかった。毎日欠かさず夢を見るくらい、どうしようもなく好きだった。寂しくてさみしくて、夢から醒めるのが嫌だった。おまえの幸せを願っておきながら、本当に未練がましくていやになっちゃうね。ねえ、おれね、死んでもおまえが好きなの。こんなの、重いよね。
でもおまえは迎えに来てくれた。もうそれだけで嬉しいの。

「あり、がと……ジョングク」
「なんでお礼なんて言うの、俺が……俺があなたを見つけるって言ったのに、約束したのにっ」

懐かしい声が鼓膜を揺らす。あの夢の続きなんかではなくて、今起こっていることが現実なのが信じられない。

「ずっと会いたかった、ずっと…何かが足りなくて、愛しい人が傍に居たはずなのに、どんなに探してもいないんだもの。名前も顔も思い出せなくても、あなたのことを想ってたよ。テヒョンア……ッ、もう離れたくない、忘れたくない、絶対離さないよ、ひとりになんてしないから、お願い、俺と一緒にいて」

ぎゅうぎゅうと骨が軋むほどに抱きしめられて息が止まりそうだった。おれの目からもぼろぼろ涙がこぼれ落ちて、しゃくりあげて、喉がひくひくと鳴った。

「で、でも、……おれ、おまえに、幸せになってほしくて、諦めようとしたのに……!おまえはおれを見つけてくれるって言ったけど、でもそれじゃおれ、おまえを幸せにしてあげられないから、思い出さないようにって、かみさまにお願いしたのに…、おれといたら、おまえ、が……幸せになれなくなっちゃうよお……っ」

自分でも何を言っているのかわからないくらいジョングクの腕の中でめちゃくちゃに泣きながら、おれと一緒にいたらだめなんだと言った。どうして戻ってきちゃうのなんて、ジョングクがいなきゃ泣いてばかりで何もできないくせに。

「ばかだ、ばかだね、あなたは…。俺はあなたしかいらないって何度も言ったのに。神様は今度こそ俺たちが二人でいられるようにって、またチャンスをくれたんだ。あなたは俺とまた出会うために今まで生きてきたんだよ。それなのに、あんなに悲しそうにしてたくせに、まだひとりでいようとするの?やっと会えたのに、そんなこと、言わないでよ……!」
「ごめん、ごめんね、おれ、……でももう多分、おまえがいなくちゃそろそろ死んじゃいそうだった、ねえ、……いいの?本当にこれから二人でいていいのかな?またたくさん傷ついて、死にたくなっちゃったらどうしよう?」
「次こそは絶対俺が守るから。あなたに悲しい思いたくさんさせちゃったから、もう絶対泣かせない。二度と離さない」
「ううう、じょんぐがぁ、うぁ、も、これ夢じゃない?ほんとのほんと?」
「ほんと、ほんと。もう夢に囚われないで。今は俺がいるから、本当に…たくさん待たせてごめん」

ずっとひとりだった。ジョングクに抱き締められて、ようやく一人の人間として成り立っている感覚がした。やっぱりおれは、おまえが隣にいなくちゃだめになってしまうんだ。

「ああ、まさか俺があなたのことを忘れてしまうなんて思わなかった。絶対俺が見つけ出すつもりでいたのに」

きゅ、と噛み締められた唇までもが昔と全く変わってなくて、おれは少し笑った。

「おまえ、変わらないねえ……」
「あなたこそ、酒に弱いのはずっと変わらないんだ」

あんなに無防備に寝ちゃってさ。どこか拗ねるような口調でジョングクが言う。

さっきまでおれのこと忘れてたくせに。どうしても責めるような口調になってしまいそうで口を噤む。そう呪いをかけたのはおれだというのに。忘れて、幸せになってって他でもないおれが願ったのに、おれが弱いせいで。
するとジョングクは「きっとあなたのだめなお願いも俺が跳ね除けちゃったんだね」と笑った。

「俺だって、あなたのことが大好きなんだから」

おれも。おれもそうだよ。ずっとずっと、おまえのことが大好き。
また溢れる涙とこぼれた拙い言葉を震える声で絞り出したとき、ジョングクの胸の中に引き寄せられた。ごつんと固い胸板に頬がぶつかってちょっと痛い。ジョングクの身体も少し震えていて、それからしゃくりあげるみたいな声が頭上でした。

「俺も好き、大好きだ、愛してる。…俺もずっと後悔してたよ。俺がもっと強かったら、あなたを死なせずに済んだのかって。あなた一人守れなかったくせにまたあなたの前に出てきてよかったのか、今でもわからない。でも嫌だ、あなたが幸せを諦めるのは。俺と幸せになろう。結婚しよう、テヒョンア」

吐き出される言葉のひとつひとつの重み。頬をジョングクの胸元に頭をぐりぐりと擦り寄せた。
もう難しいことを考えるのはやめようか。
ただ一緒にいたいってだけじゃだめなのかな?
昔のおれはそう言って泣いていた。
もう許してくれてもいいだろう。
たくさん苦しんだ。たくさん悩んだ。だから、もういいでしょう。

我儘ばかり言ってごめんね、神様。


「うん、幸せになりたい、一緒にいたいよ、ジョングク……」
「なるんだよ。あなたがいれば俺は幸せになれるから、だからあなたのことは、おれが絶対幸せにする。絶対何があっても離れない」

こつんとおでこ同士をくっつけた。いつかにしたような仕草。でもあのときは、もうこうするのは最後だと思っていた。

「覚えてる?」
「覚えてる。海でこうしておでこ合わせて、またあなたに恋をするよって言った。何度でも、あなたを好きになる。ね、証明できたでしょ」

こんな深夜の路上なのにジョングクが甘く微笑んだのが眩くて。うん、と頷きながらもう一度抱きついた。

「今度は、おじいちゃんになっても一緒にいようね」

ぽつりとこぼれたのは昔は叶えられなかったもの。あの夢のおれたちには未来はなくて、そこで終わってしまったから。次こそはちゃんと二人で生きていきたい。徐に繋いだ手をきゅ、と握る。返事の代わりに唇に落とされたキスに、胸がいっぱいになる。どんなに言葉を尽くしても足りない。また出会えて、こうして抱きしめあって、キスができてよかった。目を瞑れば暗い海を思い出せるけれど、もうそうする必要もなくなった。

「愛してる」

またこうして愛の言葉を聞ける。幸せだ。おれはようやくこの世に生まれて初めて、そう感じた。






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