忠犬彼氏と飼い主彼女 | ナノ
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凍てつくような空気が心地良いと感じた


「雪だ」

裏山での実技授業からの帰り、ふと空を見上げた竹谷が気付いた。
今日は朝からとても冷えて、いつ雪が降ってもおかしくない天候であった。
竹谷以外の五年生も倣って空を見上げる。

「うわ、本当だ」
「通りで冷える筈だね」

尾浜は驚いたように言い、不破は寒そうに肩を竦めた。
それぞれの口から出る息が白く、ふわりと宙に消える。
日も陰ってきたせいで、吹く風がより冷たく感じる。

「こんな日には早く帰って食堂で湯豆腐でも食べたいよな!」
「そこは豆腐じゃなくて温かいうどんとかだろ…」

意気揚々と言う久々知に、鉢屋は呆れた顔になる。

「まあ、何にせよ温かいもん食いたいよなー。早く帰ろうぜ」

竹谷が言えば、皆揃って頷く。
頭で考える温かいものは違うにしろ、早く暖まりたいのは同じだ。
自然と、忍術学園へ帰る足取りは早くなった。



「……あれ?」

忍術学園の正門が見えてきた時、尾浜が何かに気付いたようで声を出した。

「どうした?勘右衛門」
「ほら」

鉢屋が聞けば、尾浜は「あれ」と言って正門の方を指差す。
そこには人影がひとつ、立っていた。
誰だろう、門の所ならば事務員の小松田さんじゃないか、などと皆が思う中、いち早く声を上げたのは竹谷であった。

「…泉美先輩!?」

そう言うや否や、竹谷はぱっと駆け出した。
近くに寄れば確かにその人影は泉美で、泉美はかけてくる竹谷に気付くと柔らかい微笑みを浮かべた。

「おかえり、ハチ。お疲れ様」

優しく泉美に労われ、竹谷は破顔する。
確かに先程までは寒かったが、泉美に会えただけで心は当たり前で体すら温かくなる気がした。

「…西浜先輩はこんな寒い中、どうしてここに?」

竹谷がひとりで温かくなっている所に、置いて行かれていた他の五年生もやって来る。
それにも「お疲れ様」と声を掛ける泉美に、久々知が聞いた。
その言葉に竹谷ははっとする。
会えた嬉しさで、泉美がどうして1人でこんな寒い所に居たのかなんて頭から飛ばしていたのだった。
泉美は寒がりなのに、半纏を羽織るわけでもなくそこに居る。

「まだそんなに寒くないから。ただ帰りを待ってただけなの」
「帰りを?」
「うん。ハチの帰りをね」
「え?俺を…あれっ、何か俺、約束してましたっけ!?」

自分の帰りを待っていたと言われ、竹谷は急に焦り出した。
待っていたなんて、何か泉美との約束を忘れていたのではないかと不安に駆られたからだ。
まさか、何より大切な泉美との約束をころっと忘れるなんて有り得ない。いや、だけど…!?などと目に見えて焦る竹谷に、泉美は小さく笑った。

「約束はしてないよ」
「あ、そ、そうです…よね。よ、良かった……でも、ならどうして俺を?」

竹谷は安堵するが、変わりに疑問が出てきた。
何か用でもあるのだろうか、と泉美を見れば、少し困ったように笑い、眉を下げた。

「…用がなきゃ、待ってちゃ駄目だった?」
「!」

そう言われ、竹谷は一瞬にして頬が、顔が熱くなるのを感じる。
嬉しいやら恥ずかしいやらで声も出せず、ぶんぶんと首を横に振るで精一杯だ。
それを見せられていた他の五年は、苦笑したりため息をついたりと、困った様子であった。

「…邪魔な俺達は先に戻ってようか」
「そうだな。八左ヱ門が先輩に温めて貰ってる間、私達は寂しくうどんに温めて貰うか」
「俺はうどんじゃなくて湯豆腐…」
「分かってるって兵助。じゃあ八左ヱ門、僕達は先に戻ってるから」

茶化すような物言いもあるが、結局の所は竹谷を泉美と二人きりにしてやろうという気遣いがそこにはあった。
ちゃんとそれは汲み取り、竹谷は頷いて「悪いな」と返した。
他の4人が門を潜り学園内に戻った事を見届け、竹谷は再び泉美に向き合った。

「…すみません、かなり待たせちゃいましたよね」
「ん、そんなに待ってな…」

おかしな所で言葉を止めた、次の瞬間泉美はくしゃみをする。
小さく鼻をすすり、泉美は「待ってないから」と言い直した。
その様子を見て、竹谷は泉美の頬にそっと手で触れる。
その冷たさに竹谷は驚く。

「……こんなに冷えてるじゃないですか!や、やっぱり長い事待っていてくださったんですよね!?す、すみません!」
「本当にそんなに待ってないよ。ただちょっと…寒かったかな」

さっきは見栄張っちゃったけど、と泉美に笑いながら言われ、竹谷はただただ申し訳ない気持ちで一杯になる。
自分を待っていてくれたことはこの上なく嬉しかったけれど、それより泉美が風邪をひいてしまうことが心配だった。
竹谷は泉美の頬に触れていた手を離して、泉美を見詰めた。

「…俺を待っていてくれたのはとても、本当に凄く嬉しいです。…でも、泉美先輩が俺のせいで風邪をひいたなんてことになったら…申し訳なくて…」

言いながら、竹谷はだんだんと視線を落としていく。
折角自分のために待っていてくれた泉美の善意を踏み躙っているようで、心が痛かった。

「風邪はひかないよ」

何故か泉美は言い切った。
風邪をひかないなんてどうして言いきれるのだろうか、と竹谷はまた泉美に視線を戻す。
…目が合うと、泉美は竹谷の顔を覗き込むように見上げた。

「ハチなら、寒くても直ぐに温めてくれると思ってるから」
「…!」
「…自惚れかな?」

悪戯っぽく笑う泉美の目は、わざとなのか、やけに艶っぽく見えた。
それに触発されたかのように、竹谷は泉美の腕を取り、強く引き寄せた。
いきなりの事で泉美は半ば倒れるように竹谷の胸におさまる。
それをしっかりと受け止めてから、泉美の首後ろを支えて唇を塞ぐ。
触れた首も、重なる唇も冷たい。
竹谷は自分の熱を泉美に分けようと、むしろ全ての熱を泉美に渡そうと、そう思いながら目を閉じる。
唇に、頬に、瞼に、冷えきった泉美の体を温めるよう、順に唇で触れる。

「…ん、」

首元に唇を当てた時、泉美の口から小さく息が漏れた。
竹谷はその吐息にぴくりと反応し、その首筋に舌を這わせる。
軽く吸い付き、また舌で撫でるようにすれば、泉美の声に次第と熱がこもってくるのを竹谷は感じていた。
声だけでなく、触れている泉美の柔らかい肌も、次第に熱を帯びていくのに気付く。
竹谷自身も、体が熱くなっていく。
泉美の肌、泉美の匂い、そして誘い込むような甘い声に鼓動が早くなる。
わざと音を立てて泉美の胸元から唇を離した。

「泉美、先輩……」

泉美の耳元で、荒くなってきた声を隠すこともなく名を囁く。
そして、自然の流れで泉美を優しく壁に追いやり、帯に手をかける。

「…待って、ハチ」
「………え?」

当たり前のように解こうとしている竹谷の手を、泉美は上から手を重ねて止めた。

「……泉美先輩?」

竹谷は驚いたように泉美の顔を見やる。
泉美の頬は蒸気してほんのりと赤くなり、瞳も潤んでいた。
それだけでも竹谷は体が疼くのを感じるが、それを拒むようにして泉美は笑った。

「流石にそれは、ね」
「え、えぇ……そんなぁ」
「ここ、外だから」
「う……」

確かに、雪がちらつく学園の正門前でやることではない。
そう分かっているものの、ここまで昂ったものを遮られては溜まったものではない。
けれど、諭すように微笑む泉美に反論することも出来ず、竹谷はただ不満そうに泉美を見詰めていた。
泉美の帯からそれでも手を離さないのは、口に出せない反抗心のようだ。

「ほら、そんな顔しないで」

困ったように笑って、竹谷の手を帯から外した。
代わりに自分の頬に、その手を触れさせる。

「……泉美先輩?」

竹谷が目を丸くさせると、泉美は微笑んで竹谷を見上げた。

「やっぱり、温かくしてくれたね」

嬉しそうに、目を細めて泉美は言う。
竹谷を見詰めながら「ありがとう」と優しい声で礼を言えば、竹谷はすぐさま顔を赤くする。
さっきまでの本能のままに熱くなっていた体もいつの間にやら落ち着き、今は別の、暖かい拍動を感じていた。
丸で泉美に優しく包まれているような、そんな感覚だった。

「い、いえ……お、俺にはこんなことしか出来ないですから」

耐えきれず、竹谷は視線を泉美から逸らす。

「でも、ハチにしか出来ないことだから」

ふと、泉美に目を戻せば、竹谷の手に身を預けるかのように泉美は目を閉じていた。
その熱を、竹谷の熱を感じ取っているかのように。
竹谷は空いている手で静かに泉美を抱き寄せた。
泉美も応じるように竹谷の背に手を回す。
……温かい。そう竹谷は思う。
泉美を覆っているのは竹谷の方なのに、何故か寒いとは感じなかった。むしろ、心地良いくらいだ。
どちらのものか分からない…もしかしたら2人のものが合わさっているかもしれない、そんな、心地よい鼓動を感じる。
目を閉じれば、より近くで鼓動を、泉美を感じられた。

「……泉美先輩…温かい」

そう竹谷が呟けば、泉美の柔らかい笑った声が聞こえた、そんな気がした。


おわり