忠犬彼氏と飼い主彼女 | ナノ
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未来はとても不安で、けれど


「ごめんね、ハチ。時間かかっちゃって」

甘味屋の席で、ひとりの少女が眉を下げて謝った。
謝る相手は向かい側に座るぼさぼさ髪の少年。
少女の傍らには包みが置かれている。
その中身は先程、町で買った真新しい品ばかりで、どうやら買い物に長らく時間をかけてしまったことを謝っているようだ。
しかし少年は気を害した様子など微塵もなく、にかっと明るい笑顔を少女へ向けた。

「いえ!泉美先輩の買い物に付いて行きたいと言い出したのは俺ですし。それに長いなら長い程、先輩と長く一緒に居られるんですから!俺はその方が嬉しいです」
「…そう?」

泉美先輩と呼ばれた少女は苦笑した。
そしてその向かいで、恥ずかしがる様子もなく心底幸せそうに笑う少年は忍術学園五年生の竹谷八左ヱ門だ。
少女は泉美「先輩」と呼ばれるだけあって、竹谷と同じ忍術学園の生徒である。
名を西浜泉美といい、竹谷よりひとつ年上のくの一教室の生徒だ。
竹谷と泉美は恋仲である。
二人の仲は忍術学園中が知る程に良く、特に竹谷から泉美に対する愛情は他を圧倒する程大きく、そして重かったりする。

「でも詰まらなかったでしょ?回ったのは櫛屋に紅屋に、男の人からしたら興味の無い所ばっかりだったから」
「俺は泉美先輩に興味あるので!先輩となら何処でも楽しいですよ!」

聞いている周りが照れてしまうような言葉を竹谷は普段から発している。
しかしそう言う竹谷本人も、そして真っ直ぐに竹谷に見詰められている泉美も恥ずかしそうにする素振りは伺えない。
泉美は「もう」と困った顔で、でもどこか嬉しそうに微笑んでいた。
聞き慣れた…という訳では無いが、それほど竹谷は日常的に愛の言葉を泉美に向けているのだった。

「お待ちどうさま」

甘味屋の主人が団子の乗った皿を竹谷の前に、餡蜜を泉美の前に置いた。
ありがとうございます、と泉美は返す。
泉美は主人が奥へ戻って行くのを見届けてから手を合わせた。
顔を上げて竹谷を見やる。

「じゃあ、食べようか?」
「はい」

泉美に倣い竹谷も手を合わせた。
小さく挨拶を済ませ、泉美は匙を手に取る。
餡蜜を見て「美味しそう」と頬を緩ませる泉美を見て、竹谷はそれ以上に破顔した。
泉美はくのたまのリーダーと言っても過言ではないくらい成績優秀で、周りから慕われる人望もある。そして何より優しく、品行方正だ。
そんな泉美の無邪気に和らいだ表情を見られることは恋仲である特権のように竹谷は思う。
竹谷も団子に手を付けつつ、何度もその顔に見蕩れては手を止め、泉美に促されてまた団子を食べて、の繰り返しだった。

他愛も無い会話をしながらだったため、食べ終わるまでには時間が掛かった。
二人が皿を空にし、それを下げるとともに主人は湯呑みに入った温かい茶を机に置いた。
今はそれを飲みながら、尽きない会話を続けている。

忍たまである竹谷と、くのたまの泉美は、当然の事ながら学園での住は分けられているし、同じ授業を行うことも少ない。
ランチの時や、竹谷が委員長代理を務める生物委員会を泉美が手伝う時など、泉美と会って話せる機会は無くもないが、竹谷にとってそれでは少な過ぎるようで。
会えない間に起きた事全てを伝えるかのように、竹谷はテストが難しく補習は免れたものの点数があまり良くなかったこと、実技の成績は良くクラスではトップに立てたことなど次々と泉美に報告する。
その間にも泉美は飽きる顔ひとつせず、次は頑張ろうと励ましたり、凄い、偉い、と褒めたりと竹谷の相手をしていた。
その泉美のどんな言葉にも竹谷は嬉しそうに頷き、時には照れくさそうに頬を染めた。

「いらっしゃいませ」

そんな会話の最中、店の中にまた新しく客が入ってきた。
泉美も竹谷も何気なしに目線を向けると、大人の男1人に女1人、そして小さな男の子と、どうやら親子連れのようだった。
主人に促されて席についた3人はとても幸せそうで、活発そうな子供が辺りを指さして何かを話す度、両親は優しい笑顔で答えていた。
まるで理想の家族像だな、と竹谷が思うと同時に、ついその家族に自分を重ねて考える。

「(いつか、俺もああやって泉美先輩と一緒になれんのかなぁ)」

将来、泉美と一緒になることは何度も夢に見ている。
まだ互いに忍術学園で学ぶ身であり、夫婦になるなんてまだ先のことではあるけれど…やはりいつかは共に歩んでいきたいと願っていた。

「あの子、可愛いね」
「え?ああ、そうですね」

湯呑みを手にしたまま泉美が言った。
泉美の意識は家族というより幼い子に向けられているらしく、舌足らずな口で必死に親から教わった品書きを主人に伝える姿を、微笑んで見ている。
確かに微笑ましい光景ではあるけれど、おそらく今の泉美はあの親子連れを見て自分との将来のことを考えてはいないんだろうな…と思い、竹谷は少し寂しくなった。
いや、だからと言って落ち込んでいる暇などない。
プロ忍、戦忍となり、家を支えられるような、泉美を食わせていけるような立派な人間にならなければ。
もちろん今はまだ、将来自分の横に泉美が居てくれるという確証はない。
もしかしたら、泉美の隣に居るのは自分ではないかもしれない。
泉美の優しい笑顔を見られるのは、自分ではないかもしれない。
「もしかしたら」「かもしれない」…という憶測は、考えたら限りがないものだ。
竹谷は内心で頭を振り、顔を上げる。

「泉美先輩」
「ん?」

名を呼び掛けると、泉美は幼子から竹谷の方に視線を移し、小さく首を傾げた。
そんな僅かな動作ですら可愛らしく思え、竹谷は胸を弾ませる。

「…俺、頑張ります。頑張ってプロ忍になりますから」

話の流れからすると、突拍子もない台詞だったかも知れない。
けれど竹谷にとっては大事な事で、今の自分に出来ることと言えば、プロの忍びとなるため頑張って学び、知識を付けることだった。
いつ泉美を娶っても不自由させないために。
そんな熱い想いは届いていないかもしれないけれど…今はそれでも良いと、竹谷はただ真っ直ぐに泉美を見据えた。

「そっか」

泉美は頷き、優しく微笑む。

「頑張ってね」
「…はい!」

竹谷はこれまでで一番とも言える明るい笑顔で、大きく頷いた。


つづく