忠犬彼氏と飼い主彼女 | ナノ
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夕日の赤に染まる


今日は授業のない休みの日。
泉美は竹谷に連れられて町へ来ていた。

「へえ、新しい甘味屋さんが出来たんだね」
「はい。俺も勘右衛門に聞いて一昨日知ったばかりなんですけど、餡団子がとにかく美味いって評判らしいんです。それなら是非泉美先輩と行きたいと思って!」
「そうなんだ。ふふ、ありがとう」

泉美が微笑めば竹谷もへらっと表情を緩めた。
それはいつもと変わらないデートのようだが、今日は少し違っていた。
昨日の生物委員会の活動が終わった後に、泉美は竹谷から町へ行かないかと誘われていた。
それもいつもと変わらないことなのだが、昨日はそれに加えて「見せたいものがあるんです!」と言われたのだ。
見せたいもの?と泉美は首を傾げたが竹谷はただ笑って「何かはその時のお楽しみです」と返したのだった。
そして朝から2人で出掛け、染物屋に行き露店の櫛屋に足を止め、昼にはうどん屋へ立ち寄り、そして今からは甘味屋へ行くところである。
しかし今のところ、竹谷の言う「見せたいもの」が何なのかは分からなかった。
お楽しみと言われると、期待しない訳にはいかない。
泉美も例に漏れず今日の朝から…いや、誘われた昨日から、気になっていた。
気になってはいたものの、それが何かと問い詰めるのは不躾だ。
泉美は敢えてその話題には触れずにいつものように純粋にデートを楽しんでいた。


竹谷の言う新しい甘味屋は川沿いに面した一角にあった。
甘味屋と書かれた真新しい旗が風に靡いている。
やはり新しい物には人が集まるようで、泉美と竹谷が店の中に入るまでには時間が要った。
けれど恋仲にとっては待ち時間でさえも楽しいデートの一部になる。
泉美も竹谷も笑顔を絶やさず、一度も会話を途切れさせることもなく待ち時間を過ごした。
しばらくして店主に案内され横並びの席に座り、それぞれ泉美は餡団子、竹谷はみたらし団子を注文した。
間もなく運ばれて来たものを見て、泉美は「わあ」と声を漏らした。
皿には粒餡を満遍なくまとった餡団子と、飴色に輝くタレに包まれたみたらし団子が1本ずつ。
見ただけで美味と分かる品だ。
そして一緒に、濃い色をしたお茶がはいった湯呑みが2つ席に置かれる。
苦そうな色をしているが、団子は甘めに作られていてこれがバランスが良いのだと、店主が説明してくれた。

「じゃあ、食べようか?」
「はい」

店主が去ったのを見て、泉美が言った。
餡団子の串を手に取り、それに倣って竹谷もみたらしの串を取る。
泉美は餡団子をひとつ頬張り…口に入れた瞬間、目を大きくさせる。
甘みの強い餡子と、もちもちとした弾力のある団子との相性が良い。
甘いものに目がない泉美は顔を綻ばせる。

「ん、美味しい。これ、私凄く好きだなぁ」
「本当ですか!?良かったぁ」

泉美が笑うと、竹谷は泉美以上に嬉しそうに笑う。
もう1つ泉美が団子を口にしたところで…ふと、竹谷は串を持ったままで1つも食べていないことに気付いた。
ニコニコと泉美の方を見ている。

「ハチは食べないの?」

泉美に聞かれて、竹谷はえっ、と目を瞬かせた。
そして思い出したかのようにみたらし団子に視線を向ける。
泉美に指摘されるまで丸っと手に団子を持っていたことを忘れてしまっていたようだ。

「ああ、すみません。泉美先輩が余りにも美味しそうに食べてくださるからつい見惚れちゃってました」
「見惚れるって、そんな顔してないよ?」
「してましたよ!泉美先輩はどんなお顔でも可愛いんですからいつでも見惚れちゃうんですけどね!」

そんな歯の浮く言葉も、竹谷はいつも面と向かって言ってくれる。
どこにいようと、周りに誰が居ようと、竹谷は直球で気持ちを伝えてくれる。
恥ずかしいと思うこともしばしばあるが、それでも溢れんばかりの好きという気持ちを向けてくれるのは泉美にとってとても幸せなことだ。

「ほら、私を見てないで食べて?」
「えー…俺、団子は食べなくていいからずっと泉美先輩を見ていたいです!」
「え、ええ?」

竹谷は突拍子もないことを言い出した。
初めは冗談かと思ったのだが、どうやら本気らしく団子を皿の上に戻してしまった。
さすがにずっと見られているのは恥ずかしいし、何よりせっかく一緒に来たのだから竹谷にも食べて欲しい。
どうしたものかと泉美は少し考えた後、ふと良い案を思い付く。

「じゃあハチ、こっち食べる?」
「えっ?」

餡団子が2つ残った串を示して見せた。
串を渡すのではなく、泉美はあえて自分で持っている。
たちまち竹谷は目を輝かせた。
餡団子に惹かれた訳では、勿論ない。
泉美が所謂「あーん」をしてくれようとしていることに気付いたからである。

「た、食べます!食べたいです!」
「あ、でもこれだと食べにくいかな」

残っている団子は下2つ。
自分で食べるのはもちろん、それを食べさせるのはより難しそうだ。
けれど竹谷には関係ないようで、大袈裟なほど首を横に振る。

「大丈夫です!食べられます!」
「そう?じゃあ、はい」

どうぞ、泉美が笑って串を差し出せば、竹谷は「いただきますっ!」と早速団子に口をつける。
が、やはり串の真ん中辺りにある団子を食べるのは難しく、半分ほど串に取り残された。

「うーん、やっぱり食べにくかったね…ごめんね」

中途半端に残された団子を見て泉美は苦笑した。
竹谷が串に手をやろうとするのに気付き、泉美はそのまま渡す。…つもりだったのだが、何故か竹谷は串を持った泉美の手ごと掴んだ。
泉美が目を丸くさせているうちに、串を傾け、残りの半分も口に入れる。
予期せぬ行動に驚きはしたものの、竹谷の大きい手に優しく包まれていることに心嬉しくなる。

「…美味しい?」

聞けば、竹谷は何度が咀嚼した後大きく頷いた。

「美味しいです!泉美先輩に食べさせてもらうだけで何倍も美味しくなります!」
「そう?ふふ、美味しいなら良かった」

竹谷にとって美味しいかどうかの基準は団子の善し悪しではなく、泉美に食べさせてもらうかもらわないからしい。
その間も竹谷は泉美の手を握ったままである。
泉美も泉美で手から逃れようともしないし、幸せそうに微笑んでいた。
周りから見たら呆れてしまうほどのバカップルさである。
実際、通路を挟んだ向かいの席に座って団子を食べていた若者達の顔は引き攣っていたのだが、自分達の世界に浸っている恋仲の2人が一々そんなことを気にするはずもない。
互いに手を離さず、餡団子の残り1個も食べさせていた。


その後みたらし団子も仲睦まじく分け合って食べ、半時ほどで甘味屋を後にした。
店の外に出たところで竹谷は空を見上げる。

「あー…まだ時間あるよなぁ」
「時間?」

泉美が聞くと、竹谷は慌てた様子で「いえ!なんでも!」とはぐらかした。

「それより、次は何処に行きます?」
「そうだなぁ…」

考えるが、行きたいと思っていたところは全て回ってしまった。
それも竹谷が泉美の行きたいところばかりを優先させているからなのだが、いざ竹谷に何処へ行きたいか聞いたとしても泉美先輩と一緒なら俺何処でもいいです!と屈託の無い笑顔で返されてしまうのだ。
さすがに4つも5つも行きたいところは思い付かない。
それに、一緒に居られれば何処でも良いと思うのは泉美も同じだった。

「私が行きたいところは全部行かせてもらっちゃったからね」
「そうですか?なら…どうしような…」

口元に手をやり、竹谷は考え込む。

「…行き先は決めなくても良いんじゃないかな」
「え?」

そう言って泉美は竹谷の手を取った。
指を絡ませて、はにかみながら竹谷を見上げる。

「私はこうしてハチと一緒に居られるだけで嬉しいから」
「泉美先輩…っ!」

竹谷は顔をふにゃりとさせた。
泉美の言葉に、嬉しいを大幅に通り越して感涙の一歩手前までいってしまったようだ。
嬉し涙を堪えて、代わりにぎゅっと泉美の手を優しく握り返す。

「…じゃあ、このまま歩きましょうか!」
「うん」

そう互いに微笑み合って、どちらともなく歩き始めた。


「…ん?あれは…」

町を抜け、峠に差し掛かったところで竹谷が何かを見つけて声を出した。
泉美もつられて同じ方に目をやると、三叉路になっている左の道から見知った3人組…一年は組の乱太郎、きり丸、しんベヱの姿があった。
ちょうどこちら側に歩いて来るところで、3人も泉美達に気付いた。

「あれっ、竹谷先輩に西浜先輩!」
「こんにちはー!」

3人は元気よく挨拶をする。

「こんにちは。皆はこれから町に行くの?」
「そうなんですよー。食堂のおばちゃんに買い出し頼まれて。先輩方はお帰りですか?」
「いや、今からちょっとな」

そう言った竹谷は、三叉路の右側、丘へと続く方に何気なく視線を向けた。
それに気付いたしんベヱが「あ!」と声を出す。

「もしかして、これから向こうの丘へ行かれるんですか?」
「丘?」
「西浜先輩、ご存知ないですか?この先に、夕陽がすっごく綺麗に見える所があるんです!」
「しっ、しんベヱ!?しー!しー!」

竹谷は立てた人差し指を口にあてながらしんベヱに詰め寄った。
必死な形相の竹谷にしんベヱは驚いて目を真ん丸くしている。

「どうされたんですか、竹谷先輩?」
「…もしかして、西浜先輩には内緒だった…とか?」
「ええっ!?そうだったんですかぁ!?ごっ、ごめんなさい!」
「ああ…まぁ…、はは…」

ちらっと泉美の方を見た竹谷。
泉美と目が合うと、力ない笑みを浮かべた。
どうやら竹谷の言う「泉美に見せたいもの」というのは、この先の丘から見える夕陽だったようだ。
甘味屋から出た時に言っていた「まだ時間がある」というのも日が暮れるまで時間がある、ということなのだろう。
平謝りをするしんベヱだが、彼に悪気があった訳ではない。
既に泉美にバレてしまったので今更責めても結果は変わらないのは竹谷も分かっている。苦笑を浮かべつつ、気にするなとしんベヱを宥めた。

「…それじゃあ、わたし達は失礼します」
「うん、気を付けてね」
「ありがとうございます」
「竹谷先輩っ、本当にすみませんでした!」
「いや、本当気にしなくていいからな」

少し話をし、乱太郎達と別れた。
泉美も竹谷も、町の方へ歩いてゆく3人の後ろ姿をただ見つめていた。
しばらく2人揃って口を開かず、沈黙が流れる。

「…えー…と、ですね…泉美先輩…」
「…夕陽、見せてくれるの?」

泉美がそう聞けば、竹谷は観念したように肩を落とす。
そしてへらっと笑みを浮かべて、はい、と頷いた。
竹谷に手を引かれるようにして右の道へと進む。

「実習の帰りに通って初めてあの場所を知ったんです。夕陽も景色も綺麗だったんですよ」
「へえ、そうなんだね」

なだらかに上り坂になっている道を歩きながら、竹谷が言う。
次第に日が落ちてきて辺りが暗くなってきていた。

「こっちの道は通ったことなかったなぁ」
「俺も偶然通らなかったら知らないままだったと思います…あ、こっちです」

道から外れて背の高い草むらの方へと分け入った。
竹谷が先を行き、泉美が歩きやすいよう道を作る。
竹谷は自然にしていることだが、その優しい心配りが泉美には嬉しかった。
十歩ほどで草むらを抜ける。

すると、視界が開けた。

「わ…」

遠くの山々の上に橙を纏った太陽が佇んでいる。
空は暗みを帯び始めているが、太陽が居座る山際はまだ明るい。
本日最後の太陽の光と、迫る夜の暗さの対比が、どこかもの哀しさを感じさせながらも…美しかった。
泉美達が立つ丘は他の山々より高く、沈みゆく太陽まで遮るものが何もない。
夕陽を見る絶好の場所だ。

「…本当はここに来るまでは秘密にして泉美先輩を驚かせたかったんですけど、やっぱりそう上手くいかないですね」

苦笑して、竹谷が言った。
竹谷としてはもっと泉美を驚かせて、喜ばせたかったようだ。
泉美にはしゅんと下を向く尻尾が見える。

「ううん、すごくびっくりしたよ。こんなに綺麗な景色が見られるなんて思ってなかった。連れて来てくれて本当に嬉しいよ」
「泉美先輩…」
「…私ね、ハチが色々なことを教えてくれることが嬉しいの」

泉美の、竹谷の手を握る手に力が入る。
山々に姿を隠しゆく夕陽に再び顔を向け、目を細めた。

「今日の甘味屋さんも、この夕陽も、美味しいものとか綺麗なものをいつも私に教えてくれて、一緒に行こうって言ってくれるでしょ?それが嬉しくて。美味しいもの綺麗なもの、楽しいことをハチと共有できて幸せだよ」

ありがとう、と笑う泉美の顔は赤らんでいた。
もちろん、夕陽に照らされていたからではない。
…泉美は元々、消極的な性格だった。
自分の意見を前に出すこともないし、自分に自信がなかった。
そんな泉美が自ら手を繋いだり団子を食べさせたりと積極的になれたのは、ひとえに竹谷のお陰だった。
竹谷は泉美のどんな言葉も受け止め、嬉しそうに、そして幸せそうに笑ってくれる。
その安心感が、次第に泉美の悲観的な考え方を前へ前へと向かせてくれたのだ。
今も竹谷の温かい想いが繋いだ手から泉美の心に伝わってくる気がした。
竹谷の隣は、いつでもとても心地良い。
それを聞いていた竹谷の顔も泉美に負けず赤くなった。

「…不思議ですね」

しばらく泉美の横顔を眺めていた竹谷がぽつりと言う。
泉美が顔を上げると、普段と違う柔らかい微笑みを浮かべる竹谷と目が合った。
普段の竹谷の笑顔は、真昼の太陽に似て明るく輝いている。
今は2人を暖かい陽の光で包む、この夕陽のような優しい微笑みだ。
竹谷がやけに大人びて見えて、泉美はどきりと胸が鳴るのを感じる。
そんな泉美の胸の高鳴りには気付かないようで、竹谷はぽつりぽつりと話を続けた。

「…こうして泉美先輩と一緒にいると、今はこれ以上好きになれないってくらい先輩のことが好きなのに、明日になったら昨日よりもっと好きになってるって思えるんです。昨日だって泉美先輩が好きで堪らなかったのに、今は昨日より断然好きになってるんです。…それくらい、どんどん泉美先輩のことを好きになってるんです」

そうひと通り話し終えた竹谷は、毎日泉美に見せている屈託の無い笑顔になった。
繋いだ手を軽く引いて泉美と向き合う。

「だから!泉美先輩ももっと俺のこと好きになって欲しいです!昨日よりも今日、今日よりも明日!もっと、ずっと俺のこと好きになってください!」

いつの間にか竹谷は両手を握っていた。
先程の大人びた雰囲気はどこへやら、子どものように無邪気な言い方につい泉美も笑顔になる。
無邪気で、裏がなくて、いつも真っ直ぐ。
泉美はそんな竹谷が大好きなのだ。

「…うん」

今も泉美が頷けば、泉美以上に幸せに満ちた顔で笑っている。
日が経つ度に、2人での思い出を増やしていく度に、好きが集ってゆくのは竹谷だけではない。泉美も同じだ。
竹谷が教えてくれたこの夕陽に包まれた今日も、2人で過ごした大切な思い出のひとつになるんだろう、と泉美は思うのだった。



おわり