忠犬彼氏と飼い主彼女 | ナノ
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欲望のままに


「あ〜泉美せんぱい見付けたぁ〜!」

普段にも増して締りのない竹谷の声に、泉美は振り返る。

「ハチ?…うぷっ」

振り向いた瞬間、視界が奪われた。
それが竹谷に抱きつかれているからだと気付くのには少し時間がいった。
いや、抱きつかれていると言うよりしなだれ掛かられているが正しい。
抱きとめていないとそのまま床に倒れ込んでしまう程にだらしなく竹谷は体を預けていた。
泉美はその様子に驚きながら竹谷を見上げる。

「ど、どうしたの?」
「えへへ〜会いたかったです〜」
「あ、ありがとう…って、ちょ…っと、危ない、危ないよハチ」

ぎゅう、と強く抱き締められるものの、竹谷の足は覚束無い。
泉美の力では到底竹谷を支えられず、じわじわと体勢が崩れてゆく。
このままでは危ないと判断した泉美は苦し紛れにも優しく声を掛けた。

「は、ハチ、1回、離れよう、か?」
「えぇえ〜いやです!泉美先輩から離れたくありません〜」
「ちょっと、体勢を直すだけだからっ…このままじゃ倒れちゃうよ」
「離れたくないですぅ」
「ちょ…危なっ…!」

すんでのところで共倒れとなりかけたが、急に竹谷が##NAME1#から離れた。
少しよろめきはしたが、それでも転ぶことなく泉美は体勢を整えることが出来た。

「大丈夫ですか?西浜先輩」

そう心配そうに声を掛けたのは久々知だった。その隣には尾浜の姿もある。
そして竹谷はその二人に両腕を取られる状態で泉美から引き離されていた。
どうやら久々知と尾浜が竹谷をひっぺがしてくれたようだ。

「あぁ、ありがとう、久々知君、尾浜君…。ハチ、もしかしてかなり酔ってる?」
「…そうなんです」

久々知の返答に、やっぱり、と泉美は困った顔になる。
抱きとめていた間、竹谷からははっきりと分かるほどの酒の匂いがしたし、その顔を見れば頬に赤みが差していて、視点もあまり定まっていないように見える。

「さっきまで六年生の先輩方と酒盛していたんですけど、途中で八左ヱ門が先輩と酒の強さを競うことになってしまって…それで、そのまま酒に飲まれたって感じですね」

尾浜が苦笑い気味に答えると、竹谷は眉を大袈裟に寄せて口をへの字に曲げた。

「はあぁ〜?だぁれが酒に飲まれてるってんだよぉ。おれは素面だ!」
「呂律も怪しいのに何が素面だよ…」
「…ハチ。今日は長屋に戻って休んだら?」

泉美が優しく声を掛ける。
しかし「いやですよお!」と竹谷は首を何度も横に振った。
首を振る簡単な動きさえもどこかあやふやで、泉美にはかなり酔いが回っているようだ。

「せっかく泉美せんぱいに会えたのにぃ…つーかっ、おまえらぁ、いい加減はーなーせぇよぉ!」
「あー!暴れるなって!」

久々知達の腕から逃げようと竹谷は手足を大きく動かし暴れ始めた。
久々知と尾浜2人がかりで何とか押さえてはいるが、酒が入り制御が効かなくなった竹谷の力は思った以上に強い。
しかも目の前に最愛の泉美が居るというのに指一本触れられないことが不満になってきたらしく、より一層力が強くなる。

「泉美先輩を抱きしめたいー抱きしめてもらいたいぃ!泉美せんぱいぃー!」
「うわっ、力強っ!」
「落ち着けよ、八左ヱ門!」

廊下の真ん中だというのに、竹谷はじたばたと年端のいかない駄々っ子かのごとく暴れ始めた。

「は、ハチ。ほら。落ち着いて、こっち見て?」
「!」

慌てた泉美はいつものように竹谷の頬に両手で触れた。
同級生に両脇を抱えられて恋仲の先輩に頬を包まれて、傍から見るとなんとも珍妙な状況である。
だがそんな体勢も竹谷は気にすることもなく、ぴたりと暴れるの止めた。

「…どう?落ち着いた?」

泉美が尋ねると、竹谷は眉を下げてデレデレと表情を崩した。

「はいぃ〜落ち着きましたぁ」
「ん、えらいえらい。あんまり騒いだら駄目だよ?」
「えへへ、すみません〜泉美せんぱぁい」

さっきまでの興奮はどこへやら、泉美に触れてもらった嬉しさから竹谷はへらへらと破顔した。
竹谷の今の気分を具現化したのならば、周りが鬱陶しくなるほどのハートが乱れ飛んでいるに違いない。
ともあれ、竹谷が大人しくなったところを見て久々知と尾浜は安堵の息を吐いて腕を解いた。
優しく竹谷の頭を撫でてから泉美も手を離す。

「あぁ、そうだあ泉美先輩ぃ」
「なに?」
「今夜も泉美先輩と一緒に居たいです〜…あ、部屋!おれ今日、泉美先輩の部屋行く!いきたい!」
「え?…私の?」

急なおねだりに泉美は驚き目を丸くさせた。
しかし泉美が返答するより先に、尾浜が苦笑して竹谷の肩に手を置いた。

「いや、それは駄目だよ八左ヱ門。くのたま長屋に忍たまが入れないのは知ってるよね?」
「ええぇ〜?なんでだよぉ!前は良かったのに!泉美先輩ぃ、なんで今日はだめなんですかあ!?」
「今日は、というか基本的にそれは出来ないから…。それにこの前は特別だったの、ハチも分かってるでしょ?」
「むうぅ…!」

とある特例で以前一日だけ、竹谷は泉美の部屋に泊まったことがあった。
だがそれは本当に特別で、尾浜や泉美が言うように基本的に忍たまはくのたま長屋には入れない。
しかも呼び入れたくのたまには罰則が科せられてしまう。
不満丸出しに竹谷は頬を膨らませむくれているが、「行きたい」という思いだけで行けるほど、簡単なものではなかった。

「じゃー、おれの部屋に来てくださいよぉ!それならいーですよねぇ!?」
「ハチの部屋に?」

泉美が聞き返せば竹谷は大きく頷いてみせた。

「来てくれないならまた騒いじゃいますよおれ!ここで大声で泣きますからね!いいんですかぁ!?」
「そ、それは困るなぁ…」
「どんな脅し文句なんだそれ…」

何故か威張り顔で宣言する竹谷に、久々知達は呆れ、泉美も戸惑いを浮かべている。
竹谷は泉美を前にすると、普段から幼子のように表情をころころ変えたり、して欲しいことを包み隠さず口にする。
だが今は酒が回っているせいか、包み隠さずどころか思ったことして欲しいことを全て訴える我儘っ子に幼児退化しているかのようだ。

「じゃー来てくださいっ!待ってますから、おれずっと寝ないで待ってますからぁ!ね!ねえっ!?」
「う、わ」

泉美の手を取り、上下に何度も揺さぶる。
そんな行動も子がものをねだる姿に似ていた。が、母子の微笑ましい状況のようにならないのは、いかんせん竹谷の力が強過ぎるからだ。
竹谷は酒のせいでほぼ力のコントロールが効かなくなっている。
掴まれた手を振られる度に、泉美の視界も激しく上下に動く。
それに振られながら泉美は「わ、分かった、行くよ」と返した。無理やり言わされたに近い。

「ほんとですかぁ!?やった!!」

竹谷はそれこそ子供のように両腕を放り出して喜ぶ。
竹谷の手から解放され若干のふらつきを覚えながらも、大袈裟なくらい喜びを表に出す竹谷に泉美は弱く微笑んだ。

と、泉美の傍に尾浜が静かに寄り、耳打ちする。

「…西浜先輩。この調子じゃ八左ヱ門は部屋に戻ったら直ぐ寝ると思いますから。後はもう俺達に任せておいてください」

竹谷に振り回されている泉美を気遣っての提案だった。
尾浜の言う通り、酔いに酔っている竹谷のいる部屋に行ったとして、何もすることはないだろう。
だが泉美が答えようとするより先に「あぁー!?」と大きな声が飛んだ。もちろん声の主は竹谷だ。
尾浜が泉美に近付いたことを目敏く見付けたようだ。

「なぁにこそこそしてんだよ勘右衛門んん!泉美先輩に近付くなよぉ!」
「はいはい、何でもないよ」
「何でもなくないだろー!?」
「本当に何でもないから。西浜先輩は八左ヱ門の大切な人なんだから、俺は何もしないって」

そう言われた途端、竹谷のころりと表情が変わる。
吊り上がっていた眉が再び下がった。

「そーぉなんだよ〜、すっげー大切でぇ、すっげー好きなんだよなあぁ〜」
「分かった分かった。そろそろ部屋行くぞ?」
「ん〜」

久々知と尾浜はまた惚気を全開にし始めた竹谷の両脇を取り引き摺るようにして歩き出す。
機嫌の良いうちに連れて行かないと、いつまた機嫌を損ねて暴れ始めるか分からないからだ。

「泉美先輩ぃ、おれ、部屋で待ってますからあ〜!」

大きく手を振りながら、上機嫌に竹谷はへらへら笑っていた。
しゃんとしろって、と横から小突かれながらも、竹谷は角を曲がり切るまでずっと泉美に手を振り続けていた。
泉美もまた、竹谷の姿が見えなくなるまで手を振り返した。
竹谷の声がだんだん遠ざかっていくのを聞き、音が小さくなったところで手を下ろす。
ふう、と一息をついて、ゆっくりと、竹谷が消えた角とは反対方面へ廊下を歩き出したのだった。



それから暫くして、泉美の姿は忍たま長屋にあった。
尾浜達は気を利かせてくれたが、行くと竹谷に伝えたのに裏切るような行為は出来なかった。
たとえ尾浜が言った通りに竹谷が眠り込んでいたとしても、一度は部屋を覗こうと思ってこうと思い長屋を歩いている。
酔い覚ましの水を手にし、竹谷の部屋の前で足を止めた。

「…ハチ、起きてる?」

部屋の中に向けて控え目に声を掛ける。
だが竹谷から返答はない。
耳を傾けると、竹谷が部屋に置いている虫たちが動く音や奏でる音に混じり、寝息が聞こえてくる。
泉美は音を立てないように静かに扉を開いた。
部屋に入り、またそっと扉を閉じる。
そして改めて部屋内に目を向けたところ…床に転がる影がひとつ見えた。

「…もう」

泉美はため息をつく。
一瞬倒れているのではないかと心配になるほど、竹谷は部屋の真ん中の床に大の字で寝転んでいた。
近付いて見てみると案の定、仰向けになって眠りこけている。
隅に布団は敷かれていた。
恐らく尾浜と久々知が敷いたものだと思われるが、敷いただけで竹谷本人はここで倒れ込んで動かなかったのだと泉美は読み取った。
しかしこのまま竹谷を硬い床の間で寝かしておくのは可哀想だと思い、起こすことにする。

「ハチ?…ハチ、起きて」

お盆を机に置いてから、泉美は竹谷の傍に屈んだ。
肩口を叩いて声を掛ける。

「ん〜…」

数回声を掛けた後、やっと竹谷が眉を寄せて薄ら目を開いた。

「ごめんね、起こしちゃって」
「んんー…?」

竹谷はまだ本調子で開いていない目をごしごしと擦る。
ようやく視点が定まり始め、そして目の前に泉美が居ると気付くと、へらぁ、と緩く目尻を下げた。

「あれぇ〜泉美先輩じゃないですかぁー…どうしてここに?」

あれほど来て欲しいと強請っていたのに覚えていないらしい。
けれど泉美はそれに呆れることも気分を損ねることもなく笑い掛けた。

「ハチが酔っちゃってるって聞いたからね。お水持ってきたの」
「そーだったんですかぁ」

ありがとーございますぅ、と舌っ足らずに竹谷は笑った。

「じゃあ、飲んだら休んで?布団は敷いてあるから」
「ふとん…?」
「ん、そっちね」

オウム返しにした竹谷に笑い掛け、泉美は立ち上がる。
明日は竹谷も泉美も授業がある。
ここで長居をしてしまえば明日に響くかもしれないと考え、今日はこのまま自室に戻ろうと思っていた。

「それじゃあ、そろそろ…」

部屋に戻るね、と泉美が言いかけたところで、竹谷がガバッと急に立ち上がった。
思いがけない動きに虚をつかれ、泉美は何も言えずにただ目を丸くさせる。

「ど、どうしたの?」

声に戸惑いを滲ませながら、竹谷に問う。
竹谷は急に起き上がった反動で数歩左右にふらついている。
泉美が慌てて近寄り、支えるために手を差し出した。
が、竹谷はその手を避けて、代わりに泉美の両足をすくい上げて横抱きにした。
えっ、と泉美が声を漏らすより早く、体は敷かれた布団に寝かされていた。
竹谷は泉美の体を当然のように足で跨ぐ。

「は、ハチ?ちょ…っ」

泉美が困惑している間にも、竹谷は慣れた手つきでするすると泉美の帯を解いていく。
あっという間に帯は解かれてしまった。
そうなれば衣服を全て剥がされるのは時間の問題である。
竹谷は無造作に帯を床に放り、泉美の上衣に手を掛ける。

「待っ…待って、ハチ!」

本格的に焦りを感じた泉美は珍しく声を大きくした。
声にぴくりと反応し、竹谷は動きをやっと止めて泉美の方に顔を向ける。

「なんですかぁ?」

首を傾げた竹谷の顔からはまだ酔いが抜けていない。
目が据わっているのが分かる。

「…あーそうですよねぇ、泉美せんぱいだけ脱がしちゃうのは平等じゃあないですもんね〜」
「え…?」

泉美は言葉の意味一瞬理解出来ず、脱がされかけた上衣の前を手で押さえながら竹谷を見上げた。
視線を向けられた竹谷はへらりと笑う。

「おれが先に脱いじゃいますからぁ、待っててくださいねえ」

そう言うなり今度は自身の帯を解いて上衣をばさっと脱ぎ捨てる。
頭巾も邪魔だと言わんばかりに引き剥がした。

「ま、待って、そうじゃないからっ」

今にも下衣を下ろそうとしていた竹谷の手に触れて、動きを止めさせる。

「…そうじゃない?って、なにがです?」
「脱ぐとか脱がないとか、どっちが先とかじゃなくて…。きゅ、急にどうしたの?」
「えぇ?先に仰ったのは泉美先輩じゃないですかあ。布団の準備出来てるとかぁ、そろそろ、ってぇ。それはつまり、こーいうことしていいって意味ですよね〜?」

どうやら半分理性を無くしている竹谷は、泉美の言った言葉をいいように解釈してしまったようだ。理性より本能が勝っている。
そういう意味じゃなくって…と力なく呟く泉美は困り果てた顔で竹谷を見詰めていた。
竹谷は脱ぐことこそ止めたが、目を細めて笑ったかと思うと泉美を押し倒し覆い被さる。
首元に顔を埋め、唇を押し当てる。

「ちょっ、と、ハチ…!」
「すき」
「!」
「好き…好きです泉美先輩…だいすき…泉美せんぱい…」

離れる度に、熱の篭った声で泉美の名を呼ぶ。
その熱い声に泉美はじんと頭の芯が痺れる感覚に陥ってしまう。
と、体を起こした竹谷と視線が交わる。
泉美と目が合うと竹谷は顔を綻ばせた。

「…泉美先輩…」

そっと目を閉じて、唇を重ねようと顔を近付ける。
…しかし。

「ま、待って」
「んっ」

触れ合うより早く、近付いてきた竹谷の唇を手で拒む。
閉じていた目をぱっと開いた竹谷は、今の状況を見るなり不満そうに泉美を見詰めた。

「…なんでですかぁ」
「それ以上は…。ごめんね」
「えぇ〜…」

竹谷が不満を丸出しに声を漏らす。
だが泉美は苦笑いを浮かべるだけだ。
ここで口吸いを許したら、その先に進んでしまうのは目に見えている。
したくないという訳では無いが、酒が入って理性も失いかけていて、少し前の記憶も曖昧な竹谷を相手にするのは少しはばかられる。

「まだ酔いも覚めてないみたいだし…また今度にして?」
「おれ酔ってなんかないですよぉ!」
「でも、ね。…分かって」
「むうー…」

竹谷は唇を尖らせている。
それでも無理やりしようとしないのは、まだギリギリ、ほんの少しの理性は残っているようだ。
暫く竹谷はじっと、哀願するかのように泉美を見詰めている。
だがここで受け入れてしまったら意味が無い。
泉美は何も言わず優しく微笑み返す。
しかしその笑みの中には、決して意思は曲げないという芯の強さを滲ませていた。

「……分かりましたぁ…」

先に折れたのは竹谷だった。
がっくりと、分かりやすく肩を落としている。
ほう、と泉美は隠れて胸をなで下ろした。
だがここで素直に引き下がるほどの理性は、残念ながら持っていなかったらしい。

「じゃあ、口にはしません」
「…には?わっ」

宣言し、竹谷は再び泉美に覆い被さる。
そしてまた首筋に愛撫し始めた。

「は、ハチ、それは分かったって言わない、でしょ」
「少し…あと少しだけ…満足したら止めますからぁ」

竹谷は愛撫を止める気配はない。
知らぬ間に片手は取られ、指を絡められていた。

「…もう…」

竹谷を突っぱねない、突っぱねられない泉美は、自分の甘さに少し呆れていた。
それでもやはり拒否は出来ない。そっと手を握り返した。

「へへ」

繋がれた手を見て、竹谷は嬉しそうに笑う。
そして優しく泉美の頬に唇を落とした。

だが、それで終わるわけがなかった。
泉美が想像していたよりも遥かに竹谷は執拗い。
口にはしないという約束は守っていながらも、浴びせるほど唇をぶつけてくる。
首筋に、耳に、頬に、額に、瞼に。
わざと音を立てて唇を離したり、耳元でわざと熱い吐息を吐いたり、胸元ぎりぎりにまで舌を這わせたり。
泉美をその気にさせるため必死なのがよく分かる。
それでも泉美は揺るがない。
流れに乗じて口吸いをしようとする竹谷を止めて、衣服の下に忍び込んでくる手を止めさせる。
その都度膨れっ面になる竹谷だが、それでも泉美から離れようとはしなかった。
数えている訳では無いが、2人のそんな攻防はしっかり四半刻は続いていた。
…しかし、このままでは埒が明かない。
止めなければ竹谷は本当に夜明けまで続けるような気がした。
無理に拒めば竹谷が寂しそうな顔になるのは分かっている。だから泉美は出来るだけ優しく、声を掛ける。

「……ねぇ、ハ…、っ!?」

その刹那、首元に痛みが走った。
何かを強く押し当てられているような、挟まれているような…だが竹谷の頭が邪魔をして、何が起きているか分からない。

「な、何っ…?」

感じたことの無い感覚に泉美はただ困惑する。
その間にもぎりぎり、と皮膚に何かが食い込む。

「い、痛っ」

耐え切れず声を出した途端、竹谷が頭を上げた。
それと同時に痛みもなくなる。

「…え…?」
「えへへ、すみません〜つい」
「つい…?」

屈託のない笑顔で謝る竹谷だが、泉美は一瞬なんの事か理解出来なかった。
自分の首に手を添えて痛みを感じたところに触れてみる。
出血はないけれど、皮膚がいくつも凸凹していることに気付く。
改めて竹谷を見上げる。歯を見せて笑う竹谷に…はっと、1つの回答に行き着いた。

「…噛、んだの?」

聞くと、竹谷は悪びれもせず、むしろ清々しいくらいに爽やかに笑う。

「へへ〜、分かっちゃいましたぁ?」
「分かっちゃったって…」
「ほらぁ、おれって泉美先輩の飼い犬ですし〜」
「は、ハチは犬じゃないでしょ?どうしていきなり…」
「ええ〜、犬ですよう。泉美先輩の番犬です!その痕、おれっていう番犬がいるってこと他の奴らに見せ付けられるじゃないですかぁ〜えへへぇ」

噛み痕を愛おしそうに見詰め、指で撫でる。
竹谷はその一途さや従順さから、泉美の忠犬だと言われることがある。
とは言え、犬のように噛み付いて良いものでは無い。

「それに泉美先輩、いつまでも口吸いしてくれないからぁ」
「それは…」
「だからぁ、これで我慢しておきますね〜」
「我慢って…もう、ハチっ」

竹谷は泉美が当惑しているとこなど気付いてもいない。
懲りずにまた泉美の柔肌に歯を立てた。
先程よりも力が強い。力の加減がまったく出来ていなかった。

「ハチ、ねえ、痛いからっ…ねえってば!」

泉美が幾度も訴えても、その背中を叩いても、竹谷は聞く耳を持たない。
ばたばたと必死に手足を動かしても力で竹谷に敵うはずがない。
いつしか腕を取られ、抵抗も出来なくなってしまった。

「はっ……せんぱい…泉美先輩っ…はあっ…好き…」
「も、うっ…!」

竹谷は次第に興奮混じりに息が荒くなってゆく。
ただでさえ止まらなかった竹谷がこのまま暴走し続けたら、どうなってしまうのか。
泉美は苦渋の決断で、竹谷の背中を強めに叩いた。

「ハチ、ねえ、聞いて。お願いこっち見てっ」
「…うん〜…?」

泉美の必死なお願いに、竹谷はようやくふらりと体を揺らせ離れた。
その瞬間、泉美は空いた手を素早く竹谷の頭の後ろに回した。ぐっと引き寄せる。

「!」

竹谷が目を見開くとほぼ同時に、泉美は自分の唇で竹谷のものを塞ぐ。
泉美の行動に驚いていた竹谷も直ぐに受け入れて目を瞑った。
拘束するように掴んでいた泉美の腕から手を離し、頬を優しく包み込む。
一息分唇を合わせていた泉美が顔を傾けて離れようとするが、竹谷はそれを許さなかった。
今まで出来なかった分を取り戻そうと言わんばかりに唇を離さない。
…しかしこれで、竹谷の気は完全に噛み痕を付けることから逸れていた。
ひとしきり口吸いを繰り返し、最後は名残を惜しむようにゆっくり唇を離した。
身を起こした竹谷は、へらりと笑みを零す。

「…やっとしてくれたあ」

待ちに待っていた口吸いを貰えた竹谷は至極幸せそうだ。
荒療治だが、泉美は暴走しかけた竹谷を止めるにはもうこれしかないと思ったのだ。
結果的に成功だったが…この後を考えると泉美は少し気が引ける思いだった。
竹谷の目を見れば何を求めているかが分かる。
…こうなってはやはり後戻りは出来ない。
半ば諦めた泉美は、やんわり微笑んだ。

「ごめんね。…今から、ハチが欲しいだけ、何度でも好きなだけあげるから」
「ほんとですか!?」
「ん。…だからもうこれは止めて?」

泉美は自分の首、竹谷に付けられた痕を指で摩る。
竹谷は大きく頷いた。

「はい、しませんっ!」
「…ん。じゃあ…おいで?」
「はいっ!」

泉美が竹谷に向けて、手を広げた。
竹谷はそれに吸い込まれるように身を重ねる。
泉美は広げた手を竹谷の広い背に回し抱き締めた。
こうなったらとことん付き合うしかない。
覚悟を決めて、目を閉じるのだった。


おわり