忠犬彼氏と飼い主彼女 | ナノ
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あの空間を壊せるはずもなくて


「はぁー…」

座学の授業が終わり、教師が教室から出た途端に竹谷は机に突っ伏した。
窓から見える空は青々と晴れているのに、竹谷の心は暗く曇っていた。

「どうしたの八左ヱ門、やけに暗いね」

その様子を見ていた、同じろ組の不破が尋ねる。

「どうせまた泉美センパイ〜の事だろ?」

不破の横に居た鉢屋が茶化すように言うと、不破も納得した様に「ああ」と頷いた。
竹谷の悩みと言えば恋仲の泉美の事と相場が決まっている。
泉美の名前を聞き、竹谷もゆっくりと顔を上げた。
そして生気のない顔で呻くような重い声を出す。

「…最近さ、泉美先輩と会えてねぇんだよ…」
「あー…それは仕方ないよね」
「ま、くの一教室じゃあな」

泉美はくの一教室の生徒のため、忍たまの竹谷と会える機会は多くない。
不破が言うように仕方の無いことなのだが、竹谷には我慢が出来るものでは無いようだ。

「このまま俺死ぬ気がする…先輩に会えなさ過ぎて……」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃねぇよっ!!」

呆れ眼の鉢屋に竹谷は吼えた。
しかし直ぐに力なくがくりと肩を落とす。

「なんで泉美先輩くの一教室なんだよ…全っ然会えねえし…!」
「女の人だからくの一教室なのは当たり前だと思うけど…八左ヱ門は西浜先輩が忍たまに居た方が良かったの?男ばっかりの忍たまの中に」
「そ、それは駄目だ!」
「でしょ。だったら少しは我慢したら?何も今生の別れじゃないんだから」
「我慢出来たら苦労しねーよぉ…!ああぁ、泉美先輩いぃ」
「はぁ。…仕方無い」

泉美の名を呼び再び机に突っ伏した竹谷を見て、鉢屋はため息をついた。
鉢屋が徐に顔を伏せたかと思うと、何やら顔を弄り何処から出したのか変装用の鬘を被り始めた。
女物の髪をひらりと靡かせながら頭を上げ、竹谷に声をかける。

「ほら八左ヱ門。お前の会いたがってた西浜先輩だぞ?喜べ」

竹谷が顔を上げると、そこには嘆く程に会いたがってた泉美、の顔をした鉢屋がいた。
流石は六年生をも凌ぐ変装名人である鉢屋、その容姿(顔だけ)は泉美そのものであった。
鉢屋は腰を折り態とらしい笑顔で竹谷を覗き込む。
…が、竹谷は喜ぶどころか顔を顰めた。

「泉美先輩はそんなガタイよくねえよ!それにそんな嘘臭い笑顔なんかしねーし!…っつーか泉美先輩はもっと綺麗で可愛くて!髪も肌も柔らかいし先ず三郎の変装如きで表せるような人じゃねええぇ!!!」
「え、う、…わ、悪い」

「嘘臭い」や「如き」と貶されたにも関わらず、鉢屋はその剣幕に圧倒されつい謝った。

「ごめん、八左ヱ門。別に僕も三郎も八左ヱ門をからかいたい訳じゃないよ」
「…」
「…疑わしい目で私を見るな、八左ヱ門」

不破の言葉に、竹谷はじっと鉢屋に視線をやる。
その視線から逃れるように鉢屋は泉美の変装を解きながら窓の外を見た。

「…いや、俺も分かってる。俺の我儘で迷惑掛けちまってるって…」

竹谷は深くため息をついた。
泉美の事で良く盲目になることは、竹谷本人も十分に理解しているようだ。
しかし不破は首を横に振った。

「迷惑とは思ってないよ。八左ヱ門がどれだけ西浜先輩の事が好きかは見てれば分かるからね」
「雷蔵…っ!」
「友達が暗い顔してるのを放っても置けないし」
「ら、いぞぉぉ…!」

不破の言葉に感激し、竹谷は瞳を潤ませる。

「…そうだな、確かに暗い顔よりかは笑ってた方が良いな」
「三郎…!」
「ま、八左ヱ門を笑顔にするには私達より適役が居るが」
「え?」

そう言った鉢屋は窓の外を視線で示す。
首を傾げた竹谷が窓に近付き見下ろす、と。
目下にある校庭に、私服である橙色の小袖を着た泉美が居た。
何やら事務の小松田に渡しているが、恐らく外出届だろう。

「っ!!」

その泉美の姿を見た途端、竹谷は目を大きくさせた。
がっと窓の枠を掴み何の躊躇いもなく声を上げた。

「泉美せんぱぁぁい!」

外にいる泉美までの距離は相当あると言うのにお構い無しに名を呼ぶ。
横にいた鉢屋や不破は顔を顰め耳を塞いで遣り過したが、その声量は半端ない。
外にいた生徒は顔を上げ、教室に居た他の学年の生徒ですら窓から顔を出し何事かと当たりを伺っている。
しかしそれも気に止めずに竹谷はぶんぶんと手を振った。

「泉美先輩ぃー!」
「ちょ、八左ヱ門うるさい。声大き過ぎる」
「こっちです泉美先輩っ!上!上です、教室で、あっ泉美先輩ー!」
「駄目だ聞いちゃいない」

泉美に気付かれた様で、竹谷の声は嬉しそうに跳ねている。
不破も鉢屋も呆れ顔で見ているのに、竹谷の目には泉美しか入っていないようであった。
竹谷が必死に手を振っているのを見て泉美も小さく手を振り返した。

「泉美先輩っ、お久しぶりです!会いたかったです!!」
「今朝ぶり、だねー」

普段から余り声を張らない泉美だが、何とか声を届けようと口元に手を当てて返答している。

「会えない会えないって喚いてたのに今日会ってるじゃないか…」
「…八左ヱ門ならたった数刻会わないだけで深刻な問題なんだろうね…って、どうしたの」

不破が見ると、竹谷は何故か顔を赤らめ肩を震わせていた。
怪訝そうな顔をした不破と鉢屋を他所に竹谷は両手で顔を覆う。

「ああぁ頑張って声出してくれてる泉美先輩すげー可愛いぃぃ…!」

どうやら泉美のほんの小さな動作にやられたらしい。
その場に蹲って悶えている竹谷の肩を、不破が叩いた。

「ほら、先輩呼んでるよ」
「!」

竹谷が慌てて立ち上がり窓から顔を出す。

「ハチー」
「す、すみません泉美先輩っ!何ですか!?」
「この後時間ある?予定が無いなら一緒に町に行かない?」
「!!行きます行きます!行きたいです!!」

まさかのお誘いに竹谷は身を乗り出さんばかりに手を挙げた。
それを見た泉美は嬉しそうに笑うが、その顔を見てまた竹谷も顔を赤くする。

「じゃあ待ってるから」
「は、はいっ!今すぐ行きます!!待っててください!」

そう言った途端、竹谷は窓の縁に足をかけた。
その足に力を入れ、そのまま窓外に飛び出そうとする。

「は、八左ヱ門待て待て待て!」
「高い!ここ高いから!」
「いや先輩が待ってんだぞ!?待たせる訳にはいかねぇだろっ!」

左右から不破と鉢屋に止められるが、竹谷はそれを振りほどこうと暴れる。
この高さから飛び降りれば、流石の忍たま上級生でも危うい。

「ハチ待って!」
「は、はいっ!」

泉美の大きめな声に、竹谷は反射的に返答しぴたりと動きを止めた。
「待て」と言われて止まる様は犬そのものだな、と不破も鉢屋も思う。

「そこから降りたら怪我しちゃうよ。待ってるから着替えて来て?」
「え、えー…でも…!」

泉美に諭されるも竹谷は渋っている。
今すぐにでも泉美の元に行き抱き締めたいようだ。

「ハチ、行っておいで?」
「うぅ…!わ、分かりました!直ぐ支度して行きます!」
「慌てなくていいから」
「分かりました!急ぎます!!」

そう言い竹谷は髪を翻し教室を飛び出して行った。
その姿を見送った鉢屋は呆れ、不破は苦笑いをする。

「急ぐって、慌てるなって言われたの分かってないじゃないか」
「でも八左ヱ門もやっと生き生きした顔に戻ったし。良かったよ」
「…まあな」

小さく笑い、鉢屋は1人竹谷を待つ泉美に視線を移す。
泉美は風で乱れた髪をまとめ直している。

「…私の変装と大差ないじゃないか」

鉢屋は桟に腕をかけ、頬杖をつきながらぼそりと言った。
先ほど竹谷から泉美の変装が全然違うと叱られたことが今になって気に障ったようだった。

「八左ヱ門には違いが分かるんだろうね。大事な西浜先輩だから」
「そういうもんなのか」

よく分からないな、と鉢屋は呟いた。

…と、ばたばたという足音と共に「泉美せんぱーい!」という竹谷の声が聞こえてきた。
どうやらもう支度を済ませたらしい私服の竹谷が泉美に走り寄る姿が見て取れた。

「うわ早い。もう支度済んだんだね」
「どれだけ慌てたんだ…」

鉢屋が言うように、竹谷はいつも以上に髪はぼさぼさしているし着物も着崩れている。
相当急いで来たらしい。
その竹谷は泉美の元に来た途端、がばっと泉美に抱き着く、というより飛びつく。
泉美も受け入れる様に、竹谷の背中をぽんぽんと叩いている。
そして竹谷から離れた泉美は乱れた竹谷の着物を正し、跳ねた髪を撫でるようにして整える。
甲斐甲斐しく世話をするその姿は夫婦…と言うより親子にも見えた。
竹谷は離れた教室に居る鉢屋や不破でも分かるように赤面し破顔していた。
泉美に会えたお陰か抱き締められたお陰か、はたまた頭を撫でられたお陰か…いや竹谷にとって恐らくその全てが嬉しいのだろう。
そのまま泉美に促され、共に並んで歩き出した。

「何だか八左ヱ門、僕達と居るより楽しそうにしてるね」
「だな。ま、友達より恋仲の先輩なんだろうな」
「友達としてそれは少し寂しい気もするけど…うん。楽しそうだし、いっか」

仲睦まじく寄り添いながら歩く2人を見下ろし、不破も鉢屋も笑った。


おわり