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  姑息な手を使いやがる!


「うわっヤベッ」

私が歩くテンポに合わせて、お盆の上の湯のみがカタカタ音を立てた。
それに気付いて慌てて足を止める。
入っているお茶が零れそうだったから、とかではない。
その音に気付いた奴らが襲撃してこないか不安になったからだ。
特に六年い組とかね!
慌てて当たりを見渡すけど、幸い誰も居ないみたいだ。
それが分かって安心して、また歩き出す。
今までも周りにビクビクしながら歩いてたけど、ここ数日は警戒の度合いが格段に上がっていた。
警戒レベルMAXですわ!
もう災害が発生してるレベル。
早く逃げないとやべーレベル。

「(もう本当、いつ襲われるか分かったもんじゃないよ…)」

はーぁ、そう思うだけで気分が重くなる。
広まった噂(出典:サラスト野郎)を信じた人は、例え私がボコされそうになっても止めに入ってはくれないだろうなー…。
そして訪れる死。
それがいつなのか、明日なのか今日なのか、それとも5秒後なのか、まっっったく想像出来ない。
だから怖い。めっちゃ怖い。
ただでさえ驚かされること苦手なのにな!
ビクビクしてる所に私の命を狙ってる奴らが突然飛び出してきたら、ビビり過ぎて死ぬかもしれない。
アイツらが武器を使う前に死ぬかもしれない。
死因、ショック死。
やったね、手を汚さずに片付けられるね!
やったね、じゃないよバカヤロウ。

「…何でこうなるかなぁ…」

悲しいかな、忍術学園を元に戻そうと思って動いてたはずなのに、それがまさか自分の首を絞めることになろうとは。
ハハッ、人生何があるか分かったもんじゃないよね!
悪い意味でね!
という訳で、死期は延ばしたいから今は出来るだけ人と会わないように務めることにしているのだ。
雷蔵も人と会わない方がいいんじゃないかって言ってたしさ。
だから昼過ぎの時間帯を狙って食堂に行って、昼ごはん兼晩ごはんのおにぎりとお茶を貰って、後は部屋に籠ることにした。
こんな味方もいない、いつ命を取られるかも分からない状況なら仕方ないって七松くんも思うよね!
その七松くんが命を狙ってくる可能性だって無きにしも非ずだしな。
はー、つら。

「和花さんっ!」
ぎゃあっ!!?

突然、背後から呼ばれた!
び、びっくりした、ビックリしたなぁもおぉ!
よくショック死しなかったって自分を褒めてやりたい!
雷蔵といい今回といい、静かに呼び掛けるっていう配慮はないのか!
そう心の中で半ギレしながら振り返ると、私を呼んだのはどうやらしんベヱだったらしい。
ぱたぱたと、喜三太と共に走り寄ってきた。
な、なんだ、可愛いは組のエンジェルだったのか。
じゃあ怒ることないか。
寿命はめっちゃ縮んだ気がするけどな!

「ど、どうしたの?」

私の目の前で止まった2人に聞く。
なんだか2人とも顔色があんまり良くないような…。
あれ、というか私に話し掛けて大丈夫なのだろうか。

「和花さん、あのっ、ぼく達聞きたいことがあるんです!」
「聞きたいこと?」
「はい、実は…あっおにぎり!

深刻そうな顔してたしんベヱが、急に目を輝かせて私の持っていたお盆を指さした。
喜三太がアニメさながらその横ですっ転ぶ。

「もー!しんベヱ!そうじゃないでしょー!?」
「あっ、そうだった。えへへ、ごめん喜三太〜」
「(かわいいかよ)」

そんな2人のやり取りを見てたら心がホッコリした。
てっきりシリアスムードになるのかと思いきや、しんベヱはおにぎりに心を持ってかれたみたいだね!
可愛いったらありゃしないね!
…とか思ってると、喜三太に注意されたしんベヱは気を取り直したようで私を見上げて聞いてきた。

「…ぼく達、本当のことが知りたくて」
「本当のこと…っていうのは?」
「…今、忍術学園で広がってるんです。…和花さんの噂」
「あー…」

それか。
まぁ今の状況で聞きたいことって言ったらそれしかないよね。
私が忍術学園の情報を集めてるとか、それで良からぬことを企んでるんだとか…あの紙のせいで好き勝手情報が飛び交ってるんだろうね、やっぱり。
くっそー、サラスト野郎め!
外堀から埋めて私の立場を無くしていくなんて、なんと姑息な!
と、ここでしんベヱと喜三太は顔を見合わせて、とんでもないことを言った。

「本当なんですか?和花さんが忍術学園を支配しようとしてるって話は
「あぁ、支配…ん?なんて?

あ、あれれー、何かの聞き間違いカナ?
なんか物騒な言葉が聞こえた気がするゾ!

「和花さんは密かに忍術学園の情報を集めていて、忍術学園を支配しようとしてるって聞いたんです」

あっはは!聞き間違いじゃなかったようだね!
というか、支配!?
なんやそれ!初耳やぞ!!?

「え…えぇ…誰がそんなことを…」
「先輩達が…みんな言ってたんです」

おい誰だその先輩達ってのは。
前に出ろ、ひとりずつビンタしてやる。

「和花さんが書いた紙を、先輩達が読んだって言っていて…そこに忍術学園を支配することが目標だ、って書いてあったって」

なんちゅう目標だよ!
どんなだよ、まず支配して何になるんだよ!
私はただ、平和な忍術学園に戻ればいいと思ってるだけですが!
…というか、え?
「書いてあった」?
私、そんなこと書いた覚えないぞ。
どういうことだ。

「…その紙は、君達も読んだの?」
「いえ、ぼく達は先輩達から話を聞いただけで…実際に読んではないです」
「でも二年生とか三年生は…立花先輩に見せてもらったって」

だから昨日、二年三年が私を見てヒソヒソしてたのか!
そりゃあ私直筆の「ヒッヒッヒッ忍術学園を支配してやるぞーぅ(極悪)」って書かれた紙を見せられたら、どんな顔して私と会えばいいか分からないよね!

「ぼく達に優しくしてくださったのは、そのためだったんですか…?」
「え?」
「和花さんは忍術学園を支配したくて、ぼくのなめくじさん探しを手伝ってくださったんですか…!?」

2人はくしゃっと顔を歪め、今にも泣きそうになってしまった。
あ、あー!泣いちゃう泣いちゃう!
思えばしんベヱも喜三太も、私に懐いて…とまでは言えないけど、仲良くしててくれた子達だ。
私がそんな邪な考えを持ってるって聞いて、本当の拾石和花がどんな人間なのか分からなくなっちゃったんだろうな…。
そんなに悩ませちゃうなんて、本当に申し訳ないよ!
…ん?でも待てよ。

「(そんなに悩むってことは、2人はサラスト野郎の言葉を鵜呑みにはしないってくらい私を信じてくれているってことだよね…?)」

ぽっと出の私なんかサラスト野郎の信頼に比べたら米粒にも満たないんじゃないかとか思ってたけど、しんベヱも喜三太も結構私のことを信じてくれていた、らしい。
あれ、じゃあこれは良い兆しじゃないか…!?
私はそんな物騒なこと考えてないってしっかり訴えれば、しんベヱと喜三太も「なんだぁ、そうなんですね!」ってなる気がする。
前に望愛ちゃんが発信した噂を否定したら、竹谷くんとか久々知くんがすんなり信じてくれた時みたいに。
おおっ!それが出来たら、今回も嫌な噂は思ったよりすぐに収束するんじゃないか!?

「それは…」
「その通りだ」
「っ!?」

なんということでしょう。
私が否定するより先に、何処からともなく飛んできた声が肯定しやがったではありませんか!

「し、潮江先輩…!」

しんベヱが顔を引き攣らせて、いつの間にか私のほぼ背後に立っていたギンギン野郎を見ていた。

「そ、その通りって…どういうことですか…?」
「こいつが書いた紙には忍術学園を乗っ取ってやろうって言葉がはっきりとあったんだよ。お前達に声を掛けたのも、その為の策略のひとつだ。簡単に懐柔出来たとか何とか、得意げに書いてあったからな」

は?

「そ、そんな…」

ギンギン野郎の話を聞いて、しんベヱと喜三太は愕然とした顔で私を見た。
い、いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ!
だから私はそんなこと書いてないっつーの!
確かに聞いたことをまとめた紙は雷蔵に盗られてサラスト野郎の手中に行っちゃったけど、そんな忍術学園を乗っ取るだとか書く訳ない…、

「(…って、まさか)」

そこでピンときた。
真相が見えた気がする。
私が実際書いていないことを、ギンギン野郎は「はっきり書いてあった」って言った。
二年生も三年生も、書いた紙を「読んで」私が忍術学園を支配しようとしていると思った。
ということはつまり…こいつら私の書いた文を書き換えたんじゃないか?
そういうことだよね!?
口頭で伝えただけなら、紙を読んだとか言わないもんな!
う、うわー!姑息な手を使いやがる!
忍び(のたまご)だからこそ、有利に戦を運ぶために嘘の噂を流したりするんだろうけど、それを私に対してやらないでいただきたい!

「これで分かっただろ。こいつはそういう危ない思考を持ってる奴なんだよ」

私の方を顎で示しながら、ギンギンが言う。

「…和花さん…」
「あっ、いや!ち、違、私そんなこと書いてな…ぐえっ!?

しんベヱと喜三太に本当のことを告げようとしたのに、阻まれてしまう。
ギンギン野郎にいきなり首根っこを掴まれたからな!
首根っこっていうか、後ろ襟部分と言うのか?
その部分をギンギン野郎はそれはまぁ雑に掴みやがった!
バッカ野郎、こっちはお茶ののったお盆持ってんだぞ!?
もっと丁重に扱えやぁ!

「な、ちょっ…何…!?」
「行くぞ」
「は!?」

どこへ!?
って私が聞くより先にギンギン野郎は歩き出す。
半ば無理やり私を引きずるようにして。

「し、潮江先輩!?どこへ行かれるんですか!?」
「こんな危ない奴、野放しにしておく訳にはいかねえからな」

あ、危ない奴て!
女子の首根っこ掴む男の方が危ないやろがい!
とか思っている間にもぐいぐい引っ張られる!
首っ!首が絞まる!
というか、これ確実に殺られるパターンじゃね!?
しんベヱと喜三太の目の届かないとこに連れてかれて、袋槍で心の臓を突かれるパターンじゃね!!?

「う、ウワーッ!?」
「和花さん!」
「和花さんっ!」

ビックリして私を呼ぶしんベヱと喜三太を他所に、ギンギン野郎は私をドナドナしていく。
私の悲痛な叫びは虚しく廊下に響いた。

「…」
「…」

潮江に無理やり連れて行かれた和花を、しんベヱも喜三太もただ呆然と見送ることしか出来なかった。
その姿が廊下の角を曲がり見えなくなってからやっと、ゆっくりした動作で顔を見合わす。
その顔が見る見るうちに顔が青ざめてゆく。

「たっ…大変だぁ…!」

しんベヱがそう言うや否や、2人は慌てて駆け出していった。



不破は足早に廊下を歩いていた。
時折立ち止まってはきょろきょろと辺りを伺っている。
誰かを探しているようだ。

「(三郎…どこに居るんだろう)」

その相手は鉢屋だ。
鉢屋のみならず他の五年生を避け続けていた不破だったが、今日はまるで逆だった。
今までは望愛と…立花達と関わっていたがために、和花と親しくしている鉢屋達と距離を置かなければならなかった。
だが今となってはその必要はない。
不破自らの意思で和花の役に立ちたいと決めたのだ。
その和花が今、鉢屋達から疑いの目を向けられ、避けられている。
自分が蒔いた種で鉢屋が怪我をする羽目になり、話しかけることを躊躇していたが、呑気にそう思っている暇はない。
不破は昨日和花と会った後、噂がどれだけ広まっているかを調べるため忍術学園内を奔走した。
その結果、生徒ほぼ全員が既に噂を耳にしていることを知った。
ある者は信じられないと戸惑い、ある者はどうしてと愕然とし…どこを見ても、不穏な雰囲気が漂っていた。
だからこそ鉢屋達と直ぐに話さなければならなかった。
自分が関わるより前から和花と親しくしていた鉢屋達が、手のひらを返したような態度になったのは不思議ではあったが…兎も角、今は和花の疑いを晴らすために会って話さなければならない。
それに、鉢屋には謝る必要もある。
だから他の五年生より先に鉢屋と会って話そうと決めたのだった。

「…あっ」

角を曲がると、その先をこちらに背を向けて歩いている自分の後ろ姿を見付けた。
驚くこともなく、それが鉢屋の変装ということはすぐに分かった。

「三郎!」

不破の声を聞いた鉢屋はぴたりと足を止めた。

「…雷蔵?」

振り返った鉢屋は丸い目をより丸くさせていた。
今まで逃げるように自分達を避けていた不破が声を掛けてきたのだから、驚くのは当然だろう。

「どうしたんだ?」

不破が鉢屋の元へ来るのを待ってから、鉢屋が尋ねる。
その顔には驚きと言うより戸惑いが浮かんでいたが、怒った様子は見て取れない。
話すことすら拒まれたどうしようと不破は不安に思っていたため、内心でほっと息をついた。
まずは鉢屋に謝るべく、不破は意を決して口を開く。

「三郎、僕…」
「ああっ、鉢屋先輩っ!不破先輩ぃ!」

だが不破が正に言葉を発しようとしたところに、別の声が割って入ってきた。
不破と鉢屋が声の方へと揃って顔を向けると、慌てた様子でこちらに駆けてくるしんベヱと喜三太の姿があった。

「しんベヱ、喜三太?」
「たっ、大変ですぅ!」

不破達のもとへやって来た2人は、揃って切羽詰まった顔をしている。
喜三太がこうして「大変」と慌てるのは、基本的にペットのなめくじがいなくなった時だ。
今回もそうなのだろうと高を括り、不破は申し訳なさそうにだが手のひらをしんベヱ達の方に向けた。

「…悪いんだけど、今はそれどころじゃないんだ」

今は鉢屋に謝り、和花にかかった疑惑を解くことが先なのだ。
しかし次にしんベヱから出た言葉に動きを止めることになる。

「和花さんが!大変なんですっ!」
「和花が?」
「和花さんが?」

唐突に飛び出してきた和花の名に、不破だけでなく鉢屋も驚く。
鉢屋は不破が和花の名前を言ったことにも驚いていたが、不破がそれに気付くことはなく、驚きと戸惑いの混じる表情でしんベヱに聞き返す。

「和花さんが大変って、一体どういうこと?」
「そ、それが…」

しんベヱと喜三太は矢継ぎ早に、先程目の前で起こったことを話し出した。
慌てているせいで言葉が被り、要領を得ないところもあったが、要約すると和花が潮江に連れて行かれたということだった。
しかも険悪な雰囲気で、連れて行かれた先で和花が危ない目に遭わされてしまう…!としんベヱ達が不安になり助けを求めに走ったほどだったらしい。
そこで初めに出くわしたのが不破と鉢屋だったという訳だ。

「(まさか、もう)」

その話を聞いた不破の顔色も、しんベヱ達と同様青ざめる。
潮江も和花をよく思っていない者のひとりだ。
潮江が和花を連れて行ったということは、その先には立花も居るはず。
まさか、こんなに早く立花達が動くとは思っていなかった。
悠長にしている暇はなかったのだ、と不破の顔に後悔の念が浮かぶ。

「…しんベヱ、喜三太。和花達がどこへ行ったか分かるか?」

口を閉ざしていた不破に代わりではないが、鉢屋が真剣な目付きで問う。

「どこへ行ったかまでは…」
「あっ、でも外に行ったんじゃない?あそこの廊下、先は裏庭の方に繋がってるんだし」
「じゃあ…裏庭?それとも裏門から外に出たのかな…?ううん、分かんないよぉ」
「…裏門か」

鉢屋は小さく呟き、そして弾かれたように踵を返し、走り出す。

「三郎!?」

不破の声も耳に届いていないのだろう、鉢屋は足を止めることなく走り去って行った。
行く先は裏門だろう。
突然の鉢屋の行動にしんベヱと喜三太は目を白黒させていた。

「…2人とも、知らせてくれてありがとう。後は僕達に任せてくれ」

今度は不破が鉢屋に代わり言った。

「は…はい!」
「お願いしますっ!」

不破の言葉を聞いて安堵したらしく、しんベヱも喜三太もへにゃりと顔を崩し頭を下げる。
それに頷き返し、不破も鉢屋を追って走り出す。
鉢屋の姿は既に見えなくなっていた。

「(…任せてくれ、なんて言ってしまったけど…)」

果たして自分に何が出来るのだろうか、と鉢屋を追って裏門へ急ぐ不破の頭に不安が過ぎる。
深く考えずに大口を叩いてしまったが、相手は六年生なのだ。
潮江や立花、それに中在家も居るかもしれない。
それを相手にして一体自分に何が出来ると言うのだ。
このまま六年生達の所へは行かず、もっと助けを呼びに行った方が賢明なのではないか。
そうやっていつもの如く迷いが生じる。

「(…いや、駄目だ。迷っている暇はない)」

走りながら不破はかぶりを振った。
今は一分一秒でも早く和花のもとへ行くべきだ。
潮江や立花と対峙させられた和花が無事でいられるはずがない。
勿論、割って入れば不破自身も無事で済むわけがないだろう。
しかし、和花に役に立ちたいと伝えたのは紛れもない不破の本心だ。
結果として、敵わないと分かっている六年生に歯向かうことになっても…それでも構わなかった。
強く表情を引き締め、不破は足を速めたのだった。



つづく