人生波乱万丈! | ナノ
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  だから言い方ァ!


どうしてこうなった。
大事なことだからもう1回言おう。
どうしてこうなった。

時刻はお昼をとっくに過ぎていて、午後の授業が始まっているくらい。
そんな中、私は食堂にいた。
前みたく食器を返しに来てるのではない。
昼ご飯を食べに来ているのだ。
なんでかって?
思い出しても何だか頭に鈍痛が来る気がするんだけど、今日の朝、部屋に来た学園長先生に言われたんだよね…。


「…出入り自由?」

部屋に来ていた学園長先生の言葉がイマイチ理解出来なくて、そっくりそのまま返してしまった。
「ちょっと何言ってるか分かんない」状態である。
だけど学園長先生は「そうじゃー」と答えるだけだった。

「出入り自由…とは、えーと、つまり…もう外に出ていいってことでしょうか…?」
「そうじゃ」
「オッ」

おおおぉー!?
こっ、これは!ついに!キタコレではないか!?
やっと忍術学園から脱出できる日が来た!?

「あ、ありがとうございます!今まで本当に大変お世話になりまして…あっ、直ぐにでも出て行く準備を致します!」

邪魔者は四の五の言わずに出て行くべきだよねー!
ほら、善法寺くんとか食満くんは通常運行になったんだから、私のすることなんかもう何も無い。
いやすることなんか最初から何も無かったか。…まあいっか!
学園長先生を横目に急いで部屋を片付ける。

「何をしておるんじゃ?」
「部屋を空けるので、片付けを…」
「ふーむ。何か勘違いをしておるようじゃのぅ」
エッ

小袖を持ったまま、へっぴり腰体勢で動きを止める。
まってまって。すごく嫌な予感。
またザワザワとした嫌ぁな胸騒ぎが…!

「ワシは忍術学園から出てゆけと言っている訳じゃあない。ただ「出入りを好きにしてもよい」と言っておるだけじゃ」
「そ…え?そ、それはつまり…?す、すみません理解力が乏しくて…」

いや、なんとなく答えは分かっていて、心底では理解したくないだけかもしれない。

「今まで部屋に籠りっぱなしだったじゃろう?これからは気にせず好きに忍術学園内外を出入りしても良い、ということじゃ。ワシが許可する」
「グフェ…!」

ほらね、やっぱりね。
理解したくない提案でしたね!

「んん?どうしたんじゃ、可笑しな声を出して」
「あっ、い、いえ、すみません」

あまりに嬉しくなかったものだから五臓六腑を握り潰されたような声を出してしまっていた。
ヒキガエルの方が全然可愛い声だね!

「新野先生から怪我も良くなったと聞いたからのう」
「そ、そうですが…」

学園長先生がここに来る前は新野先生と話していた。
その時に、傷はほぼ完治と言えるでしょう、とは言われたんだよね。

「で、ですが、やはり私がうろうろするのは…その、気が引けると言いますか…周りの目もありますし」
「今更何に気を遣うんじゃ。乱太郎きり丸しんベヱ達とは外へ出掛けたと聞いたぞぅ?」
「うっ…」
「それに最近は、委員会の手伝いをしているとも報告を受けておるが?」
「う゛っ…」

ニヤリと笑った学園長先生に、返す言葉がひとっつも見付からない…!
どこからの情報なんだよぉ!誰だよぉチクリ魔はぁ!
私が悶えているのを見て学園長先生は何故か満足そうに頷いている。

「と、いうわけじゃ。無理に追い出すことはせん。なんなら長居して貰っても構わんぞ?」
「い、いやいやいや!?そこは本当に、お気持ちだけで!」

千切れんばかりに首を横に振って否定する。
長居するってことはつまり、それだけ狙われる確率が高いってことだ。
今ではもう理由もナシに敵視している奴がいるって食満くんが言ってたし…。
吉田沙〇里を私のセコムとして付けてくれたらいいけどこの時代には居ないでしょ!?
じゃあ無理!本当に無理ッ!

「……あっ」

と、そこでふと思い付いた。

「…出入り自由…なら、忍術学園の外にも出て良い、ということですよね…?」
「うむ」
「長居しても良いと仰ってくださいましたけど、直ぐ出て行ってはいけないということでは無い…ですよね?では、そのまま…変な言い方ですが行方をくらましても…それは、問題は…」
「ふぅむ。そうじゃな。お主がそれを求めているのなら、無理に引き止めもせん」
「!!」

そ、それだったら!今日にでも出て行って…!

「じゃが。お主は律儀者じゃからな?これだーけ恩を貰っておいて、タダで帰ろうとは思うまい?のう?」
「うぐぅ…!」

褒めて頂いているのか何なのか…!
とにかく、なんと痛いところを付くんだ…!
でも学園長先生の言う通り、何の恩返しも出来ていないのにいきなり姿をくらますとか愚の骨頂じゃないか!?
と、私が返答に困っていると、学園長先生は満足そうにまた大きく頷いた。

「決まりじゃのう。なら手始めに食堂でも行って昼食でもとってきたらどうじゃ?おお、それが良い!」
えっ急。…じゃなくて!い、いきなりですか!?」
「いきなりじゃ!」
「そ、そんな胸を張って言わなくても!」

いきなりレベル高ーい!

「まだ昼食はとっておらんじゃろう?」
「ま、まだですけど…」
「それなら丁度良い!」

ちょ、丁度良くない!何も丁度良くないよ!?

「安心せい。この時間ならば殆ど人は居らんはずじゃからの」
「い、いえ、だからと言って…」
「行ってこ〜い!」
「えっ?あ、ウワッ、ちょっ!?」

背中をぐいぐい押されて無理矢理部屋から追い出された。
ぱたん!と扉が閉められる。締め出された感じだ。
締め出されたけどそこ私の部屋ですからねっ!?

「…うぅ…まじか…」

廊下に突っ立ったまま肩を落とす。
あの自由気ままな学園長先生に敵うはずがないよ。
ハッ、これがかの有名な「突然の思いつき」ってやつ!?
なんというはた迷惑な!
というか、結局こうなるのね…。
前にそろそろ忍術学園から出て行ってもらおうの話が来ると思っていたけど、部屋から出て行ってもらおうでしたね。くそ。
こうなったらもう腹を括るしかない…。

そうして、足取りも非常に重く食堂に向かったのだった。


そして、冒頭に至る。
食堂まで来るのだけで一体どれだけ命をすり減らしたことか!
角を曲がるにも食堂に入るのにも常に警戒心ギンギーン!でしたよ!
でも幸い午後の授業が始まる時間らしくて誰ともすれ違わなかったし、授業がないクラスも放課後だからって大半出払っているらしく食堂に人は居なかった。ホッと一安心。
時間過ぎてて申し訳なかったけど、お願いしたら食堂のおばちゃんは笑顔でご飯の用意をしてくれた。
今はそれを隅っこで細々と食べる。

「…煮物が美味しい…」

こんな時でもおばちゃんのご飯は美味しい。
何このにんじん?なんでこんなに味染みてるの?じゅわ〜っと美味しいお出汁が滲み出てくる。美味しすぎるじゃないか!
こんな美味しいもの、出来れば部屋で…いや、平成の世界で忍たまのアニメを前にして食べたかったものだよ。無理だけど。
いや、だめだ。のんびり煮物を味わってるヒマはない。
この時間だからって、いつどこで何に遭遇するか分からない。
煮物食べてる時に襲撃に遭うなんてたまったもんじゃないからな!
ゆっくり食べたい気持ちを押さえて食べるペースを上げる。
うわーなにこれ、冷奴も美味しい。漬物も美味しい。ご飯も味噌汁も全部美味しい。しあわせか。…って、だからそうじゃないってのに!

「すみません、おばちゃん!もうお昼駄目ですか?」
ンッグ!!

突如聞こえてきた声にご飯の塊が喉に詰まりかかった!
慌てて食堂の入口の方を見やると、なんと!ぞろぞろと五年生が勢揃いしてるではありませんかぁ!(錯乱中)
ほ、ほらなあ!呑気に味わってるからこうなるんだ!
というか、授業はどうしたんだ!
もうお昼締め切りだよ!?なんで今更来てんだよ!
って、今食べてる私が言えたことでもないけど!

「あら、久々知君達。こんな時間に珍しいわねえ」
「午前の授業が実習で少し長引いてしまったんです」
「そうなのね。お疲れ様!良いわよ、すぐ支度するわね」
「すみません」
「ありがとうございます」

なんだよ授業か。
そんなんなら弁当でも持ってそのままピクニックでもして来いよ…!
空気の読めない奴らめ!
と、そこではたと1人と目が合った。合ってしまった。

「(うげ…!)」

うわ、見付かった。
あれは…三郎?雷蔵?駄目だ、判断がつかない。
いやどっちでもいいわ。
そのどっちかと目が合った。
あれ、と言うか雷蔵とはハジメマシテな気がする。
右に立ってる奴か目が合った奴かどっちかは分からないけど。

「(…お?)」

だけど、三郎or雷蔵は直ぐに目を逸らした。
そして他の五年生達に何か話し掛けて、食堂からさっさと出て行った。
なんだ?

「すいません、おばちゃん!一人分、無しでお願いします!」

たけざえもんがおばちゃんに向けて声を掛けた。

「どうしたの?」
「雷蔵が用事を思い出したみたいで。食べないそうです」
「はーい、分かったわ」

あれ雷蔵だったのか。
一緒にいる所初めて見たけど、マジで同じ顔だなぁ。区別つかないわ。
別につけなくてもいいんだけど。

「でも本当すみません、こんな時間にお願いしてしまって」
「いいのよ!さっき和花ちゃんの分を用意したところだったからね」
「和花?」

うっわ!名前出された!
ぎゃあ!しかも今度こそ全員が私に気付いた!
いつかはバレると思ってたけど、そんな同じタイミングでこぞりこぞってこっちを見るな!

「和花さん!」

真っ先に豆腐小僧が声を上げた。
なにその可愛い笑顔。
そんなでかい声で言わなくても私は和花さんですよ…(投げやり)

「珍しいな、お前がここに居るなんて」
「あれ、食堂で食事してましたっけ?」
「いつもは自分の部屋で食べてますよね。ですよね和花さん?」
「ウエァ…」

ちょっ、ひええ!なんでぞろぞろと寄ってくる!?
か、囲まんといて!ビビって変な声が出ちゃったよ!
あとなんでうどん髪野郎はその情報持ってんだ!?
お前もストーカーか!ストーカーその2か!

「がっ…学園長先生…に、たまには食堂に行ったらどうか、と言われただけでして…」

蛇に睨まれたカエル状態とはまさにこの事だ…!
四面楚歌?それはちょっと違うか。
いつも以上に吃る。
ここにいる顔触れは(とりあえず)私を始末してやる!って思考はないっぽいから大丈夫…だとは思うけど、忍者のたまごだし、実際のところ何考えてるかなんて分からないもんなぁ!

「あ、和花さん、それ冷奴ですよね!」
「へ?え、あ…はぁ」

私の左側に立ってた豆腐小僧がお盆の上を見て言ってきた。
そ、そう言えば冷奴あったわ。よく見てるなぁ!

「さすが、お目が高いですね!おばちゃんの作る冷奴、すごく美味しいですよね!」
「お、うぉ…」
「見てたら俺も食べたくなってきちゃいました。おばちゃーん!豆腐あったら冷奴お願いします!全員分!!
「えっ、俺達の分もかよ!」
「そこは兵助の分だけでいいよ!」
「俺だけ良い思いするのは悪いだろ!?」
「「いやいや!」」

豆腐小僧の後を、わちゃわちゃしながらたけざえもんとうどん髪野郎がついて行く。
相変わらず仲良しだな!

「…」
「ゥヒッ」

ま、まだ右側に三郎がいた!気付かなかった!!
でも…ん?なんか様子が変?
豆腐小僧達の方には行かず、ただ机を一点見つめしている。
なに考えてるの?こわっ。

「…あ、あのぉ…?」
「!」

そろっと声を掛けたら、三郎はハッと我に返ったように顔を上げた。

「…悪い。何でもない」
「はあ…?」
「三郎ー、お前の分も出来てるぞ!」
「ああ、今行く」

たけざえもんに呼ばれて三郎は離れて行った。
よく分からないけど…まっ、いいかどうでも!
それより全員居なくなった今がチャンス!
まだご飯残ってるけど、もうお盆を返して部屋に……って、駄目じゃん!?
「お残しは許しまへんで!」じゃん!
わ、忘れてた!!急いで食べ切らないと…!

「結局、全員に冷奴が付いたな…」
「嬉しいだろ!?」
「まあ、うん。おかずが多いのは嬉しいけどね…」

間に合わなかった。
ぞろぞろと全員お盆を手に取ってしまってた。
ま、まあ、別に一緒に食べる訳じゃないからね…。
とっとと食べて部屋に帰ればいいや!

「…あの、和花さん」
「う?は、はい?」

な、なに?また私のすぐ側まで来ていた豆腐小僧に声掛けられたけど、何の用だ?
味噌汁のお椀を持ったままその顔を見上げた。

「…ええと…ここの席、座っていいですか?」
「え?」

豆腐小僧の視線の先は私の座る席の横あたり。
なんで他の席は全部空いてるのにここの席なんだ?
お気に入りの席なのか?
…まあいいか。
美味しいご飯をお気に入り席で食べたらより幸せだろうしね。
私は退きましょうか。

「…どうぞ?」
「あ、ありがとうございます!」

許可したら豆腐小僧は嬉しそうに笑って早速座った。
やっぱりお気に入りの所だったっぽい。
嬉しそうで何よりだ。
さて、私はここから一番遠くて入口の視覚になるような向こうの席にでも…。

「動きが早いな、兵助」

え?
なんの事だかよく分からないことを豆腐小僧に言いながら、三郎が豆腐小僧とは反対側…私の右側に当然のように座った。
あんたもここお気に入りの席なの!?
ちょっと!横を塞がれたら出れないでしょうに!

「べ、別にそんなんじゃないって」
「そう言う三郎だってちゃっかりしてんじゃん」
「私はただ空いている席に座っただけだ」
「はは、よく言うよ」

ベラベラと私の分からない話をしながら、たけざえもんもうどん髪野郎も向かいの席に座った。
身内話は私の居ないところでして頂きたい。
じゃなくて!
結局みんなこのテーブルやないかい!
…あ、そうか。
ズッ友五年生なんだから豆腐小僧に合わせてみんな同じところに座るか。考えればすぐ分かることだったじゃないか。
両サイドを塞がれたって後ろから出れるし、今度こそ行こう。

「和花さん?どうしました?」

席を立ったら豆腐小僧に言われてしまった。
いやーあはは〜、と笑って誤魔化しつつお盆を持つと、今度は三郎に声を掛けられる。

「まだ残ってるじゃないか。残したらおばちゃんに何言われるか分からないぞ」
「いや、食べますよ…でも向こうの席に移ろうかと…」
「えっ!?」
「何でだ!」
「エッ」

こ、こっちこそ何でだ!?
それぞれの顔を見れば、豆腐小僧は驚いてるし三郎も似たような顔をしてる。

「だ、だってここは皆さんのお気に入りの席なんですよね…?だ、だから私は退こうかと」
「お気に入り?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「い、言ってはないですけど…ほ、ほら、さっきここに座りたいって」
「あ、あれはそういう意味で言ったんじゃ…」

え?じゃあどういう意味なんだ。
訳がワカラナイ。
と困っていたら、急に向かいに座っていたうどん髪野郎が笑い出す。

「あはは、やっぱりこういう事には疎いんですねー和花さん」
「は…?」

なんだろう、遠回しに馬鹿にされているような気がする…。

「兵助はただ和花さんの隣に座りたかっただけですよ」
「え?」
「お、おい!勘右衛門っ!」

思ってもみない言葉がきたもんだから驚いた。
声を大きくした豆腐小僧の方を見たら、ぱっと目が合う。

「えっ、あ、いえ、ちがっ、そ…そんな、疚しい意味なんて無いですからっ!」

私と目が合った瞬間、豆腐小僧はそれはもう必死に首を振ってきた。
おぉう、すんごい慌ててる。
隣の席に座るくらい疚しいも何も無いと思うから気にしなくていいのにな…。
にしても豆腐小僧の顔、どんどん赤くなっていく。
そんなに慌てたり照れたり、しかも隣の席に座りたかったって…。
なにそれ。
ちっちゃい子みたいで可愛いじゃないか!
なんと言うか…好かれる…いやそれは言い過ぎだけど、懐かれてる?感じがして、何だかおばちゃん嬉しいよ…。

「そういう事ですから、和花さん。このままその席に座ってあげてください」
「は…はぁ」

うどん髪野郎に着席を促される。
うぐ。この状態で「やっぱり向こう行きます」とか言えないじゃないか…!
そんなこと言ったら豆腐小僧の可愛らしい気持ちを蔑ろにしてしまう気がするし…。
…まあいいや、どうせすぐ食べ終わるからね…。
心の中で自分に言い訳して、席に戻ることにした。

「じゃ、食うか!」

私が席に戻ったことを確認してからたけざえもんが手を合わせて言った。
行儀のよろしいことで、それに倣って他の五年もみんな手を合わせていただきますして食べ始めた。
いい子かよ。


それからみんな楽しげに会話して(私は極力愛想笑いのみで)ご飯を食べていた。
私があと少しで食べ終わろうとした時、三郎が顔を上げた。

「そういや勘右衛門、お前いつから和花のこと知ってるんだ?」
「俺?」
「(ウグッ)」

三郎の前あたりに座っていたうどん髪野郎が箸を止める。
思いもよらない質問に今度は味噌汁を吹き出しそうになる。

「そう言えば。少し前までまだ会ったことがないって言ってたよな?」
「ああ。でもちょっと、この間ね。ね?」

そう言ってとても良い笑顔でこっちを見てくるうどん髪野郎。
そ、そうだった。
この間コイツとはハジメマシテだったけど、巴投げで吹っ飛ばしたんだった…!
「ね」とか言われるけどこっちは「ソウデスネェ」とぎこち無く視線を外すしか出来ない。気まずい。

「なんだよそれ、意味深だなぁ」
「大したことじゃないよ、八左ヱ門。ちょっと夜寝床にお邪魔したくらいで
「ブッフー!?ゲホッ、ガハッ!」
「は、はあ!?」
「勘右衛門っ!?」

おい言い方!
とんでもない言い方をしんさったよ、うどん髪野郎め!
私は今度こそ味噌汁を吹き出し、激しくむせかえる。
豆腐小僧は声荒らげるし、三郎は立ち上がっていた。
たけざえもんは「相変わらず手ぇ早いなー」と他人事のように苦笑しているだけだ。
だぁれもむせる私を心配しないのね!別にいいけどっ!

「い、いや…ゲホゲホッ、な、何言って…へ、部屋には来ましたけど、何も無かったじゃないですか…!」
「ひどいなぁ和花さん。あの時はあんなに激しかったのに」
「はッ」

だっ…だから言い方ァ!
うどん髪野郎はそれこそわざとらしーく頬に手を添えて恥じらう顔をしやがる!
確かに激しく巴投げしましたけど!その言い方は語弊を生むでしょうに!
なんでわざわざややこしくなる言い方をするの!
ばかなの!?しぬの!?!?

ガっ!

「ひい!」

とか何とか思っていたら、いきなり右隣の三郎に肩を掴まれた!
すごい力で右を向かされる!

「和花!!前はお前からそういう関係にならないようにって避けてたじゃないか!なんで勘右衛門には許してるんだ!」

え、ええー?なんかこの人すごい怒ってない??
というか勢い任せに右を向かされたから腰がねじ曲がって痛い!

「和花さん…どうして」

後ろから消え入りそうな声が聞こえてきた。
肩掴まれてるから首でしか振り返れないけど、豆腐小僧が「裏切られた」と言わんばかりに悲しそうな顔をしている。
いやなんでアナタがそんな顔するの!?訳が分からない!

「い、いや…違っ」
「違う!?何が違うんだ!?」

ヒイイ、いやだもうこの人こわい!
なんで私がこんな怒られなきゃいけないの!理っ不尽ー!!

「ほ、ほんっ、本当に何もなくて…!ただ、急にきたもんだから、投げ飛ばしちゃっただけで…!」
「な、投げ?」
「…飛ばす…?」

正式には「急に(馬乗りになって)きたもんだから、(半ギレで巴投げみたく)投げ飛ばしちゃった」なんだけど。
前半部分は言ったらまたややこしくなりそうだから、言わないでおこう…。
絞り出すように弁解したおかげか、私の肩を掴む力が少しだけ緩んだ。

「そうなのか?勘右衛門」

これだけ場が荒れているのに、たけざえもんは相変わらず他人事とばかりに冷奴を食べている。
呑気なもんだなあ!口の端に薬味のネギが付いてるぞ!

「あっははは!そうなんだ。油断してたら思いっ切り投げられちゃってさ。忍たま失格だよね、恥ずかしいなぁ」

こっちもこっちで呑気に笑っているうどん髪野郎。
恥ずかしいな、じゃないよコノヤロウ!

「お、驚かせるなよ…」
「…ややこしい言い方するなよな…」

はあ、と深いため息をついた三郎が自分の席に戻る。
やっと肩から手が離れたけど、まだ地味に痛いからね?
謝らないのかな?あ、謝らない雰囲気ですね。

「間違ったことは言ってないじゃないか。まあ、ちょっと面白いものが見れるかなーとは思ったけどね」
「確かに面白いくらいの慌てようだったよなあ!」
「…お前ら…」

三郎はじろりとうどん髪野郎とたけざえもんを睨み、豆腐小僧は肩を落としている。
うどん髪野郎の私欲のために巻き込まれた私の身にもなって欲しい。こんちくしょう。
…あ、そう言えば、汚い話だけどさっき吹き出したから味噌汁なくなったんだ。
これでお残しはなくなった。
うん、もう帰ろう。
ここに長居したら半端ないストレスに襲われる気がする…。

「あれ、もう行ってしまうんですか?」

うるさいうるさいうどん髪野郎め。これ以上関わるな!

「…食べ終わったんで…」

なんだろう、ご飯食べたのに逆にゲッソリしてしまった気がする…。
今度こそお盆を持って席を立つ。

「じゃあ和花さん、また」

またじゃねーよ。「また」はねーよ。
ひらひらと手を振ってきやがるうどん髪野郎に引きつった顔を向けるだけ向けといて、お盆を返しに行く。

「ごちそうさまでしたぁ」
「はーい。そこに置いといてちょうだい」

奥からおばちゃんの声だけが飛んで来たから、言う通り置いて食堂を出る。

「…はあ…」

やっぱり部屋の外に出るとろくなことがあったもんじゃない。
…いや待てよ。出入り自由、ってことは別に出なくてもいいってことだよね?強制ではないんだし。自由なんだし。
今日みたいに学園長先生に部屋を追い出されない限り、部屋で今まで通りに過ごせるじゃないか。
それなら少し安心…。

「和花さん!」

あっ、不安。
声がする方、後ろを振り返ったら豆腐小僧が走り寄って来るところだった。

「な、なんでしょう?」
「あの、前に話していた豆腐料理の事なんですけど」
「あ、アァ……」

またすっかり忘れていた。

「和花さんのお怪我が治る頃、って約束しましたよね?だからそろそろかと思って」
「そ、そうですね…」
「和花さんはいつがよろしいですか?」
「え、わ、私はいつでも…」

出入り自由になったしな…。
やっぱり部屋にこもるのは出来ないらしい。
はぁー世知辛い世の中だわ!

「でしたら今夜は!?」
「(はえーな)そ、それは少し急な気が…」
「あ、それはそうですよね。すみません」
「い、いえ……その、明日以降…とかなら」

さすがに先延ばし先延ばしし過ぎたから、そろそろキッチリしとかないとだよなぁ。
そう言ったら豆腐小僧はパッと笑った。

「分かりました!明日ですね!
「(はっえーな)」

フットワーク軽過ぎじゃないか豆腐小僧。
…まあ、だいぶ待たせちゃったもんな…。

「そうだ、リクエストは考えていただけましたか?」
「あ」

やばい、聞かれてたのも忘れてた。

「え、えーと…いえ…おまかせで」
「分かりました!」

誤魔化して笑ったら、満面の笑みで返された。
うう、良心の呵責に苛まれる…!
忘れてたなんてとても言えない…。

「また明日、用意が出来ましたら部屋まで迎えに行かせてもらいますね」
「は、はい…では」
「あと」

頭を下げてその場を去ろうとしたのに、豆腐小僧は言葉を続けようとしていた。
な、なんだまだなんかあるのか!

「な、なんですか?」
「その、さっきは…すみませんでした。和花さんを疑うような目で見てしまって…」
「あ、あー…」

豆腐小僧が申し訳ないとばかりに頭を下げた。
あの顔は裏切られた、じゃなくて疑ってた顔だったのか…。
どこから来たのかも分からん余所者が自分の大事な仲間を襲ったと聞かされたんだもんね。
そりゃ疑いたくもなるよね。

「はは、気にしてませんので…。そ、それじゃあ」
「あっ、はい!引き止めてしまってすみませんでした!」
「いえ…明日、楽しみにしてますね」

それだけ言って会釈し、そそくさと豆腐小僧の前から立ち去る。
だいぶ食堂で長居してしまったし、いつまた人が集まってくるか分からないからね…。
明日の件はもう明日になってから悩むことにする。
今更どうこう出来ないもんな…今はとにかく部屋に籠ろう。そうしよう…。


和花を追いかけ食堂を出て行っていた久々知が、また机の所へ戻って来た。

「おかえり、兵助」
「和花さんに何の用だったんだ?」
「ああ…今度、俺の豆腐料理をご馳走するって約束してたんだ」
「そんな約束してたのか…」
「…」

皆が呆れ混じりに苦笑する中、どこか上の空な久々知は自分の席についた。
その様子に気付いた鉢屋が声を掛ける。

「どうしたんだ?兵助」
「…え?何が?」
「何がって、どこか嬉しそうな顔をしてるじゃないか」
「え」

鉢屋に指摘された久々知は驚いて目を丸くさせた。

「そ、そうか?」

久々知には自覚が無かったようで、口元に手を添えながら視線を泳がせた。

「そんなに豆腐料理を食べて貰えるのが嬉しいのか?」
「さすが兵助というか、なんと言うかだね」
「普段の調子で和花に食べさせ過ぎるなよ」
「わ、分かってるって」

口々に注意してくる友達を宥めるように手を払って、久々知は食事を再開させた。
しかし久々知の頭の中は豆腐料理とは別のことで埋められていた。

『明日、楽しみにしてますね』

頭を下げた和花に言われた言葉。
それが何故だか、久々知には嬉しくて仕方がなかった。


つづく