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  たぶん、僕達は


座学授業も終わり、他のクラスメート達もそれぞれ部屋を後にして教室には今、僕しか残っていない。

「……」

何時もなら、僕を含めた六年生は業後に必ずと言っていいほど望愛の元へと行っていた。
けれど今はとてもその気になれず、ひとり教室にいる。

「(あの、新しい天女の子…)」

何をする訳でもなく、ただ自分の席に座ったまま窓から見える空を見上げていた。

…この間、医務室に寄った時に会った、望愛の後に来た天女様。
彼女の言った言葉が頭から離れない。

『下級生の子達、昨日の授業で揃って怪我して人手足りてないんですよ』
『だから人手不足で私がお手伝いをすることになってるんです。…少しの間ですけども』

下級生たちが怪我をしていたなんて知らなかった。
あの時はただ驚いてなんの言葉も発せられなかったけれど、落ち着いた今なら理解できる。
態と伝えに来なかったんだろう。
僕が、僕達六年生が、揃って委員会に顔を出していなかったからだ。
仕事をしていなかったからだ。
だから、下級生たちは僕達に頼りもせず自分たちだけで仕事を抱え込んだのだろう。
…でも、それは悪いことじゃない。むしろいい傾向だと思った。
最近では、委員会は後輩達に任せるべきだという意見が出ている。
僕達は卒業する身であり、その後のことを考えるのも最上級生である仕事だと。
だから委員会に顔を出さなくなったことは悪いことではない。
そう散々自分に言い聞かせてきた。
仕事をしなくなったのも、望愛と一緒にいるのも…下級生たちが困っていても手伝わないことも。
すべて、仕方の無いことだと。

「(…本当に、そうなのか…?)」

本当に仕方が無いものだろうか?
下級生達は、僕達が委員会に出なくなっても反論をしてこない。
だから、問題は無いと思っているのだけれど…。

僕達は何か間違っているのだろうか…?

医務室で、天女の彼女は冷たい目で僕を見ていた。
まるで蔑んだような、軽蔑するような目で。
あの目が、余計僕を混乱させる。

「(…いや…やっぱり一度、乱太郎達と話をしてみよう)」

すっきりしないのは多分、後輩達の声を聞いていないからだ。
思えば、委員会に参加しなくなってから、まともに下級生と話していなかった。
勝手に委員会に出なくなってしまったのは配慮のない行動だった。
せめて、どういう経緯があるのかくらい伝えておかなければならない。
そうすればこのもやもやとした気持ちも晴れるはず、だろう。

そうと決まれば、と立ち上がる。

「あー!いたいた、伊作こんな所にいたー」

僕が立ち上がるとほぼ同時、望愛が教室に入って来た。
その後ろには六年生の面子が揃っている。

「望愛…どうしたの?」
「どうしたのーじゃないよ!伊作だけ来ないんだもん、呼びに来たの!」

望愛は人懐っこい顔で僕の袖を掴む。

「ね、今日は何するー?わたし、甘いものが食べたいなぁ」
「ああ…ごめん、今日はちょっと」

やんわりと断り、掴まれていた袖をそっと剥がす。
…何でだろう。最近、望愛の行動や言葉にも違和感を感じていた。
するとやっぱり、望愛が一変して不満げな顔になった。

「えぇー?なんで!?」
「用でもあるのか?」
「…うん、まあ」
「…まさか、あの天女に会いに行くわけでは無いだろうな?」

仙蔵が険しい目付きで見てくる。
僕が言い淀んだせいだろう。
用があるのは乱太郎達だからと、首を振って否定をしておく。
けれど、少しあの子…天女の子とも話しみたいと思っている自分もいる。
勿論この事を伝えたら反対されるのは目に見えていたから、何も言わないでおく。

「当然だろう」
「……あんな奴、会いに行くだけ時間の無駄だ…」
「はっ、長次の言う通りだな!」

仙蔵や長次、文次郎は口々に言って笑っている。
望愛もつられて笑っているが、僕は曖昧な顔しか出来ない。
…だが、ふと見れば留三郎も笑っていなかった。
どうしたんだろうか…?と声をかけようとしたら小平太の声に遮られる。

「だが、私はあいつの根性は買ってもいいと思うぞ」
「えー、なにそれー?」
「あいつ、私が締め上げても耐えていたしな!」
「…えっ?締め上げた?」
「まあ、悪い意味で根性は有りやがるな。俺が脅した後ものうのうと居座ってやがる」
「脅した……って…えっ?ねえ、小平太、文次郎、何したの?」
「ん?大したことじゃないぞ?気に食わないからこう、首元を締めただけだ!」
「ぐえっ!」

こう、と小平太が言った瞬間、何故か僕の襟首を掴んできた。
な、なんで僕!?と思っている間にも周りに助けられて小平太の手から逃れらる。
確かにあの子の首元を締めてはいたけど、例えで僕の首を絞めるのは止めて貰いたい…。

「俺は軽く『警告』してやった。苦無でこうやって、な!」
「ぐっ!?」

今度は文次郎に襟を掴まれて壁際に押し付けられ、苦無を突き付けられた。

「ちょっ……な、なんで、僕、ばっかり…!」
「あぁ、悪い悪い」

全く悪びれもしない文次郎に笑っている。
なんで、本当に僕ばっかりこんな目に合わないといけないんだ…。
…しかし、少なからずあの天女の子には同情を覚える。
小平太からは首元を絞められ、文次郎に苦無を突き付けられ。
警告と言ったが、文次郎も小平太も、やっていることは殆ど「脅し」だ。

「…」
「……どうした、望愛」

長次の声に、みんな望愛の方を向いた。
望愛は目を丸くさせて動きを止めている。

「え……っと、そんなに怖いことしたの?」
「大したことじゃないぞ!」
「まあな」

胸を張って二人とも言うけれど、望愛の顔は困っているように見えた。
横に立っていた仙蔵が望愛の頭に手を置く。

「全ては望愛のことを思ってだ。望愛の邪魔をするような輩は切り捨ててやっても構わんからな」

酷く優しい顔で仙蔵が言う。
…何だろう。最近、望愛を見る目が、普段の仙蔵のそれとは違う気がする。

「う…うーん……別にそんな、怖いことしなくてもいいんじゃないー?あの子、もう出てくって言ってたし?」

ね?と望愛に言われて、仙蔵は小さく息をついた。

「それ位先にしてやらないと、何か起きてからでは遅いではないか」
「……もう、その話はいいからっ!ねえ仙蔵、わたしおだんご食べたい!」
「……そうだな。ならば甘味屋に行こう」
「うん!ね、伊作も行こうよ!」
「……でも」
「折角望愛がこう言っているんだ。お前の用など何時でも良いだろう」

甘味屋こそ、何時でも行けると思うのに。
けれど仙蔵の言い方には有無を言わせない力があって、断り切れない。
「…分かったよ」と答えてしまう。

「なら決まりねー!あっ、わたし着替えてくるー!」
「ああ、急がなくても良いからな」

掛けていく望愛を見送りながら仙蔵が言う。

「甘味屋なら、俺達も支度しねぇとだな」
「そうだな。行くぞ。望愛を待たせる訳にはいかない」

そう言って、仙蔵、文次郎、小平太、長次も教室を出て行った。
はあ、仕方がない、と内心でため息をつく。

「…留三郎?」

留三郎だけは、去らずに立ったままだった。
声を掛けるがその顔は浮かない。

「……伊作…お前は、今自分が正しいことをしてると思うか?」
「……え?」

留三郎の言葉に、望愛じゃないけど僕も目を丸くさせる。
まさかそんな事を聞かれるなんて思ってもみなかった。
…僕が、ついさっき考えていたことだ。

「…どうして?」
「…なんつーか、最近…気になることがあってな」
「気になること?」

鸚鵡返しにすれば、留三郎は眉根を引き寄せて「ああ」と言う。

「……最近、下級生達の態度が…おかしい気がしてな…」
「…例えば?」
「……この間…俺が仙蔵と望愛と居る時、しんベヱと喜三太と会って話したんだがな…あいつら、俺達のことを怖がっているような、怯えるような顔で見てたんだよ。……あいつらのそんな顔、見たことねぇ」
「…え…」

留三郎は苦しそうな顔をしていた。
その言葉に僕も目を見張る。
怯える……?しんベヱ達が?
どういうことなんだ。
日常で何かしらに怖がることはあるにしろ、留三郎の言う通りにそれを僕達に向けることなんて無かった。

「…その原因は何なのかは分からねえ。…だが、そんな顔を向けられるって言うことは、少なからず俺達に何かある筈なんだ」

その「何か」が何なのか、本当に見当もつかないようで留三郎の表情は苛立っているように見える。

「……僕も、留三郎と同じことを考えていたんだ」
「……伊作も?」
「ああ。…留三郎は知ってるかい?最近、下級生が授業中に怪我をして大変だったこと」
「は?何だそれ、初めて聞いたぞ」
「だよね。…僕も、後から聞いたんだ」

驚いた顔の留三郎に、僕は掻い摘んで事の流れを話した。
下級生が怪我をしていたこと、医務室が人手不足だったということ、そして、誰も保健委員会委員長の自分に報告に来なかったこと。
ややこしくしないために、あの彼女が教えてくれたということだけは伏せておいた。

「……何だそれ…?」

一通り説明を済ませた後、留三郎はそう言った。
口には出さないでいたが、恐らく頭の中に疑問が湧いているんだろう。

「……僕は、たぶん、その原因は僕にあると思う」
「お前に…?」
「……最近、委員会に顔を出していなかったから。望愛とばかり一緒に居たから。…だから、下級生達は態と僕に声を掛けなかったんだと思う。掛けずらかったんだと思う」
「いや……いや、だからってそんな大事ならお前に声を掛けないのはおかしくないか?人手が足りないからこそ、委員長が必要だろ?」
「それほど、僕達の間に壁が出来ていたのかもしれない。……僕達が、壁を作ってたのかもしれない」
「……」

僕の言葉に、留三郎は絶句していた。
…そして僕自身も、自分の発していた言葉に驚いていた。
壁。
そうだ、作っていたんだ。僕達自身が。
さっきまで自分に問題はないと思っていた。思いたかった。
けれど、それは言い訳にしか過ぎない。
卒業後を考えて、残りは下級生達に任せて、なんて言い訳だ。
自分は何をするわけでも、下級生を見守るわけでもなく、ただ遊んでいるだけだった。
困っている下級生を置き去りにして。

「……留三郎が言った言葉だけど。…たぶん、僕達は」
「お前達、何をしてるんだ」
「……仙蔵」

僕の言葉を遮り、いつの間にか着替え終わった仙蔵がそこに立っていた。
その顔には怒りに近い感情が伺える。

「そろそろ望愛が支度を済ませる頃だ。先程私が言った言葉は聞こえていなかったのか?望愛を待たせる訳にはいかないと」
「あ、ああ……悪ぃ、すぐ行く」

仙蔵に急かされ、留三郎は取り繕った顔をして教室を出て行く。
その際に僕の方を一瞥したが、何も言わなかった。

「伊作、お前もだぞ」
「……うん、ごめん」

その目に反論することも出来ず、謝って部屋を出る。
仙蔵の視線を背に感じながら着替えるために自室に向かった。
割って入られたせいで、留三郎との会話は打ち切られた。
しかし、部屋に戻り着替えている間にも、敢えてその事には触れない。
…触れずとも、僕が言いかけた言葉は、留三郎に伝わっていたはずだ。


たぶん、僕達は、間違っているんだ。




つづく