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「…聞いたんだけどさ、アンタLINEとかSNSとか一切してねーんだって?」
「え?」

切原は隣の席の女子に声を掛けた。
予習だろうか復習だろうか、とにかく机いっぱいにノートを広げていた少女は怪訝そうな顔を向けた。

「うん…まあそうだけど、ていうかどこ情報なのソレ?」
「え?あー…クラスのヤツ?」

切原の疑問形の答えにさほど気にしもせず「ふーん」とだけ言い少女はテキストに向き直る。

「…」

大して会話も続かず切原は複雑な顔になる。
話を続けようと様々な言葉を頭の中で反芻するものの、どれもうまくいきそうになくただ黙り込むだけだった。
そこまで頭を抱えるのもひとえに彼女のことが好きだったからだ。
けれど同じクラス、隣の席以外共通点もなく、それに加え口数の少ない彼女だから進展もない。
当たり前のように使われているLINEで遠回りでも近付けられないかと思っていたのだが、聞いたところによるとそれすらしていないようで。
流石に携帯は持っているようなのだが。

「(じゃあ俺にどーしろっつーんだよ…!)」
「…頭でも痛いなら保健室行ったら?」
「は?べっ!…別に痛くねーし!」
「…あっそう」

心の中で呻いているところ急に声をかけられ、切原は慌てて否定する。
彼女の方から声をかけてくる事など滅多になくそれだけで嬉しい事なのだが、慌てすぎたせいでぶっきら棒に返してしまい後悔する。

「…つ、つーかよー、アンタも部活やってんだから連絡手段とかなくていいのかよ?不便じゃねえの?」
「あー…部活連絡はメールとか電話あるし、周りも別に勧めてこないからしてない。私自身も好きじゃないしね」
「……メールとかはすんだな」
「…なにその顔。私もさすがにそれくらいするんだけど」
「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃねーから!…メールとかすんだったら…その…」

歯切れ悪そうに切原は言う。
どうしても『アドレス教えて欲しい』と言う言葉が出せない。

「は?」
「……何でもない」
「…あぁそう」

結局聞けなかった切原。
今度こそ会話が途切れ、彼女も静かにノートに向かい始めた。
そして切原は1人頭を抱えるのであった。





「…っていう調子なんスよ…」

その日の部活中。
大きな溜息と共に切原は愚痴を言っていた。
部室には仁王と幸村が居る。

「そりゃいつまで経っても切り出せんお前さんが悪い」
「確かにそうだね」
「…」

慰めることもなくズバッと痛いところを突いてくる2人に、切原はただ渋い顔をするだけだった。

「と言うより赤也がそんなことで悩んでるなんてね。意外だよ」
「…そりゃー俺は幸村部長だとか仁王先輩と違って女に不自由しないタイプじゃないですし。気楽に女のアドレスとか聞けるやつじゃないっスもん」
「俺は自分からはアドレスなんか聞かんぜよ。大半向こうから聞いてくるからのう」
「そうだね。俺も同じかな」

あっけらかんと答える幸村と仁王に切原の表情はますます曇る。
それを見て幸村は全く悪びれもしない顔で笑った。

「ごめんごめん。折角赤也が面白い…じゃなかった、必死の形相で相談してきてくれたんだから俺達の話はどうでも良かったかな?」
「…いーっスよもう。どーせ先輩達に俺の気持ちなんて分かるはずないんですから」
「まあまあそう言わんと。そういう女子ほど頼めば簡単に教えてくれるモンじゃ。そこまで肩に力入れる必要もなか」
「…そういうモンなんスかぁ…?」
「女子を見抜くエキスパートの仁王が言うからそうだろうね。まあもし断られても赤也が無駄に傷つくだけだから気にせずに聞いたらいいと思うな、俺も」
「いやいやいやいや、俺が無駄に傷つくって!怖いこと言わないでくださいよ!」
「結局はお前さんが踏み出さん限りはなんも変わらんっちゅー事じゃ。それだけ分かっとりゃええじゃろ」
「…う」

仁王がそう言うと切原は口を噤んだ。
幸村はそれを見て小さく笑い、話を切り替えるように声を上げる。

「さ、話もまとまったことだし練習行こうか。今日は天気もいいし絶好のテニス日和だからね、真田もやる気満々だったよ」
「げっ」

幸村の言葉にあからさまに表情が険しくなる切原と仁王。

「…急に腹が痛くなってきた。スマンが幸村、俺は早退す「ほら早く行くよ。早くしないと今日中にメニュー終わらせられなくなるからね」

にっこり笑った幸村はユニフォームを翻し、先に部室を出て行った。

「…今日中に終わらせられなくなるって、どんなメニューやらせるつもりなんじゃ…」

深いため息と共に、仁王も肩を落として部室を出ていく。
1人残された切原もため息をついた。
が、ふと先ほど仁王に言われた『踏み出さない限りなにも変わらない』と言う言葉を思い出し、顔をあげた。
先程までの悩んでいた時とはうって代わり、どこか決意に満ちたような顔付きをしている。
無造作に放ってあったラケットをぎゅっと握り、部室を出た。





その翌日。
普段は朝練後、のろのろと部室を後にする切原だったが今日は訳が違った。
真っ先に着替え真っ先に部室を後にした。
あの少女も朝練で教室にはいつもギリギリに来る。
普段は切原の方が遅いのだが、今日は切原が教室についてもまだ彼女の姿は無かった。
別に彼女よりも早く行かなければならない理由などないのだが、焦る心が行動を急がせていた。

「(…来た!)」

少女は切原より数分遅く教室に来た。
眠そうな顔をしているが、切原の顔を見ると僅かに目を開く。
彼女より切原が早く来ることはほとんどなかったからだろう。

「よ、よお!」

目が合ったのをここぞとばかり声を掛ける。
すると少女は荷物を机に置き、少しだけ視線を向けた。

「…おはよう。珍しく早いね」
「お、おう、まあな!」

無駄にいきり立って返した切原だが、少女はどうでもいいとばかりに欠伸をした。
それにめげそうになるものの、今日は引き下がるつもりはなかった。

「な、なあ!」
「は?……は?」

勢いで声を掛ける。
再び切原を見た彼女は目を丸くさせた。

「…携帯?」

切原が突きつけんばかりの勢いで、自分の携帯電話を彼女に向けていたからだ。

「……なに?」
「け…携帯……アドレス!こ……交換しよーぜ!」

今まで聞けなかった言葉をようやく口に出来た切原。
彼女は目を只丸くさせていた。

「……メアド?…でいいの?」
「お…おう!」
「ふーん……わかった」
「え?」

頷きながら、彼女は携帯を探すために鞄をあさる。

「い……いいのか?」

携帯を取り出し、操作する彼女は眉を寄せた。

「交換しようっていったのそっちなのにいいのか?ってどういうこと?冗談ならそうだって言ってよ」
「違っ!…いや、その…マジでしてくれるとは思ってなかったっつーか…」
「言われたら交換くらいするよ。LINEとかSNSのお誘いだったら断るけど。アドレス聞かれたくらいじゃ拒まないし……はい、送る」
「わ、分かった」

携帯を突き出した彼女に切原は慌てて答える。
高々数秒で、あれだけ聞きたがっていた彼女のアドレスが手に入った。

「…おぉ…」
「なにその言葉。…じゃあ今度はそっちの送って」

言われるがまま、スムーズにアドレス交換は終わった。

「はい終わり。登録した」
「…ありがとな」
「いや、別にお礼言われることしてないから」

呆れたような顔で彼女は肩をすくめた。
彼女は携帯をしまい、再び話が途切れる。

「(よっ……しゃあああぁぁ!)」

日常、ほんの些細な出来事であるのに、切原は内心ガッツポーズを決めていた。
まだ始まったばかり、むしろスタート地点に立ったくらいだが、大きな第一歩に違いない。

「……あ、というか」
「え?」

少女は思い出したように顔をあげた。

「私、メール返すの遅いから。なんか用あるんなら電話にしてくれると嬉しい」
「…電話?」

その言葉に切原は目を丸くさせた。

「ほら、赤外線したから番号も入ってるし。電話のがたぶん出れるから。…まあ私に用なんかないか」

少女が自虐的に笑い否定するが、切原は振り切れんばかりに首を振った。

「いやする!電話!…あ、いや、迷惑じゃねーんなら…」
「迷惑も何もないから。…別に用あってもなくても好きに電話してきても構わないし」
「え?」

切原が目を丸くさせると、少女ははっとする。
視線を背けるように目を伏せた。

「…ほら、私SNSとかしてないし暇人だから。…まあ、渡した限りは好きに使ってくれていいから」

再び上げた彼女の顔は、僅か頬を赤くさせてはにかんだ笑顔だった。
その顔を見た切原は、言葉を発することもできず動きを止めた。
恥ずかしそうに笑い、彼女はまた視線を外した。
それから時間差で切原の顔も赤くなる。
なんとも言えない幸せな、熱い気持ちが込み上げてきた。






「せんっぱぁぁあい!やっべーマジでやべーっス!俺マジで今なら空飛べる気がするし英語のテストでも満点取れる気がする!!」

その午後の練習前、切原はそれはテンションも高く幸村と仁王の元へ走り寄った。

「そうか、それは良かった。じゃあ今日のメニューも張り切ってやっておいで」
「うっす!!」

とびきりの笑顔で切原はコートへ走っていった。

「あの様子なら上手くいったみたいだね」
「元気なもんじゃのう若人は」
「…にしても面白いな、好きな女の子のためにあんな元気になれるなんて。限界がどのくらいなのか知りたくなってきたよ」
「…まあ病院送りになる前くらいには手加減してやりんしゃい」
「やだなぁ、俺は一介の中学生なんだから。それくらいの手加減出来るよ」

フフ、と笑い幸村もコートへ向かった。
仁王も「怖い怖い」と呟きその後に続いた。



おわり