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「#エロ」のBL小説を読む
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「お邪魔しま…うわっ汚!

裕次郎が一人暮らしをしている部屋を訪れドアを開けた瞬間、つい本音が漏れた。
オブラートに包む余裕すらなかった。

「汚、って酷いさー。別にそこまでじゃないだろー」
「いやこれはそこまででしょ…」

私の後ろから部屋を覗いた裕次郎が言うけど、この部屋がそこまで汚くないって言うなら、大半の部屋は綺麗にカテゴライズされるはず。
そのくらい汚い。
汚いというか散らかってるんだよ!
しかもとんでもなく!
部屋を見渡せば服という服がそこかしこに散らばり、鞄や帽子が床に無造作に放られてる。
買ったものがそのまま入ってるらしいビニール袋もある。
ナマモノはないっぽいからヤバい臭いはしてこないけど…だから良いっていうことじゃないよね!

「よくこんな部屋で生活出来るね…」
「そうかー?慣れたらどうってくとぅ(こと)ないんどー」

いや慣れんなよそんなこと。
っていう思いを込めて見るけど、裕次郎にはどこ吹く風のようだ。
いつもと同じように笑いながら、部屋に入るよう私の背中を押してくる。

「こんなとこで話してないで中入ろーぜー」
「ええー…ちょ、入るにしたってマジで足の踏み場ないんだけど!」
「別に踏んでも気にしないさー」
「私が気にするんですが!?」
「まあまあ」
「もー…!」

とか言い合いながら、押されるがまま部屋に入る。
うーん、玄関先から見える範囲だけじゃなく、ベッド周りもテレビ前もちゃーんと散らかってるね!
こんなんじゃ気を休めることは愚か、座ることすら出来なさそうだぞ!

「その辺テキトーに座って良いぜー」
「テキトーと言われましても」

そのテキトーが出来ないくらいなんだよ!
だけどそう言う裕次郎は、ベッドの上の恐らく洗濯物であろう服達を雑に床に放り投げ、手馴れた感じでスペースを作ってる。
床に放るんじゃなく畳めや。

「んじゃ、こっち」

決めあぐねてる私を見て、裕次郎はぺしぺしと自分の横のスペースを手で示した。
ここに座れ、っていうことらしい。
ハイハイと返事して、ベッドの縁に座り、鞄もその横におく。

「…というか、裕次郎?」
「んー?」
「私、今日の予定知らないんだけど」
「あー…」

そうなのだ。
今日は用があるって呼ばれたのに、その内容をまだ教えてもらってない。
昨日の夜電話で「あちゃー(明日)わんぬ部屋来て!」って唐突に言われた時も、今日この部屋に来るまでの道中も、どんな用か聞いてもはぐらかされるだけだったし。
答えてもらえない時点で何か察するよね。

「用っつーか…頼み事?」

裕次郎が上目に私を見た。
ちっちゃい子がおねだりするようなその顔に、嫌な予感しかしない。
すると裕次郎はベッドの上でいきなり正座をし、真っ直ぐに私を見据えてきた。
そしてパンッと両手を合わせ、

「頼む!部屋の掃除、手伝って!」
ぅえー!!?

ほーらね、悪い予感的中!
私は掃除の手伝い要員として呼ばれたってことだ。
なるほど、だから詳しく聞いても答えなかったのか!
素直に言ったら私が断るって分かってたから。
まー、やり口が卑怯なこと!

「なぁ名無し!頼むって!」
「そんな急に頼むとか言われても!って、さっきは慣れたらどうってことないって言ってたじゃん!この荒れ様だってそこまででもないって言ってたのに、なんでいきなり掃除とか!」

いやまぁ、掃除はするべきなんだけどね?
部屋は掃除すべきだと思うけど、それは私を巻き込まないことを前提にしてだ。
この部屋を掃除するなんてなったら、丸一日潰れるのを覚悟しないといけなくなる。
私はそんなに暇じゃないんだからな!

「…くぬ(この)間、部屋に木手が来たんだばぁよ…」
「え?木手くんが?」

そう聞けば、見るからにテンションを下げて肩を落とした裕次郎は頷いた。

「駅で偶然会って、久しぶりだしわんぬやー(家)で飲もうぜって話になって。…やしが、いざ部屋に上がるって時になったら急に機嫌悪くなっちまってよー」
「…その時も部屋はこんな感じだったの?」
「そりゃあ」

そりゃあ、じゃないよ。
そりゃあこんな汚部屋に通されたら木手くんも機嫌悪くなるだろうよ!
むしろこんな部屋に木手くんを上がらせようとした裕次郎の呑気さに驚きなんですが。
怖いもの無しか!

「で、結局それから飲みもせず、ずーっと説教さぁ。部屋が汚過ぎるだとかどうして掃除をしないのかだとか、そこに正座させられて1時間」

裕次郎が指さした床には漫画と雑誌が雑に山積みになっていた。
正座させられたってことは、その時はそこにスペースがあったんだろうけど、今は見る影もない。
説教させられた後に散らかすってことは反省してないな、コイツ。

「つまり、木手くんに怒られたから掃除しようってなったわけ?」
「いやいや、それくらいじゃやる気起きねーって」
「やる気起こせよ。…じゃあなんで?」
「…1週間後にチェックしに来るってあびたんばぁよ、木手が」
「チェック?部屋が片付いてるかって?」
「…そう」

いつの間にか裕次郎はがっくりと項垂れていた。
そういうことか…話の全貌が見えてきた。
この余りにとっ散らかった部屋は、木手くんの逆鱗に触れてしまったらしい。
片付けるように言ったけど、言っただけじゃ裕次郎が片付けないと分かっていた木手くんは後日またチェックに来ることにした。
そうすれば裕次郎も片付けざるを得ないもんね。
片付けるよう言ったのに片付いてなかったら、今度は1時間の説教で済むわけがない。
それを知ってるからこそ渋々ながら片付ける気になり、私に頼み込んだってことなんだな。

「木手くんに言われちゃしょうがないよね。まあでも1週間の猶予があるんなら、こんな部屋でもまだ何とか…」
「…やし」
「え?」

裕次郎が何か言ったけど、その声が小さ過ぎてほぼ聞き取れなかった。

「なに?」
「…あちゃー(明日)やし、その期限」
「は?…はあぁ!?

こ、この人とんでもないことを言わなかった!?
期限、明日!?
明日だと!?

「なっ、何それどういうこと!?なんで明日!?計算合わなくない!?」
「だから!木手が来たのがこの間の日曜日だったんだばぁよ!」
「この間って…」

今日は土曜日だ。
木手くんの言う期限は1週間後、日曜日。
つまり明日。

「それなら計算合うのか…いや、だとしてもだよ!それだけ時間あったのに1ミリも片付けた形跡なくない!?」
「そりゃ1ミリも片付けてないからな!」
「ばかなの!?」
「いって!」

べし!と裕次郎の頭をはたいた。
なんでそんなに強気に言えるのか不思議だよ!
ひでー、とか言いながら裕次郎は口をへの字にしてるけど、はたかれるのは当然だと思うぞ!

「なんで木手くんに怒られときながら1ミリも片付けてないの!?バカなの!?」
「2回も同じくとぅあびるな(言うな)って!ただ忘れてただけやし!」
バカじゃん!

はっきりと言い切ってやった。
木手くんにド叱られる可能性があるのに、なんで忘れられるんだ!

「ちゃんとちぬー(昨日)思い出して、一応ひとりでやろうとはしたんだぜ?…やしが、もうどっからてぃー(手)付けていいか分からなくて…」

裕次郎は虚ろな目で部屋を見渡している。
まぁ、これだけ散らかってたらそうなるのも分からないこともないけど、思い出すのが遅過ぎるだろ。

「だから名無しに電話したんだってー!なぁいいだろー!?名無し、掃除得意やし!」
「得意得意じゃないの問題じゃないでしょーが!」

裕次郎は両手を合したお願いスタイルから、今度は私の両肩を掴んでの懇願スタイルへとランクアップする。
だからと言って簡単に許容できるものじゃない!

「私は小間使いじゃないんだからな!?呼ばれたらホイホイ来て、言われたことやって見返りも求めずさっさと帰る都合のいい女だとでも思ってんのか!はー!軽く見られたもんですよ!」
「そ、そんなくとぅ思ってないさー!」
「どーだか!ほら、離した離した!」

裕次郎の手を振り解いて立ち上がる。
別に機嫌が悪くて突っぱねてるわけじゃない。
掃除してないのも、それを忘れてたのも裕次郎の自己責任なんだから、それに巻き込まれるのが理不尽だと思ってるだけなんだ。
別にお家デートを楽しみにしてたのに、まさかの掃除手伝いとか言われて不機嫌になったわけじゃないんだからねッ!

「ちょっ、待てって名無し!」
「待たない!大人しく木手くんに怒られるがいいさ!あばよっ!」

鞄を引っ付かみ、裕次郎の方を振り返ることなくドアの方に向かう。
もう何言ってきても手伝ってやらないんだからな!

「冷蔵庫ん中に期間限定のプリンがあるんどー!」
「…プリン?」

そのワードを聞いた瞬間、ビタッと足が止まった。
もはや条件反射。

「…どこのお店の?」

顔はドアに向けたまま、聞く。

「駅前の!名無しぬ好きな店の!」
「…そこの、期間限定?今の期間限定って確か…」
「パンプキンとスイートポテトのやつ!2つとも名無しの分さー!」
もぉー仕方ないなぁ!この名無しちゃんが手伝ってやろうじゃないかー!」

意見も体もくるりと反転させる。
見返りがあるなら話は別だよねー!
しかも私のお気に入りの店の期間限定プリンって!
あのプリン、ちょっとお高めで買うの渋ってたくらいだったから、それが片付けくらいで手に入るなら安いもんだわ!

「…やーぬそういう現金なとぅくる(ところ)、好きだぜー」
「ふん!何とでも言いな!」

苦笑いを浮かべている裕次郎に言い返してやった。
呆れてるように見えたけど、何とでも言えばいいさ!
美味しいお高いプリンの為なら、一肌でも二肌でも脱いでやるってもんよ!



とか、強気に言ったものの。

「流石にこれは度が過ぎる…」

畳んでも畳んでも、いつまで経っても減らない服の山を眺めてボヤく。
もはやどれが洗濯したものか、一度着て脱ぎ捨てられたものかも区別がつかないんだけど…。

「そんな丁寧にしなくても良いって。こんなんまとめて中に入れときゃ、部屋は片付いてるように見えるさー」
「あーこらこら!」

開けっ放しのクローゼットに服の山をそのまま抱えて放り入れようとする裕次郎を慌てて止めた。

「そんなアバウトな片付け方ダメだって!」
「えー」
「えー、じゃないよ!木手くんなら確実にクローゼットの中もチェックするからね!?」
「あぁ…そりゃそうか」

裕次郎は大人しく服の山を床に下ろす。
木手くんならクローゼットの中は愚か、窓の桟だとか家具の隙間の埃すら指摘してくるはず。
姑かよ。

「それにちゃんと畳んで整理すれば、もっと沢山しまえるんだからね?」

この部屋にはしっかりした備え付けのクローゼットがある。
それを裕次郎はゴミ箱かなんかと思ってるのか、ぽんぽん物を投げ入れてるらしく中はぐっちゃぐちゃだった。
というか、見える範囲だけじゃなくて見えないところまでも荒れに荒れてたから一瞬気が遠くなったよね!

「今片付けても、すぐ元に戻っちまう気がするんだけどなぁ」
「それは私も思うけども!とりあえず今日は木手くん対策のためだから!さ、裕次郎は漫画と雑誌、まとめて!」
「へいへい」

裕次郎は気のない返事でのろのろ動く。
めんどくさいって気持ちが顔にありありと浮かんでる。
怒られるのは自分だってのに本っ当に呑気なもんだよ!
裕次郎がそんな調子なのはいつものことだけどね!


それから定期的にやる気を無くしてスマホいじったり漫画を読み出す裕次郎を何回も叱り飛ばしながら、でも着実に部屋を片付けていった。
何とか見える床面積も増えてきたけど、まだまだ片付けるところは多い。

「なんっで袋ごと放置できるのかなぁ…」

服を片付ける作業に終わりが見えてきたと思ったら、今度は出るわ出るわ、買い物袋の山。
中には値札付いたままの服だとか、ビニールが付いたままの漫画とかが入ってる。
買ってきてそのままその辺にポイ、とかしてたんだろうな…。

「あ、そのシャツそんなとぅくる(ところ)にあったばぁ?」

後ろから私の手元を覗き込んできた裕次郎が言った。

「それ、無くしたと思っておんなじの買っちまったんだよなぁ」
「え?マジで?」
「おー。ほら」
「うわっマジだ」

裕次郎が着てる上着を捲ると、私が持っているものと同じ白いシャツが現れる。
色違いとかじゃなく、完璧に同じシャツですね!
片付けないからこういうことが起きるんだよ!

「ま、これ使い勝手良いから何枚あってもいいんだけどな!」
「それはそーかもだけどさぁ…って、今度は菓子パンとお菓子なんですが!?」

シャツを戻した袋を裕次郎に渡して次の袋を手に取ると、今度はコンビニで買ったであろう菓子パンやらお菓子やらが現れた。

「もー…お菓子はともかく、パンなんて期限が切れてるんじゃ…げっ2ヶ月前ぇ!?

想像してたより相当前の物でビビる。
今がカビの季節じゃなくてホント良かったよ!

「菓子パンって消費期限短いよなー」
「短いよなー、じゃないわ!うわぁ、これも切れてるし、これも…ねぇ、どうしたらおにぎりがこんなぺっちゃんこになんの!?」

別の袋からは、え?煎餅?って思えるくらい圧縮されたおにぎりも出てきた。
もちろん期限はしっかり切れるね!

「ははっ、すげーな!」
「すげーな!…じゃないわ!もー、食べ物を粗末にしないの!」
「名無し、言い方があんまー(母親)みたいやし」
「誰が母親か!」

へらへら笑ってる裕次郎にまた声を大きくしてしまった。
あぁいかんいかん、落ち着け名無し。
私にはプリンがあるじゃないか!
荒ぶりそうになる心をプリンで必死に落ち着ける。
文句の代わりに小さくため息をついて、期限切れのパンと潰れたおにぎりをゴミ袋に突っ込んだ。

「…なんか、逆にここまで気にしないでいられるのって凄いと思えてきたわ…裕次郎の才能じゃない?」
「凄いだろ?」

別に褒めちゃいないんですけどね!

「凄い凄い。私は気にせずにはいられないし。まずこんな部屋で暮らせって言われても無理な話だわぁ」
「えっ」
「…ん?」

裕次郎が驚いたような声を出したのが聞こえた。
なんだ?と思って顔を上げたら、何故だか裕次郎は目をまん丸くさせてこっちを見ている。
…なんだ?

「なに?」
「あ…。いや、何でもない…」

何だか歯切れ悪く、裕次郎はさっと目を逸らした。
それ以上は特に何か言うこともなく、さっきとは打って変わって黙々と要らないものをゴミ袋に入れ始めてる。

「…?」

なんだろう、なんか、一気にテンションが落ちたような…?
さっきの嫌味が思ったより効いたのか?
さすがの裕次郎も、本当は褒められてないって気付いたのか。
そう思うと、こっちに背を向けてる裕次郎の背中がなんだかしょぼくれてるように見える。
裕次郎って何となく犬っぽいからなぁ…。
今も叱られて落ち込んでるワンコにも見えて、ちょっと罪悪感。
…いや、でもこうして少しテンション落としてくれると、無駄話と余所事もせず片付けに専念してくれるはずだ。
ここは心を鬼にして、ちゃちゃっと片付けを終わらせよう!



「よーし、完璧!」

私の鬼の決断は間違っていなかったようだ。
あれからほぼ休みなく片付けたおかげで、なんとか日が暮れる前には生活出来るくらいの部屋に戻った。
まぁ埃までは面倒見切れないから、そこは木手くんに怒られるがいいさ!

「おー!こんな片付いた部屋見るの、久しぶりやし」

裕次郎のテンションは戻ってきて、今はいつも変わらない様子で部屋を見渡している。
嬉しそうにしてる裕次郎を見て、私もちょっと嬉しくなる。

「にふぇーどな名無し!さっすが、わんぬ自慢のいなぐ(彼女)さぁ!」
「ウッ」

そんな言葉を屈託のない、眩しいくらいの笑顔で言われて、不覚にもドキッとしてしまう。

「ま…まぁ?名無しさんにかかればこれくらいどうってことないし?」

それが何だか小っ恥ずかしくて、ツンデレの如くつーんとそっぽを向く。
わっ、私は都合のいい女じゃないんだからな!?
プリンが無ければ裕次郎の力になんかなるつもりなかったんだからな!

「と、とにかく、これで木手くんには(そこまで)怒られないと思うから。明日までにまた散らかさないようにしてよ?」
「分かってるって」

頭の後ろで手を組んで笑ってる裕次郎は、果たして本当に分かってるのだろうか…。
そんな裕次郎に一抹の不安を感じつつも、クローゼットを開ける。
よーしよし、クローゼットの中もキレイだ。

「もし急遽片付けが必要だったら、ここにしまっちゃえば良いからね」

クローゼットの中、服をかけてある下には幾つかカラーボックスがある。
そこに取手が付いた収納ボックスが並んでいて、屈んでその内の2つを引き出す。
両方とも中身は空っぽ。
私の素晴らしい片付け術のおかげでボックスが丸々2つ空いたのだ。
なんと素晴らしいことでしょう!(賛美)
もしまた買い物とかして荷物が出来ても、ここにしまっちゃえば片付いてるように見えるんだな!
さすがに姑的な木手くんも、クローゼットの中の収納ボックスの中までは見ないだろうしね!
そこまで考えてる私、超デキル女!

「ん、分かったさー」
「木手くんが帰ったら後は好きに使えば良いし」

とりあえずは明日の木手くんチェックが免れれば良いんだからね!
それが終わったら煮るなり焼くなり好きに使えば良いさ!

「あー…じゃあさ」
「うん?」

裕次郎がおもむろに組んでいた手を解いて、私の横に屈んだ。
視線がほぼ同じ高さになる。

「…そこに名無しのもん、入れとけば?」
「私の?」

思ってもない提案にビックリして裕次郎の顔を見ると、何故か視線を逸らされた。
そのまま収納ボックスの方を見て、頭を掻いている。

「…なんつーか…名無し、結構来たり泊まったりしてんだろ?その度にマギー(大きい)荷物持って来てて、面倒くさくねーのかなって思ってたさー」
「いやぁだいぶ面倒くさいね!荷物詰めるのも運ぶのも、家に帰って荷物片付けるのも、ぜーんぶ面倒!」
「だったら尚更置いてけばいいだろー…そんなに置いてくの嫌なんばぁ?」
「別に嫌ではないけど…。なんか、人の部屋なのに勝手に私の物置いてったらダメかなぁとか思って」
「人って…わん、彼氏なんだけど」
「それはそれ、これはこれって言うか?」

そう答えたら裕次郎が拗ねたような顔になる。
その顔がまた犬みたいでつい吹き出しちゃったら余計口をへの字に曲げてしまった。
ゴメンゴメン、と笑いながら謝っておく。

「でも置いてっていいなら楽になるのは間違いないね!」
「だろ。そうすりゃ用意がないからって帰るくとぅもなくなるさー」
「あぁそれは確かに」

今まで何度かお泊まり用の準備がないからって理由で帰ったことがあったなぁ。
疲れて動く元気がない時でも無理に体起こして帰ったっけ。
あの時は辛かったわー。

「あ、だったらもう裕次郎が捨てられた子犬みたいな顔することもなくなるんじゃない?私が帰る時、いっつもそんな寂しそうな顔してたもんね!」
「た、たー(誰)もそんなちら(顔)したくとぅないんどー」

裕次郎が決まりが悪そうに言う。
だけどこっちは実際に何度も見てますからね!
子犬さながらの悲しそうな目で「…もう帰るのか?」って言われた時の胸の苦しさと言ったら!
でも予め荷物を置かせてもらえればそれもなくなる。
いつでも泊まれるし、裕次郎の悲しむ顔も見なくて済むってことだ。

「本当にここ、私のにしていいの?」
「ん」

最終確認で裕次郎に聞くと、頷いた。
おぉー、だったらもうここは私のテリトリーだね!
人の部屋だからって遠慮してたけど、了解を得られたんならグイグイいきますよ!
了解したのは裕次郎だからね、私に責任はありませーん!
さっそく何か入れよ!と思って鞄を手に取る。

「…って、違うか。木手くんチェックが終わってからだった」

鞄に手を突っ込んでから思い出した。
いけないいけない、自分で「木手くんが確認してから好きに使えばいい」とか言っておきながら、勢いでもう私物を入れようとしちゃったよ!
ちょっとテンション上がったからって気がはやってしまった。
恥ずかし!

「そんなん律儀に守らなくたっていいだろ?」

そんな私を見て、裕次郎は苦笑いしている。

「えー、でもさ」
「部屋の主が言ってるんだから入れとけばいいさぁ。さすがのわんでも、あちゃー(明日)までにそこ満タンにするまで部屋汚しはしねーって」

今までの裕次郎を見てればその可能性は充分あると思うけどね!

「…裕次郎がそう言うなら、お言葉に甘えようかな!」

気を取り直して鞄を覗くことにする。
と言っても、今日は泊まりに来たわけじゃないから荷物が少ないんだなぁ。
でも何かは置いていきたいし。
せっかく出来た私のスペースだし。
うーん、どうしようか。

「…じゃあ、とりあえず今日はこれで」

しばらく鞄をガサガサとやって、結局使ってないハンドタオル1枚を入れることにした。
大きめの収納ボックスの真ん中に、ポツンと1枚。
うわ、なんか寂しっ。

「これから増やしてけばいいさぁ」

私の心の言葉を汲み取ったようで、裕次郎はそう言ってくれた。
顔を上げて裕次郎を見ると、だろ?と言うように笑っている。
それを見たら、私も自然と顔が緩んだ。

「…そっか。そうだよね。……ふふっ」
「どうした?」

私が急に笑ったもんだから、裕次郎は不思議そうに首を傾げた。

「ん?いやー…なんかさぁ、嬉しいというかね」
「嬉しい?」
「裕次郎の部屋に私の物が置いてあるとさ、ここに居ていいって言われてる感じがするって言うか」

それに「これから増やしてけばいい」っていう言葉も嬉しかった。
これからっていう先のことも、認めてくれてる気がして。
さすがにそこまでは恥ずかしくって言えないけどさ!
裕次郎のことだからそこまで考えて言ってるとも思えないしね!
ほら、今だってキョトンとした顔してる。

「まぁ、それは置いといて。ここは有り難く使わせていただきますよー!」

裕次郎が何か言ってくるより先に話を締め括った。
私が勝手に嬉しがってるだけだから、返事されても困るし!
私のタオルの入ったボックスを棚へと押し戻す。

「はーい、これにて片付けは終了!お疲れ様、私!」

立ち上がって大きく伸びをして労う。自分を。
だって片付けの8割がたは私がやったんだからな!
本日の特別功労賞は紛れもなく私だよね!

「さーて、後はお楽しみのプリンターイム!冷蔵庫にあるって言ったよねー!」
「…なぁ、名無し」
「うん?」

格段に歩きやすくなった床を踏みしめながら冷蔵庫へ向かう途中で、後ろから呼ばれた。
顔だけで振り返ると、裕次郎はまだクローゼットの前に屈んでいる。
そのままの体勢でこっちを見上げている裕次郎の顔が、なんだか神妙に見えるような…?

「なに?…えっ?まさかプリンあるのって嘘!?

目をひん剥いて裕次郎を見る。
な、なんだと!?
プリンがないとか、ここにきてなんたる仕打ち!
タダ働きさせられたってことなのか!?
あの汚部屋をここまで片付かせときながら見返りがないってか!?

「うーわうわ、それは許され難い蛮行だぞ裕次郎!よぉし歯ァ食いしばれ
「い、いやプリンはあるさぁ!だから腕捲りすんの止めろって!」
「え?なーんだ、そうなの」

もー、早く言ってよね!
危うくこの拳を血で染めるところだったよ!
捲った袖を戻していると、軽くため息をついた裕次郎が立ち上がったのが見えた。

「…名無しは、ここに住むとかは考えてないんばぁ?」
「えっ、住む?…泊まる、とかじゃなくて?」
「…」

そう聞き返したら裕次郎は無言で頷いた。
突然過ぎる質問に思考が直ぐには働かない。
泊まるじゃなくて住む、とは?

「…住み込みの片付け要員としてってこと?」
「なんでだよ!」

裕次郎から大きめの声でツッコミが返ってきた。
け、結構マジメに答えたつもりだったんだけどな…。
いや、片付け要員で住めとか言われたら即座に断ったけども。
時給が発生するなら考えるけどね!

「住むって言ったら、フツー同棲のくとぅだろ!」
「同棲?あぁナルホド、そっちか…って、同棲?」

漫画のような二度聞きをしてしまった。
でもその単語が裕次郎から出てくるとは思ってなかったから、ビックリするのも仕方ないよね!
すると私が驚いたのを見た裕次郎は大きいため息をついた。

「…じゅんに(本当に)分かんなかったのかよ…名無しは同棲、考えてたくとぅなかったんばぁ…?」
「考えてない…と言うか」

周りの友達が同棲するとかしたいだとか、その言葉自体はよく聞いてた。
同棲するって聞かされて、良いなーと思ったことも何回もあった。
だけど、マイペースで好きなことを好きにやりたいタイプの裕次郎が、自分のテリトリーに私を入れた生活をしたいと思ってるのか?とか、お母さんの如く口うるさい私がいたら面倒だと思ってるんじゃないか?とか、色々考えると、言い出すことも仄めかすことも出来ず。
その結果、考えないって言う選択肢になったわけだ。

「なんかこう薄ぼんやりと…頭にあったりなかったり…?」
「それを考えてないって言うんばぁよ…ぬーよ…わんは結構考えてんのに」
「えっ、そうなの?」

マジでか。
まさか裕次郎が考えてくれてたとは。
いつか同棲したくなった私が痺れを切らして言い出して、それでやっと「同棲?あー、んじゃ考えとくさー」とかいうあやふやな返事がくる程度だと思ってたのに。
え、待って?
裕次郎の方が同棲したいと思っててくれたとか。
えっ、これはかなり嬉しいぞ?
だけど私が静かにテンションを上げている反面、裕次郎は目に見えて落ち込んでいた。

「なのに名無しは考えてないし…しかもこんな部屋じゃ暮らせない、とか言ってくるしよー…」
「え?それってさっき私が言ったやつ?って、じゃああの時、なんかやたらに裕次郎が静かになったと思ったのは…それ聞いて落ち込んでたの?」
「…落ち込むだろ、そりゃ」

あの時はただ嫌味が利いただけだと思ってたけど、実際は思った以上にダメージを負わせてしまったみたいだ。
不貞腐れて小さい子みたく唇を尖らせてる裕次郎。
なんだよその顔、かわいっ。
罪悪感より先に「かわいっ」て思っちゃったよ!

「ぷっ。ごめんごめん、あれは言い過ぎた。別に本気でそう思ってるわけじゃないからさ。ほら、よーしよし!」

近付いてその頭をわしゃわしゃ撫でる。
裕次郎は性格も犬っぽいけど、髪質も犬っぽいんだよね。
定期的にこう、わしゃわしゃしたくなるっていうか。

「…名無し、わんぬくとぅ犬かなんかと思ってないか?」
「犬だとは思ってないけど、近い存在だとは思ってるな!」

って答えたら「わんは犬じゃないんどー…」と裕次郎が呟くのが聞こえた。
そう言いつつ、撫でる私の手から逃れようとしなくてされるがままなところはますます犬っぽいよね!
満足するまでひとしきり撫で、手を離したタイミングで裕次郎が顔を上げた。

「…で」
「ん?」
「結局、名無しにその気はないんばぁ?」
「その気って、同棲の?ある。あるよ、凄くある」
「…へっ?」

私が即答したせいか、聞いてきた裕次郎の方が逆に驚いていた。

「し、しんけん?」
「しんけん。超真剣」
「や、やしが…考えてもないのに、即答していいんばぁ?」
「私だって考えてた時があったんだからね?裕次郎の方が乗り気じゃないかもって思ったから、しばらく考えるの止めてただけ…」
「乗り気じゃないわけない!」
「オォウ」

食い気味に言われた上に勢いよく両肩を掴まれたもんだから、変な声が出てしまったじゃないか!

「い、良いんだな?後でやっぱ止める!とか言うのナシだからな!?」
「わ、分かってるよ。言わないし」
「絶対!?」
「うん、絶対」
「絶対の絶対だな!?」
「はいはい、絶対の絶対」
「絶対の絶対の、絶対!?」
「ぜ、絶対の…あーもう!しつこいわ!止めるとか絶対言わないから!だからするよ、同棲!いい!?」
「!」

裕次郎が余りにもしつこく絶対責めしてくるもんだから「絶対」がゲシュタルト崩壊してきたわ!
どんだけ疑り深いんだよ!
そうやって半ば投げやりに言った、その途端。

「名無しー!」
「おわっ!?」

私の肩を掴んでいた手を離したかと思ったら、今度は腕を大きく広げてガバッと抱きついてきた。
そして手加減一切なしでぎゅうぅっと抱きしめられる!

「ゆっ、裕次郎…!ちょ、く、苦しっ…!」

抱きしめられたのは嬉しいけども、いかんせん力が強くて若干首もしまってる!
何と言うか抱きしめ方に優しさがない!

「は、離し…!」
「…あぁ…良かったぁ…」

抵抗して腕から逃れようと試みたけど、すぐそばで聞こえてきた裕次郎の声につい動きを止める。
裕次郎にしては珍しく弱々しい声だった。
弱々しいというか、何となくホッとしているような…。
そんなに同棲出来ることが嬉しい…とか?

「…裕次郎、そんなに同棲嬉しい?」
「嬉しい!」
「アッ、えっ、そ、そう…?」

裕次郎は体を離して、きらっきらした笑顔で頷いている。
ま、マジでか。(2回目)
ちょっとからかう感じで聞いたつもりだったのにまさかの即答。
そ、そんなにイイ笑顔で言わないで!?
聞いたこっちが逆に恥ずかしくなるんだけど!

「さっきは結構考えてるとか言ったけど、実はずっと考えてたんだぜ」
「え。…そうなの?」
「ああ。やーぬくとぅだから、やんわり躱されて断られるかと思って。だから同棲したいって言いたくても、ずっと言い出せなかったんばぁよ」

やんわり躱すって、私はそういうことするタイプだと思われてたのか…。
いや、考えてみたらそれは私も同じか。
私も裕次郎は同棲のこと考えてもなくて、言ってもろくな答えが返ってこないと思ってたしなぁ。
お互いにそうやって思い込んでて、お互いに言い出せなかったってことか。
なんたるすれ違い!

「やしがこれでもう悩む必要はなくなったからな!嬉しいに決まってるんどー!それに名無しぬ帰るやー(家)がここなら、これからは帰るって言うくとぅもなくなるしな!これでもう寂しい思いしなくても良くなるさぁ!」
「え?」
「ん?…あっ」

裕次郎がシマッタという表情をするけど、はっきり聞こえたぞ?

「…ほらぁやっぱり。寂しかったんじゃん?」

さっきは寂しい顔なんかしてないって言ったくせにね!
茶化すように裕次郎を肘でつついたら、少しだけ決まりが悪そうにしながらも苦笑いを浮かべた。

「…そりゃ帰るって言われたら寂しいに決まってるさぁ」
「お、認めたな。やっぱり裕次郎って寂しがり屋だもんね!わんこみたいに」
「だから犬じゃねーって…寂しがりっつーか、わんは名無しが居ないと寂しいんやし」
「お…おおぅ」

ま、また変な声で返事をしてしまった。
相変わらずのストレートな言葉に、また恥ずかしくなっちゃったじゃないか…!
からかってんのは私の方だったのに!
しかも裏表のない裕次郎が言うことは冗談でも嘘でもないから尚更ウッと来るんだよなぁ…!
すると裕次郎は「だから!」と言って立てた指を私に向けてきた。

「これからはわんを寂しくさせないこと!いいな!?」
「え、えぇ?いや、ソレどんな言い方…のわっ」

謎の宣言に私がツッコミを言い終えるより先に、またぎゅっと抱きしめられた。
あ、良かった、今度は痛くも苦しくもない。

「これからずっと一緒だよな」

裕次郎の声がゼロ距離で聞こえた。

「…うん。そだね」
「名無しぬ荷物だってどんどん増やしてけばいいからな!」
「でも今日みたく散らかってたら私の荷物を置きたくても置けないからね?一緒に住むなら散らかし過ぎないでよ?」
「わーかってるって!」
「信頼出来ない分かってるだなぁ」

苦笑いしつつ裕次郎の背中に手を回して抱きしめ返すと、裕次郎もぎゅうっと私をより強く抱きしめてくれる。
へへ、と嬉しそうに笑う裕次郎に、つられて私も笑う。
あー、なんか私、すごく幸せ者だ。
同棲するとなると色々大変なこと(主に部屋の散らかり問題)があるんだろうけど、裕次郎と一緒なら何とかなる気がする。
いや、何とかなるよね!

「…よし!じゃあ、裕次郎」
「ん?」

しばらく幸せに浸ってから顔を上げると、至近距離で裕次郎と目が合う。

「私そろそろ帰るわ!」
「はっ!?」

私がそう言ったら、裕次郎は目ん玉落っこちるんじゃない?ってくらい目を見開いて声を上げた。

「な、なんっ、何でよ!?」
「そんな吃るほど驚く?だって今日は泊まるつもりじゃなかったから荷物ないし」

逆にそれだけ裕次郎が驚くことに驚くわ。
同棲するって言っても、何の準備もなしに「はい今から暮らしまーす!」は出来ないでしょうに!
それに気付けば窓の外はもう暗くなってる。
今日は労働して疲れたから、プリンを貰うだけ貰ってそろそろ帰ろうかなーと思ったんだ。

「また今度、色々用意して来るからさぁ」
「い、嫌だ!」

またしても即答。
というか嫌だ!って。
子どもか!

「名無し、わんを寂しくさせないって言ったばっかだろー!?初っ端から約束破るんばぁ!?」
「え、えぇ?約束破ると言われても。だから今日は着替えも何も無いから、どうしようもな…いででででっ!

私の声を遮るようにして裕次郎がまた抱きしめる腕に力を入れてきた!
しかもさっきとは比べ物にならないくらいのえぐい力で!

「えっ、ま、待って待って、冗談抜きで痛い!はっ、離して!離せや!」
「嫌だ!」
「なぜ!?」
「離したら名無し、帰るだろ!?」
「そ、そりゃ帰るよ!」
「だから嫌だ!」
「なんでだ!って痛い痛い痛い!」

私が必死に訴えても裕次郎は一向に力を緩める様子がない!
か、帰って欲しくないからってこんな力技で引き止めるか普通!?

「ちょ、骨っ!骨がミシミシ言ってる!」
「帰らないんなら離してやるさー!」
「だっ、だから無理なんだって!いや、このままだとホント折れるから!」
帰るって言うならこのまま折る!
「なんでだよ!!?ちょ…マジで痛っ…!っだぁー!もおぉー!」

…結局、力で駄々っ子裕次郎に敵うわけもなく。
その後すぐ、もー分かった!分かったから!と半ば叫んで、私が折れる羽目になった。
別の意味で折れましたよ…。
まあ、必要な荷物は買いに行ったり裕次郎から借りたりしたら、泊まれないこともなさそうだったし。
無駄な出費にはなったけど、それから裕次郎は手のひらを返したように機嫌が良くなって、犬のごとくずっと引っ付いてきて甘えてきたのが可愛かったから…うん、良しとしようか。
甘いなぁ、私。
今からこんなに甘やかしてちゃ同棲し始めた時が思いやられる気がするけど…ま、いっか。


おわり