×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


今日の午後練は総当りの練習試合の日。
練習試合と言っても気ぃ抜いたら木手くんにしこたま怒られるからみんな真剣である。
やっぱり強いのはレギュラーで、木手くんとか甲斐くんとかは順調に勝ちを連ねてるっぽいね。
もちろん知念くんも慧くんも勝ってるよ!
さすがだよねー!

「ゲームセット!ウォンバイ不知火!」
「ああクソっ!」

まあ、勝ってるレギュラーがいるなら負けてるレギュラーもいるってことであって。
珍しくでっかい声で悔しさを出してるのは平古場くんである。
そう、平古場くんがレギュラーの中で断トツ負け続けてるんだ。
木手くん相手なら仕方ないにしろ、他のレギュラーにもレギュラー外の人達にも負けてる。
今もほぼストレートで不知火くんに負けたみたいだ。
というか今日1回も勝ってなくない?

「…なんか平古場くん、めっちゃ調子悪いやん」
「最近ずっとあの調子なんですよ」
「え、マジで?」

隣に立ってた木手くんに言われてビックリする。
知らんかったわ、ずっと不調なのか平古場くん。
ま、うちは練習とかまともに見てないから知らんのは当然か!

「さて、試合も一区切り付きましたので休憩に入りますよ」

と、ここで木手くんが言った。
わーいやっと休憩だ!休も休もー!

「何言ってるんですか、ずっと休んでいる人が」
ぐへぇ!

木手くんにガシッと頭を掴まれた!
だー!このコロネはいつもいつも人の頭を物のごとく扱うんだからよぉ!
まず休もうとは口に出して言ってはないんですが!?
読心術やめろや!

「休んでばかりなんですから今から働きなさいよ」
「働けっつっても!すること無くない!?」
「探せばいくつでもあるでしょう。コート整備でも部室の掃除でも、試合結果から部員達の今後の課題を見付けることもマネージャーの仕事ですよ。まあ、最後のものは貴女が出来るとは微塵も思っていませんがね」
「だったら言うなし!」
「それくらいは出来るようになってもらわないと困るという意味を込めて言ったまでです。出来るようになるとも思えませんが」
「ほんっと言うことが一々余計だなぁ!」

木手くんの手を振りほどいて距離を取る。
言葉は時として凶器になって人に刺さるんだからな!?
木手くんの場合は時としてどころか毎回凶器になるけど!
刺さるどころか心を抉ってくるけど!

「とにかく、自分で仕事を見付けて働いてくださいよ。怠惰な指示待ち人間は我が部には必要ありませんからね」

そう言われるけど、必要ないならクビにしてくれって話だよ。
こちとら好きでマネージャーしてるわけじゃないんだぞ!

返事は?

ガッ

「すっスンマセン!やりまぁす!」

今度は頭でなく顔面を掴まれた。
秒で謝ったよね。
こんなことされて反抗出来る人いる?
いないよね!

「最初からそうしなさいよ、まったく」
「うぐぐ…」

ふん、と鼻息も荒く木手くんが言う。
それと共に手を離されたけど、掴まれてたこめかみ辺りがジンジン痛い。
どんな握力してんだよ…!

「それと、平古場クン」

ここで木手くんは不機嫌丸出しでベンチに座っていた平古場くんに話かけた。

「……ぬーよ」
「貴方は少し頭を冷やしてきてください。冷静さを欠いていてはまともにプレー出来ませんよ」
「…」

平古場くんは黙って立ち上がった。
返事もせず、ブスっとした顔で部室の方に歩いて行った。
うーわ、顔こわっ!
盛大に舌打ちでもしそうな顔してたけど、いくらキレててもさすがに木手くんに向かって舌打ちは出来ないみたいだね。
そこは身に染み付いてるんだね。ウケる!
いやウケてる場合じゃないわ。
いつもの平古場くんなら機嫌悪けりゃ声でかくしたり文句言ったりすんのに、今日はそれがない。
それだけ機嫌がよろしくないってことだ。
うーむ、あれだけ機嫌悪いのも珍しい。

「平古場くん、大丈夫なん?」
「どうですかね。…気になるんですか?」
「え?あー…まあ…」
「そうですか。では今から部室の掃除をして来てください」
「はぁ?」

部室の掃除?今から?
今の話の流れで何で部室の掃除になるんだ。

「はぁ?じゃないですよ。何ですかその態度は」
「だって木手くんがいきなり話飛ばすから…って、ヒイッ!ま、また顔掴もうとすんのやめて!?」

木手くんがまた手を伸ばして来たから慌てて逃げる。
イラッとしたからって暴力に走るの良くないと思いまーす!

「話を飛ばしてなどいませんよ。掃除のことは先程も言ったでしょう」
「い、言ったけどさぁ!さっきは自分で仕事見付けろって言ったやん!」
「…まったく、貴女はどこまでも愚鈍ですね。少しくらい頭を働かせてくださいよ。様子を見て来いと言いたいんです」
「様子ぅ?え、平古場くんのってこと?」
「それ以外に何があるんですか」
「そ、そんな呆れ返った顔して言わなくても…というか、あんな機嫌悪い平古場くんに近付いたら、うちとばっちりでボコボコにされない?精神的にも身体的にも。とてもイヤなんですけど!」
「我々が行くより貴女が行った方が良いと思いますけどね。彼は名無しクンの言うことなら存外聞きますから。それに上手くいかなかったとしても貴女が怒鳴られるだけで済みますからね。それなら良いでしょう」
いやそれ良くなくね!?

なにが「それなら良いでしょう」だよ!
どっこも良くないよ!

「怒鳴られると決まった訳ではないじゃないですか。そこは貴女の腕次第です」
「腕次第て…責任重大じゃない?」
「そこまで大袈裟に考えなくてもいいですよ。あくまで自然に平古場クンの様子を伺って、出来れば話して彼の気を紛らせられれば良いんですから」
「ふーん…まあそれくらいなら」
「ただし平古場クンの士気をあれ以上下げたら許しませんよ」
責任重大過ぎるやんけ!

なんてこった!
下手したら平古場くんにボコられて、その後木手くんにもボコられるパターンじゃないか!

「さて、無駄話はこのくらいにしておきますよ。休憩時間も長くないんですからね」

早く行けとばかりに木手くんが部室の方を顎で示す。
動作ひとつひとつから横暴さが垣間見えるよねー!

「…ちなみにうちに拒否権とかは」
ありません
「ですよね!」

清々しいほどの即答&即断。
知ってましたけどね、うちに拒否権どころか人権すら無いこと!

「…はあ…しゃーないなぁ」

でも名無しちゃんはカシコイから、これ以上の文句は言わず腹を括って部室に行くことにする。
木手くんに何言っても聞き入れられないのは百も承知だし、文句言ったら結果云々の前にボコられるからな!
ほんっと怖い部長ですよね!



「失礼しまーす…」

あれからすぐ部室に向かい、恐る恐るドアを開ける。
キレた平古場くんによって部室が荒らされてたらどうしようとか思ったけど、その心配なかったみたいだ。
平古場くんはロッカーの前に突っ立ってるだけで暴れてた様子はない。
だけど機嫌が悪いってのは纏ってるオーラで分かるよね!
うちが部室に入ったら目線だけこっちに向けてきたけど、その目の怖さと言ったら!

「…何か用か」
「あ…えーとですね、部室掃除しろって木手くんに命じられたもので」
「…そうかよ」
「(…うん?)」

それだけ言ってすぐにうちから視線を逸らした。
…なんだろう、その態度になんか違和感がある。
平古場くん、怒っているというか…元気がない?

「…大丈夫?」
「……ああ」

声掛けてみたら一応返事は来た。
返事は来たけど、全ッ然大丈夫じゃないテンション!
いつもなら「放っとけ」とか「関係ないだろ」とかキツめに突っぱねるのに!

「あ、あんまし大丈夫には見えないのだけど…調子悪い?」

そう聞いたら平古場くんは少しの間の後、無言で頷いた。
な、なんだろう、素直に応対されるのがいつもと逆で怖い…!

「…何やっても上手くいかないんばぁよ」
「あー…スランプってやつ?」
「…かもな」

はあ、とそれはそれは重いため息をつく平古場くん。
なるほど、何となく伝わってきた。
今の平古場くんは機嫌が悪いんじゃなくてたぶん落ち込んでるんだ。

「…掃除、しなくてもいいんばぁ?」
「え?あぁ、それはそうだけど…いや、今は掃除より平古場くんのが気になるし」
「…永四郎にあびられた(言われた)んだろ。掃除しないとまたキレられて叩かれるんどー」
それは痛いほど分かってる。でもこんな調子の平古場くん見たらさすがに放っておけないと言うか」

木手くんには拒否権無しでここに派遣されたけど、こんなに落ち込みマックスな平古場くんを目の当たりにしたら掃除どころじゃなくなるわ。

「いやね、自分でも分かってますよ?うちじゃろくにアドバイスとか出来ないし、下手したら変なこと言って平古場くんの気分をもっと害する可能性だってあるんだからね。だけども何もせずに居られないと言うか…一応、あの、アナタの彼女的な存在ですから?」
「…彼女「的」ってぬーよ」
「なっ…なんか改めて言うの恥ずかしいんだよ!」
「なんだよそれ」

…おっ?
呆れが混じってるけど、やっと平古場くんのすこーし顔が緩んだぞ。

「とにかくさ、彼女として心配してんのですよ。何か出来るわけでもないけど!」
「…そう思ってんなら放っとけばいいさぁ」
「えぇ…でもさ」
「自分のくとぅやし、自分でなんとかする。…やーに手間取らせるくとぅでも無いんどー」
「う…」

そ、そう言われちゃうと返す言葉が無いじゃないか…!
いつもみたくエラそうに「お前ごとき何の役にも立たねぇーから!必要ねぇーから!」とか言われればこっちも売り言葉に買い言葉で言い返せるんだけど、こんな平古場くん相手にしたら何も言えないんですが!
しかもうちに手間取らせることもないって、なに珍しく気遣ってるんだよ平古場くんのくせに!
…とか、こっちもエラそうに考えてみるものの。
つまり平古場くんはそれ程までにテンション下がってるってことなんだろう。
それに対して何の役にも立てない自分が、なんだかすんごい情けない。
こういう時にちゃんとしたマネージャーなら的確で有益なプレーアドバイスとか出来るんだろうね。
それが出来ないのが名無しさんですよ!
でもせめて、ダダ下がってる平古場くんのテンションを上向きにさせるとか出来ないもんだろうか。
これ以上落ち込まないようにするとか、例えばストレスを軽減させるとか…。

「(…ストレス軽減…)」

そう言えば、確か昨日のテレビでそんな話を聞いた気がする。
簡単に出来るストレスを減らす方法とやらがあるらしい。
あれならうちにも出来る気がする!
ちょっと恥ずかしい気もするけど、これくらいしか出来ないだろーし!

「よし、じゃあ平古場くんこうしよう」
「…なによ」
「来い!」

ぱん!と小気味の良い音で手を叩いてから平古場くんに向けて腕を広げた。
す●ざんまい的な動きである。
でも平古場くんときたら「はあ?」とでも言いたげな顔でこっちを見ているだけだ。

「ちょ、何その「何言ってんだよ訳分かんねー」的な顔!察しろ!」
「察するもなにも…じゅんに(本当に)訳が分からないんどー。何したいわけよ」
「昨日テレビでやってたんだよ、ハグするとストレス軽減するとかしないとか!なんか3割?とか5割?くらいストレス減るんだって。知らんけど
「知らねーのかよ」

普段と変わらない辛辣気味な平古場くんのツッコミが入った。
仕方ないじゃないか、流し見してたテレビ番組だったんだから内容もちゃんと覚えてなくて曖昧なんだよ!

「だからほら、来な!ストレス減らしてやっから!」

そう言ってもう一回大きく腕を広げてみせる。
なのに。

「…」
「いや無視かーい!」

平古場くん無言!なーんも言わない!
なにか一言、せめて「バカか?」くらい言って欲しいわ!
こんなんじゃひとり腕広げてた自分がマヌケに見えるじゃないか!

「なっ、なんだよもー!嫌なら嫌って言えや!恥を忍んでやったのに!」
「…そっちが勝手にやったんだろ」
「それはそうだけども!ひとりでやってひとりで虚しくなっただけですけど!だからって無視されんのはキツいわ!」
「無視した訳じゃないさぁ…ハグだとか妙なくとぅ急にあびるからやし」
「妙って言うな!うちにはこれっくらいしか出来ない気がしたんだよ!うちテニスのこと知らんし、賢くもないし?平古場くんが必要としてるアドバイスなんか出来ないから、せめてほんの少しのストレス軽減になればなーと思っただけですよ!」

改めて考えるとホント恥ずかしいことしたもんだわ!
気を紛らわせるもなにも、もうこれ平古場くんのストレスを余計に溜めたパターンじゃん!
士気下げちゃったパターンじゃん?
つまり木手くんに許されないパターンじゃん!?
はいオワタ\(^o^)/

「…はあ…もう良いや…」

自分のダメっぷりがまざまざと分かって、今度はうちのテンションがだだ下がりした。
ガックリ肩を落とす。
けど、いや駄目だ。うちに落ち込んでるヒマはないのだ。
平古場くんの件で木手くんから叱られるのはもう仕方ないにして、部室の掃除くらいはちゃんとしとかないと2倍でド叱られてしまう。
校庭の木に逆さまに吊るされて鼻から水を注ぎ込まれるかもしれない。
下手したらゴーヤ汁を注ぎ込まれるかもしれない。
分かりやすい死。
それだけは何とか回避したいから、せめて掃除だけはいつも以上に気合い入れないといけない。

「うるさくしてサーセンでした。うち静かに掃除するんで居ないものとして扱ってください…」

投げやりにそう言って掃除用具を取りに行く。
あーあ、やだなぁ鼻からゴーヤ汁。
まだ決まったわけじゃないけど。
それに木手くんに叱られるのも嫌だけども、うちごときじゃ平古場くんの役には立たないってことを改めて痛感させられて余計ショックと言うかなんと言うか…。
果たしてこんな精神不安定状態でちゃんと掃除が出来るんだろうか?
でも掃除しないわけにはいかないからね、やるけどね。はぁー。

「…名無し」
「うん?なに…」

掃除道具入れをあさっていたら後ろから平古場くんに呼ばれ、振り向きかけた瞬間。
突然、いつの間にか近くまで来ていた平古場くんにギュッとされた。
えっ?だ、抱きしめられてる!?

「え…え、えーと…?」

急なこと過ぎて言葉が出てこない。
いや嬉しいよ、嬉しいんだけど!
中途半端な振り向きざまだったから横向きだし、なんなら手に箒持った状態のまんまなんだぞ!
顔を上げて平古場くんの様子を伺おうにも角度が悪くて見えない。
どうしたんだ、いきなり!

「平古場くん…?」
「…大して変わらないんどー」
「え?」

時間にして5秒もしないうちに平古場くんは腕を解いた。

「これでストレスが減るってあびてたんだろ?テレビだと」
「あ、あぁ…そういう…」

うちの提案を試したってことか。
なんだビックリしたな!
というか、一方的に抱きしめといて変わらないとかひでぇなおい!
…って一瞬文句を言いかけたけど、平古場くんの顔を見上げてみると笑ってることに気付いた。
おっ?もしやもしや、満更でもない感じ?

「いやいや、こういうのはするよりされた方が効果あるんじゃない?」
「…そういうもんか?」
「そういうもんやで!」

どさくさ紛れ、ではないけど今度はうちから平古場くんを抱きしめる。
とりあえず箒は机に立て掛けておいて、ちゃんと正面でぎゅっとした。

「何で関西弁なんばぁよ」

そうやって呆れて言いながらも平古場くんも抱きしめ返してくれた。
やっぱり満更でも無かったんだね!

「…というかさっきはなんですぐ来なかったのさ。こうされるの嫌なんだと思ったんだけど」
「嫌とはあびてねーんどー。やーが急に柄にもないくとぅあびるから驚いただけやし」
「まあ確かに柄ではなかったね!だからスルーされてすげー心抉られたわ」
「分かりやすく落ち込んでたしな」
「ええ落ち込みましたとも!うちは分かりやすい代表だからな!」
「自慢げにあびるなっつの」

いつもと同じようにやり取りをしてると、ふと耳元で平古場くんが深く息を吐いた声が聞こえた。

「…気、遣わせたな」
「え?いやぁそーんなことないって。うちに出来るのはこれくらいだし?…少しは平古場くんの役に立てました?」
「…ん。頭冷やせた気がするさぁ。さっきまで余裕が無さすぎたんだろうな」
「そっかそっか」

ぽんぽんと小さい子をあやすみたいに平古場くんの背中を叩くと、ぎゅっと抱きしめられる力が強くなった気がする。
平古場くんに必要だったのは的確なアドバイスとかじゃなくて心を落ち着かせることだったのかもね!
結果オーライではあるけど、平古場くんのテンションは上向きになったみたいだ。
これで木手くんにお仕置されることも無いだろうし一安心だ!
それに何だろう、好きな人に頼られてる感じが嬉しい。
ハグの力ってすごいな!

「…あれ、というか平古場くん」
「…ん?」
汗くっさ!
「……は?」

腕を解いて平古場くんから体を離す。
話してた時は全然気付かなかったけど、落ち着いてみたらしっかりと汗の匂いが届いた。
汗というより、運動後で汗を吸った服の臭い?
汗臭いまでは言い過ぎかもしれないけど爽快な匂いではないな!

「まぁ当然か、試合してたんだもんね。よーし平古場くん、とりあえず頭も冷やせたことだし離れな!」

離れたくてもまだ平古場くんの腕はうちの背中に回されてるから、距離を取りたくても取れないんだなコレが。

「あ…汗臭いってぬーよ!?」
「そのままの意味ですけど。平古場くんこのクソ暑いのにジャージ着てるから余計蒸されてる気するわー。ちゃんと洗ってる?」
「あ、洗ってるさぁ!やー、わんを慰めたいのか貶したいのかどっちなんばぁ!?」
「いやぁそれはそれ、これはこれですよ」

おっ、というか平古場くんの声の調子が戻ったぞ。
回復の傾向が見られるね!
良かった良かった。

「ま、と言うわけなので手を離しなさいな!ほらほら」

ぐっと平古場くんの胸元を押す。
押した…んだけど、平古場くんは一向に手を離してくれる様子はない。
というかビクともしない。
えっ、まってこの人、力強っ!

「ちょっ…!ねえ、聞いてんの平古場くん?」
「…バカにされて素直に言うくとぅ聞くと思ってんのかよ」
「は?ナニソレどういう…ぶあっ!?

がばっ!と勢いよく平古場くんに抱きしめられた!
いや抱きしめられるとはなんか違う!
なんかめっちゃ強い力でギュウギュウされる!

「いでででっ!?いっ、痛い痛い強い強い!」
「ぜってー離してやんねーからな」
「なぜ!?…えっ、もしかして怒った!?」
怒った

わあー素直ー!
いや、わあーとか思ってる場合じゃないよ!

「ちょ、待っ…ホント痛っ…ぐえっ!く、首まで絞まってる絞まってる!」
「知るか」
「知れよ!?殺す気か!」
「離して欲しいんなら自分で何とかしてみろ。わんに力で勝てるんならな」
「なんだとぉ!?おぉやってやんよ!平古場くんなんか…あの…あれだ!なんか不思議な力でパーンってしてやる!
「語彙力無さすぎだろ」
「うるっせ!」

調子戻ったと思ったらすーぐこれだよ!
木手くんだけじゃなく平古場くんも何かと暴力に走るんだから!
汗臭いって言われたくらいで絞め殺すことないじゃないか!
まだ殺されてはないけども!
こうなったら何としてでも離れてやる!

「ぐっ…!こンの…!」

平古場くんを押し返そうと腕に力入れたり、すり抜けるスペースを作ろうと身を捩ったり、うちの持ちうる力を出し尽くして抵抗する。

「ハッ、それで力入れてるばぁ?」
「だまらっしゃい!」

平古場くんめ、全っ然動じてねぇ!
鼻で笑いとばす余裕さえ持ってやがる!
さっきまで余裕が無かったとか弱気に言ってたのはどこのどいつだよ!?
くそぅ、密着状態から脱せられる気配ゼロなんですけど!

「ふんっ…ぬー!ぐうぅ…!」
「おいおい、もうバテてんのか?」
「バっ…バテてねーし!これからだし!?名無しちゃんはこれからが全盛期なんだからよぉ!今に見てろぉ!」
「おー見せてもらうさぁ」
何してるんですか
「!」
「!」

うちでも平古場くんのものでもない声が割って入ってきた。
2人揃って声のしたドアの方を向くと般若を背負った木手くんが佇んでいらっしゃった。
ゴゴゴゴ…という地鳴り的な音も聞こえてくる気がする。
み、見たら分かる、超絶キレてるやつやん!

「休憩もとっくに終わっていると言うのに中々帰ってこないと思ったら…何をしているんです」
「あ、いや…」
「その…」

木手くんにキッビシー視線を向けられて、とても気まずいまま平古場くんと離れた。
木手くんを前にしたらあんな頑丈だった平古場くんの腕もすんなり開く。当然か。

「馴れ合いがしたいなら今すぐ家に帰ってからにしなさいよ。金輪際テニス部の敷居は跨がせませんが
「わ、悪かったさぁ、永四郎」
「は、話がヒートアップしてしまったと言うか…ちょっといざこざしてまして…」
「…」

ひいぃ、無言が怖い!
喋ってても木手くんは怖いけど黙ってても怖いんだよ!
そりゃ練習も掃除もせずにじゃれあってたら怒るわな!
うちとしてはじゃれあってるわけじゃなくて生死をかけた(?)力比べだったんだけど、木手くんからしたらただの馴れ合いにしか見えないよなぁ!

「…名無しクン」
「ヒッ!あ、はいっ、すんません!!」
「珍しく上手くやれたようですね」
「……エッ?」

てっきり叱られるもんだと思って姿勢を正したのに、木手くんから来たのはまさかの褒め言葉?だった。

「上手くやれた…っていうのは…?」
「忘れたんですか。貴女は平古場クンの様子を伺いに来たんでしょう」
「あ、あー、そう言えば」

そうだったそうだった、最初の目的はそれだったわ。
話が逸れに逸れたもんだから忘れてた。

「…そうだったんばぁ?」
「ああ、うん…ホントはね。掃除がてら見に来たって感じで」
「可能であれば平古場クンの気を紛らわすように命じたんですよ。まさか本当に出来るとは思っていませんでしたがね」

木手くんのうちに対する過小評価は見直してもらいたいとこっすね!
と、ここで木手くんは平古場くんに目を向ける。

「平古場クン、もう大丈夫ですね」
「…おう」

平古場くんが頷く。
木手くんは様子見ただけで分かるのか、「もう大丈夫か?」っていう疑問系ではなくて「大丈夫ですね」と断言している。
ま、経緯はどうであれ、これはうちの頑張りのお陰だよね!

「へへーん、2人ともうちに感謝してくれていいよ!平古場くんが元気になったのはうちのお陰だからな!」
「図に乗るのが早すぎですよ」

べしっ

「あたっ!なっ、なんだよもー木手くん!叩かなくたっていいじゃん!うちがいなきゃ平古場くん調子悪くなりまくってドン底まで落ちて最悪死んでたかも知れなかったのに!」
「…さすがに死にはしないんどー」
「何が起こるか分からないのが人生です!だよねー木手くん!」
「下らない話はここまでにして、平古場クンはさっさと練習に戻ってください」
おっと清々しいほどのスルー

ここまでサラッと受け流されると逆に嫌な気もしないわ。
平古場くんに哀れみ(というか呆れ)の目線を送られるも、木手くんは一切うちに気を遣わず話を続ける。

「まだ試合は残っていますからね。今からはレギュラーとして一敗も許しませんよ」
「分かってるさぁ。もう負けないんどー」

一敗も許さないとか盛大に木手くんにプレッシャーをかけられたって言うのに、平古場くんにはどこか余裕さえ見える。
いつもの生意気極まりない笑みを浮かべ、部室を出て行く。
それを見送り、木手くんが「ふう」と軽くため息を吐いた。

「彼も貴女に似て単純ですね」
「あー、まーね、そういうとこあるよね…って、うちに似てって酷くない?」

間接的に「お前も単純だ」って言ってるようなもんじゃないか!
木手くんだから言ってるようなもんじゃなくて実際に思ってるんだろうけど!

「ああ、そうでしたね。では言い直しましょう。名無しクン程ではないですが平古場クンも単純ですね」
「なお酷い!」
「しかし単純な者同士、上手くやれていると思いますよ。ああして彼の調子を戻せるのは貴女だけですから」
「え…そう?そっかな」

うちだけなんて言われるとなんだか特別感があって悪い気はしないね!
…って、これで機嫌良くなるんだからやっぱ単純か。

「彼は我が部に必要な戦力ですからね。体力面はともかく、精神面の支えは名無しクンに任せますよ」
「おっ、おおー…なんかこれこそ責任重大じゃん」
「本来ならば平古場クンだけでなく部員全員を支えるのがマネージャーである貴女の仕事なんですがね」
「お、おぉう…そ、そこは追追とね…」

苦笑いながら答えると、木手くんは肩を竦めた。

「…期待せずにいますよ。では、俺もコートに戻るので貴女は部室の掃除に戻ってください」
「あ、ハーイ…」
「戻ると言ってもまだ1ミリも手を付けていないようですが」
「さ、サーセンすぐやりまぁす!」

木手くんが窓枠を指でなぞって言ってきたから慌てて箒を掴む。
指でホコリを確かめるとか姑か!嫁をイビリ倒す姑か!

「最後にチェックしますから細部まで気を抜かないでくださいよ」
「わ、分かってるってば!」

そう言い残して木手くんも部室を出て行った。
ちゃんと掃除はするつもりだけど、一体どこまで綺麗にすればいいのやら…!
木手くんの言う細部って、めっっっ…ちゃ細そうだし。
なんか棚のネジ穴に溜まったホコリとかチェックされそうな気がする。こわ。
平古場くんだけじゃなく、うちにもしーっかりとプレッシャーかけていったなあのコロネ眼鏡め…。

「…でも、平古場くんも頑張るだろうしなぁ…」

負けないって木手くんに言い切った手前負けるわけにはいかないんだろうけど、テンションが戻った平古場くんなら本当に負けない気がする。
…いや、たぶん全部勝つんだろうな。
平古場くんはそういう人だし。
カレシが頑張ってるんなら、カノジョも頑張らないとだよね?

「…よっし!そんじゃあうちもやったりますかぁ!」

大きく伸びをして気合いを入れ直す。
こうなったら木手くんがひれ伏すくらい綺麗にしてやろう!
そんでもって、今度は平古場くんと2人揃って褒められようじゃないか!



おわり