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「ふっふーん」

足取りも軽く待ち合わせ場所の駅前に向かう。
足取りが軽いどころかスキップさえしたい気分だ。
何故かって?
何を隠そう今日は久々のデート!だからである!
そりゃあ気分も上がりますって!
中学は同じだったけど、高校は別々だから会える時間が限られてるんだよなぁ。
それが結構寂しい。
ま、だからこそ会える時はテンションだだ上がりしちゃうんだけどね!
…とか思っているうちに待ち合わせ場所に着いた。
駅前広場の時計を見れば、待ち合わせ時間のちょうど5分前。
向こうは確実にもう着いてるだろうな。

「(おっ、いたいた!)」

やっぱり思った通り先に着いてたようだ。
待ち合わせの定番とも言える時計元の開けたところに、やけにスラッとスタイルの良い人を見付けた。
暗め色のロングコートに黒のハイネック、スキニーとお気にのショートブーツを合わせてるコーデが恐ろしく似合ってる。
え?何あの人、モデルか何かですか?
スタイルが良くなきゃ着こなせないコーデなのにそれをさらっと着こなしてる。
あれが彼氏とか、私一体前世でどれだけ徳を積んだんだろう。
ありがとう前世の自分。
って、そうじゃない。ボンヤリ見惚れてる場合じゃなかった!
時間ギリギリじゃん!
べしっと顔を強めにひと叩きしてから、足早に近付く。
気合い入れて引き締めとかないと、顔が緩み切ったまんまだもんね!

「…やほ、木手くん!」

ひらひら手を振りながら木手くんの元に行く。
私が声を掛けると木手くんは顔を上げてこっちを見た。
目が合うと、ふっとその目が優しく細められた。

「(うっわ何その笑顔ぉ)」

ズキューンと一瞬で心の臓を撃ち抜かれる。
私ホントに木手くんの優しい笑顔に弱いんだよなぁ…!
中学の時は滅多に見れなかったせいか、反動でウッとなってしまう。
今も中学の時とさほど変わらずの辛辣さはあるんだけどね。
それでも付き合ってからは優しさが垣間見えたりするからなぁ。
それに毎回やられてます。

「お、お待たせしちゃったよね?ごめんごめん」
「いえ、俺も今着いたところですから」

軽く首を振って何でもない顔をする木手くん。
あ゛〜そう言っておきながら絶対待っててくれたパターンですよねぇ〜。
木手くんは時間にきっちりしてるからいっつも早くに来て待っててくれるんだもん〜〜。
そういう気遣いが大人なんだよなぁぁ〜!

「…会って早々なに間の抜けた表情してるんですか」
「間っ…」

そして相変わらずの辛辣さよ。
きゅ、急に真顔になったかと思ったら!
確かにニヤつきが漏れてたかも知れんけどさぁ!

「ま、間抜けじゃないし、普通の顔だし!それで間抜けだってんなら生まれ付きだし!?というかそっちこそ会って早々言うのがそれかい!」
「冗談ですよ」
「いや冗談言ってる顔じゃないんですけど!」
「では照れ隠しの戯言だとでも思っておいてください」
「戯言て!」

と言うかまず「では」って何だよ「では」って!?
絶対照れ隠しなんかじゃないやつ!
あぁもう、優しい顔したと思ったらすぐこれだよ!
ひとりでときめいてた自分がバカみたいじゃないかっ!

「折角会えたというのにそんな仏頂面しないでくださいよ。俺は貴女に会えるのを楽しみにしていたんですから」
「エッ、まじで?木手くんが?」
「ええ。少し久しぶりですからね。会えて嬉しいですよ」
「うっ…!そ、そうやって言ったら私が喜んで機嫌良くなると思ってんだよね!?やめてよね、そういう策略!まあ喜ぶけど!

おっとつい本音が出てしまった。
でも会えて嬉しいなんて言われて喜ばない恋する女子なんかいなくない?
いないよね?
うん、例外なく私も嬉しい。

「…ふ。そう言うと思いました。貴女は相変わらず…」
「た、単純ですいませんね!」
「…いえ、単純と言うより貴女は自分の感情に素直なんですよ」
「え、素直?…そう?」
「貴女は言いたいことが顔にはっきり出ますからね。嫌なものは嫌、好きなものは好きだと言葉にせずとも伝わってきます」
「あー…」

それは付き合う前から散々言われたなぁ…。
思ってること顔に出し過ぎだってよく物理的に叩かれてたわ。
とんだパワハラだよ。
私としては表情に出してるつもりなんかなかったんだけどね!
多少なりとも私が顔に出しやすいタイプだとしても、それ以上に木手くんが読心術に長けてたせいだとも思う。

「…そう簡単に性格は変えれないんだし、そこは仕方ないじゃん」
「誰も性格を改めろとは言ってませんよ。それが貴女らしさでしょうから」
「えぇ…?感情が顔に出やすいのが私らしさ?それって褒めてるの?」
「褒めてるに分類されるでしょうね。…俺は貴女のそういうところが…」
「…が?」

木手くんが変なところで言葉を止めた。
そういうところが?

「…えっ、そういうところがムカつくとでも!?」
「そうじゃありませんよ。…そろそろ行きましょうか、時間が迫っていますから」
「え?あ、ああ…うん」

話を一方的に切り上げて、木手くんはさっさと歩き出した。
遅れながらも私もついて歩き出す。
今日のメインは映画に行くことだ。
時間を決めてあるから遅れないようにしないとなんだけど…うーん、何だか話をウヤムヤにされた気がする。
結局木手くんは何を言おうとしたんだろうか?
少なくともムカつかれてる訳ではなさそうだけど。
…木手くんが話を止めようと思ったんなら深追いはしないけどさ。
私は感情が顔に表れやすいけど、木手くんは正反対に何考えてるか分かんないもんなぁ。
なんかもう、私のことホントに好きなのかどうかも分からなくなるよ…。



「いやー、面白かったなぁ!」

それから約2時間の映画を見た後、映画館に併設されたカフェに入った。
木手くんの向かいの席でチーズケーキを食べながら、ほっくほくでパンフレットを開く。
映画前はちょっと気持ちにモヤモヤがあったけど、映画が思った以上に良くてテンションも持ち直した。
うん、やっぱり単純だわ。

「楽しめたようですね」
「そりゃあもう!あの映画レビューあんま良くなかったから少し心配だったんだけどさ、私は好きだなぁ!やっぱ人の評価はどーでもいいよね、自分が好きかどうかのが大事だと思ったわぁ!」
「そうですか。良かったですね」

そう言って木手くんは大人の雰囲気醸し出しまくりでコーヒーを飲んでいる。
高校生がカフェでブラックコーヒー飲むかね。
いや飲むかもしれないけど、それがうっかり見惚れそうになるくらい様になってる。
そういう私は映画館でもカフェでも炭酸ジュースしか選びませんけどね!
差が激し過ぎるよね、同い年のはずなのに。

「あー…というかさ、何かごめんね木手くん」
「何です?急に」
「今日の映画、完璧に私の趣味で選んじゃったからさぁ。派手アクションのコメディとか、木手くんには合わなかったんじゃないかなって」
「いえ、そんなことはないですよ。自分では選ばないジャンルですがこういう機会でもないと見ることもなかったと思いますから。中々面白かったですよ」
「…そう?なら良かったけど」
「俺はこうやって貴女が楽しそうにしているのを見ているだけで充分ですので」
「お、おぉふ…ソウデスカ…」

木手くんが急にまた嬉しくなる言葉…というか、今度は恥ずかしくなるような言葉を言ったもんだから顔が熱くなった。
慌ててパンフで顔を隠したけど、恥ずかしいあまりつい可愛くない声が漏れたのはしょうがないよね。
私に元から可愛げなんて無いんだからしょうがないよね!

「何故顔を隠すんです?」
「えっ?あ、いや…別に、って!ちょ!?」

木手くんがパンフに指を掛けてぐいっと下げてきた!
ちょっ、そんなことされたら顔が赤くなってるのがバレるじゃないか!
バレたら馬鹿にされるかもしれないしまず折角買ったパンフが曲がっちゃうじゃないか!

「と、というかさ!今度は木手くんの気になってる映画見に行こうよ!?」
「…俺の気になってる映画、ですか」
「そ、そうそう!」

木手くんはパンフから手を離してくれた。
どうやら上手く話を逸らせたようだ。
ほっと一安心して、そのまま話を続けることにする。

「気になってるのがあるんじゃないの?映画始まる前にもチラシ貰ってたし」
「気付いていたんですね」
「ま、まぁね。なんか海外のやつじゃなかった?」
「ええ。これです」

そう言って木手くんは折り畳んだチラシを取り出して、机に広げた。
やっぱり海外の映画だ。
海外俳優さんはさっぱりだから分からないし、洋画もほぼ見ないからこのタイトルも聞いたことないなぁ…。

「フランス映画です。元は80年代に放映されたもので、これはそのリメイク版なんですよ」
「フランスかぁ…そういや木手くん、フランス映画好きとか言ってたっけね」
「特にこれは元の作品が好きで何度か見ていたんですよ。リメイクされて賛否はあるようですが、一度は見てみたいと思っていたんです」
「へえ、そうなのかぁ」

持っていたパンフを机に置いて代わりにチラシを手に取って見てみる。
雪の中、男の人と女の人が抱き合っているからラブストーリーなんだろうか?
ラブストーリーってあんまり見ないんだよなぁ。

「…無理に一緒にとは言いませんがね」
「そう?うーん…でも見てみたいかも」
「純愛物ですよ。あまり見ないでしょう」
「やっぱ恋愛ものなのか。確かに見ないけど、木手くんが好きなものなら見てみたいしなぁ」

好きな人の好きなものって知りたいもんね!
私も好きになるかは分からないけど、まったく知らないより1回でも見ておいたら今後話題に出来るし。
ごめんなさいね、不純な理由で!

「…」
「…えっ、なに?どうしたの」

急に木手くんが黙った。
その顔を見ると、何故か私の方を見て目を丸く?している。
な、なんだその顔?

「…いえ。何でもないですよ」

木手くんはすぐにふっと目を閉じて言った。
でも口元が少しだけ笑ってるような…気がする。
気がしただけで、何考えてるのかはまったく分からないけど。

「貴女がそう言うのなら、一緒に行きましょうか」
「え!うん、行く行く!」

やったね!
これで上手いこと次のデートの約束が出来た!

「この映画は来月からですから…いつなら空いていますか?」
「私はいつでもいいよ?どこも空いてるし!」

寂しいとか言わない。
でも事実なんだから仕方がない。
もし予定あったとしても木手くんとのデートなら無理にでも空けるつもりだけどね!

「木手くんは?」
「そうですね…土曜は基本部活がありますから」
「あー…そっか」

木手くんは高校でもテニス続けてるんだよね。
中学の時も(色々な意味で)相当強い部長として皆をまとめてたから、続けるべきなんだろうけど。
部活をやってると休日練習だとか試合とかあるし、そうすると会える回数が減る。
それがちょっとした不満ではある。口には出さないけどさ!
私とテニスとどっちが大事なのっ!?とか言うメンドクサイ女だとは気付かれたくないからね!
めんどくさい女とか木手くん嫌がりそうだもんな。

「恐らく日曜日なら大丈夫だと思いますが、改めて予定を確認してからの連絡でも良いですか?」
「ああ、うん。もちろん」

木手くんは連絡するって言っておきながら、それを忘れたり連絡してこなかったりする人じゃないのは知ってる。
だからデートに行けるのは確実だけど…それが何日になるかは分からないんだよなぁ…。

「(…別にね、部活を休んでまでデートしたいとかは言わないけどさ)」

話に夢中で食べ忘れていたチーズケーキに再び取りかかる。
木手くんがテニスに力入れてるのも知ってる。
だけど私は他の予定より何より、木手くんと会えるのが嬉しくて楽しくてしょうがない。
例え辛辣な扱い受けたりからかわれたりしたとしても一緒に居たいんだよなぁ。
って、どんだけ惚れてるんだ私。

「(あーあ、やっぱり私の一方通行な気がするわぁ)」

木手くんに気付かれない程度の小さなため息をついて、ケーキをひと口食べた。



カフェを出て空を見ると、日がもうだいぶ傾いていた。
明日は月曜日で当然の事ながら学校がある。
つまり今日のデートはもう終わり、である。
あーあ、一日ってホントあっという間だ。

「送りますよ」

私が見るからに落胆していたのが分かったのか、木手くんがそう言ってくれた。
中学校区が同じだったから、私の家と木手くんの家はそんなに離れてはない。
ちょうど駅が真ん中辺りにあるからいつも待ち合わせ場所にしてるんだけどね。

「あっ、うん。お願いします」

こういう時気遣いが出来る女の人ならお断りもするんだろうけど、少しでも長く一緒に居たいもんだから二つ返事でお願いしてしまった。
あんまりにも早い答えに驚いたのか呆れたのか、木手くんはちょっと目を大きくさせてから、小さく笑って頷いた。
それから揃って帰路につく。
と言っても私の家までそんなに距離がないから、送ってもらうにしてもすぐ別れなきゃなんない。
大通りから逸れて住宅街に入ってて人通りも少ないからさぁ…最後くらい手とかさ…繋ぎたいなぁとも思うけど。
…まぁ無理だよね!知ってる!
付き合って今まで手もろくに繋いだことない。
人前でイチャつくとか木手くんがしたくないんだろうなーってのは性格見てたら分かるし。

「…どうしたんですか。黙って」

木手くんは私が急に言葉を発さなくなったのに気付いて、こっちを見た。

「…木手くんはさぁ…なんで私のこと好きになったの?」
「はい?」
「え?…あっ!ご、ごめん、何でもないです!」

や、やばい、つい言ってしまった!
慌てて手を振って、何でもないように笑って見せるけど時すでに遅し。
木手くんは歩くのを止めて私の方を向いた。
…私の話をしっかり聞くつもりらしい。

「…唐突ですね。なぜ今そんなことを聞くんです?」
「い、いや…なんか、ふと気になっただけ」

本音を言えば、私ばっかり木手くんを好きだからなんで私なんかを好きになったんだろうって思ったからだ。
思ったというか、不安?になってしまった。
木手くんは私から視線を逸らして何か考えてるような素振りをする。
あれ。まさか答えてくれるのか?
てっきりスルーされるかと思ったのに。
えー、ど、どんな答えが来るんだろう。
うわ、ちょっとドキドキする。

「…そうですね。大した理由は無かったかもしれません」
え゛っ

木手くんからのまさかの答えに、カエルがひしゃげたみたいな声が出てしまった。
大した理由は?ない?だって?
まじで??

「え、えぇー…そうなの…?」

中学の卒業間近に告白してきたの、木手くんだったのに?
なんで理由が無いのに告白してきたんだよ!
地味に、というか普通にショックなのだけど…!
普段の辛辣さなら慣れてるせいか耐えられるけど、これにはさすがに心を抉られたぞ…。

「…そんなに暗い顔をしないでくださいよ。すみません、俺の言い方が悪かったですね。理由が無いというより、的確な言葉が見付からないんですよ」
「…見付からない?」

どういうこと?と木手くんを見上げると、木手くんは苦笑気味に頷いた。

「…貴女を意識したのは高校が別になると分かった時から、になりますかね。高校が別々ということは、今まで当たり前のように傍で明るく笑って怒っていた貴女がいなくなるということでした。そんな貴女が傍に居ない日常が想像出来なかった。…いえ、想像したくなかった。そう思ったら居ても立ってもいられなかったんですよ」
「お、おぉ…」

お、思ったよりしっかりした理由だった気がする。
確かに私のこういうところが好きという訳でもなく、私を好きになった出来事が起きた訳でもない。
それでも木手くんが、私が傍にいないのが嫌だと思ったのは立派な「好き」の理由じゃない?
少なくとも私はそう感じられた。

「…やはり上手く言葉には出来ませんね…すみません」
「そ、そんなことないよ。それで充分だって!」

木手くんにまた謝られたけどむしろ充分過ぎるくらいだ。
普段デレない木手くんから貰えた貴重な言葉なんだから、それだけで私の気分は簡単に上がった。

「…そうですかね」
「そうだよ。安心出来たし…それに、あの、嬉しかっ」
「安心?」
「…え?」

木手くんが食い気味に口を挟んできた。
な、なんだよもう!
せっかく私が恥ずかしいのガマンして本音を言おうとしたのに!
…いや、それはどうでもいい。
よく見たら、木手くんの眉間にシワが寄っている。
えっ、お、怒ってる?

「な、なに?」
「…安心出来たとはどういう意味です」
「え?ど、どういう意味って」
「安心出来たというのは、それまで不安に思っていたから出る言葉じゃないですか」
「えっ?あ…」

う、うわー、口滑らした!
言うつもりなかったのに!
というか、たったあれだけの言葉でそんな深読みしてくる!?
木手くんならしてくるかー!

「俺が何か、貴女を不安にさせてしまっていたんですか?」
「そ、そういうことじゃないって!私が勝手に考えてただけだからさ!」
「何をですか」
「何をって…いや、いいってそんなの気にしなくても!」
「『そんなの』では無いんですよ、俺にとっては。はっきり言ってください。でないと帰しませんよ」
「えぇ…?」

強情だなぁ!
あ、でもこのまま黙っていればそれだけ一緒にいれるのか…じゃなくて!
今はそう言ってる場合じゃない!
このままだんまりし続けても木手くんはきっと引き下がらないだろう。
うう、本音を伝えるってことはそれだけ私がめんどくさい奴だって伝えるようなものだけど…仕方がない。

「だ、だってさ…私ばっかりが木手くんのこと好きだからさ…そう思ったら無性に心配になっちゃったんですよ」
「…」
「だからついなんで好きかとか聞いちゃったわけで…うん、それだけ!ご、ごめんねーめんどくさい女で!あはは!」

木手くんに深刻に取られないよう、わざと呑気な声で笑っておく。
それも無駄な努力な気がする。
…何故なら木手くんが黙ったままで何も言わないから。

「…はあ」

やっと木手くんが口を開いたかと思ったら、出たのは深い息。
もはやため息だ。
うわぁダメだ、やっぱり呆れられてしまった。
そうだよね、嫌だよね、めんどくさい女って。

「……ご、ごめん…」

今更ながら今度は真面目に謝る。
だけど、木手くんから返って来たのは思いもよらない言葉だった。

「何故貴女が謝るんですか。謝らなければならないのは俺の方なのに」
「…はっ?」

思いもよらな過ぎて気の抜けた声を出してしまった。
…こんな返し方したら中学の時なら確実に「なんですかその態度」とか言われて木手くんに叩かれてたはずだ。
だけど今の木手くんはそんな暴力性なんて微塵も感じさせず、弱く首を振っている。

「な、なんで?なんで木手くんが謝るの」
「貴女を不安にさせてしまったのは俺の責任です。…俺がしっかりと態度に出していれば貴女が不安になることも無かったんですから。貴女の不安に気付かなかったなんて…自分が情けないですよ」

じゃあ、さっきの重いため息モドキは私に向けられたものじゃなくて、木手くん自身へのものだったのか…。

「いや、そんなこと言わないでよ。木手くんは悪くないよ!それに…ほら、気を遣われて態度に出してもらっても困るから。なんか無理させるみたいになっちゃうしさ!だから今まで通りで良いよ」

好きを表わせって言われたから態度に出す、なんてされても虚しいだけじゃないか!
だったら今まで通りの方が何倍もマシだ。

「…逆なんですよ」
「え?」

木手くんがぽつりと言った。

「ぎゃ、逆?…って?」
「…無理をしていたのは今までの方です。俺が今までどれだけ想いを抑え込んできたか、貴女は分かっていないでしょう」
「え…?お、抑えてたの…?」

そう聞いたら、木手くんは神妙な顔をして頷いた。
ま、待って、ちょっと待って。
想いを押さえ込んできたってどういうことだ?
か、軽く混乱してるんだけど!

「ええ、相当抑えていましたよ」
「そ、相当なんだ…。なんでそんなこと」
「あまり押してしまうと貴女に引かれてしまうのではないかと恐れていたからですよ。…しかし、この判断は間違っていましたね。どうやら押さえ込み過ぎたようです。貴女は思ったことを自分の顔に出すのは得意でも、相手の思っていることを読み取るのはこの上なく苦手でしたからね。それを忘れていましたよ」

な…なんか微妙に馬鹿にされてる感があるのは気のせい?
私がどんな表情したらいいか分からないでいると、木手くんが間合いを詰めてきた。
ち、近い、なんか距離が近いぞ!?

「話を聞いて今理解しました。俺がどれだけ貴女を好きでいるか…いえ、どれだけ貴女を愛しているか、それが全く伝わっていなかったようですから」
「あ、愛…!?愛してって、えっ?そそそ、そうなの…!?」
「それも相当、ね。ですが貴女には感じられなかった訳ですから…これからは我慢せずしっかりと伝えていくことにしますよ。貴女を不安にさせない為にも」
「え?そ、それって…、っ!」

急に木手くんに言葉を遮られた。
というより強制的に口を閉じさせられて、言葉が続かなかった。

「……え…?」

瞬きするのも忘れて、至近距離の木手くんを見詰める。
至近距離も超至近距離だ。
お互いの息がかかるくらいの。
そして木手くんの手は私の首後ろに添えられている。
…あ、あれ?
私、いま何された…?

「き、木手…くん…?」
「好きです。名無しクン、貴女のことが。感情が分かりやすく顔に出ることも、俺の好きなものを知ろうとしてくれることも、恥ずかしがり屋でもたまに素直になることも…貴女の全てが好きです」
「はぇっ!?ちょ…え、ええっ…!?」

木手くんからの急な告白に、驚くのと同時にかあぁっと顔に一気に熱が集まる。
木手くんに面と向かって好きと言われたこともそうだけど…さっき、き、キス…?された、んだよね?
ビックリしすぎて認識するのに時間がかかったけど、そうと分かると唇がじぃんと熱くなってきた気がする。
木手くんに触れられてる首も…なんだか熱い。
どどどっ、どうしよう、動揺が止まんない!

「顔、真っ赤ですね」
「っ…!」

木手くんはふっと笑みを浮かべる。
それは今まで私が見惚れてた微笑みよりも、断然優しい笑み。
首に添えていた手で、今度は頭を撫でられる。

「…これで少しは伝わりましたか?俺は貴女が思っているより遥かに名無しクンのことが好きなんですよ」
「……そ…な、んだ…」

情けないことに、動揺が過ぎて声がまともに出なかった。
恥ずかしくて木手くんから視線を逸らす。
恥ずかしいけど、それこそ顔から火が出てもおかしくないくらい恥ずかしいけど…でも、動揺は次第に別のドキドキへと代わっていってるのが分かった。
心臓がうるさいくらい鳴ってるけど、これはたぶん安心と嬉しさが混ざったドキドキだ。
そうと分かると自然と頬が緩む。
その間もずっと木手くんは優しく頭を撫でてくれている。
目を閉じれば、木手くんの大きな手に包まれている気がしてすごくほっとした。

「(ああ…やっぱり私、木手くんのこと好きだなぁ)」



「…今日はありがとね、木手くん」

再び2人で歩き出してほんの数分で私の家に着いた。
私の家は小さい門から数歩上がった先に玄関がある。
木手くんは門の所に立ってて、私は玄関前で向きを変え、木手くんを少し見下ろした形で今日のお礼を言った。

「映画すごく楽しかったし、あの…うん、すごく嬉しかったです」
「こちらこそ。楽しかったですよ」

そう言って木手くんが笑って返してくれる。
その笑顔にまたドキンと心臓が跳ねた。
ううぅ、さっきの今だから意識しちゃうじゃないか…!

「え、えーと、じゃあまた映画の日が決まったら連絡して!」
「分かりました。…では」
「ん」

ひらひらと手を振って見送る。
だけど振り向きかけてた木手くんがふと止まって、何故か再びこっちを向いた。

「ああ、そうでした。…ひとつ、貴女に言っておきたいことが」
「ん?なに?」
「先程、これから自分の思いはしっかりと伝えると言ったと思いますが…」
「あ、ああ…うん、それが?」

なに?と聞こうとしたら、不意に木手くんの口の端が上がった。
え?な、なんだ、その笑み。
さっきの優しい笑みとは真逆の不敵な笑みだ。
中学の頃、よく見たことのある…なんか、あんまり良くない企てをしてる時の笑みな気がする。

「もう自分を抑えることは止めます。我慢をするのもね。…ですから覚悟しておいてくださいよ」
「かっ、覚悟!?えっ、な、なんで?」
「今日のあれだけで、俺の想いの全てが伝えられたとでも?俺がどれほど貴女を愛しているかを伝えるにはもっと時が必要なんですよ」
「えっ、そ、そんなになの…?」
「当然です。そして貴女にも同じくらい愛して貰わなければ不平等じゃないですか。ですのでこれからは遠慮なく全身全霊で貴女を愛しますから、ちゃんと受け止めてくださいよ」
「あ、愛すって…!え、えぇ…!?」
「分かりましたね?」
「えっ?あ、えぇと…」
「返事は「はい」でしょ」
「あっハイ」

き、木手くんの持論に押されてつい頷いてしまった…。
私が頷いたのを見て木手くんは「分かれば良いです」とばかりに目を細め、今度こそ背を向けて歩き出した。

「…」

去って行く木手くんの背中を、私はなんにも言えずただ呆然と見つめる。

「…えーと…ちょ、ちょっと待ってよ…?」

あまりにも色々なことをまとめて言われてしまって、思考がフリーズしてる。
つまり、これから木手くんは自分の想いを包み隠さず伝えるから覚悟しろって言ったんだよね。
しかも遠慮なく、そして全身全霊で愛すると。
…私を。
きょ、今日だけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上のことがあるの?

「え……えええぇ…!?」

そう考えたらなんだか体に力が入らなくなって、玄関前でへたりこんでしまった。
な、何されるの、私?
何する気なの、木手くんは。
ああぁ、木手くんのあの不敵な笑みはやっぱり良くない企てをしてる時の顔だった…!

「たっ…耐えれる気がしない…!」

これから来るであろう木手くんの過度な愛情表現を想像して、私はただ真っ赤な顔を両手で覆うことしか出来なかった。



おわり