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ぴろん

「うん?」

ベッドにもたれてスマホをいじっていたら、小さな音がメッセージの着信を知らせてきた。
画面には中学の時の部活メンバーで作られたグループ名が表示されている。
膝に乗っけていた菓子袋からチョコを取り出して口に放り込んでから、タップしてメッセ画面を開く。

「…おぉ」

表示されたメッセを読んだら自然に声が漏れた。

「ねー、ゆうじろ……あれ」

膝上の袋を落とさないよう支えながらベッドの方を振り返ると、さっきまで寝転がって雑誌を読んでいた裕次郎はいつの間にか寝ていた。雑誌が顔に乗っかっている。
起こすのもあれかなと思いつつも、声を掛ける。

「ねーねー、飲み会のメッセきたけどー」
「んー…?」

投げ出されていた腕を軽く叩けば寝ぼけた声が返ってくる。
まだそんなに深く寝入っていなかったようで、裕次郎は顔に乗っけていた雑誌をずらしてこっちを見た。
目は開ききってはいないけど。

「飲み会しないかって、木手くんが言ってる」

ほら、とスマホをかざして見せる。
裕次郎は大きく伸びをして、起き上がることなくごろんとうつ伏せになった。
そのまま這うようにしてこっちに来たかと思えば、腕が伸びてきて後ろから抱きしめられる。

「…どれ?」

私の肩口に顎の乗せて、手元のスマホ覗き込んできた。
まだ完全には起きていないようで、耳元で発せられたその声はあまりはっきりしていない。

「ほらこれ。おー、みんな反応早いなぁ」

画面を見せている間にも、ぽんぽんと他のメンバーが返信をしている。
返事を見ている限り珍しくみんな参加出来るみたいだ。
高校を出てみんな進路がバラバラになったせいで、昔のようにみんなの予定が合うことは少ない。
少人数で集まって飲むことはあってもみんなが揃うなんて滅多になかった。
だからこれは結構貴重な機会だと思う。

「平古場くんも知念くんも慧くんもみんな出れるって。珍しくない?」
「あー…ん?」

私のスマホを勝手にスワイプしていた裕次郎は、指定された日を見て手を止めた。
さっきまでふわふわと鈍かった反応が急にいつもの調子に戻る。

「…日にち、あちゃー(明日)になってるんどー」
「あぁ、明日の6時に駅前の居酒屋っぽいね」
「あちゃーはダメだろ」
「え?そう?」
「ダメだろ!」

首元に巻き付けられていた腕を解いて、裕次郎はがばっと体を起こした。
どうやら目は完璧に覚めたらしい。

「あちゃー一緒に水族館行くって約束しただろ!?忘れたばぁ!?」
「や、忘れてはないけど…飲み会は夕方だし、行けるんじゃない?」
「行ける行けないじゃない!6時にはデート切り上げないといけないって思うくとぅ(こと)が嫌やし!」
「あー、なるほど…」

つまり時間を気にせずデートを楽しみたいってことだろう。
期限があると気になって、ちょっと気が削がれるのは分かる気がする。

「…返事」
「うん?」
「行かないって送れ」

裕次郎は不貞腐れた顔で、私の手の中のスマホを指してくる。

「えぇ?でもさ」
「やーが送らないんならわんがやる!」
「いやいやいや」

貸せ!とばかりに裕次郎は私のスマホをひったくろうとしてくるけど、腕を伸ばして回避する。
…考えてみたら自分のスマホで返信したらいいのに、裕次郎にはそこまで考える余裕は無いようだった。
そんな攻防を何回か繰り返しても私からスマホを奪えず、痺れを切らして裕次郎が声を上げた。

「ぬーよ、名無し!やーはデートより飲み会取るんばぁ!?」
「そうとは言ってないし!ちょっと落ち着きなって!」
「スマホ渡したら落ち着く!」
「そんなこと言われても…ほらっ裕次郎、あーん!」
「えっ?」

バタバタして床に落ちていた袋からチョコを取り出して裕次郎に押し付ける。
裕次郎は不意をつかれて驚いた顔をしたけど、反射的に口を開けた。
そこにチョコを放り込めば、とりあえず一旦静かになった。

「よしよし、糖分取って落ち着きな」
「…こんなんじゃ誤魔化されないんどー」

ジト目で睨まれてしまう。
けれどチョコが入ってる頬が少し膨らんでいて、それがハムスターのように見えてちょっと面白い。

「でもこのチョコ美味しくない?」
「まあ…まーさん(美味しい)やしが…」
「でしょー」
「やしが(でも)!それとこれとは話が別さー!」

チョコを飲み込むと、また裕次郎の声が大きくなった。
思ったより効果が短かった。
確かに裕次郎の言いたいことは分かる。
でもみんなと集まれるのは本当に久しぶりなことで、言ってしまったら何だけど、裕次郎とは会おうと思えばいつでも会える。
今日も会ってるし、明日も一緒に出掛けるんだから。
本人を目の前にしてこんなことを言ったら余計怒るだろうから、言わないけど。
それだけデートを楽しみにしてくれてるのは凄く嬉しいし、私も楽しみにしている。
それでも、裕次郎の言葉を借りるとこれこそ「それとこれとは話が別」だ。

「うーん…じゃあ、代わりになるかは分からないけどさ。今日泊まってっていい?」
「…え?」
「泊まらせてもらって、明日そのまま出掛けて、で、飲み会行くってのはどう?…だめ?」

提案したら裕次郎がキョトンとした顔になった。
…やっぱり代わりにはならないだろう。
結局飲み会に行くなら、時間を気にしないといけないに変わりがない。
どうしようか、仕方ないけど飲み会は止めておこうか…と思った矢先、いきなり両肩を掴まれた。

「うわっ何?びっくりした」
「駄目じゃない!それでいい!泊まって!」
「え?あ、あぁ、うん。…じゃあそうする」

思った以上に食いついてきた裕次郎に少し驚きながら、頷き返しておく。
何はともあれ裕次郎の機嫌は良くなったみたいだった。
「決まりな!」と、一転して笑顔になっている。

「…そんな嬉しい?」
「そりゃあ嬉しいさぁ!だって久しぶりだろー?」

言われてみればここ最近は予定が合わなくて泊まっていなかった。
そんなに分かりやすく喜んでもらえると、つられて私も嬉しくなる。
私も表情に出やすいとよく言われてるけれど、裕次郎はさらにその上を行くくらい分かりやすい。
裕次郎の隠すことない素直な気持ちがストレートに伝わってくるから、なんだか嬉しい。

「ちゅー(今日)は時間気にしなくて居られるなっ」

語尾に音符が付きそうな口調で、裕次郎はベッドから降りた。
私の隣にあぐらをかいて座り、満面の笑みでこっちを見てくる裕次郎は人懐っこい茶毛のわんこに見える。
眩しいくらいの笑顔に少し恥ずかしくなって、そだね、と素っ気ない返事をしてしまった。

「じゃ、飲み会参加の返事していい?」
「おう!」
「裕次郎の分もまとめて返しちゃっていいよねー」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」

私がメッセを返そうとするのを裕次郎が制した。
枕元に放ってあった自分のスマホを取ると、ささっと操作をして前に掲げた。顔を近づけてくる。
何?と聞くより早くスマホからぱしゃ、と音がした。
どうやら写真を撮ったみたいだ。

「写真?なんでいきなり?」
「…よし、送った」
「送った?」

なんのことだと思っていると、私のスマホにぴこんとメッセが飛んできた。
裕次郎の名前で、表示されたのは…今撮ったツーショットの写真。
あろうことかグループにその写真を送ったらしい。
続けて「わったーも参加なー」というメッセも。

「えぇっ!?ちょっ、何送ってんの!?」
「別にいいだろ?急に撮った割に名無し、ちゅらかーぎー(可愛い)やし」
「えっ?ほんと…じゃなくて!う、うわぁ、もうからかわれてんだけど!」

スマホには、その写真を見た(見せつけられた)メンバーからメッセが次々送られてくる。
木手くんからは「また一緒にいるんですか」、平古場くんからは「惚気はよそでやれよ」と立て続けに返事…というより、苦情がきている。

「と、とんだバカップルじゃんー!見せつけるようなこと止めて!?恥ずかしいなぁ!」
「見せつける「ような」じゃなくて見せつけてるんやっさー」
「見せつけなくてもいいし!」

裕次郎が勝手に撮って勝手に送ったんだと、急いで言い訳のメッセを送る。
明日みんなに会ったら確実にいじられる…と思うと、少し気が重くなる。
一応、その写真は保存したけど。

「な、それより名無し」
「え?あっ、ちょっと」

裕次郎が私の手からスマホを取り上げてベッドの端に放った。
横に座っていたのに、身を起こして私の前に移動する。
前、というか私の足を跨いで上から覆い被さる感じだ。
さっきの眩しいくらいの爽やかな笑顔から、少し悪い笑みに変わっている。

「…なに?」
「一緒に風呂、入ろーぜ!」
「お風呂ぉ?」
「おう」

にっと笑ってみせる裕次郎。
ハッキリとは言わないけれど、一緒にお風呂に入るとはつまり「そういうこと」だ。

「えー、急だなぁ」
「だーって時間合わなくて最近してないだろー?」
「してないけどさぁ…時間あるってなった途端ソレ?」
「いきが(男)ってのはそういうモンやし」
「かも知れないけどさぁ……ってちょっと!?早い早い!」

話しているうちに裕次郎はどんどん距離を縮めて、許可を出す前に完全に覆い被さってきた。
髪が顔にあたって擽ったい。
慌てて体を押し返して、一喝する。

「せっ、せめて私がオッケーしてからにしなさいっ!」

粗相をした飼い犬を叱るみたいな言い方をしてしまったが、裕次郎は謝る素振りも見せないで、むしろ逆に不満そうに眉を寄せた。

「オッケーしてくれんだろ?いいじゃん」
「気が早…って、だーかーらーぁ!」

私の話を聞くつもりはないのか、直ぐに顔を埋めてくる。
いつの間にか手を取られてベッドに押し付けられていて、押し返すにも出来ない状態にさせられていた。
頬やら首筋にやら、どんどんキスされる。

「わ、分かった、分かったから!ねえ、だから1個!約束して!」
「…約束?」

そこでやっと裕次郎が顔を上げた。

「何よ?」
「キスマーク!見えるとこに付けるのはやめて!いい!?」

裕次郎はとんでもなくキス魔だ。
1回する間に5、6個痕を付けられるなんて当たり前で、服で隠れるところだけならまだしも見える首やら胸元やら、本当にところ構わず付けてくる。
朝起きて鏡を見て愕然としたことも、1度や2度ではない。
あらかじめ言い付けておかないと明日の飲み会では余計いじられてしまう。

「ま、考えとくさぁ」
「考えないで!?即決してよ!」
「はいはい。んじゃ、脱がすぜー」
「ちょ…!」

ばんざーい、と子どもに言うようにしてぐいっと着ていたシャツを上に捲し上げられ、そのまま無理に脱がされた。
力任せに引っ張られたせいで髪がばさっと乱れる。

「だぁー!もう!雑か!」
「ははっ、悪い悪い」

文句を言えば、可笑しそうに笑った。
私が乱れた髪を撫で付けている間に、裕次郎も着ていたTシャツを脱いだ。
相変わらず皺になることも気にせず床に放っている。

「じゃ、改めて」

なんてふざけた口調で言いながら、再び顔を近付けてくる。
けれどあと少しでキスするくらいの距離で止まり、私と視線が合うとへらりと笑みを浮かべた。
…あれだけグイグイ自分勝手にくるくせに、こういう時私と目が合うといつも照れたように笑う裕次郎はなんだか可愛い。
それにつられて私も笑えば、今度は唇にキスをされた。
いつの間にか手は指を絡められて握られて、完全に裕次郎のペースだ。
私の言い付けはたぶん、守ってはくれないだろう。
首隠れる服、あったかなぁ…と、ぼんやり頭で考えながら目を閉じた。


おわり