「なぁー!なーって、ちょっと蔵ぁー!」
教室に着いてすぐ、自分の机にカバンをほっぽって蔵の席まで行く。 おんなじテニス部の忍足と話してたけど、私が近寄ったら会話を止めてこっちを見てくれた。
「おぉ名無し。おはようさん」
ウッワ笑顔まぶしっ! 相っ変わらず顔ちょー整っとる! …やなくて!
「おはよう!なぁ蔵、LINEで送った写真のことなんやけど!」 「ああ、髪切ったんやろ?結構切ったんやな、似合うとるで」 「ほんまに!?えー嬉し…い、やないて!もー!そうやなくて、昨日のLINE!なんで返事くれんかったん!?」
机をバン!と叩いたら、蔵やなくて隣の忍足がビビってた。 いやアンタやないわ!
「昨日の?あの名無しの自撮り写真のことか?」 「そう!それ!」 「は?自分、休みの日にわざわざ白石に自撮り写真送り付けとるん?うーわ」 「別に毎日送っとるワケやないからな!?その引いた顔止めぇや忍足!」 「まあまあ、落ち着きぃ名無し」 「うぅ…」
蔵に宥められたら黙るしかない。 これで顔がブサイクやったら私やって口答えとかするわ。 やけど口答えも出来ひんくらい顔整っとるもんなぁ。 ほーんまイケメンて得やわ!
「で、あの写真がどうしたん?」 「あ!そうやった、なんで既読無視したん!?髪切ったでーって意味で写メ送ったのに!」 「え、アレそういう意味やったん?髪切ったんは分かったんやけど、自分よう意味なく画像送ってくるやん。それと同じかと思って返事せえへんかったんや。スマン」 「は?そういうこと?やからって既読スルーする?それ謝るだけで許されると思っとるん!?許すけど!」 「いや許すんかい」
ビシッと忍足から典型的なツッコミが入った。
「許すやろ!こんっな顔整っとるイケメンがスマン言うなら許すやろ普通!」 「それが俺やったら?」 「許さん」 「言うと思ったわ!!」
ベッタベタなやりとりして忍足がキレてくる。 しゃあないやんな?事実やし! 蔵が多少の犯罪したとしても私許す自信あるわ。
「ちゅーか、許すんやったらなんでそないキレとんねん。理不尽にキレられたら白石も困るやろ」 「別に理不尽にキレてませんー!ただ昨日の私の苦労とわくわくを踏み躙られた気がしたから八つ当たりしとるだけですー!」 「八つ当たりって、理不尽以外の何者でもないやろ…」 「苦労とわくわく?ってどういうことや?」 「え。あー、それは…」
蔵の澄んだ目にまっすぐ見つめられて言葉に詰まる。 あんまこーいうこと言いたくないんやけど…。
「…あの送った自撮りな、撮るのにちょー時間かかってんもん…」 「そうなん?」 「髪切って、休みの日やけど蔵に見て欲しくて…なら写真送ったろ!って自撮りしたけど満足いくの撮れんくて、1時間くらいひとりで頑張っててん」
もちろん写真は加工とかもしてへんよ! そのままの私で写真で可愛い!とか似合うとる!とか言うて欲しかったしな。 やから余計時間かかったんや!
「それからやーっといい感じの写真撮れたから送って、既読付いて返事待っとったのにぜーんぜん来ぉへんし…寝るまでずーっとスマホ片手に持っとったんやで?なのに結局既読スルーされた私の気持ち分かる?」
その時の私の気持ちを答えよ!っちゅー問題出したいくらいやわ。 配点10点くらいで。
「…名無し」 「あ!ううん分かっとるんやで?いつもくっだらん画像送ってばっかやのに、たまに返事が欲しい画像とか送り付けといて反応無いと怒るって、どう考えても私が悪いやんな!」
話ときながらめっちゃジコチューやな自分。 分かっとる。それは私がいっちばん分かっとる。
「…分かっとるんやけど……なんかな、寂しかってん」
好きな人には構って貰いたいやん。 ウザイかもしれんけど、構ってちゃんかもしれんけど、好きな人に相手してもらいたいやん。 不安定な乙女心なんや。 口を尖らせて、俯く。
…したら、何故か忍足が「ぶはっ」と吹き出した。
「寂しいて!なんやそのわざとらしいセリフ!」 「…わざとらしいて、そんなつもりないんやけど?」 「ウソつけや。自分そんなしおらしいキャラやないやろ」 「……チッ!バレたか」
早々に尻尾を掴まれた。 ちょーっと可愛こぶってオトメゴコロとやらを出してみたんやけどやっぱダメやったか。 はーあ、やっぱり似合わんマネは出来ひんわ!
「でも苦労したのと寂しい思いしたのはホンマなんやからな!?こう見えて私めっちゃ繊細なんやし!」 「繊細なやつがあんな全力の舌打ちするわけないやん」 「あーもううっさいわ!そういうこと思っても言うなや!あーあー、これやから空気読めんデリカシー無さ男はモテへんねん!」 「誰がデリカシー無さ男や!俺かてモテるっちゅーねん!」 「それこそ大嘘やんか!…って、蔵?えっ、どないした?」
忍足と口論してたら、蔵がさっきからダンマリやったことに気付いた。 蔵を見てみたら、なんでか口元を手で覆っていた。
「なに?気分とか悪いん?そういう顔もカッコええけど!」 「自分が柄にもない演技するから気分悪なったんちゃうん?」 「気分悪ぅなるくらいの演技ってなんやねん!?…いや、こんな話しとる場合ちゃうわ。なぁ蔵、ホンマ大丈夫?」 「ああ…別に気分が悪いワケやないから大丈夫や。ただ…なんやろ、名無しの言葉にキュンときたわ」 「は?」 「えっマジで!?」 「おん」
ウワー!なぁ見て見てー蔵のこの笑顔! はにかんだみたいな!?照れたみたいな!?その笑顔ー! この笑顔120円ー! イヤ120円どころか国家予算(約100兆円)並のスマイルやんか!
「いやいや!白石、さっきのどこにキュンとくるとこがあるっちゅーねん!?」 「…それ言わなアカン?」 「言って!直ぐ言って!私が聞きたいから!」 「まあ…なんちゅーか、健気やなぁって思ってな。家で頑張って自撮りしとるとことか目に浮かぶわ。名無し、自撮りめっちゃ下手やもんな」 「下手やで!下手やからちょー頑張った!」 「そんな名無しが俺のために頑張ってくれたとか、キュンとくるやん。…ゴメンな、寂しい思いさせて」 「く、蔵…!」
あ、アカンやろ、そのヤサシー笑顔と言葉…! 「キュン」どころか「ズキュン!」と来たわ!!
「蔵が謝ることないてー!私が勝手にワガママ言うただけなんやし!こっちこそ気ぃ遣わせてごめんな!」 「ワガママなら好きなだけ言うたらええやん。名無しのワガママを聞くのは彼氏である俺の特権やろ?」 「なっ…もっ……もおー!そういうことサラッと言うてぇー!好きー!!」 「はは、おおきに」
なー、こんな完璧な彼氏おる? おらんくない?? 顔もええし性格もええし声もええし人望もあるし! 神様って不公平やんなー! 隣におる忍足が芽ぇの生えたジャガイモさんに見えるわ!
「それより今日日直なんやろ?職員室行かんでええの?」 「え?あっ!忘れとった!ありがとな蔵、行ってくるー!」 「おん、気ぃつけてや」
蔵に手ぇ振って言ったら笑顔で振り返してくれた! 今の私なら空も飛べるはず! なーんてな!
「…ほんま騒がしい奴やな…」
バタバタと騒がしく教室を出て行った名無しを、呆れた顔で見送った謙也がぼやく。
「そうか?」 「白石、自分アイツのこと甘やかし過ぎちゃうか?そんなやから付け上がってワガママ言うんやろ」 「ええやん、ああいうワガママも込みで俺は名無しが好きなんやからな」 「うっわ惚気か!ちゅーかさっきの。ワガママ聞くんは彼氏の特権ー、とかいう臭いセリフよう言えるな。コテコテの少女マンガか!」 「そういうもんやろ?名無しがワガママ言えるんは俺だけでええんや」 「…そうなん?」 「あ、いや、ちゃうな。俺でないとアカン。俺「だけ」でないとな」 「……」 「ん?どないした?」 「…なんか言い方怖いで」 「え?これくらいフツーやろ?」
本心からそう思っているらしく、白石はキョトンとする。 いやフツーではないやろ…と思いながら謙也はただひきつり笑いを返したのだった。
おわり
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