時は2月15日。
「…」 「ね、ねぇ甲斐くん?…怒ってる?」 「怒ってる」 「アッ、そーすか…」
仏頂面になっている甲斐くんに尋ねたらハッキリ返されてしまった。 分かりやすくそっぽを向いている。 聞くまでもなかったね! 甲斐くんが怒っている理由は分かってるんだ。 うちがバレンタインの存在を根こそぎ忘れてたせいだ。
「ま、マジでごめんってばー!ほんとうっかりしてて!」 「…」 「クラスとか周りが騒いでたんだろうけど、全く気付かなくてさ!すーっかり忘れちゃったんだよね!いやーまいったまいった!」 「…」
無視かーい。 せめて何か言ってくれ! もー、ホント甲斐くんはいっつもこうなんだから! ちょっと拗ねるとむくれて黙りになるんだからー!
「…甲斐くん、そんなにチョコ欲しかったの?」 「…」 「でも甲斐くんって女子に人気あるし、うちなんかあげなくても沢山貰ったんじゃない?」 「…貰ってない」 「あ、やっと答えてくれた。じゃなくて。えっマジで?」
貰ってないの? それはそれは、なんか申し訳ないこと聞いてしまった。 だけど貰ってないとか驚きだな。 去年とかデカい紙袋いっぱいにチョコ貰ってたのに。 1年で人気落ちたのか?可哀想に。
「…貰ってないというか、全部断ったさー」 「断ったぁ?なんでそんなこと」 「……名無しからしか貰いたくない」 「え…」
ま、まさかの言葉。 無防備なところにずきゅんときた。 うちからしか貰いたくないって他を断るとか、なんか嬉しい。 人気が落ちたとか思ってゴメンなさい。
「わん、でーじ(すごく)期待して待ってたんだぜ?朝も昼も、休み時間も部活中も帰りも。ずっと。ずーーーっと」 「ご、ごめんてば…」
甲斐くんの言う「ずっと」が重い…! と、うちをジト目で睨んでいた甲斐くんが急にガックリと肩を落とす。
「…ちゅー(今日)ずーっと名無しぬ(の)くとぅ(こと)見てたのに…なんで気づかないんばぁ…」 「あー…そういや、やたら目が合うなぁとは思った」 「だったら気付けよ!」 「いやいやそりゃ無理難題!バレンタインって完全に失念してたんだから視線だけじゃ思い出せないって!」 「わんが何考えてるくらいみー(目)見て分かれよ!」 「えぇ、目を見てって…」
困惑してるうちを真正面からじっと見る甲斐くん。 目だけで感情を読み取るって難しいよ! 今は甲斐くんが「不機嫌」ってことなら分かるんだけどね!
「と、とりあえずうちへの愛情が伝わってくるかな☆」
何と答えたらいいか分からないから、ちょーっとふざけて言ってみる。
「え………まぁ…うん…それがちゃんと伝わってんなら…良いけど」
ふざけるなとか余計怒られるかと思いきや、甲斐くんは視線をうちから逸らしてもごもごと歯切れ悪く言った。 それで良いんだ。
「って!なま(今)そういう話してんじゃないんどー!わん怒ってんだからな!?」 「あ、あー、はい、分かってますスミマセン…」
我に返った甲斐くんに詰め寄られた。 あーでもやばいなコレ、無限ループになる気がしてきたぞ。 今更チョコを買って渡したとしても、言われたから買ったんだろ!って突っ返される気がする。 だからって買わないで謝り続けても、そんなにチョコ渡す気ないんばぁ!?とか余計怒らせる気がする。 えっ、めんどくさ! 甲斐くんめんどくさ! ヒステリック系女子か!
「あのなぁ名無し。やーはバレンタインを甘く見てる!」 「えぇ?そ、そんな指ささないでよ。うちはそんなつもり…」 「バレンタインに彼女から貰えるチョコがどれだけ大事かって分かるだろ!?」 「…え?」 「それにバレンタインのチョコは愛情を分かりやすく形に出来るヤツさー!なのに何でそれを忘れて…」 「ねぇ、ちょっとタンマ甲斐くん」
すっと甲斐くんの目を前に手のひらを突き出す。
「…何よ」 「今の話聞いて思ったんだけど、甲斐くんは彼女からのバレンタインチョコが欲しいってこと?」 「…え?そりゃあ欲しいさぁ」 「うちからじゃなくて「彼女からの」、ってことじゃない?「彼女から貰えるバレンタインチョコ」に価値があると思ってる感じがするんだけど」 「い、いや…えっ?わ、わんはそんなつもり…」
甲斐くんが次第にしどろもどろになってきた。 慌ててるように見えるけど、甲斐くんのことだから本気で価値を気にしてる訳じゃないんだろうね。 うちがそんな指摘をするとは思ってなくて混乱してるだけだと思う。 でもこのループを抜けるためだ、ちょーっと悪い手を使わせていただこう。
「そんな見てくれに惑わされてる甲斐くんとかイヤだなぁ?」 「う…」 「それにバレンタインのチョコがなくたってうちは甲斐くんのこと好きだからね!」 「……名無し…」
おっ、だんだん甲斐くんの怒りが収まってきた感じがする。 よーしいい調子だ。 このまま話を逸らして誤魔化しきろう! 「イベントに乗っからなくたって愛を形には出来るしさ!」 「…そう…だよな」 「そーそー!いやー分かってくれてうちは嬉しい!」
そう言いながら甲斐くんのもさもさ頭を撫でる。 されるがままだった甲斐くんだけど、うちが撫でるのを止めると口を尖らせた。
「……なんか…わん、上手く言いくるめられた気がするんどー…」 「ハハッ気のせい気のせい!」
実際に言いくるめたんだけどね! うちが呑気に笑っていたら、甲斐くんは顔をむすっとさせながらも抱きついてきた。 よしよし、とペットをあやすようにして今度は背中を撫でる。 抱きつく力がぎゅうっと強くなって肩口に顔を埋めてくる。 これは甲斐くんの甘えたい時の癖みたいなものだ。 つまり怒りは消し去ることが出来たっぽい。 やったね!作戦成功! よかったー甲斐くんが単純で!
「…名無し」 「うん?」
しばらくしたら甲斐くんはうちの肩に手をかけて、顔を上げた。
「なに?」 「…怒って悪かった…。わん、じゅんに名無しからチョコが欲しかっただけで…やしがわんぬ言い方のせいでやーを傷付けたのは事実やし」 「えっ?あ、いや…」 「チョコがなくたって名無しがわんぬくとぅ好きだってあびて(言って)くれるし、文句なんかないんどー」 「う…」 「ごめんな」 「うぐぅ…!」
な、なんなんだその言い方…! 超罪悪感があるんですけど! 元はと言えばうちがバレンタインを忘れたのが悪いのに! さらにそれを正当化させようとしたうちが悪いのに! なんで甲斐くんが申し訳なさそうにしてるの! そう仕向けたのはうちだけど! だからって、これほど弱々しい笑顔を向けられたらいたたまれなくなるじゃないかぁ!
「ご…ごめん甲斐くん…私の方こそ本当にごめんなさい…」 「え?なんで名無しが謝るんばぁ?」
罪悪感に押し潰されそうな気がして、観念して素直に謝る。 甲斐くんは目をぱちくりさせてるけど、さっきの叱られた飼い犬みたいな顔してる甲斐くん見てたら…ホントもう…申し訳なさでいっぱいになっちゃったんですよ…! 惚れた弱みじゃないけどさ! ああいう顔は反則だと思います!
「明日にでもチョコあげるから…じゃなくて、持ってくるので貰ってください…」 「やしが…そんな無理してくれなくても」 「無理なんかじゃないよ…うちが忘れてたのが悪いわけで…さっきも、変に言いくるめてゴメン…」 「…やっぱりわん言いくるめられてたんだな」 「す…スミマセン…」
また謝ると、何故か甲斐くんはいつもみたいに「ははっ」と笑った。
「もう謝んなって!わんも気にしてねーし」 「そ、そう?」 「おう。…あ、でもチョコくれるんなら欲しいさぁ!」 「あ、うん、じゃあ用意する…けど、どうせ市販のになると思うよ?」 「名無しから貰えるんなら何でも良いんばぁよ。「彼女から」じゃなくて「名無しから」っていうのが大切やっさー」 「甲斐くん…」 「それに名無しが料理下手なのは知ってるしなぁ」 「おい。それはっきり言うなや」 「ははは、悪い悪い」
そういうことはオブラートに包めってんだ!事実だけど! 悪い悪いとは言ってるけど、さっきと違って誠意が微塵も感じられない! …まあ…甲斐くんはさっきみたいなしょぼくれた顔よりか笑ってる方がいいけどね。 笑っていてもらえるように、これからはイベント事を忘れないようにしないとだなぁ。気をつけよ。
その、1ヶ月後。
「…」 「あー…名無し?…怒ってる?」 「怒ってる」
バレンタインの時に散々言われたというのに、ホワイトデーをすっかり忘れていた甲斐くんを、うちは簡単に許せそうにありません。
おわり
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