※もしも比嘉長編の夢主と木手が付き合っていたら
「と、いう訳だから!」 「どういう訳なんですか…」
木手くんの目の前に立ってふんぞりかえって宣言した。 ロッカーの前に立っている木手くんはそれはもう呆れ返った顔をしていやがる。
「今日はとことん甘やかして貰おうじゃないか!」 「何故ですか」 「今日うち疲れてるから!」 「はあ…」
木手くんが面前でため息をついた。 でも疲れてるのは事実なんだから! 今日は朝から寝坊はするし、忘れ物もするし、宿題もやったのに家に忘れてくるし、そのせいで先生には怒られるし。 食べたかったランチも売り切れてるわ、体育の授業中に盛大にすっ転ぶわ。 どんだけ今日運が悪いんだ?呪われてる?とか思ったよ。 そのせいでテンションもダダ下がりですわ。 だからこそ今日は思いっ切り甘やかされたい気分なんだよ! なんかこう、接待されて?もてはやされて?いい気分になりたいのだよ!
「木手くんってうちに甘いところあるじゃん?今日はそれを最大限に活かして!」 「急に言われても何も思い付きませんよ」
でも頭ごなしに否定をしてこないところ、甘いと思う。 めげずにじーっと木手くんのその顔を見ていると、眉間にシワを寄せてはぁ、と再びため息をついた。
「…キミも我儘になりましたね」 「木手くんが甘やかすからね!」 「…否定は出来ません。全く、次からはもっと早くに言ってくださいよ」 「うぃーす」
そう言って木手くんはロッカーを閉めて部室を出ていった。
「…次からってことは、2回目以降もOKなのか」
ははは、そういうとこやっぱり甘いんだよなぁ木手くんは! はじめはこの上なくキビしかったのに、付き合い始めたら優しい通り越して甘くなった。 その変わりように驚きもあったけど、今じゃうちにしか見せない優しい顔かあるからとても嬉しい。うん、とても。 って、惚気てる場合じゃないな。 さっさとコート行かないと! いやー、甘やかして貰えると分かったらそれだけでちょっと気分が上がるね! 何してくれんのかなー? 出来ることなら部員全員がうちにひれ伏して何でも言う事聞いてくれたら優越感で気分も最高にアガるんだけどね!? 知念くんとか慧くんは元から優しいから希望としては平古場くんと甲斐くんだけど!
「んじゃ、ちょっくら甘やかされに行こうかなぁー!」
ふふーん☆と鼻歌交じりに部室を出てコートに向かった。
☆
「全っ然、甘やかされへんやんけ…!」
部活後。 片付け終わったコートでひとり大きく項垂れる。 ショックで変なエセ関西弁出てしまったじゃないか…! いやね、ほんと、びっくりするほど普段と変わらなかった。 変わらないと言うかむしろ厳しかった気がする。 平古場くんとか早乙女監督にやれタオルだボール籠だドリンクだって命令されて、あたふたしてたらボール籠を蹴ったくるわ、転がったボールを踏んですっ転ぶわ…。 周りがひれ伏すどころか転んでうちが地面にひれ伏してたからね? もう余計にストレス溜まりましたよ。 どーしてくれんだこの状態!
「何してるんです、こんな所で」 「え?あっ木手くん!?」
いつの間にか制服に着替えていた木手くんが後ろに立っていた。 くそー、なに涼しい顔してんだよ!
「コノヤロウ!約束はどーなってんのさ!」 「ああ、それですか」 「それですかって!忘れたとか言わせない…」 「行きますよ」 「エッ?」
食い気味に言ったと思ったら、木手くんはとっとと歩き出した。
「待っ…行くって、どこ行くの!?」 「俺の家ですが」 「家…?」
家って、なんで? それにさっき行きますよって言ったよね? つまりうちもついて来いってこと? えぇ、よく分からんのだけど!
「置いていきますよ」 「え?あ、待って待って!?」
木手くんは門の辺りで足を止めてこっちを見ていた。 置いていくと言う割に待っていてくれる。 そしてうちが追いついたのを見てから歩き出す木手くん。優しい。…じゃなくて! な、なんかはぐらかされてない!? うちの甘やかしてもらう計画どーなったんだよーもー! 今更何したって機嫌直らないんだからなぁ!
☆
「……えーと…木手くん、それは…」
いつものように木手くんの家に着き、いつものように木手くんの部屋に案内された。 荷物を床に置いたところで、木手くんが「どうぞ」とよく分からんことを言ってきた。 その木手くんはうちに向けて手を広げている。 え?なに? ちょっと何したいのか分からない。
「言い出したのはキミでしょうが」 「え?な、何を?」 「部活前に俺に言っていたでしょう。甘やかして欲しいと」 「あー…それは言ったけど…」 「ですから甘やかしてあげようと言ってるんじゃないですか。ほら」 「え?うぉわっ!?」
腕を取られたと思ったらそのまま引っ張られた! くるりと回転させられて、ベッドに座った木手くんの膝に座る形になる。 そんでもって後ろからうちのお腹あたりに腕を回した木手くんにぎゅっと抱き寄せられた! う、ウワー!? ま、待って待って!?何だこの展開!? 急だから心の準備がまったく出来ていないんですけど!? 距離が近すぎる!!
「ききききっ木手くん!?」 「何です」 「ちっか!近い!」 「当然じゃないですか」 「ウッワァ声も近い!」
とても近い距離で木手くんの低い声が聞こえるもんだから、食い気味に声を上げる。 ほんとね、木手くんの声は低くて凄まれるとチョー怖いんだけど、実際はゼロ距離で聞いたらダメなチョー良い声してるんだよぉ! せめてもう少し離れないと!
「き、木手くん!すっ少し距離おきませんか!?」 「嫌ですね」 「嫌ですねって…!」
「駄目」じゃなく「嫌」と言われたもんだから戸惑う。 戸惑ってたら、お腹あたりに巻かれていた木手くんの片腕が上にきた。 首回り?肩回り?をぎゅっと、今度はちょっと強めに抱き締められた。 あ、あー!これもう離して貰えないパターンっすね!
「甘やかされたいと言い出したのはキミでしょう?何故俺から離れようとするんですか」 「うっ…」
もうほんと、耳元…耳の真横で、木手くんの声がする。 しかも何だかいつもより声が低い気がするし、いつもよりゆっくり話してる気がする。 わざと?わざとなの? うちが逃げられないってのと木手くんの声に弱いっての知っててわざとやってる? だとしたら、ほんっとタチ悪いわー!!
「あ、甘やかされたいって、うちがして欲しかったのはこーいうことじゃなくて…」 「じゃあ何なんです。キミの言う甘やかすは」 「え、えーと…例えば、部員全員でうちを崇めたてて神様扱いしてくれるとか…誰か代わりに宿題やってくれるとか、こぞって甘いもの奢ってくれるとか…なんかそんな感じの?」 「自分が崇めたてられるほどの立場にいると思っているんですか?」
グサッ。 急に普段のトーンで返されてしまった。 そしてそれが深々と胸に刺さったよ…! だいぶうちに対して丸く優しくなった木手くんだけど、やっぱり厳しかった時の名残りはあるんだよなー!!
「わ、分かってるよそんなことぉ!有り得ないからやって欲しかったんですー!最近ついてなかったからさぁ!特に今日とかぁ!?だから少しくらい夢見させてくれたっていーじゃないか!」 「はいはい。分かりましたから少し落ち着きなさいよ。甘い物ならまた明日買ってあげますから」 「うぐぅ」
ぽんぽんと頭を撫でられる。 こ、子ども扱いされてる…! なんかもう恥ずかしいやら情けないやらで、顔が熱い…!
「で、どうするんです」 「…え?な、何が?」 「キミの「甘やかされたい」と俺の「甘やかす」考え方に違いがありましたからね。今言ったようなキミの要望には応えられませんから。…今日はこのまま、帰りますか?」 「…!」
…そう聞きながら、腕に力を入れるのは卑怯だよ木手くん…。 そんなの、帰りたいとか言えなくなるじゃん。 帰りたくなくなるじゃん…!
「………帰りた…く、ない」 「…ほう?キミが求める甘やかし方は出来ませんが、それでも良いんですか?」 「…それで良い…というかもう…木手くんのやり方が良いです…」
木手くんの腕に顔を埋めるようにして俯く。 う、うわぁ何言ってるんだ自分! 恥ずかしくって何言ってるか分からなくなってきた! この体勢なら赤い顔を見られる心配はないだろうけど、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!
「…ふ。分かりました」 「えっ……え?わ、笑った?木手くん今笑ったね!?」
笑うってなんだ!?バカにされた!? た、確かにいつもは言わないようなこと口走ったけどさ!
「ああ、すみません」 「否定しないのか!…って、ぅえ?」
木手くんが急に力を緩め、その腕から解放された。 そして背中を軽く押されて、木手くんの膝から立ち上がらせられた。 え、なんで?とか思っている間にまたもくるりと回転させられて、今度は向かい合う形で木手くんの膝に座らせられた。 急なことに事態を呑み込めていないでいると、木手くんが笑って指の背でうちの頬に触れる。
「顔、真っ赤ですね」 「う…!」
そ、そうだった顔赤いまんまだった! 指摘されると余計恥ずかしくて、顔がまたかーっと熱くなる。 それに今は向かい合ってる状態だ。しかも距離が近い! 真っ直ぐに見つめてくる木手くんの目に耐えきれなくなり顔を伏せた。
と、ふいに木手くんの手がうちの頭に伸びた。
「!」
そのままぐっと引き寄せられて、その肩口に頭を預けることになる。 ビックリしたけど大人しく木手くんの背中に腕を回した。 恥ずかしいから照れ隠しにぎゅっと制服にしがみつく。 前は皺が出来るじゃないですか、なんて注意されてたけど、今ではそんな小言も言われなくなった。 むしろ木手くんはうちの背中に添えた手で優しく引き寄せてくれる。
「お疲れ様でした。今日も頑張りましたね」
ぽんぽん、とまた頭を撫でてくれた。 これが木手くんの言う甘やかすってことらしい。 木手くんのその優しい手つきが好きだし、優しい声もすごく好き。 言い方はものすごくお母さんっぽいんだけど。 いや、木手くんは元々比嘉のオカンだから分かっていることなんだけどさ。
「……うん……疲れた…」 「無理だけはしないでくださいよ。弱っているキミを見ると俺の調子も狂うんですから」 「うん…」
木手くんの低くて優しい声が、体全体に響き渡る。 学校でのストレスだとか、イラついてた気持ちが嘘みたいにスーッと引いていく気がする。 今更何したって機嫌直らないんだからな!とか上から目線で思ってたのに、木手くんの頭ぽんぽんだけで容易く180度回転してしまった。
「(…我ながらほんっと、単純だなぁ…)」
うちが考えてた甘っちょろい上辺だけの甘やかし方なんかとは比べ物にならない。 木手くんの甘やかし方は、効果絶大だ。
おわり
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