「………」
部屋に帰ると、異様な光景が広がっていた。
「うわー、そっちかそうくるかぁー、ないわぁ、まずこんな所に来ること自体おかしいわー」
そう広くないリビングのテレビの前に、ひとつの毛布の塊があった。 そこから名無しの情けない声が絶え間なく聞こえる。 つまりこの毛布に名無しがくるまり声を発しているようだった。
「……」
チラリとテレビの方に視線をやると、心霊特番を放映していた。 どこかの廃墟の映像らしく、今はナレーションが不気味な雰囲気を静かに語っている。 名無しの方を見下ろすが、テレビに神経を集中させているせいかこちらに気付いていない。
「ねぇ心臓痛いよ、直に見たら心臓発作起きるよもうマジで…」 「…何してるの」 「んぎゃああ!!!!」
いつまで経っても気付かない名無しに痺れを切らしたのか、木手は声を掛けた。 それに驚き名無しはとんでもない大声を上げて飛び跳ねた。
「なっ…ちょ…!き、木手くんっ…!?」 「…うるさいよ。どこから出てるんですかその声」
あまりの大声に木手は顔を顰める。 しかし名無しは余りの驚きか目を見開いたまま微動だにしない。
「……聞いてます?」 「…だっ……も……!びっ…ビビらせないでよもぉおぉおおう!!」
ようやく我に返り、名無しはふらふら立ち上がり木手に怒る。
「それはこちらの台詞ですよ。いきなり大声出して」 「ビビったからに決まってるじゃん音もなく入ってこないでよバカぁ!」 「俺の部屋なんですからいつ入ろうが勝手だと思うんですがね……何。泣いてるの?」
名無しの両目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「きゅ……急に声掛けるからビビっただけだよ!ショックで…勢いで出ただけだから!泣いてないし、私怖くて泣くとかしない奴だし!」 「はいはい、分かりましたから」
あくまで泣いた事を認めず食って掛かる名無しを宥めるように木手は頭を撫でる。
「驚かせた事は謝ります。…それより何してたの。一人で達磨みたいに毛布にくるまって」 「…怖いの見てたから」 「それは見たら分かりますよ。テレビを見るのに何でそんな格好なのか聞いてるんです」 「……怖いから」 「ならなんで見てるんです」 「………見たいから」 「こんなに怖がりながらですか」 「………怖いけど見たいの!そーいうもんだから!もーほっといてよ、まだ続きあるんだからさぁ!」
次第に呆れながらも聞き続ける木手に名無しは不貞腐れて再び毛布にくるまった。 木手は名無しのその子供の様な態度に溜息をつく。
「…そんな部屋の真ん中を占領されてたら困るんですが」 「……それは…ごめん…でもこの格好じゃないと無理というか…」 「…まったく」
再び木手は溜息をついて奥の部屋に行った。 名無しは木手の行った部屋をちらっと見やるが、まだテレビに目を向けた。
「…うぅう……」
数分後。 先程よりかは静かになったものの、今度は唸るような声を出し始めた名無し。
「……うう…あーあーあー」 「うるさいよ。変な声出さないで貰えませんかね」
部屋着に着替えてきた木手が戻って来た。 それに気付いた名無しは頭をあげた。
「ご、ごめん…。出来るだけ抑えてる…つもりなんだけど」 「どこがですか」 「う…」
ピシャリと言われて名無しは黙る。 それに呆れたよう息をつき、木手は名無しの後ろに座った。
「…なに?木手くんも見るの?」 「ここ。来て下さい」 「……は?」
自分の座った足の間を示しながら言う木手。 それに目を丸くする名無しだが、慌てたように首を振る。
「え…え、い、いいよ」 「キミがそこで丸くなられてても奇声を発せられてても困るんですよ」 「で、出来るだけ隅行くし…、頑張って静かにしてるから」 「来なさい」 「はい…」
強く言われ、名無しは大人しく応じる。 毛布を引き摺りながらも木手の足と足の間に身をおさめる。
「…これで場所の問題は大丈夫ですね。あとは奇声ですけど、またおかしな声を出したら許しませんよ」 「えっ、お、怒られる感じ!?一緒にいたら怖くないよーとかそういうパターンじゃないの!?」 「そんなこと俺が言うわけないでしょ。変な声出す度にお仕置きですから」 「お……木手くんの言うお仕置きって嫌な想像しか出来ないんだけど」 「だったら奇声を上げないことですね」
意味深な笑みを浮かべて言う木手。 それを見て名無しは引き攣った顔で小さくなる。
「…努力は…する…」
その返事に木手は満足げに笑った。
それから数分後。
「……何ですこの状況」
木手は呆れたような声を出した。
「テッ、テレビ画面が直視出来ないから…」
さっきの体勢はどこへやら、名無しは木手の後ろに周り、抱っこちゃん人形かの如く木手に抱き着いていた。 先程の体勢とはまるで逆だ。 木手の肩越しにテレビを伺う名無し。 …そんな名無しの顔を、木手は首を僅かに後ろに傾げて見る。 それから自分の腹部に回されている名無しの手を見下ろした。 怖さのせいで、恥ずかしがり屋な名無しが普段では有り得ないくらい密着している。
「…まあ、これはこれで良いですがね」
また一つ息をつき、木手は小さく震えている名無しの手に自分の手を重ねた。
おわり
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