「俺、名無し先輩のことキライっスから!」 「え?」
突然の赤也の発言に名無しは目を丸くする。
「…え、なに? 別れたいの?」
名無しがそう聞いた瞬間、赤也は名無し以上に目を見開き首を振る。
「ちっ、違いますって!」 「違う…んなら何なの?」
その反応に名無しは眉を寄せた。 そう聞かれ、赤也は「あー」とか「うー…」と歯切れ悪く口ごもる。
「…別れたいなら素直に言ってもいいけどさ…」 「だからっ!そーじゃないっスから!」 「じゃあ何?…私に何かしら不満あるって?悪いけど性格は簡単に直せないし整形もしたくないけど」 「そーでもないっス!俺、先輩のことすっげー好きですし!性格も見た目も、というか先輩の全部が好きっス!!」 「お、おー…ありがとう」
照れることもせずにきっぱりはっきり言い切る赤也。 そう言われ逆に名無しが恥ずかしくなるが、礼を言うと赤也は嬉しそうに笑った。
「…でもだったら尚更なんだけど。結局どういうこと?」
聞かれ、赤也は困ったような表情になる。
「あー…その……今日ってエイプリルフールっスよね」 「え?あー、そういえば……じゃあエイプリルフールの嘘ってこと」
赤也は名無しの言葉に小さく頷く。 それを見て、名無しは安堵とも呆れとも取れる息を吐いた。
「…なんだよもー、驚いたよ。ほんとに別れたいのかと思ったし」 「な訳ないっス!こんだけ好きなんスから頼まれたって別れませんよ!!」 「…ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
名無しが返すと再び赤也も笑う。
「てか、なんでこんなウソつこうと思ったの?」 「…いや、その……仁王先輩に言われて…」 「仁王に?」 「はい…。『嫌いだっつってショック受けたところでエイプリルフールでしたー、ホントはすげー好きですから!って言ったら「脅かさないでよもー、私も大好きだから!」って返ってきて余計仲が深まるぜよ?』って言われたんス…普段先輩、好きとかそーいうの言ってくれないし…ちゃんとした気持ち聞きたかったし」
しょぼん、と言わんばかりに落ち込む赤也。
「どんな作戦なのそれは…」
仁王の言葉に呆れ半分、それを間に受け実践する赤也に呆れつつもつい笑みが浮かぶ。
「あーもう…最悪っス…。作戦上手くいかねーし、先輩あんま驚いてもくれないし…」 「え、いやかなり驚いたよ?すごい頑張って冷静ぶったけど、内心慌てた」 「…ホントっスか?」 「うん。……その、とりあえず先輩だしさ、私。赤也が他に好きな子とか出来たり私のこと嫌いになったんなら黙って身をひこうかなーとか考えてた」 「引かないでくださいよそこは!もっとこう俺の事束縛してくれてもいーっスから!ていうかして下さいよ!他の女なんかに渡したくない!くらい言ってください!」
もの凄い剣幕で捲し立てる赤也に若干圧倒され、名無しは困ったような顔で笑った。
「そ、そんな恥ずかしいセリフ早々言えないけど…いつか言えたら良いよね」 「良いよね、じゃなくって言ってくださいよ!いつでもいいっスから!俺待ってますし!いや出来るだけ早いと嬉しいっスけど!」 「い、いつかね」 「約束っスからね!ずっと待ってますから!」
赤也の力の入りように呆れるような、でもどこか嬉しいような気持になる。
「…そう言えばさぁ、エイプリルフールについた嘘ってその年1年はホントにならないって言うよね」 「ホントにならない?…って…え?どーいう事っスか?」 「噂で聞いただけだから合ってるかなんて確かじゃないけど。うーん…例えば『彼女できた!』とか嘘ついたら、その年はホントに彼女出来ないって」 「へー…そーいうもんなんスねー…。って、なら俺が言ったヤツもホントにならないってことっスよね!?」 「あー、そうなるんじゃない?」 「なら今年一年、先輩のこと嫌いになれないってことっスよね!」 「通説通りならそう…じゃない?」 「よっしゃ!なら俺毎年言いますし!そんなんしなくてもずっと好きでいますけど!」 「す、好きでいてくれるのは有り難いけど…毎年ウソつき続けるの?」 「そのつもりっス!」
赤也は面と向かって嘘をつくという大々的な暴露をする。 それに苦笑するしかない名無しだが、どこか戸惑うような気持になる。
「…ウソって分かってても心臓に良くなくない?それ」 「そーっスか?ウソって分かってんならそれ程気になんなくないっスか?」 「そーいうものかなぁ……」
名無しは眉尻を下げて言った。
「つーか、俺も言ったんスから先輩も言ってくださいよ!そしたら今年一年俺の事キライにならねーっスから!」
キラキラとした無垢な目を向けられ、名無しはしないとは言い切れず。 半ば諦めたように笑みを浮かべた。
「まぁ…言いだしっぺは私だしねー…。うん、私も赤也のこと大ッ嫌いだから!」 「!!」 「……え、なに。どうしたの」
名無しが言った瞬間、赤也は落とすのではないかという程大きく目を見開いた。
「…やっぱ…ウソでも嫌いって言われるとキツイっス…」 「え」
そして赤也はショボンという効果音が聞こえてきそうなくらい肩を落とす。
「…すんません……名無し先輩の言う通りっスね……ウソだって分かってんのに」 「はは、分かってくれたんなら良いよ。ウソでも言われるときついよね」 「…つーか先輩、力入れ過ぎ…大ッ嫌いとか言い過ぎじゃないっスか…」
口を尖らせて訴える赤也。
「ごめんごめん、ホントにならないんだからそれくらい言った方がいいと思ってね」
宥めるように名無しは言うが、赤也は未だ不満そうな顔のままだ。 テニスをしている時の威勢の良さは一体どこへといった感じである。
「…ぷっ」
そのギャップに名無しはつい噴き出す。
「ちょっ!なに笑ってんスか!?俺マジメに話してんのに!」 「あ、ごめん。相変わらずテンションの変わりようが凄いなぁ、って思っただけだから」
名無しが笑いながら謝る。 しかし赤也はふいっと不貞腐れたように顔を背けた。 それにも小さく噴き出しつつ名無しはまた「ごめんごめん」と謝る。
「…もー先輩なんか知らないっス」
けれど赤也はそっぽを向いたままで機嫌を損ねたままだ。 その様子に名無しは肩を竦めるようにして息を吐いた。
「…ごめんってば、ほら。…私、嘘じゃなくてホントに赤也のこと好きだから」 「…え?」
その言葉に赤也がはっと振り向く。 それにはにかんだような笑顔を向けて、今度は名無しが顔を逸らした。
「…ま、まあそういうことだから!そんな落ち込んでないで、」 「せっ…せんぱいぃぃ!」 「うっわ!?」
赤也がタックルに近い勢いで名無しに抱き着いた。
「ちょっ、あああ、赤也っ!?」 「もうマジで先輩大好きっス!やっべー、先輩からの好きとかすげー久しぶりに聞けた気がする…!」
ぎゅう、と抱きしめる手に力を入れながら呟く赤也。 初めは恥ずかしさで抵抗していた名無しでも、その言葉に手を止める。
「ま、まあ…その、ショック受けるような嘘吐くより本音伝えた方が簡単だし、ね」 「…それもそーっスよね…やっぱヘタな嘘とか吐かない方がいいっスね。好きなモンは好きですし!」
赤也は体を離し、名無しの両肩に手を置いてニカッと笑った。
嘘を吐くのも一苦労 (先輩、大好きっス!ほら、もっかい先輩も好きって言って下さいよ!) (ま…またいつかね)
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