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夏の日差しが一段落し、吹く風が秋めいてきた。
そろそろ秋休みに入ろうとしていたとある日、学園長の突然の思い付きにより急遽お月見会を催すこととなった。
やれススキを集めろ団子を作れと、授業終わりの忍たまやくのたまは奔走させられていた。

そんな中、委員会の当番だった乱太郎はひとり医務室で薬草を煎じていた。
煎じ終わった薬を袋にまとめていた時がらりと部屋の障子が開かれる。
乱太郎が顔を上げると、そこにはくのたまの上級生である名無しが立っていた。

「あれ、名無し先輩どうされたんですか?今、くの一教室は食堂でお月見用のお団子を作ってるはずじゃあ」

そう聞くと名無しは困ったように笑った。

「いやー、はっはー。ちょっと目測を誤っちゃってねぇ」

そう言い左手をひらりと上げて見せる。
人差し指と中指の背に、一直線に切ったような傷が引かれていた。
少ないながらもその傷からは血が流れ、指を伝って手の甲まで赤くなっていた。

「えええっ!?ど、どうされたんですか!?と、とにかく手当しないとっ!…わあっ!」

それを見た乱太郎は慌てて立ち上がり戸棚から消毒液を取り出す。
いや、正しくは取り出そうとしたのだが、何も無い所に蹴躓きそのまま前のめりに転んだ。
どてっ!という音に名無しは反射的に目を瞑った。

「い、いたた…」
「大丈夫?」

そう名無しが聞くと乱太郎は「はい」と答えふにゃりと笑った。
さすが不運委員会だなぁ、と内心で名無しは思い怪我をしていない手で乱太郎を引っ張り起こす。
ありがとうございますと礼をしっかりと言い、今度は転ばないようしっかりと消毒液、そして包帯を取り出した。
そこからは手早く、あっという間に処置は済んだ。

「おおー…さすが保健委員。ありがとう、助かったよ」

几帳面に巻かれた包帯がいかにも乱太郎らしかった。
名無しに言われると乱太郎は微笑んで「どういたしまして」と返した。

「でも、どうして怪我されたんですか?その傷、包丁で切ったようなものですよね?」

乱太郎に聞かれると名無しは「んー」と唸る。

「いやぁ、包丁使ってたらやっちゃってねー。ドジでした」
「お月見用のお団子なのに包丁…ですか?」
「あー。乱太郎はここに居たから知らないかぁ。お団子作ってたら学園長先生が急に来て『お団子だけではなく夕餉もまとめて豪勢に作って欲しい!月を愛でながら盛大なお月見パーティじゃ!』とかなんとか言ってね、晩ご飯もまとめてくの一教室が作ることになってたんだ」

そう説明すると乱太郎は苦笑する。

「学園長先生らしいですね…」
「まあ、そういう訳で晩ご飯の方を手伝ってたら切っちゃったんだよね。あははー」

軽く笑う名無し。
しかし乱太郎は心配そうな顔になった。

「…余り無理なさらないで下さいね」

眉を下げて乱太郎は名無しを見つめる。
目を丸くさせた名無しだが、すぐに微笑んで乱太郎の頭を撫でた。

「ありがとうね。もー!やさしーなぁ乱太郎は」

そのままわしゃわしゃと頭巾がずれるくらいの勢いで撫でる。

「や、やめてください名無し先輩ぃ」
「おっと、ごめんごめん」

勢いが良すぎたせいで眼鏡までずれてしまっていた。

「…そう言えばさ、お月見ってなにか意味あるのかねぇ」

乱太郎が頭巾と眼鏡を元に戻し終わったのを見届けてから名無しが言った。

「あれ、お月見の意味ご存知じゃないんですか?」
「うん。月を愛でてお団子食べるだけのイベントだと勝手に認識してるなー」

ははーと笑うと乱太郎もつられて笑った。

「乱太郎は知ってるの?」
「はい。簡単に言うとお月見というのは昔から豊作物の豊作祈願があるそうです。あとは収穫の感謝の意味もあって、お月様に感謝を示すものだそうですよ」
「へえー…賢いなぁ乱太郎」

名無しが感心していると、乱太郎は照れながら「全部父ちゃんから聞いた話なんです」と続けた。

「ああそっか、乱太郎はご実家が農家してたんだっけ」
「はい、本当は忍者ですけど仕事がない時は農家をしてるんです。…農家をしてる時の方が多いんですけどね」
「いやー、でもそういった話を教えて貰えるのはいいよねぇ。月に感謝かぁ…なんか、本当の意味がちゃんと分かるとお月見もより楽しくなるよね!」

そう言った名無しは嬉しそうに笑った。
乱太郎ははじめきょとんとした顔をしていたが、にっこりと笑って「そうですね!」と答えた。
互いににこにこして、ほんわかした空気が医務室の中に漂う。

「…おっと、こうしちゃいられないや。食堂戻って手伝いしなきゃ」

思い出したように名無しは顔を上げて立ち上がった。

「あっ、名無し先輩、怪我されてるんですから無茶はしないようにして下さい!」
「はいよー、任せといてー」

包帯が巻かれた手をひらりと振って医務室を出て行った。

「あ、そーだ乱太郎」

…が、数歩歩いたところで足を止め、空いた障子から顔だけを覗かせた。

「なんですか?」
「お月見会始まったらさ、さっきのお月見の話もっと聞かせて欲しいな!」

いい?と名無しは続けたが乱太郎は嬉しそうに微笑んだ。

「もちろんです!」

乱太郎は大きく頷く。

「やったね。んじゃ、お礼と言っちゃなんだけどお団子と晩ご飯は腕によりをかけて作るから!おばちゃんの手伝いだけど!だから楽しみにしてて!」
「あはは、分かりました、楽しみにしてます!」
「おーし、じゃあセンパイ頑張ってくるよー」

再び手を振り名無しは医務室を出ていった。
遠ざかる足音を聞き、乱太郎はふう、と一息ついた。


名無し先輩は騒がしいしどこかけれど、話していると何故か楽しい。
いつもにこにこ笑っている先輩は太陽のようで。
一緒に居るだけで太陽の暖かさに包まれているなんて気持ちになる。

「…お月見会、楽しみだなぁ」

乱太郎の口から自然と言葉が漏れた。
それが皆で月を見ながら美味しいものを食べれるからなのか、それとも名無しと一緒に居られるからなのか、それはまだ乱太郎には分からなかった。
けれど楽しみには変わりがなく、乱太郎は表情を緩ませながら備品を片付けた。





おわり