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「三郎!」

廊下を歩いていた鉢屋に、後ろから声が飛んで来た。
鉢屋が振り返ると先から暗い桃色の忍装束…くの一教室上級生である名無しがぱたぱたと掛けてきた。
色素の薄い柔らかそうな髪を靡かせながら鉢屋の前まで来た名無しを、鉢屋は表情も変えず見下ろした。

「何だ?」

素っ気ない返事に名無しは口をへの字に曲げた。

「何だ、なんてヒドイなぁ。今日、野外実習あるって言ったじゃない?何というか、その激励?しに来たのに」
「激励するもなにも、今日の野外実習はただ町人に紛れて情報収集するだけだぞ」
「そんなの分からないよ。何時どこで賊に襲われるか町人に襲われるか分からないんだから!」
「町人に襲われるって、お前は私を何だと思ってるんだ…。人を心配するより我が身をちゃんと見ろ。そこ、寝癖付いてるぞ」
「えっ」

鉢屋に指さされ名無しは慌てて髪を抑えた。
ぴよっとはねている髪に気付いて頬を染める。

「あー、あはは…鏡も見ずに来たからなぁ…」
「お前な。…くの一教室で行儀作法を習ってるんじゃないのか?」

鉢屋に言われ名無しは「呆れた目で見ないでくれる?」と再び口を曲げた。

「別にいいじゃない。…だって早くしないと三郎が実習行っちゃうと思ったし」

そう目を伏せて言った名無しに、鉢屋はぴたりと動きを止めた。
何か言いたげに口を開くが…その口からは何も出ずに閉ざす。
名無しに手を伸ばそうとするも何が拒むのかその手も直ぐ引っ込めてしまう。
そうこうして数秒葛藤した後、漸くその重い口を開いた。

「……次は身嗜みを整えてから来い。それでも女だろ、一応は」
「一応ってヒドイなぁ。…でも支度してて間に合わなかったらイヤだしさ」

名無しが顔を上げ目が合うと、鉢屋は視線を逸らした。

「…それくらい待つ。支度と言ったってお前はそんな時間掛からないだろ。大した化粧も髪結いもしないしな」
「しないけどさー。…うん、でもいいや。待っててくれるなら」

へらっと屈託の無い笑顔を向けられ、鉢屋は居た堪れなくなり体ごと振り返って名無しに向き合うことを止めた。

「…そろそろ行ってくる」
「そっか。じゃ、気を付けてね」
「……ああ」

1度も名無しを振り返ることなく、鉢屋は廊下を歩いて行った。
角を曲がるのを見届けてから名無しも教室に向かう為反対側に歩いて行った。

…その姿を、実習に向かった筈の鉢屋が角から覗いていた。
こちらに気付く様子もなく歩く名無しを穴が開くほど凝視し、視界からその姿が消えるまでずっと見続けていた。

「…はあー……」

最後までしっかり名無しを見た後、壁に額を当て、深い溜息をつく。
ずるずると壁沿いにしゃがみ込んで両手で顔を覆った。

「あぁ…………あー、あーあーあーあー!あーもう何なんだ何なんだ何なんだあいつはああああっっ!!」

大声、というより奇声を上げて鉢屋は悶絶し出す。
そのままごろごろと廊下を転がる姿は先程の姿とはかけ離れていた。

「あーもう可愛い可愛い本当に可愛いあれ本当に人間か私と同じ人種か可愛いさで人殺せるうわああああああああ!!」
「うるさいな」

辛辣な声に鉢屋が顔を上げるとそこには同じ顔…不破が呆れ顔で立っていた。
その姿に気付いた鉢屋は起き上がり、興奮も冷めやらぬように不破に詰め寄った。

「雷蔵っ!見てたか今の!見てたかあの可愛い名無しを!!」
「あーうん、見てた見てた。彼女と話してる所もその彼女を変な目で三郎が見てた所もトチ狂ったように三郎が床を転がってた所もね」
「そうか見てたのかー!」

不破が嫌味を込めて言うものの鉢屋には微塵も伝わないようだった。
不破を余所に鉢屋は自分の世界に入りぺらぺらと話し出した。

「いやあ本当に名無しは可愛いだろ!!私にっ!私にわざわざ声援を送るためだけに来てくれていたんだぞ!?」
「そうだね」
「私が先に行ってしまうなんて心配して!鏡を見る間もなく部屋を飛び出して来て!!寝癖すら付いたままで!!!指摘した顔の可愛さたるや!!!いや寝癖が付いているのも可愛いんだけどな!!?」
「そうだね」
「あー私は本当に幸せ者だ!あんなに可愛いくてあんなに優しくてあんなに私を思ってくれている名無しと恋仲なんて!!」
「そうだね」

空返事をする不破。
しかしそれすら気にならないらしく鉢屋は至極嬉しそうに頷いていた。

鉢屋の元に来ていた名無しと鉢屋は恋仲である。
大声を上げる程、床を転がる程に鉢屋は名無しの事を愛しているのだが……名無しを前にすると何故か鉢屋の態度は一変する。
不破が言うようなトチ狂ったような態度は一切見せない。
先程のように、つっけんどんな態度ばかり取ってしまっていた。

「…三郎、そんなに好きならもっと名無しさんに優しくすれば良いのに」
「そんな!出来てたらそんな事とっくにしている!!でも出来ないんだ名無しを前にすると!!」

そう叫び混じりに鉢屋は頭を抱えた。
本当は好きで好きで堪らないというのに、このほんの少ーし過剰な思いを名無しに知られて嫌われでもしたら…と思うと本心を伝える事が出来なかった。

「何処がほんの少ーしなんだよ三郎は十二分に過剰じゃないか」
「心を読まないでくれ雷蔵!…いやっ、とにかく名無しにこんな気持ちを知られたくないんだ!だからもう生を終えるまで隠し通して墓場まで持って行く!!」

鉢屋は何故か決心に溢れた顔をしたが、不破は肩を竦めた。

「…その内化けの皮が剥がれる気がするんだけど」
「私を誰だと思っている!素性を隠すのは得意中の得意だからな!!」
「…そうかも知れないけどね」

好きにしてくれとばかりに不破は深く溜息をついた。
と、その時。

「あ、良かったまだ居た」
「!!!」

角からひょこっと名無しが顔を出した。
鉢屋は丸い目をこれでもかと言うくらい見開く。
が、すぐさま平静を装う。

「不破君も居たんだ。おはよう」
「おはよう名無しさん」
「何だ名無し、まだ何か用か?」
「(うわ相変わらず凄い変わり様)…三郎、その言い方は名無しさんに失礼じゃないか」
「べ、別に良いだろ」
「いいよー不破君。いつもの事だからさ」

ね、と鉢屋を見て首を傾げる名無しに鉢屋は目線を外して「そうだ」と答えるしか出来なかった。

「それより三郎、さっき言い忘れたんだけどさ。実習終わったらあとは授業ないんだよね?」
「ああ…無いが」
「じゃあ帰って来たら町行かない?甘味屋行きたくて」
「…ただの甘味屋だろ?私と行く必要あるのか?…うっ!?」

ドス、と不破に脇腹を突かれ鉢屋は声を出す。

「ごめんね名無しさん。三郎って素直じゃないから」
「な、ら、雷蔵…!」
「ううん、大丈夫。気にしてないから。…三郎が行きたくないなら無理にとは言わないけど」
「う…っ!べ、別に行きたくないとは「三郎は行きたいって言ってるから、実習終わったら一緒に行ってあげてくれる?名無しさん」

鉢屋の言葉に被せながら不破が言う。

「なっ!?ら、雷蔵何を勝手に!」
「本当?来てくれる?」
「っ…!し、仕方ない…お前がそう言うなら」
「やった!じゃあ約束ね!」

首を傾げる名無しを突っぱねることは出来るはずもなく鉢屋は頷いた。
それを聞いて名無しは右手を前に出す。
小指を立て、どうやら「指切り」をするつもりらしい。

「…!」

差し出された指と名無しの顔を何度も交互に見て、鉢屋は恐る恐る自分も指を出す。
それを絡み取り名無しは嬉しそうに言う。

「楽しみにしてるね」

さらりと髪を揺らして可愛らしく微笑む名無しに鉢屋は呆然と見蕩れていた。
暫くそうしていて、急に我に帰ると鉢屋の顔は見る見る赤く染まる。

「…あ、ああ」

その顔を隠すため俯くが、耳まで赤くなってしまっていてあまり意味を成していない。
しかし名無しは気付いていないのかただ笑っていた。

「(…素性を隠すのが得意なんて、これでよく言えたもんだよ)」

それを傍から見ていた不破は、内心で盛大なため息をついたのだった。



おわり




「ああああああ雷蔵ぉぉぉ!私今日物凄く頑張れる敵の御首級50くらい取って来れるぞぉぉぉ!!うわああああああ!!」
「情報収集実習で首取って来られても僕も先生方も困るから止めて。あと本当うるさい」