「…兎に角、次の休みには必ず帰って来て下さいよ」 「ああ、分かった分かった」
何度目か分からない遣り取りをし、父上の部屋を後にした。 あの調子だと父上はまた帰って来ないだろう。 ああ、また母上がご立腹になる。 それを宥める私の身にもなって欲しい。 折角仕事の合間を縫って忍術学園まで足を運んでいるのにまた無駄足になりそうだ。
「はぁ…」
溜息をついて視線を下に落とすと、手に持っていた包みが視界に入った。 そうだ、忍術学園に来たのはもう一つ理由がある。 頭にふとくの一教室の生徒であるひとりの少女の顔が浮かんだ。 その少女は私に対して異常に辛辣で口が悪いが、何故だか頭から離れない。 この包みだって彼女が食べてみたいと言っていたみたらし団子だ。 ここに来る前わざわざ峠を二つ越えふた包買って来た。 先ほど父上に一包渡したが、彼女に渡す継いでと言っても間違いではない。
「…は組に見付かる前に行くか」
油断しているとみたらしの匂いを嗅ぎつけたしんベヱに全て食べられてしまうのは明確だ。 見付かっても逃げられない事もないが、は組に関わると禄な目に合わないからな。 そう思い、足早に忍術学園を出る。 勿論出門表にはしっかりサインをして。
その足で裏々山に向かった。 彼女の居る所は大体見当がついている。 私が忍術学園に行くと、必ず決まって1人で裏々山まで散歩に行くと周りに伝え出掛けていた。 今回も恐らくそうだろう。 …前に会った時にまるで私を避けてるようだな、と聞くと何の悪びれもせずに真顔で「ようだじゃなくて避けてるんですよ」と答えられた。 だからと言って私から会いに行けば逃げることも無く会話はする。 …嫌われている訳では無いようだが、好かれてもないのは明らかだ。 そんな彼女の何が良いのか自分でも分からないが、忍術学園に来る度必ず会いに行っていた。
そう考えながら山道を上がって行くと開けた広場に出た。 視線を巡らすと、枝が四方に伸びる大木が目に付く。 恐らくあそこだろう。 近付いてみると案の定日向に迫り出した枝から桃色の忍び装束が見えた。 木の下まで行き、見上げる。
「私を避けている割には何時も同じ所に居るんだな、君は」 「えー、だってこの場所気に入ってんですもん」
間延びした声が下りてくる。 私が来るのは分かっていたような口振りだ。 …しかし、声を掛けたというのに彼女は顔を覗かせる事もしない。
「わざわざこんな所まで来なくていーっすよ利吉さん。私はあなたに用なんて無いですし。あなたと会う時間があるんなら畳の目でも数えてた方がよっぽど有意義ですよ」 「…本当に君は口が悪いな」 「そりゃーどうも」 「褒めていない」 「デスヨネー」
あははー、という笑い声が聞こえる。
「…それより、久しぶりにこうして会ったんだから挨拶の一つも出来ないのか?」
彼女の顔が見える位置まで移動して見上げた。 私の姿を捉えても彼女の表情は変わらない。 が、急ににこりと不自然なぐらい満面の笑みになる。
「こんにちはぁ利吉さん。久方振りですねー。お会いしたかったですぅ」
言い方もその笑みも嘘臭すぎる。 まあ一般人が見れば違和感は無いかも知れないが私にそれが通じるはずは無い。
「せめて嘘だとばれない表情と言葉を選んだらどうだ。一応くのたまの端くれだろ」 「やー、私素直なんで。嘘ついたらすーぐ顔出ちゃうんですよー」 「くの一失格じゃないか…」 「まだたまごですから。これから成長しますって。成長して至極美しいくの一になって人気のフリープロ忍者(笑)なんて足蹴にしてやりますよ」 「……」
人を小馬鹿にしたように笑われ些かカチンと来る。
「…君が美しいくの一何かに成長するとは思えないが?」 「ヤですねー、美しいなんて価値観人それぞれじゃないですか。誰かにとっての美しいくの一でありゃーいいんです。少なくとも利吉さんの価値観に合わせようなんざ思いませんけどねー」 「……君は本当に…人を苛つかせる天才だな…」 「やだぁー悪態付くのは利吉さんにだけですよ。好きじゃないから」 「本人を目の前にして言うな」 「すいませーん」
彼女の謝罪の言葉にはひと欠片も誠意を感じない。 怒る気力も起きずただ溜息が漏れた。 口を開けば呼吸をするかのように次々と悪態が出て来る。 心が弱い訳じゃないが、会う度会う度そんな言葉を連ねられていたら気が滅入るというものだ。 …それなのにこうして会いに来ている私はどうかしているのかもしれない。
「…ほら」
見える様に持っていた包を上に翳す。
「え、なんすかそれ」 「この間、君が食べてみたいと言っていた団子屋のみたらし団子だ」
そう告げた瞬間彼女の目が輝いた。 今日会ってから初めて素の感情が出たな。
「おおおおー!すげーあの峠二つ越えたあの団子屋っすか!?」 「そうだ」 「えーすごーい利吉さん暇人ー!」 「そうか食べたくないのか。それなら良い私が1人で食べてやる」 「ぎゃー嘘です嘘です!利吉さんちょーカッコイイ!さっすが超人気のフリープロ忍っ!うける!」 「最後のは貶してるのか何なんだ」 「やだなー超尊敬してますよー!跪いて崇めて奉りますよ!!だから」
そう言いながら彼女はやっと木の上から降りて私の前に立ち、そして両手を前に出してくる。 つまりは団子をくれという事だろう。 仕方なしに包を渡す。 拒んでも恐らくどこまでもしつこく突っかかってくるのが目に見えているからな。
「わーい!流石利吉さん!」 「…調子がいい奴だな」 「それに乗ってくれる利吉さんも利吉さんですけどねー」
……悔しいがそれもその通りだ。 いつも何かと悪口を叩かれても結局は流され彼女のしたいようにしてしまう。 私の悪い癖だ。 そんな私を他所に彼女は木陰に移動し地面に座る。 膝の上に包を乗せ手際よく包んでいた風呂敷を解いてみたらし団子を取り出した。
「わぁすごいやっぱ美味しいと噂になってただけありますねちょー美味しそう!」 「値段もそれなりだったからな」 「いやーごちそーさまですぅ!奢っていただけるなんてカンゲキですー」 「奢るとは言った覚えはないが?」 「ごちそうさまでーす!!いっただきまーす!」 「…まったく」
金を払うつもりは微塵もないようで良い笑顔で頭を下げてくる。 彼女のペースに完全に飲まれ、金を要求することは止める。 まあ元から奢るつもりではあったのだが。
その間にも彼女はみたらし団子を頬張っている。 「美味しいしあわせー」なんて言いながら気の緩みきった顔をしているのを見ると買った甲斐はあったかと思ってしまう。 彼女の横に座って「ん」、とだけ言い手を差し出す。 すると彼女は私の手を一視し、そして私の顔を怪訝そうな目で見てくる。
「…奢ってくれるんじゃないですか?」 「ああ、仕方ないから奢ってやろう」 「じゃー手ぇ引っ込めてくださいよーお金払わなくていーんなら」 「そうじゃない、一本くれと言っているんだ」 「えー」 「えーじゃない。誰が買ったと思ってるんだ君は」 「ちぇ。ケチー」 「…私が一本貰ったところで四本も残るじゃないか」 「四本しか、ですよー。今度は三包くらい買ってきてくださいよー」 「君の支払いでなら考えないこともない」 「じゃー結構です。お金ないし」 「……君は本当に…」
自分勝手だな、と内心で呟く。 私が思った事が伝わったのか「いやーそれほどでも」と言いながら団子を差し出してきた。 だから褒めてはいないんだが。 受け取った団子をひとつ口に含むと、甘辛い風味が口に広がる。 確かに噂になるだけある、なかなかに美味い。
一つ目を飲み込み、二つ目を口にしようとしたところでふと彼女を見る。
「…なあ」 「なんです?」
彼女は既に一本目を食べ終わったらしく、串を箱に戻していた所だった。 早いな。 そして私が声をかけたのにこちらには視線もくれないで二本目に取り掛かっていた。
「…君はどうしてそう口が悪いんだ。私が何かしたとでも言うのか?」 「いンや、別に何もしてないですよ」 「だったらどうして」
そう聞けば、彼女は食べようとしていた団子を持つ手を止めた。 開いていた口を閉じて、何も無い虚空を見上げた。 眉が潜まり何か思案でもしているのか。
「…なんと言いますか、私、完璧な人って苦手なんですよ」 「え?」
思ってもいない言葉が返ってきて驚く。 彼女のことだ、どうせ「何もしてないけれど何となく嫌」とでも言ってくるものだと思っていた。 なのに。
「忍者としても周りから一目置かれ、人間性でも忍術学園の皆に好かれ尊敬されてる。しかも美形って、なんですか利吉さん、完璧を絵に描いたような人じゃないですか」 「……それは褒めているのか?」 「私の意見ではなく周りの見解ですから私的には褒めてるつもりはありません」 「…そうか」
考えなくとも彼女が私を褒めるなんてするわけが無い。 …なのにどうして私は落胆してるんだ? 褒めるはずも無いのにどこかで期待していたとでも言うのか。
「なに落ち込んでるんですか?お願いされても利吉さんなんか褒めませんよー!」 「…うるさい」 「あ痛っ」
思っていたことを見透かされたようで、誤魔化すように頭をはたいておく。
「完璧な人が苦手なんてただの嫉妬じゃないか」
言ってから少し言い方がきつかったか、なんて思う。 だが彼女はさして気を害したようでもなかった。
「そーですよね、なんとなく自覚はしてんですよ」 「…そうなのか?」 「そーっすよ。ほら、私って忍びとしてもまだまだですし人としても出来てないんです。頭も良くないしずば抜けた特技もない…良く言って並、悪く言やぁ凡人ですかねー」
そう言って彼女は笑った。
「だから利吉さんみたいな完璧な人とは関わりたくないんですよねぇ。なんでだろう、自分が惨めになるから?うーん、まーそんなとこですよ」
やっぱり嫉妬ですかねー、と他人事のようにぼやいて再び団子を口に運んだ彼女。 …その横顔を見詰める。 私の姿を映そうとしない瞳は、普段の人を茶化すようなものでは無い。 憂いに満ちた…なんて言い過ぎかもしれないが、飄々とした彼女からは想像が出来ない大人びたものだ。 やはり彼女のことはよく分からない。 不真面目なのか真面目なのか。
「…本当に君は変わっているな」
そう口にすれば、その瞳に漸く私が映る。
「そりゃーどうも」
僅かに目を細めて彼女は笑う。 柄にもなく彼女から視線が離せなくなる。
変わっている彼女が気になる私は、彼女以上に変わり者なのかもしれない。
おわり
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