無限の住人


□名前変換


ぎしりと畳が鳴った。
私の肩に紅い絹のような髪が掛かる。
休憩に入り仰向きに床に手を付いて座っていた私の上に
妙に上機嫌で名前が座ってきたのはつい先ほどのことだった。
「重たいのだが」
実際彼は身長の割に随分と華奢でほとんど重たくもなかったのだが
無愛想にそんな言葉を掛けてみる。
けれど彼は何も答えずに、目を閉じて私の唇に自分の唇を触れさせた。
その舌先が私の唇をなぞるので仕方なく口を微かに開いてやると
すぐにそれは口内に侵入して来る。
「ん・・」
くちゅりと舌が絡まる音を近くで聞きながら、さてどうしたものかと考える。
この家に誰がいる訳でもないが流石に真っ昼間からというのは気が引ける。
私だってもう若くはないのだから。
それとなく名前の口付けに応えていたつもりだったがふと名前が舌の動きを止めた。
開いたままの目に名前がそっと瞼を上げるのが映る。
そのまま唇を離した名前はひとつため息を吐いて私の上から退いた。
「まったく・・」
眉を寄せて呟かれたそれはどうやら気のない私に向けたものではないようだ。
視線は私ではなくこの部屋の入り口、つまりは玄関の方へと遣られていた。
えらく興が殺がれた様子で部屋を後にしようとする名前に口を開いた直後、
この広い家に煩いほどの明るい声が響く。
【お邪魔してまーす、目黒です! 先生いらっしゃいますか?】
あぁ、と納得して名前の後姿を見つめる。
「君はあの二人が嫌いかい?」
開いたままの口からそう声を掛けると名前は振り返って薄く笑みを浮かべた。
些か呆れたような罰が悪いような、そんな笑みだ。
「その理由だって、わかってるくせに」
そして私の返事は聞かずに名前は自室へと消える。
まるで未練のないその姿を暫く眺めて私は玄関に向かうべく立ち上がった。
顎をさすりながら長廊下を歩き、なるほど離れてみれば惜しいものだと現金なことを思う。
「いらっしゃい」
あの言葉は何処まで本気だろうか。
二人の愛弟子を迎えながらこの場にはいない名前に想いを馳せている自分に気付き、内心でほくそ笑む。
仮に名前のそれが今日この時間に二人が来ることを知っていた上での駆け引きであると言うならば、あれも幾らか本気なのだろうと、そんなことを考えて。



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