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『おはよう、イワンくん』

朝、会社へ出勤する前に通る喫茶店。コーヒーのいい香りに誘われて恐る恐る入ってみたのは略1ヶ月前。それと同時に、恋をした。

みょうじなまえさん。初めて入る場所への緊張で入口に立ちつくしていた僕に優しく微笑んで、美味しいコーヒーを運んできてくれた彼女に恋をした。
単純?単細胞?軽い?なんと言われたって、この春の陽気みたいに僕の頭はふわふわと彼女で埋めつくされてるんだ。

『…イワンくん?』
「あ、はいっ…おはようございます…」
つい物思いに耽って、返事を忘れてしまった!変に思われたらどうしよう…

そんな僕の心配は何時もの笑顔に吹き飛ばされて、何時もの席と何時ものコーヒー。
嗚呼、同じ時間を共有出来る幸せ。

ふと、目の前の彼女と視線がぶつかる。顔に熱がこもる。どうしよう、抑えたくても勝手に顔が赤くなる。気持ち悪がられるかも、引かれるかも。早く早く、平常心を取り戻さなくては!早く!

『ふふ、イワンくんは本当にコーヒーが好きなのね』
「あ、いえ。僕が好きなのはみょうじさんです」

「…え?」
『………ほえぇ!?』

うわあああ!焦り過ぎて思わず本音が!どど、どうしよう!どう取り繕えばっ
「違っ!あ、いやそれも違う!や、そうじゃなくてっ…」
『う、うん大丈夫!いい間違えたんだよね分かってる!』

……分かって、る。

バレてないなら、それでいい。結果オーライ、の筈なのに…なんだか…ムカつくな。
僕なんか、対象外だって言われてるみたいで。

笑顔が素敵で可愛らしいみょうじさん。けれど、気付いてしまった。僕は、その顔が崩れた所を見た事がない。
今だってほら、大人の顔して笑ってる。

他は、どんな顔をするんだろう。
それは、僕が対象内に入り込めば見れるの。

「…嘘、です」
『え?ちょっ…』
カウンター越しに彼女を見上げれば大きな瞳が戸惑いに揺れる。誤魔化し等きかない意図を乗せて表情を作り上げては左手を伸ばして柔らかな髪を撫でてみた。逃げる余裕なんてないみたいに、唖然と固まるみょうじさん。

「僕が好きなのは…みょうじさん、貴女なんです」
身体だけが固まって、どんどんと顔を赤くし瞳迄潤い出す始末の彼女を眺めると自然に口角が上がって、それが気分を害してしまったのか勢いよく手を振り払われてしまう。
そこで、宙に出された手から呼び出し音が鳴った。

ここで通信する訳にもいかず、コーヒー代をテーブルに置き足早に立ち去る最中彼女に一言告げて店を出た。
何時になく強気な僕の発言はきっと正解だと、普段では考えられない程前向きに事を捉えられるのは最後に見たあの表情のおかげだろう。

「何時か、コーヒーだけじゃなくてなまえさんをいただきたいです」
泣きそうな真っ赤に染まった顔も、やっぱり綺麗で可愛らしい。

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