黒尾鉄朗の場合
高校の部活を通じ知り合った愛実と大学に入り、ふとしたきっかけでお互いがずっと両想いだったことを知った。それから自然に恋人同士になって、社会人になって3年目で仕事も落ち着いた頃、プロポーズをした。
俺の部屋で、テレビを見てる時にさり気無くしたプロポーズ。だけど、俺はサプライズした方がいいか、とか、なんて言えばいいかとかすごく悩んだ。あげく、気取らないと言う結果に落ち着いた。
ただ、一言「結婚してぇー。俺の奥さんなってくれ」ってもらすように言った言葉に、愛実はポロポロと涙を流し「やっと…夫婦になれる」って震える声で言ったのが今でも鮮明に思い出せる。
「クロ、6時って言ってたよね?」
ソファーでくつろぎながら、キッチンでせっせと料理の準備をする愛実をニヤケながら見ていると、愛実が今日の約束の時間を確認するためこちらを振り向く。
「クロって……もう、お前も黒尾だからな。」
知り合った当初から呼んでいる名前に茶化すように突っ込めば「わかってるけど……恥ずかしくて」と頬を染める姿に、恋人から夫婦になっても可愛いと思える俺はもう愛実なしじゃ生きていけない位コイツに惚れてるのだと再確認させられる。
愛実に言われて、今日集まる予定のやつらで作ったグループラインを見ればどうやら木兎が遅れているらしく、5分くらい遅れるとラインが入っていた。しかし、今は18時10分。
「木兎が遅刻気味らしいけど、そろそろ来るんじゃねぇ?」
そう言うや否や、チャイムの音がして、「あ、ホントだ」と笑った愛実が嬉しそうに玄関に向かった。
梟谷高校のバレー部だった愛実、もちろん合宿にも参加しているので木兎や赤葦とはもちろん、月島とも知り合いだ。
玄関に迎えに行った愛実を待つ間、冷蔵庫からお酒を取出しテーブルへと並べた。そこに、ぞろぞろと長身の男どもが入ってくる。
「お!!新婚!新居!そして新妻!むちゃくちゃいい響きだなぁー!なぁ?」
「いや、それ、さっきも言ってましたけど、木兎さんの、ではないですからね。あ、黒尾さんお邪魔します。」
「お邪魔します。」
「おう。みんな相変わらずだな。赤葦は未だに木兎の御守り役だな。」
「いや、ほんと…勘弁してほしいです。」
「木兎は、彼女いたでしょ?早く結婚すればいいのに…」
「あ、愛実…それは…」
「別れたらしいですよ。クス」
「おい!ツッキー!今笑っただろう!」
「はは、月島も相変わらずだな。てか、とりあえず座れよ。待ちくたびれて腹減ってんだ。食おうぜ」
このメンバーで集まるといつもいろいろ脱線して収集がつかなくなる。まぁ、ほとんどが俺と木兎のせいだが……。今日は珍しく俺がストップをかけ、みんなを席へと案内する。
愛実がすかさず料理を運んできたところで、乾杯をし、料理をつまみながら、ワイワイと近況報告やら俺たちの結婚式話やらで盛り上がった。
「黒尾さんがうらやましいです。こんなに料理の美味しい奥さんもらって」
「蛍くん、お世辞言っても何も出ないよ〜。けど、ありがとう!クロはあんまり美味しいって言ってくれないから嬉しい」
「黒尾さん、そう言うの言わなさそうですよね。ちゃんと言わないと愛実に捨てられますよ」
「言ってるぞー、心の中で!毎日!」
「聞こえてないと意味ないですよね。」
「そうだよね、赤葦君。もっと言ってやってください」
「にしても、ツッキーは相変わらず、愛実には素直だねー」
「別に。普通です。」
とか言いながら、ほほが少し染まっているのを俺は見逃さない。けれど、そんな事に気づきもしない愛実は、「あ、ご飯炊けた―!」とのんきにキッチンへと向かう。そして、カウンター越しにこちらを覗き込んだ。
「ご飯物もなにか作るけど、焼きおにぎりとチャーハンどっちがい?」
「んー、俺はチャーハン」
「焼きおにぎりいいですね。」
「僕はみんなに合わせます。」
「だんぜん、焼きおにぎりだな」
「じゃぁ、焼きおにぎりね」
「えぇ!俺の意見はー?チャーハンはー?」
「ごめん、木兎。多数決…っ!!」
炊飯ジャーを開けながら会話をしていた愛実が、急に言葉を詰まらせたかと思うと、しゃもじを手にしたまま口元を抑えて座り込む。
一瞬の事にみんながびっくりする中、俺はすぐにキッチンに向かい愛実の背中をさする。
「愛実?どうした?」
「ごめん、クロ。なんか急に気持ち悪くなって……、けど。大丈夫」
そう言ってまた気を取り直し炊飯じゃーを開ける。しかし、また、「うっ」と短く言葉を詰まらせると口元を抑えた。
まさかの出来事に皆がキッチンのカウンターから覗き込む。
「おいおい。大丈夫か愛実?」
「うん。」
「無理しないでくださいね。ご飯なら、白米をよそっただけでもいいですから」
「あ、ありがとう。……そう、させてもらおうかな」
木兎と赤葦の心配に甘えそう返す愛実を俺はソファーへと座らせるとコップに水をくみ手渡す。
「ありがと」と笑った愛実だけれど、どこか先ほどのような元気は見られず、俺はもちろん、他の三人も心配そうにこちらを見ていた。
すると、ふと月島が何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「ん?どうしたツッキー?」
「いえ、なんか…俺の兄の奥さんも同じ事があったなーと思い出しまして」
「ホントか月島?」
「はい。なんか、そうなると2・3か月は続くそうです」
「まじか!?」
月島の言葉に少し焦る俺。もしかして何かの病気か?どうしよう、その月島の兄嫁とやらはちゃんと治ったのか?嫌な不安ばかりが頭をよぎる。ふと、黙ったままの赤葦を見れば、何かわかったのかコイツも「あぁ」と呟いている。
けど、当の本人である愛実は、いまだに眉をひそめてそれどころではない様子。水を口に含むと胃のあたりをしきりになでていた。
「おい、で、その兄ちゃんの嫁さんはどうなったんだよ?もう治ったのか病気?」
「そうですね。今は安定期に入ってだいぶ落ち着いたみたいです。あ、黒尾さん妊娠は病気じゃないですよ」
「そうか、妊娠か……病気じゃないなら………よ……か……
よくねぇ!!今何つったよ!?月島!妊娠!?…え?なに?マジ?これドッキリ?」
いやいやいや、よくないわけじゃない、むしろうれしいけど、え?マジか?
脳内がパニックを起こしている俺をよそに、赤葦は愛実に質問をする。
「愛実、生理ちゃんと来てますか?」
「うーん。結婚式でバタバタしてて……そう言えば遅れてる……かな」
「そか、じゃぁ、可能性はありですね」
「おい!黒尾、お前子づくりしたのか!?」
「は?…何聞いて……」
「今は大事なことですよ黒尾さん」
「……。そういや……結婚するし……子供早く欲しいなぁーとかって…一回だけ……って言わせるな!」
「言ったの黒尾さんだけどね。クス」
「心当りがあるか、ないか聞いただけなんですが……」
質問に答えながら思い出す。そう言えば結婚式前に一度だけそういう事があった。けど、そんな一回きりで……
あわてて愛実を見れば、みんなの会話を聞いていたようで…妊娠した本人なのにびっくりした様子でまたお腹に手を当てていた。けれど、今度は胃のあたりではなく、下腹部に。
「愛実……」
名前を呼べば、ゆっくりと顔を上げる、その表情は先ほどとは打って変わって顔色はいい。それどころか歓喜を一生懸命我慢しているようだった。
「俺、かなり嬉しいんだけど。愛実は?愛実は嬉しくねぇーの?」
愛実の座るソファーの前に中腰でしゃがみ、お腹にある手に俺の手を重ねる。そうすれば、我慢していたうれし涙が一気にあふれたのかポロポロと何だを流した。
「嬉しい、嬉しすぎて………嬉しい。」
「ははっ、なんだよれ。まぁ、十分嬉しいのは伝わったけど」
「赤ちゃん、ここにいるのかな。嬉しいけど……実感がわかない」
「次の休み一緒に病院行こうな」
「うん。クロが来てくれたら安心だし……嬉しい。」
「さっきから嬉しいばっかだな。まぁ、俺も死ぬほど嬉しいけど。」
「だって、本当に嬉しくて……」
そう言って二人で笑い合っていたら、すっかり忘れていた野次馬が一気にソファーの周りによって来る。
「愛実さん、表現力が…乏しすぎ。まぁでも、よかったですね」
「愛実、ちゃんと病院にいきなよ、黒尾さんと」
「良かったなぁー!二人とも!ほんと良かった―!」
みんながいる中での妊娠発覚だったけど、みんなに祝福されるこれはこれでいいもんだなと俺と愛実は顔を見合わせた。
「おう!ありがとな」
「みんな、ありがとう」
END
おまけ
愛実が安定期に入り、再度集まる第3体育館組。
月島「愛実さん、もう性別は分かったんですか?」
愛実「うん、女の子かな?って言われてる」
赤葦「女の子…。黒尾さん、嫁に行かせるのスッゴイ阻止しそうですね」
黒尾「当たり前だ!可愛い娘だ!変な男なんかにやらねぇー。っておい!木兎!言ってる傍から何愛実の腹触ってんだよ!」
木兎「なんだよーケチだな。いいだろう……お!!動いた!」
愛実「ふふっ、この子、木兎の事好きみたい。木兎が触るとよく動くよ」
木兎「おぉ!じゃぁ俺と結婚するかー?」
黒尾「何!?ちょっとまて!お父さんは許しません!!」
月島「いや…許しませんって…早すぎでしょ」
赤葦「ていうか、木兎さんが煩いから動いてるだけなんじゃ……」
END