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14.味方



懐かしい思い出に浸りながら帰宅したせいか、毎日の様に会っているのに、愛実の顔が見たくなって、いつものごとくエレベーターを降りた私は自室の扉を素通りして、隣の部屋の前に立った。


合いカギは持っているけれど、一応チャイムを鳴らそうかしら?けれど、大地が眠っていたら起こしてしまう……少しだけ考えて、合いかぎを取り出した私はそっと扉を開けた。






静かにドアを閉めて、そのまま忍び足で廊下を歩き、リビングの扉に手をかけたところで、中から人の声がする事に気づく。




「おい!大地!ボールよく見ろ!そうだ、そのまま……勢いよく転がせ!――ぉお!すげぇーぞ!テツよりうまいじゃねぇーか!!」




「大輝……それは黒子君に失礼でしょ?それに、ただ、ボール転がしてるだけだし。本人「えぃ!」って適当に投げただけでしょ?」




「それでもだ!やっぱすげーよ!」






何やら親バカな事を恥ずかしげもなく言い放つ彼、青峰に呆れ半分、案著半分のため息を漏らした。


あれから、私の知る限りでは3回ほど。彼がこの家を訪れているのを知っているが……どうやら、3回目にして、すでに以前のような自然な関係を築きつつあるようだ……



私は、ドアノブに手をかけ、勢いよく中に入た。



これがもし、高尾君だったなら、私はお邪魔虫などせず大人しく隣の部屋へと帰っていただろう……だって、少しだけ、あんなに一途に思っていた高尾君に味方をしたかったから。



でも、実際は高尾君を言い訳に、私が彼と愛実の邪魔をしたかったからなのかもしれない―――と言う思考は無理に隅に追いやった。







「ただいまー。今日、ちょっと懐かしい事思い出したら、愛実と大地の顔見たくなって……あら。青峰君どーも」





「あ、お帰りなさいレオ姉!実はね、そんな気してて、夕食多めに作ったの!大輝も食べて帰るらしいから4人で食べよう。」





「あ?なんで、アンタが愛実ん家に帰ってくんだよ?」




「あら?いけない?私は大地の第2のママなのよ?この子の出産の時だっていたんだからー」



「は?そうなのか?」




「ね?愛実?」





愛実に同意を求めた後、彼にだけ聞こえる声で「誰かさんが傍にいないから」と呟けば、彼はこれでもかと眉間にしわを寄せた。



わかってる。彼にだって何かあったのかもしれない。愛実から事情は聞いたけれど、彼側の事情まではしらないのだ。けど、それでも、少しだけ……ほんの少しだけ許せなかった。今度は、誰のためでもない。自分の中から湧き上がる感情だ





「そうだね。あの時は、ホントにレオ姉いてくれて助かったー。初めてだったし、急だったし、ちょっと怖くて……。」



「そう……だったのか……」



「うん。」



”ねー。そうだったんだよー”と覚えていないだろう大地に向かって微笑む。抱き上げた大地は何の事だと訳が分かっていないけれど、母親の笑顔につられニコリと笑った。

「まぁ、今があるからそれで…ん?」



何かをいいかける愛実だったが、急に近くにいた彼が立ち上がるのを見て言葉がとぎれる。






「わりぃ。俺、夜勤だったの思い出した。これから帰って着替えなきゃいけねぇーから帰るわ」




「え?そうなの?大丈夫?」



「あぁ、また来る」




ちょっと。からかいすぎたかしら。と思いながらも、あえて何も言わず見守る。



愛実は、少しだけ心配そうにして大地を抱っこしたまま彼を玄関まで送りに行った。





"大輝………、大丈夫?"



"あぁ、……大地、またな。"





聞こえてくる会話、愛実はどうやら、何かを察した様子で、リビングの扉から入ってきた。大地を抱いたまま、私が座るダイニングチェアの反対側に座ると、小さく息を吐く。





「さっき、つい懐かしい思い出に…大輝の事忘れて話しちゃった。あの場にいなかった大輝は…面白くない話だったよね」





「なんで、アナタが落ち込むのよ。第一、彼がいなかったのは彼自身が選択したことでしょ?」





「うん、けど、私も……いけない。何も彼に告げなかったから……」





落ち込む愛実を前に、少しだけ言葉に迷う。



出産後、愛実は事の次第を少しずつ話してくれた。確かに、あの時、無理でも…妊娠の事、彼をちゃんと愛していること…すべてをきちんと伝えていればこんな風にはならなかったのかもしれない。



けれど、それは凄く勇気がいることで、もし、私が同じ立場だったなら……本当に彼が好きだったなら、きっと怖くて逃げだしたし、子供だけでも、いてくれればいいと思っていただろう。





「あなたは悪くない。だけど……彼もそれほど悪くない。………そうね。タイミングが悪かったのよ。いろいろと」






あぁ、やっぱり、私は結局誰の見方でもない、愛実と、自分の味方なのだと気づいた。






「さぁ!ご飯たべましょ?私が作るわ。」



精一杯明るくいい放つと、私は勢いよく立ち上がりキッチンへとむかった。




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