10.過去
この前の約束を果たそうとレオに誘われ彼の家へとやってくれば、そこに愛実の姿もあった。
ダイニングテーブルに腰かければ、勝手知ったる様子の愛実がコーヒーを淹れ、目の前に置いてくれたので、「ありがとう」と一言告げる。皆に飲み物を配り終えた愛実は、レオから子供を受け取り、自分の膝へと座らせた。
「そうか、無事に大輝と和解したようだね。」
事の次第をレオから聞いた俺は、目の前の子供を抱っこした愛実を見る、彼女は少しだけ眉を下げて小さく笑った。隣にはレオがいて大地を横からあやしている。こう第3者目線で見ると…何と言うか姉妹にも見える
「うん、久しぶりなのに……なんかそんな気がしなかったよ。やっぱり大輝は大輝だね」
「そうだな、他のみんなも変わっていないよ。それより、俺のミスで……すまなかった」
「え?なんで赤司君が謝るの?私は赤司君にむしろ感謝してる。機会を与えてくれて。」
「愛実……。」
「それに、私が今こうして大地と暮らせてるのも赤司君のおかげだよ。感謝してる」
そんな風に言ってくれる愛実を見れば、大地を抱きしめて優しく笑っていた。ふと、少し前にレオが言っていた言葉が頭をよぎる……「母は強い」か。
思い返せば、高校3年生の卒業を控えたあの日の愛実が頭に浮かぶ。確かに、あの日、俺の祖父を訪ねてきた小さな姿はどこにもない。
―――――2年前
その日、俺は父が忙しい代わりに、一人暮らしの祖父を訪ねていた。独り暮らしと言っても気ままな隠居生活がしたいと早くに父に家督を譲り、京都の別荘でのんびり過ごしているだけなので本人はいたって元気だ。
季節外れの名残雪がちらつく寒い日だったのを覚えている。
ふと扉をたたく音に気づいた俺は、珍しいと思いながら祖父に問いかけた。
「御爺様、来客の様ですが?」
「ぁあ、愛実だろう。連絡をもらった。中に入れてやってくれないか」
「はい」
愛実と名前を聞いた時、思い浮かんだのは中学時代を一緒に過ごした彼女の顔。高校は別になったと聞いたが、それでもいつも彼女の傍には青い髪の彼がいた。
彼女は明るく、誠実で、優しかった。別段綺麗とは言えないが、その内側から良さが滲み出ては、彼女の容姿を2倍3倍にしていた。できるならこんな人を妻にしたいと思ったのは高校に入ってからだったか……。けど、それはかなわなかった。なにせ、彼女は一心に青い髪の彼しか見ていなかったのだから。
まさか、ここに愛実が来るわけないと思っていた俺は扉を開けて驚きのあまり目を丸くする。それは、そこに立っている彼女、愛実も同じの様だ。
「あっ、赤司君!?ど、どうして?」
「それは、こっちのセリフだ。どうしたんだい?ココは俺の祖父の家なんだが」
「え?」
わけがわからないと言った様子の愛実をとりあえず招き入れれば、祖父のいる座敷まで案内する。祖父は愛実を見ると「よく来たね。寒かったろう?ほら、とりあえずこたつに入りなさい」などとのんきに言っている。
それから、唖然とする俺を見て、ニコリと笑うと愛実が持ってきた御土産を嬉しそうに開けていた。
「征十郎、この子は愛実。ワシの孫じゃ」
「は?何をおっしゃっているんですか?孫は俺だけのはずでは…」
「あぁ、正確にはワシの前妻との間の孫じゃ」
「はぁ?」
前妻がいたなんて話は初めて聞いた。まぁ、父もあの性格だ、必要のないと判断し伝えなかったのかもしれない。
「よろしくしてやってくれ」
いや、よろしくも何も、もうよろしくしているが……と言う言葉は出てくることもできず、思考回路がうまく機能しない中で、目の前で繰り広げられる愛実に対する俺の自己紹介をただただ眺めていた。すると、そこでやっと愛実がそういう事かと、合点が行ったとばかりの表情をした
「おじいちゃん、えっとね、私、彼の事知ってるよ」
「はて?」
「あのね、私も今まで親戚とは知らなかったんだけど……赤司君とは中学が一緒だったの」
「ほぅ、なら話は早い。仲良くな」
いや、話早くないでしょ御爺様!
笑って言う祖父を見れば、もう、土産を開け食している。しかも愛実も横で「赤司君と従弟同士なんて嬉しいなぁー」なんて言ってるし!いや、嬉しいが……
いや、そうじゃなかった。
「それより、愛実はどうしてここに?」
けれど、この一言で、また彼女の顔が強張る。そして、空気は一気にシリアスなものへと一転した。
「おじいちゃん……せっかく高校まで出させてくれたのにごめんなさい。
私…赤ちゃんができました」
俺は言葉を失い、驚きのあまり目を丸くした。
祖父を見れば、ただじっと愛実を見ていた。
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