The Countess-03

本屋の看板を見上げ、今日こそは!とセラスは意気込んだ。
数日前にこの本屋を訪れた際は、本の選定に時間がかかった上(しかも決めることができなかった)、店内で会った見ず知らずの女性と言葉を交わしただけで門限の時間を迎えてしまった。お前は一体何しに行ったんだ、と呆れ顔のインテグラに苦笑いしか返せなかったのは記憶に新しい。
セラスとしてはもっと早くリベンジを果したかったのだが、セラスの活動時間が陽が落ちる夕刻以降であること、訓練や実践などの様々な要因が重なり今日になってしまったのだ。
腕時計で時間を確認する。今日はゆっくり本を探せそうだ。
それにしても。セラスは思う。
「(綺麗だったなあ…あの人)」
本屋で出会った女を思い出し、セラスは頬を染めた。
話し方、立ち振る舞い、ふとした仕草。それに加え、整った外見。何一つとして欠点などなさそうな女性だった。レディとは彼女のような女性のことをいうのだろう。
セラスはインテグラを思い浮かべる。言動は男性的なところもあるが、インテグラも所作から育ちの良さが窺える。
「(でも、違うんだよなあ)」
女とインテグラの相違点。
言動が女性的か男性的かの違いではない。インテグラにないものを女は持っていた。
貴族的、というのだろうか。古典的ともいえる独特な雰囲気。インテグラが現在の貴族だとしたら、女は中世ヨーロッパの貴族を彷彿とさせた。そして、その感覚はセラスにとって珍しいものではなかった。
「(そういえば、マスターもそんな感じが…)」
セラスの頭の中で、尊大な態度のアーカードと柔らかい笑みを浮かべる女が並ぶ。
いやいやいやいや。何とも言えない組み合わせにセラスは頭を振った。あまりにも性格が違いすぎる。
セラスは頭の中から二人を追い出し、本屋のドアに手をかけた。


本屋に入ったセラスは、怪奇小説コーナーへ向かう。とは言え、一体何から手をつけるべきか分からない。とりあえず、本を並べている店主であろう初老の男性に声をかけた。
「あの、吸血鬼の本ってありますか?」
「吸血鬼?」
「ブラム=ストーカーのは読んだんですけど、」
他には分からなくて。はにかむセラスに店主はああ、と声を出す。
「それならこれが有名だよ」
店主が棚から取り出した本は、偶然にもセラスが先日手に取ったものだった。
「吸血鬼カーミラ…」
「この作品はドラキュラで有名なブラム=ストーカーよりも先に発売されたものでね、当時は珍しかった女吸血鬼の話なんだよ。ドラキュラには劣るが、吸血鬼ものの中では有名だね」
へえ。感心した声を出したセラスに気を良くしたのか、店主は饒舌になる。
「主人公の手記…独白形式というのかな。そんな風に書かれていて、主人公目線だから最後まで謎が残るんだ。憶測するのも楽しいかもね。それに著者のレ=ファニュはブラム=ストーカーの学生時代の先輩で…」
吸血鬼ものでは有名だからあの女性も知っていたのか。店主の話を右から左に聞き流し、セラスは思う。
「あの、ありがとうございました。ちょっと中を見てもいいですか?」
「ああ、勿論だとも。他にも吸血鬼の作品もある。どうせ閑古鳥が鳴いてるような店だ、ゆっくりしていきなさい」
有名ならばヘルシング邸にもあるだろうが、快諾してくれた店主に甘え、セラスは冒頭部分を読みだす。
なるほど、店主の言葉通り主人公視点の話らしい。ドラキュラとは違った形式で面白いかもしれない。セラスはページを捲った。


暫く読み進め、正体不明の貴族の母子を乗せた馬車が事故を起こし、主人公に出会うシーンになった。急いでいるらしい母親は、気を失った娘を主人公の父親に託し、どこかへ向かってしまう。気を失った娘が目を覚ます。目覚めの第一声は、


「『お母様はどこにいらっしゃるの?』」
「ひっ!?」


耳元で囁かれた言葉に、セラスは短く悲鳴を上げる。驚いて振り返れば、先日会った女が口元に手を当て、くすくすと笑っていた。
「ごめんなさい。随分熱心に読んでいたみたいだから、つい意地悪をしてしまったの」
「わ、私も声を出してしまってすみません…」
女はセラスが持っている本に、ついと視線を動かした。
「その本、気に入ったの?」
「あ、はい。読みやすくて、つい夢中になっちゃいました」
「そう。貴女、これから時間はあるかしら」
「え?えっと…」
セラスは慌てて時間を確認する。どうやら今日はそれ程時間は経っていないようだ。
「はい、大丈夫です」
「もし良かったら、通りの角にあるカフェに行かない?私、貴女とお話したかったの」
駄目かしら。首を傾げる女に、セラスは頷く。
「はい、是非!」
セラスの返答に、女は心底嬉しそうな、きれいな笑顔を浮かべた。


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