ゆらり、と少しとろみを帯びた透明な液体がグラスで踊る。
青い切子のグラスは、三郎が酒飲みの雷蔵のために誕生日プレゼントに贈ったもので、対で買った片方は今だ戸棚に仕舞われたままである。

「一緒に飲もうと思って買ったのに…。」
「だから使わないで取っておいてあるだろう?」

くい、とグラスを傾ける雷蔵はご機嫌だ。
三郎自慢の料理の腕で作られたツマミに嬉々として箸を伸ばしながら、空になったグラスに新たに酒を注ぐ。
随分良いものを大学の先輩が分けてくれたのだと言っていた。
その言葉通り、ただの水にも見えるそれを美味しそうに飲む雷蔵に、三郎はつまらなそうにテーブルに突っ伏した。

「生徒にツマミ作らせて自分は晩酌ですかー。」
「うん。美味しいよ三郎くん。」

ありがとう。と笑顔を向けられてしまえば黙ってしまう三郎に勝ち目など、ない。
大人はずるい!と内心で地団駄を踏みながらそれでもお代りのつまみを作るために立ちあがる。
台所からちらりと覗いた雷蔵は、幸せそうに酒を飲んでいる。
それから自分の体を見下ろし、三郎はため息を吐いた。
まだ、どうしたって子供な自分。
教師である雷蔵に一目惚れし、アタックして玉砕しアタックし続けようやく傍にいられるようになったのに。
こうして彼と自分の差を知る度、三郎はため息を吐いた。
茹でた落花生と先日作った漬物を持って行くとまた雷蔵が目を輝かせた。

「三郎さすが!!分かってる!!」
「分かってないよ。酒飲めないもん。」

拗ねた口調で皿を雷蔵の前に置くと、ぷい、と顔を背けてソファに上半身を預ける。
こうした態度がまた子供なのだと、分かっていても止められなかった。
雷蔵は大人で、三郎に手を出すことは出来なくて。
三郎は傍にいるためにそれを受け入れるしかなくて。

「おっとっ、」

そっぽを向いた三郎をよそに、雷蔵が焦った声を出す。
何気なくそちらに顔を向けると、勢いよく出た酒が零れてしまったらしい。
もったいない、と残念そうに呟く雷蔵の手も酒に濡れていた。
先ほどより濃い酒の匂いに、三郎が誘われるように手を伸ばした。
濡れた雷蔵の手をとり、「ん?」と酔った頭で首を傾げるのを無視して濡れたその指を舌で舐める。
ぴくり、と反応する指先に気を良くしてぺろぺろと手に付いた酒を舐め取る。
雷蔵が好む酒は強いものが多く、今日のそれも同様だったようだ。
ただ舐めているだけなのに、頭がぼんやりとしてきた。
自分より大きな手に、うっとりと目を細める。
大きな体も力強い手足も、自分の倍は年を経ている雷蔵の体のパーツそれぞれが、まるで自分と違っていて。
ちらりと上目使いに見上げた顔には髭も伸び始めていて、手から舌を離した三郎はそのまま体を伸ばしてそこへも舌を這わせる。
じょり、とちくちくした感触が舌に伝わって、くすくすと笑いを零した。
調子に乗って唇にも舌を這わせようとしたところで、「こら。」と額をぺしりと叩かれる。

「なんだよぉ。」
「…酔ってるね三郎。」

数滴舐めただけなのに…。とため息を吐く雷蔵になんら変わった様子はない。
少し欲情しかけていた三郎はそれがつまらなくて、小さな子供のように唇を尖らせて「よってない!」と主張した。

「いや酔ってる。…そこまで弱いと思わなかった。」
「よってないってば!!」
「はいはい。」

雷蔵はといえばすっかり酔いは冷めてしまったらしく、ごねる三郎を抱き寄せぽんぽんと体を優しく叩いて宥めに入った。
むーむーとしばらく唸ってはいたが、温かい体と雷蔵の匂いと、その優しい手つきに三郎の目がとろりと下がり始める。
酒と眠気でぼんやりした三郎は猫のようにすり、と体をすり寄せ、それを最後にすぅすぅと寝息を立て始めてしまった。
それを確認して、雷蔵は今度は悶々と自分の体に籠もる熱に堪えながら再びグラスを傾ける。

「…はやく、大きくなってね。」

僕の理性が保っていられるうちにさ。
そう呟く雷蔵の声は、夢の中の三郎には聞こえるはずもなかった。



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