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ああ、なんて美しい世界 08


「イャンガルルガはイャンクック通常種、亜種とは全く違う完全に別種。形だけで中身は全然違うから注意しろよ」
「へぇ」

 荷台の中、朝食代わりの肉を頬張りながらイャンガルルガについて青峰にレクチャーをして貰う。
 彼が言うには、ガルルガの外見は通常種と同じで色が紫色なのが大きな違いの大型の鳥竜種モンスターだ。大きな耳とクチバシを持っており、火の玉を吐くし尻尾には毒を持っている。そして一番注意しなければならないのは戦闘行為が好きな種であるということだ。

「イャンクックと一緒にするくらいなら、飛竜種と一緒にしてる方がまだ良いな」
「飛竜種って……そんなに強いやつなのかよ!?」
「とにかく攻撃的なんだよ。ギリギリまで逃げ休んだりしねぇし、頭が良い。誰だったか『ガルルガはお前より頭が良い』って言われたな……緑間だったか?」

 ガルルガ知識の他に不憫な話を聞いてしまい返答に困ってしまったので、とりあえず肉を頬張って誤魔化しに成功。
 がたんっと荷台が揺れ、整備された道から逸れているのが体感でわかった。乗せている荷物が転げ落ちないように支えながら、少しずつ集中力を高めていく。
 荷台は北へと全速力で道を走っていた。王都から一番近い狩場に向かっているらしい。

 桃井が言っていたテツくんとは黒子テツヤという笛使いで、きーちゃんは黄瀬涼太という操虫棍使いらしい。黄瀬の方はまだ見習いで、黒子が面倒を見ている。今回はアオアシラ討伐任務をしてからケルビの角を獲って帰るという予定だったらしいが、その道中でガルルガに遭ってしまったようだ。
 道らしい道がなくなりガタガタと音を立て、そろそろ荷台が解体してしまうんじゃないのかと思い始めたあたりでようやく拠点地に到着した。

「待たせたなっ」
「悪い、こんな奥まで全速力で来て貰って」
「なに、王都までガルルガが来たら困るからな。頼んだぜ英雄」

 青峰は何枚かの札を運転手のポケットにねじ込んですぐに森の中へと入って行った。
 火神はとりあえず口を挟まずに、サポートするという気持ちで一歩後ろから青峰に付いて行く。どうせ何も分からない身だ。ぐいぐい前線に出てもそれこそ足手まといになるだろうとの判断だ。

「まず合流すんぜ」
「どこにいるかなんて分からねぇだろ。どうする?」
「なんとなくこっちの気がする」
「は?」

 マップすら持たずにすたすたと周りに気を付けながら進んでいく。この男、今何て言った? この広い狩場で二人と一匹を探し出さなくてはいけないのに、なんとなく、こっちの気がする、という理由で道を決めている。百歩譲ってマップはなくても良いということにしよう。ここらによく来ていて覚えているということもある。しかし、こっちの気がするというだけで道を決めるのはどうなんだ。

「少し考えた方が良いんじゃねーの?」

 口出しはしないでおこうと考えていたばかりなのに、つい言ってしまった。王都初の狩りで迷子だけは避けたいのだ。

「いや、こっちで正解っぽい」
「なんでわかんだよ」
「勘だよ、勘。こっちの方が嫌な感じがするんだ」

 なんだそれはと思いつつ、向かう先の様子がおかしいのが徐々に火神にも分かってきた。火の影もないはずの森の中で焦げた臭いがするのだ。
 広場のように広い場所にたどり着いて火神は目を見開いた。この場所で戦いがあったというのは一目瞭然。しかもついさっきだ。小型のモンスターは巻き添えを喰らったのか死に絶えていて、プスプスと小さいながらに火が燃えている。木々は横に折れていて、かなりの力で倒されたのだろうことが予想できた。

「……ね、くん」
「いまなんか、」

 聞こえた、と言う前に青峰はすでに行動していた。声が聞こえてきた場所に行って、その主を探す。

「テツ!」

 そして探し当てた。倒れた大木の陰に隠れるようにして二人とも倒れていたのだ。青峰が手を貸して黒子はどうにか起き上がらせ、黄瀬もと思ったが、様子がおかしい。

「解毒剤を持っていませんか?」
「チッ、ガルルガの毒にやられたのか」

 テツを頼むと言われて、とりあえず支えになってやり回復薬を渡した。黒子の方はなんとか自分で飲めるが、黄瀬は解毒剤を飲むことすらできない状態だった。

「回復薬が足りなくて……。薬草があったので黄瀬くんにそれを使ってしたのですが……間に合って良かった。本当にありがとうございます」
「テツがこんなポカすんの、珍しいな」
「ケルビを狩るだけだからと、知らないうちに油断していたんでしょうね。恥ずかしい話です」
「ま、とりあえず拠点に戻って体勢を立て直すぜ」

 黄瀬は火神が背負うことにした。最初見たときは土色だった顔色も解毒剤を飲んだ(というか、無理矢理飲ませた)からか、赤みがかって健康的になりつつある。
 四人は先程来た道をそのまま引き返し、モンスターに遭遇せずにどうにか拠点まで辿り着いた。ベッドに黄瀬を運んでから火を起こして少しでも楽に休める状態にする。

「うええ、黒子っちいぃ」
「おや、起きましたか。調子はどうですか? いま回復薬を持ってきてあげましょうね」
「んなもん頭からぶっかけたら治るっつの」
「青峰っちもいるううう」

 火神が簡易食を作っていると、ベッドから呻き声が聞こえた。どうやら黄瀬が目覚めたらしい。

「改めまして、僕は黒子テツヤと言います。黄瀬くんもご挨拶してください」
「黄瀬涼太っス」
「えっと、火神大我だ」

 黄色い髪の毛に黄色い瞳。まるでトパーズのように美しく、その整った顔立ちをさらに美麗に引き立たせているのが黄瀬で、影が薄くいまにも消えてしまいそうな少年が黒子。どちらも見つけたときよりかなり回復している。

「誰もいねーから連れてきた」
「……は?」
「ひょんなことから知り合って、なんだかんだしてたら行くことになってた……です」
「ああ、敬語でなくて大丈夫です。ぼくの敬語はお気になさらず。というかひょんなことからというそこから聞きたい話ですが、今はそんな時間はなさそうですので、帰ってからにします。ギルドに入った新人ではないということだけ覚えておきますね」
「と、とりあえず飯食え。なにするにしてもまずは飯だ」

 一階の薬品や道具が収納されてあった部屋のなかに保存食も置いてあったので幾つかとスパイスも拝借させて貰っていた。固形のそれと水を鍋にいれてかき混ぜるとお粥のようなものが出来上がる。少しその辺に生えている草のなかで食べれるものを混ぜると完成だ。

「いただきます。…………美味しい」
「あ、本当だ。いつもの保存食とは思えないっス!」
「スパイスも少し詰めてきたからそれが良い味になったのかもな。ま、なんにせよ食えるもん持ってきてて良かったぜ」

 ガツガツと食べる二人を見てとりあえずひと安心だ。そこからすぐにイャンガルルガの話に移る。

「で、二人とも行けそうか?」
「勿論っス。もうヘマはしない」
「僕もです。ここで帰るなんて、僕たちの流儀ではありません 」
「流儀?」
「モンスターを人里に連れて帰ってはならないってことっス。俺たちのって言うかハンター流儀っスけどね」

 どこかで聞いたことのある言葉だと思うのに、なかなかその場面が思い出せない。被害が加わるようなことをしてはいけない、それを選択肢にいれてはいけないとどこかで……。そう考えている間にも三人の話は着々と進んでいく。

「今回のガルルガは手強いか?」
「……僕たちと遭ったときにはすでに片耳を失ってました。けれど、それはもう随分と古い傷のようです」
「傷ついたイャンガルルガか、厄介だな 」
「どういうことだ?」
「傷のないガルルガより、傷を負ったガルルガの方が強い可能性があるってことです」

 イャンガルルガは戦闘を好み、同種とも他種とも誰彼構わずぶつかってくる。そのため傷は当たり前のように耐えない。新しい傷でも弱っているという証拠にはなり得ず、寧ろ凶暴化していて要注意だという印だ。さらにその傷が古傷であった場合は、戦いに勝利した強者であり、戦闘経験値が豊富な個体だと考えた方が良い。
 それくらい、イャンガルルガは注意を払わなければならないモンスターなのだ。

「しかも、俺と黒子っちと戦って気が立ってるから余計に容赦ないと思うんスよね」
「あっちが逃げたのか?」
「いえ、たぶん僕らを見失っただけです」

 ガルルガに尻尾で二人して吹き飛ばされて、偶然折れて倒れた大木の影に隠れられて難を逃れた。あのモンスターはちまちまと探すような性格ではない。仮に目の前の敵を倒しても、またすぐに違う敵を探すようなモンスターだ。二人を倒せていないと分かっているなら、必ず見つけ出そうとするだろう。

「でもかなり頑張ったから、あと少しで……っい!?」
「……ちょっと、もしかして黄瀬くん」
「ははは、……足、痛いっス」
「お前、全っ然使い物になんねぇな!」

 簡易ベッドから降りようとした黄瀬が足を押さえて涙目になっている。これで他三人は全てを察した。火神だけは黄瀬の残念さも察した。
 防具を解いて足を出してみると、足首が赤紫色に変色してしまっている。どう考えてもこの状態で狩りになんて行けない。折れてはなさそうだが、絶対安静にしておかなければならない怪我だ。

「仕方がありません。黄瀬くんはキャンプに残ってもらって、僕と青峰くんと火神くんでどうにかしましょう。いいですね?」
「ああ」
「黄瀬、余ってる回復薬はテツに渡せ。こんだけありゃどうにかなんだろ」
「あああ、マジ俺ってば……また怒られるっス」

 頭を抱えて悩んでいるのは、ギルドのリーダーに怒られることらしい。イャンガルルガの脅威は二の次である。それは、自分の先輩である青峰たちなら討伐できる力があると知っているからだ。帰りもこのメンバーで帰れると確信している。

「なにか「もうヘマはしない(キリッ)」だよ」
「その時は足の痛みなかったんス! 黒子っち、青峰っちがいじめる!!」
「はいはい、大人しくしときましょうね。すみません、うるさくて」
「いや、なんか楽しいな」
「楽しいですよ、毎日飽きません」

 にこりと笑う黒子の顔には嘘も偽りもない。その笑顔が眩しい。いや、黒子だけではない。この三人全員が楽しそうで眩しく感じるのだ。ハンターは一人で生死を分けた戦いに挑む。しかし、仲間がいて助け合いながら、命を預けながらハンターをするのも悪くはないと思う。それは旅をしていて火神が思っていたことだ。それをまさに具現化したのがこの三人のような気がする。

「んじゃあまぁ、行くか」
「火神くん、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
「はやく帰ってきてくださいっス!」

 火神にとって初めてのフィールド、初めてのメンバー、初めてのモンスター、王都第一回目の狩り。大剣使い二人、笛使い一人、計三人の即席グループで今、キャンプを飛び出した。



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