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Apartment &


――とあるアパート、そこはキセキのアパートと呼ばれている。なぜならばそのアパートの住人は今をときめく人材ばかりが揃っており、マイナーな職多いにも関わらず誰もが名前を言えば聞いたことがあるというほどである。その分野を極めた者たちの住処、わずか6名の住人、とりあえず色の強いものたちの集まりだ。


「で、どういうつもりだい?」
「だから、あの、期限を……その、二週間……い、いや一週間!それだけ貰えればと思って……」
「青峰っちダサいっス」
「うっせぇ!」

このアパートには9部屋存在し、6部屋はキセキたちが住んでいて埋まっている。そして玄関ホールの上階に位置するアパートの中でも一番広い一室はアパートに住まう人びとのために共用リビングとして設けられている。普通のリビングと同じく、身長の高いアパートの住人でもゆったり寛げるソファがあったり、テレビや冷蔵庫も置いて普通に過ごすことも出来るようになっている。たまに覗くと誰かがいるような状態になっている。そんな部屋では月に一度、よっぽどの理由がない限り集合しなければならない日が1日ある。それが今日なのだ。

「赤司くん、僕の分です」
「俺も俺もっ!」

デザインの良いソファにゆったりと腰掛け、目の前に青峰を床に正座させている赤司に黒子と黄瀬は封筒を渡す。彼はそのまま中には入ってる紙幣を確認してオーケーサインを出す。紫原はそのまま現金で渡していたが、オーケーサインはしっかりもらっていた。

「あとは大輝だけだね」
「つか緑間は?」
「真太郎は今回は不参加でも良いと許可したよ」
「は!?」
「なにせ大切な演奏会があってね。そちらを優先させるように言ったよ」

一点の曇りもないガラス机の下からファイルを取り出して一枚のチラシを見せた。

「なんだ、緑間ウィーンにいんのかよ」
「おや、この指揮者の方は赤司くんが好きだと言っていた方ではないですか?」
「よく覚えていたね、テツヤ。真太郎がこの人と一緒の舞台に立つと聞かされていたから事前に許可しておいたんだよ」

そのチラシには大きく指揮者の写真と名前が載っており、その下に同じくらいの大きさで緑間の写真。巨匠と新星ピアニストがどのような音楽を伝えてくれるのか、ということがつらつら書かれてあり、主役が指揮者とピアニストの緑間だということが分かる。

「だから最近練習漬けだったんスね」
「赤司くんは緑間くんのことをよく見てますね」
「それは少し違うぞ。俺はみんなの事を見ているんだ」

おもむろに立ち上がって本棚に行く。その本棚にはここの住人達が載っている雑誌などを保管しておく場所だ。前にリビングに来たときと本棚の中身が変わっていることにそこでようやく黒子は気付いた。中身を一つ一つ見たわけではないが、本の背表紙の色が前と違って雰囲気が変わってることは分かった。この赤司という男は、多忙なのにも拘らず律儀に毎週この本棚を変化させているのだ。

「『真夜中の恋人たちに花束を』、読んだよ」
「あー、それ黒ちんの新しい小説だ。一昨日発売でしょ?店の子がすごい良かったって言ってた」
「ありがとうございます」
「おーそれ知ってる。昨日ニュースになってたもんな。本屋開店直後に売り切れだって」

モデルの中でもそれすごい有名なんスよーと黄瀬も話に乗る。一色の花で統一された花束が何束か落ちていくようなイラストが描かれてある表紙はいろいろなところで出されている。本屋はもちろん、広告塔にも乗せられたし、お昼のニュースに出てくることもあるくらい反響があったものだ。現在も売り切れ続出で購入できていない人もいるし、図書館だなんていつ借りれるか分からない位の人が予約している。

「日曜日の○○の番組でもインタビューを受けただろう?ちゃんと録画してあるよ」
「え、そこまで知ってるんですか」
「僕の情報を舐めちゃいけないよ。敦は……そろそろだな」

ピッとテレビのリモコンをつけると、ニュース番組の途中だった。コーナーがかわり、美味しいものを毎週特集しているコーナーだ。一つの店をピックアップしてケーキや料理が作り上がるまでを見せてくれるようなコーナーである。

「あ、俺の店だー」
「む、紫原くんが出てる!出てますよ!!」
「黒ちんうるさい。分かってるよ。赤ちんよく知ってたね、こんな小さなコーナーなのに」

カメラはパティシエである紫原を軽く紹介し、手元を映し出して大きな手でとても繊細なものを作り上げていくさまが大きく放映している。彼の大きい手は、材料を置く場所もまた絶妙のバランスを考えて動く。タルト生地の上にベリーをふんだんに使って、イチゴも赤々と煌めいている。食べ物なはずなのに、食べるのが惜しいくらい美しい。良く形容される『宝石箱』というのがやはりしっくりくる。食べたいけれど見ておきたい、でもその味を、と買った人々を悩ませるようなそのケーキは現在大人気ですぐに売り切れてしまう。

「敦の事を僕がしらないはずはないだろう。雑誌も発売するだろう?もう予約したよ」
「紫原もなんだかんだ雑誌とかインタビュー受けんだな」
「受けたくないけど店長が受けろって。お客増えてマジだるい」
「こら敦、せっかく敦のつくったケーキを食べたいって言ってくれる人がいるんだからそんなことを言ってはいけないよ」

赤司に言われてしまえば逆らうことなどできず、はぁい、とあまり元気のよくない声であっても返事をする。良い子だね、と言われてしまえばだるいとあまり口にしないでおこうと心に留めるくらいには更生する。それが紫原だ。

「赤司っち!俺はなんか見てくれてないっスか?」
「涼太と大輝は来月の雑誌を予約したよ。あと涼太はCMも撮っていたね」
「わー知っててくれたんスか!」
「え、俺なんか雑誌でるっけ?」
「涼太はいつものファッション雑誌とヘア雑誌にも出ていて、大輝はバスケでインタビューをされていただろう?」
「あー、そういえばなんか答えたわ」

今月号はここだよ、とまた机の下から雑誌を数冊取り出した。それは黄瀬が表紙であったり特集が組まれているものだ。流行の服を着こなしてポーズを決める彼は確実にモデルであり読者を惹きつけている。今、若手の中で注目されているのも納得のいく写真たちを愛おしそうに赤司は撫でる。

「赤ちんすごい〜。全員の仕事知ってるの?」
「まぁ分かる範囲は追ってるよ。僕がみんなの一番のファンだからね。……さて、良い話もしたところで大輝、あとはお前だけという事実は変わっていないぞ?」

慈しみを持った目で雑誌を見ていると思いきやいきなり現実的なことを言われて青峰は自然と背筋が真っ直ぐになる。赤司がキセキを大切に思っている、はい解散、という理想の会合終了にはならなかったらしい。

「あ、赤司…やっぱりどう考えても一週間待ってくだ…さい…」
「峰ちん悪い子だよね〜、期限くらい守りなよ」
「うっせ!昨日さつきが彼氏の愚痴言いたいっつってがばがば飲むから悪ィんだよ!」

青峰の言い分はこうだ。
今日のこの会合がなんの滞りもなく終了するように自分もちゃんと一週間ほど前から気を付けて用意をしていたのだ。それなのに前日になって桃井が今の彼氏腹立つだとかもうやってられないという電話が鳴り、結局幼馴染のよしみで付き合っていたのだがその費用は全て青峰持ちでどうしようもなかったとのことだった。

「あー…桃井さんは飲むとき飲みますからね」
「食うし飲むしで自棄になってたな、ありゃ。最後ラーメン三杯いってたし」
「桃井がそんな大変な状態であったのならば仕方がないな。一週間見逃してやろう」
「よっしゃ!」
「だけどそれ以上は待てないよ。どんな手を使ってでも調達して来い、いいね?」
「りょ、了解…」

桃井はこのアパートに住んでいない(住みたがったが女の子一人置いておくのはいけないと赤司がNGを出した)(遊びに来るのは可で、たまに泊まってもいる)が、キセキから同じ仲間だと思われている。大体彼氏関連で青峰に泣きつくのがお約束で、その時は赤司も寛容に見ている。今回も青峰のみが提出できていないが桃井が絡んでいたためそれを見逃した。

「っていうか、なんでここは手渡しなんスか?」

自分が渡した封筒をちらりと見て素朴な奇問を黄瀬は赤司に投げかける。その封筒には現金が入っており、黄瀬、黒子、紫原と全く同じ金額が入っている。もちろん緑間も事前にその金額を赤司に渡している。
この会合は月に一度開かれるもので、よっぽどのことがない限り仕事でも抜けることは許されず(今回の緑間のように赤司に許可を得た場合は別だ)、会合の意図は赤司に直接手渡しで「家賃」を払うことである。

「手渡しだとみんなで集まれるし近況報告もできるだろう?」
「でもさ〜そんなことしなくても結構皆リビングにいるよね」

そうなのだ。ここはアパートではあるが、共用リビングがあるため皆この部屋に集まる癖のようなものがついてしまっている。どこでも仕事が出来る黒子はよっぽどの修羅場ではない限りパソコンを持ってきてこの部屋でも仕事をしているし、紫原も定時で帰れる事が多いためこの部屋で寛いでいるのをよく目撃される。遠征が多い青峰や黄瀬はあまり現れないが、週に一度は必ず顔を出している。このアパートの主人である赤司もシフト制で動いているので変則的であるが夜に顔を出す。

「まさかこんなに皆がここを活用してくれるとは思わなかったからね」
「ここなんでもそろってるから居心地良いんスよねぇ」

自室にテレビがある者が少ないため、ニュース番組を見たいときは自然とこの部屋に寄る様になるし、誰かと酒を飲み交わしたいときもここにこれば誰かがいる。交流の場としてもしっかり活用できているのだ。

「まぁ、みんなで集まれるのは少ないからね。これからも原則手渡しでいくよ。いいね?」
「えー、面倒じゃね?」
「僕のいう事は?」


「「「ぜったーい」」」


「よろしい。はい、解散。明日も仕事頑張ろう」


<了>

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