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巣窟ヘヴン01


 外からこの建物たちを見たら、人は魔の巣窟とでも形容するだろうか。一つのしっかりとそびえ立つ新しいビルにまるで寄生するかのように増築に増築を重ねて城塞のようになっているそこは、常人であれば決して誰も近付こうとはしない。
 何者にも守られず、何者にも見放された地区なのだ。否、それゆえに自由を手に入れた地区だと言っても良いが。



「これ、前に言った額と違うけれど」
「逃げた世帯も多く……、次こそはっ」
「次がいつまでもあると思うことが間違いだとなぜ気付かないんだろうね? もうこの地区をお前には頼まないよ」
「征様、征さ……ガふッ!」

 光の入らない、古びた蛍光灯の光のみの薄暗い場所、したっぱが徴収してきた金を受け渡すときはいつもこの暗い場所だ。
 浅いたった三段の階段の下にいる、自分にすがり付こうとした男の顔を容赦なく横から蹴りつけた。赤いアオザイの、太股まで入ったスリットはこういうときに遺憾なく発揮される。蹴られた男は口から白い歯を二本吐き出しながら地面へと屈服。

「……はぁ、汚れた」

 蹴り上げた靴を見て真底嫌そうにしていると、控えていた男の一人がすぐに金の入った黒塗りのアタッシュケースを置いて側に寄り、膝に足(靴)を置いて柔らかな布でそのよごれを拭き取る。エナメルのそれは磨かれると美しく、まるで鏡のように光った。一通り綺麗になったと思えば、征様と呼ばれた男――赤司征は興味を失ったかのようにするりとその場から立ち去り、この建物群の中で唯一ビルと呼べる建物に入って最新型のエレベーターに乗り込み、上の階へ行く。
 到着するとチンとレトロな音がするのを意外と征は気に入っている。付き添いの男たちは手に持っていたファイルを渡し、そのエレベーターの中で頭を垂らして扉が閉まるまでそのままだ。いつもの事なのでそんなことは構いもせず、龍をモチーフとした金の取っ手が付けられている扉を開く。

「あ、虹村さ……っ」
「んー?」
「ちょ、止めてください! わ、どこ触って……」
「赤司が気持ち良くなるとこ」
「〜〜〜っ!」

 開いてすぐに見えるソファに男が二人。一人は征と同じアオザイを着ていて、履いていたズボンは膝までずり下げられており、深く入ったスリットのせいで横腹まで見えてしまってとても人前に出せるように状態ではなくなっている。

「……」

 先程のこともあって、征の怒りのメーターはかなりのところまで上がってしまっていたのに、目の前の光景を見て一気に限界値を通り越した。
 軽いステップを踏み、まさぐって満足そうにしている男の肩を思い切り蹴りつける。本当は頭をかち割ってやりたがったが、そうなると自分の半身の方へ倒れてしまうと見越しての肩への攻撃だ。

「ぐっふッ!」
「虹村さん!? 征、やりすぎだ!」
「僕のテリトリーで征十郎を手込めにしようとするなんて阿呆の所業に他ならない」

 ほらちゃんと着直して、と前髪が短いのとヘテロクロミアではないことを除けば自分とほとんど変わらぬ容姿の双子の兄である征十郎を立たせて綺麗にアオザイを着させる。それに満足したらソファに二人がちょこんと座った。ソファには虎柄の派手な布を被せているから、そこに二人がいるだけでなんとも言えない威圧感が生まれる。

「征、てめぇ……今日に限ってそんな硬い靴……せめてもっと柔らかいのにしろよ! 赤司と一緒の顔してっからって手加減してもらえると思うなよ」
「ハッ! 手加減なんて。僕に相手にして貰おうなんて思っている自体がおこがましいですよ」
「征、その辺でやめろ。俺が怒るぞ。虹村さん、大丈夫ですか?」

 征に腕を捕まれているから支えには行けないが、心配そうに虹村を覗くその真紅の両の瞳は不安に揺れており、そんな顔をされてしまえば例え大丈夫でなくとも大丈夫だと言って安心させてやりたくなる。実際問題、征に蹴られた肩は無理に外されたんじゃないかと思う程痛い。

「……征十郎はいつもあいつの肩を持つ」
「いきなり暴力はないだろう?」
「ふん」
「確かにここであの行動をとることについては俺も賛同しかねるけれど。ね、虹村さん」
「恋人といちゃつきたくてなにがわりぃんだ」

 そう、ここにいる虹村という男は征と双子の兄である征十郎の恋人にあたるのだ。イチャイチャべたべたしたくても征がぬけぬけと邪魔をしてくるからなかなか上手くはいかない。
 征がおらず、一人で事務作業をしている征十郎を見つけてチャンスと思ったのだが、いつもと変わらず邪魔をされてしまった。夜もたまに征十郎と一緒に寝ようとするものだから虹村は不満しかない。

「僕が仕事をしに行ったらすぐにこれだから、」
「仕事っつってもお前の場合は蹴るだけだろうが」
「それがこの帝光城を動かすことに繋がっているんです」

 先程のファイルを虹村と征十郎に見せる。そこには数枚の紙が入っており、グラフや表が並べられている。

「……赤が出ているな」
「収集係を替えます、いいですね? これっぽちしか収集出来ないなんて考えられない」

 そこには電気代や水道代のようなものから、ドラッグや武器などの普通に生活していたらまず見ない項目まであがっている。そう、それこそがここが何者にも守られず見放された場所であり、自由を手にしたと言えるところである。

 内戦、国同士の戦争、併合、独立などを繰り返すなかで流民が集まってスラム街が出来たのがこの場所の始まりである。
 一気に栄える原因の一つが、没落貴族が最後の力を振り絞ってスラム街のすぐ近くにビルを建てたことだ。更地の近くの街はとても大きい。近くスラム街を壊してオフィス街に変更するという噂も流れていたのでいち早くのったのだが、建設中も幾度となく国の揉め事やスラム街の反発もあってあとに続くものは居なかった。完成した時にはその没落貴族は結局全員命を何らかの形で失う形になり、ビルの管轄はある国の"赤司家"ということになった。しかしそこから国同士のいざこざが再度始まり、この地区は誰のものでもない場所となってしまって放置されて時が止まる。
 それを機にスラム街がビルまで広がり、ビルを囲むように色んな建物が密集して魔の巣窟と言われるほどまでに成長を遂げた。
 いまではビルの十階部分程までは増築されたコンクリートで覆われて日の光を見ることすら叶わない。ひどい場所は窓を破って中に侵食しているところもある。そんな法のない無法地帯になってしまったのを良いことに、薬売買、売春、賭博などの違法行為が横行しており、常人には住めない環境となっている。いつの間にかそこの一帯、高いビルとその周りの増築に増築を重ねた建物群全てをまとめて帝光城、と呼ばれるようになっていた。

「つってもなァ……。払えねぇんじゃ仕方ないだろ」

 払えなければそこから逃げる。それがここの常識、というやつなのだ。
 全ての場所が赤司たちの管轄地区ではないが、管轄地区はしっかりと家賃等の徴収を行う。帝光城は入り組んでおり、一ヶ月前にあった道も次はなくなっているかもしれないと考えなくてはならない程度には迷路化されている。無論そうしようとしてしたのではなく、好き勝手に部屋を造ったり物を置いたりした結果である。家も無数にあるし、出ていけば見付かることはないと考えての逃亡だ。そのため、ビルの管轄をしている赤司や、他の団体等が金を徴収しようとするともぬけの殻ということも珍しくない。

「そんなことを言っているから赤が出るんです。俺も征の意見に賛成。他に替えて逃げた奴らは追いましょう」
「うぅーん……」
「虹村さん」
「ここも慈善事業じゃないんですよ」
「わぁーったよ! 従う!」
「じゃあ金徴収は僕が全て仕切っても?」
「…………」
「殺しはしませんよ」
「本当だろうな」
「征十郎に誓って」

 虹村は唸りつつもなら分かった、と頷いた。
 征十郎はまだ情けをかけるが、征は容赦がないことは虹村も重々承知の上だ。組織を裏切った男三人を一週間かけて皮を剥がしながらなぶり殺したのはまだ記憶に新しい。

「じゃあ征、頼むよ。本家には俺が報告しておく」
「ありがとう、征十郎。キセキたちも暇をしているだろうし仕事をさせるよ」

 いってきます、ととても自然な動きで征十郎の口に自分の口を合わせてそのまま来た道を戻り、エレベーターに乗り込んだ。

「おい、おい!」

 すぐに征十郎の口を嫌がられるほど虹村が拭いたのは言うまでもない。


 征は虹村という男を好きになれない。同情、情け、容赦、全てやってしまうような、そんな柔い男だからだ。
 情け容赦なく物事を遂行させたい征とは水と油。本当ならば「虹村? ああ、いつの間にか死んでいたよ」というようなことを事実にさせたいのだが、いかんせん自分の半身がまさかあんな野郎に惚れ込むなんて。征の人生の中で一番の誤算かもしれない。征十郎が傷付くなんてことはあってはならない、だから虹村が邪魔でも仕方なく生かしている。

 虹村修造、この男はこのスラム街のリーダーの座についている。前は父親が仕切っていたが、父親が急死したため若くして座についた形になる。しかし異論を唱えるものは誰一人としていなかった。それほどには慕われている。
 ここの管理は赤司家がしていると外の世界から思われがちだが、実際は色んな派閥に分かれていて面倒この上ないことになっている。赤司家率いるキセキの世代たち、虹村率いる昔からのスラム街住人、他のマフィア、よくわからない新参者エトセトラエトセトラ……。現在は征十郎と虹村が手を取り合っているため規模はやはり赤司家が一番大きくなっている。赤司家的にはその方がことが有利に運ぶことが多いので征も強く引き剥がせないのだ。

 チン、とエレベーターが目的の階へ到着する。先程と同じ龍の取手が付けられている扉を開くと、その部屋には征と同じようなアオザイを着た5人の男がテレビを囲んでいるところだった。

「あれ、赤司っちはどうしたんスか?」
「下にいるよ、あいつと」
「赤ちん置いて来ちゃって大丈夫なのー? 」
「僕的には全く大丈夫ではないんだけれどね」

 征十郎の目は虹村と二人きりになりたいと語っていた。征に邪魔されなければもっと密着して解け合うように雪崩れ込むのだろう。それが分かっているから鳥肌が立つけれど、虹村でもキセキの世代でも他でもない征十郎がそう考えているのだから、その通りにさせてやりたいと思うのが征だ。勿論、征十郎を貸してやったのだから風呂くらい一緒に入らせてもらおうと思っているが。

「なにかあったのか?」
「さすが真太郎。仕事だ」

 先程と同じファイルを見せて徴収は好きにして良くなったのだと伝える。そして、僕の管轄になったからには赤を出すことは許さない、とも。

「へぇ、またお前の管轄なんてクソ面倒な仕事持ってきやがって」
「たまには働け。キセキの姫君の力とお前の本能で滞納者を探し出せ」
「その姫君は徹夜で作業をしてダウンしてるぜ」
「全く、徹夜はあれほど止めておけと言っておいたのに仕方がないな」

 はぁ、とため息をついてキセキの姫君が寝ているであろう部屋へ繋がる廊下を見た。ここは大きなリビングのようになっていて、その他に数部屋あって物置や仮眠部屋となっている。キセキの部屋はまた違う階にあるのだが、リビングでうとうととソファを占領して眠ると煩いので、同じ階に仮眠室を設けたのだ。
 姫君と形容されているのは、キセキ唯一の女性である桃井のことだ。彼女は情報を得ることが楽しくて仕方がないらしく、自分の使いやすいようにと自室とは別に部屋を借りているほどだ。パソコンとコードととりあえずなんだかごちゃっとした部屋で、画面がたくさんあって目が痛くなるから誰も入りたがらない。

「じゃあ大輝とテツヤペア、真太郎と涼太ペアで回ってくれ。桃井がいけそうなら情報を貰って、それまでは白間潰しに探そうか」
「俺と黄瀬か。珍しい組み合わせだな」
「大輝と涼太が一緒にならなければいいさ。だって、言うことを聞かない輩がいると、殺してしまうだろう?」

 ふふふ、と愉快に笑う。緑間もなるほどな、と頷いて先程のペアで良いと肯定した。

「ということは、今回は殺しは無しですか」
「テツヤの得意分野だね。殺さず金を持って帰れ、これが今回の命令だよ」
「んじゃあ銃持ってったらだめだな、すぐ殺しちまう」

 ちょっと獲物考えてくるわ、と青峰を先頭に名前を呼ばれた四人は自室に戻った。リビングには征と名前を呼ばれていない紫原が残される。そして勿論、当然であろう質問を投げ掛ける。

「俺はなにすればいーの?」
「敦は僕と街へ行って貰いたいんだ。銀行にいろいろと用があってね」
「ふーん? あ、室ちんとこ寄って良いー?」
「勿論。やることが全部終わったらそこでお茶をしようか」
「ずるいです、征くんも赤司くんも紫原くんにはいつも甘い」

 いつの間に戻ったのだろうか、ぬっと征の背後から黒子が現れる。紫原は驚いた顔をしていたが、征はからからと笑って同じくらいの背の黒子の頭を撫でた。

「僕たちはキセキのメンバーに甘いと思うけれど?」
「でも僕は征くんにお茶に連れて行って貰ったことなんてありません」
「黒子っちが拗ねてる! かわいー!」
「君に可愛いと言われても微塵も嬉しいと感じませんすみません、もう少し後で来て貰っていいですか」
「酷い!」

 黄瀬に対して黒子が冷たいのはいつものことなので誰もフォローに入ったりはしない。しかし黄瀬のいう通り、むすりと頬を膨らませて分かりやすく拗ねている様は征の保護欲を煽る。

「街で良い茶葉を買って帰ろうか。テツヤさえ良ければ付き合って欲しいのだけれど?」
「…………取って付けたようです」
「黒ちん面倒くせー」
「じゃあどうすれば許してくれるかな。どうすれば僕の愛情はテツヤに届くだろう」
「帰ってくるまでに許し方を考えておきます」
「ふふ、ありがとう」

 征が自分のために時間を割いてくれることに嬉しさを感じ、それが無表情ながらも滲み出てて周りにも伝わる。それにデレデレなのが勿論黄瀬で、ようやく帰ってきたら青峰と緑間は気持ち悪そうにその顔を見た。

「わりぃ待たせた」
「準備はできた」
「じゃあ頼むよ。虹村さんが殺しはよく思わなくてね、面倒をかける」
「とりあえず沈めて、もしいたら誰か人質とる方向でいいっスか?」

 沈める、というのはなにも海に沈めるという意味ではない。ここでの沈めるの意味は地下層へ……売春宿が多くドラッグの巣窟となっているそこで働かせると言うことを意味している。薬もやらせれば、その分の金と滞納分と両方の金が手にはいって一石二鳥だ。

「僕に任せたんだ。掟を破ったことを後悔させなくてはね」

 四人とも手にはククリナイフやらシーフナイフやらと飛び道具ではない武器を隠し持って出ていった。その眼は明らかに狩るものの眼で、征は満足して行ってらっしゃい、と送り出した。



続→

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