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秘密の園03


*モブ子ちゃんと赤司♀との会話で黒子♀はほぼ出てきません。


この学校は古くから創立されていて歴史がある。その歴史の中でいろいろと変わってきてはいるけれど、変わらないものもたくさんある。変わったものと言えば、図書室が旧館と新館に分かれたということ、体育館が取り壊しになって新しくなったこと、薔薇館も百合館も移動……など。変わらないものの一つとしては、この植物園が上げられるだろう。

広大な学校の敷地の一角。そこには小さいながらも植物園と呼ぶにふさわさい場所がある。園芸部の部員たちが日々丁寧に世話をしているのも伝統のようで、春夏秋冬いつ見ても美しい。園のなかにはベンチや小休憩用の机なども置いており、ランチをここですることも可能だ。
そんな僕もここで昼休みなどに本を読むのがお気に入りである。

「やあ、お手入れおつかれさま」
「!」

そんなに驚くかと思うほどびくりを体を揺らしたおさげ髪の女の子。この子はいつもびくびくしてなんでも驚く。

「雑草、すぐに生えるね」

僕の言葉にこくんと頷いて黙々と作業を進める。
今日は土曜日だから人は疎らにしかいない敷地中。その中で植物園にいるのはきっと僕と彼女だけだろう。彼女に一番近いベンチを選んで腰をかける。
先程図書館で借りたハードカバーの本の一頁目を捲ってゆっくりと目を通した。子供向けの童話だ。しかし中身は母国語ではなく英語なため、隣に電子辞書は欠かせない。
朝起きて、ふと学校に行こうと思うときがある。土曜日はお昼まで図書館が開いているからふらりと行ってふらりと帰る。開いているから別に入ってもいいんだけど、なんだか休日に人気の少ない学校に入るとドキドキする。その高揚感が好きだ。本を借りたあともそのまま図書館で読んだり、教室に行ったり、この植物園に来たり様々だ。本を静かに読める場所がいろいろとあるのはとても喜ばしい。

「むずかしそう」

声が聞こえて顔を上げると額に汗を滲ませた先程の女生徒が僕の前に立っていた。肩にかけていたタオルで汗の滲んだところを的確に拭き取っていく。
声をかけられて目が乾燥していることに気付いた。少し集中しすぎていたのかもしれない。栞を挟んでぱたりとカバーを閉じる。進みは軽快で、明日までに読み終われるかもしれない。

「簡単な童話だから難しくないよ。休憩かい?」

こくりと頷いて一緒に休憩する?と聞かれて誘いを受けた。
彼女は机に自分の荷物を置いていて、鞄から大きめの水筒を取りだし、付属のカップを二つ出して中の液体をとぽとぽと入れていた。

「ミルクティ」
「ありがとう」

彼女は僕が来そうな日がなんとなく分かるらしく、そういう日はこうやって飲み物を持ってきてくれる。僕は僕で多分いるだろうと思ったらお菓子を持っていく。今日僕はテツナと作ったクッキーを持ってきた。

「黒子さん、前に少しお話ししたの」
「君が?珍しいね」
「貴女の友人だから興味があって。でも怖かった」
「怖い?テツナが?誰かと間違えているんじゃないか?」

ふるふると首を振って確かにテツナだと言う。テツナが怖いとは、一体どういうことなんだろうか。
キセキと呼ばれるメンバーとテツナのどちらかといつも一緒にいるが、その中でもテツナは大人しい。典型的な文学少女で影が薄いとすら言われるほどの存在感だ。そんな彼女を捕まえて怖いだなんて。大輝でもあるまいし。

「貴女との馴れ初めを教えて貰った」
「馴れ初め?……そう。どうだった?」
「黒子さんの感想も一緒に聞いたからだと思うけれど、愛がいっぱい詰まってた」
「どういうことだろうか」

しっとりしたクッキーがこのミルクティに合う。植物に囲まれながらのティータイムだなんて優雅な一時が幸せだ。

「赤司さんは愛されているね」
「……そうか」
「キセキの人達が嫉妬しちゃうかなってドキドキした」
「テツナはどういう話し方をしたんだ」

友人同士の話で嫉妬だなんて。
否、まぁ友人から離れた行為もしているけれど(させられていると言った方が正しいかもしれない)。そこは黙っておく。

「んと、赤司さんの涙は自分以外の要因で流すのはだめ、みたいなこと言ってた」
「……っ」

口に含んだミルクティな逆流しそうになってしまってすぐに口に手を当てた。
なんて、なんてことを言うんだテツナは!言ったのがこの少女で良かったと言えばいいのかなんと言えばいいのか。彼女は自他ともに認めるあまり友人が多くない部類に入る。本人も人間と会話しているよりも植物と接している方が好きというくらいだ。この話が広まることはなさそうだが、それでもそんなことを言うだなんて。

「牽制の意味も込められていたんだと思う」
「牽制?」
「貴女に悪い虫がつかないように」
「?」

彼女の言っている意味が分からなくて首を傾げるしかなかった。
悪い虫、というのは比喩だという事くらいは分かる。しかしここには相手がいない。普通の共学校なら軽いノリで女子に接する男子に対して使うことは出来るが、女子校で悪い虫なんてつきようがない。登下校中なら話は別だが。

「黒子さんは女の子の中にも悪い虫がいると思っているんだと、」
「そんなまさか。男子もだめ、女子もだめなら僕は誰とも接せられない」
「んー……彼女なりのルールがあるのかもしれない」
「テツナのご意向に沿えば良いと? 僕の交友関係は僕が決める。テツナにもよく言っておくよ。気分を害してしまったなら僕から謝る」

話しの流れからして、彼女はテツナに悪い虫だと判断されているようだった。そんなのテツナの決めることではないしなにより失礼極まりない行為だ。憤りを感じる他ない。彼女とはクラスも違うし部も違うし接点はこの植物園だけだけれど、それでも悪い人ではないと少し話してみて分かる。そんな彼女に敵意を持つだなんて言語道断だ。

「そういう意味で言ったんじゃない。ただ単に黒子さんが貴女の事が好きなんだって伝わったよって言いたかっただけ。驚いたけど、最後は私の事を悪い虫じゃないと分かってくれていたようだったし」
「でも、」
「私も貴女について聞かれることがあれば少し厳しい口調で答えてしまうかもしれない」
「どういうこと?」
「貴女は寄ってくる人間には優しいから」

女の子だと特に油断してしまっているから、と彼女は言ってそのままミルクティを飲みきった。美味しい、とクッキーもすぐに空にしてしまっていたから自分の分も彼女の方へと差し出した。

優しい、だなんて滅多に言われない台詞だ。
厳しいだとか怖いだとかそういうあまり良いと思われない言葉ばっかり言われる。女の子としてそれはどうなのかと思うが、話し口調も話し方も高圧的に感じられてしまうらしい。なおそうにもこればかりは中々改善しないものでもうほとんど諦めている。

「優しいだなんて、どこをどう見て言っているんだ」
「私に付き合ってこうやってお茶してくれているところとか。最初に話しかけてくれたのも貴女だったわ」
「そうだったか」
「植物ばかりと遊んでいる私に何度も声をかけてくれたのは貴女だけ。すごく嬉しかった」

微笑む彼女を見るとなんだかとても気恥ずかしくなって目を逸らした。そう言われるのは悪い気はしないが素直に受け止められるほど心が出来上がっていない。
いきなりポケットが震えだした。すぐに画面を見ると電話が鳴っており、彼女に謝ってから電話をとる。

「はい」
『赤司さん?おはようございます』
「ああ、テツナか。おはよう。どうしたんだ?」
『今日、薔薇館に夕方お邪魔するんですがいらっしゃいますか?』
「夕方ならいるよ。そうか、大輝とどこかへ行く約束をしていたんだったか?」
『はい。映画を見に行ってきます。その後赤司さんに会ってから帰りますね』
「夕食も食べていくと良いよ。館長には僕が言っておく」
『ありがとうございます。ではまた夕方に』
「ああ」

そういえば大輝が珍しく自分で早く起きていたんだった。大輝が早起きする理由は遊びに行くか部活動かのどちらかしかない。今日は部活はないと聞いていたから遊びに行くという理由しかない。

「そろそろ帰ろうかな」
「僕はもう少し残るよ」
「うん、じゃあまた。……貴女は優しいから、誰にも見せずにしまっておきたくなってしまうわ」
「え?」
「うんん、なんでもないの」

なにを言ったのか聞き返したけれど、そのまま彼女は何時の間にか片づけられた水筒とクッキー(きっとこれは彼女の胃の中に全ておさまったのだろう)、雑草をとるのに使われていた用具を持って植物園を出ていこうとした。でも、僕も何か言わなければと思って意を決して彼女を呼び止める。

「あの、僕も、こうやって見ず知らずの人と話すのは苦手なんだ。でも君とは話せる……から、その、ありがとう」

きょとん、とした顔をしてふわりと微笑まれた。また今度お菓子持ってきてね、と台詞を残して植物園をあとにした。

キセキメンバーとテツナ以外の、誰にも知られていない僕の友人はひっそりとまた植物園で植物と戯れ、ひっそりと僕と会ってくれるのだろう。



誰もいない、この秘密の園で。





<了>

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