短編 | ナノ


肩を寄せ合って夜明けを一緒に待とう【金勝】


*君ペパロです。大丈夫な方だけどうぞ。


小走りで自宅のマンションに向かう。
勝呂はちらりと時計を見て小さく舌打ちをした。本当ならば2時間前には帰れていたのだ。だから連絡も入れなかったし今日の分の仕事を終えた後ゆっくりと帰り支度が出来た。なのにできていたと思っていた部下の仕事に不備が見つかり…というか不備がありすぎて白紙の状態になりこんな時間になってしまった。

(携帯充電器持って来とったら良かった)

何時からか分からないが、うんともすんとも言わなくなった携帯電話はもうカバンの奥深くでぐっすり眠っている。最近繋いだばかりの家の電話番号なんて覚えていない。これから仕事場に充電器を必ず常備してやると意気込みつつ、足早に前行く人を追い越した。マンションのエレベーターが来るのなんて待っていられない。階段を一段飛ばしで駆けあがり、ようやくドアが見えてきた。荒くなった息を整えてドアを開く。鍵はかけてないだろうと予想。

「ぼぉん!おかえりなさいっ!!」
「うぉあ!?」

ドアを開けた途端にド派手な金色の髪の毛が見えてきて、衝撃。次に目を開いたらドアップで金色の髪の毛の持ち主の顔だ。

「いきなり抱き着いてくんのあかん言うたやろ!」
「やって坊の足音聞こえてきたんですもん…嬉しいですやん」

しゅん、と怒られた犬のように項垂れる。その顔をするとなんだかとても悪いことをしたような罪悪感に苛まれてしまう勝呂は「次は飛びつかんでや、」と優しく諭すようにもう一度言い直す。はぁい、と派手な髪を赤いピンでとめている男、志摩金造は反省したような声を出す。

「遅なってすまんな。晩飯食ったか?」
「え?食ってません」
「おっま…遅くなったら先に食べとけ言うたやろ」
「やって坊帰ってくるかも分からんのに食べられません〜」
「ああもう、すぐ作るから待っとけ」
「やった!」

待っとって良かったぁ〜と勝呂の脱いだスーツとネクタイをハンガーに掛けながら金造は笑った。
勝呂と金造はルームシェアしていた。一般的なシェアと若干違うが、一緒に住んでいるのだから「シェア」という言葉を使っても問題はないだろう。ただ分けているものは家の敷地で、家事をするのは勝呂(ただ最近金造が風呂掃除を覚えたのでそれは彼の仕事になった)、家賃や水道代や食費などの生活費も勝呂、金造が移動するためにかかる交通費もたまに勝呂が出しているという状態だ。
その代わりに金造は勝呂に「飼われて」いる。まるで犬や猫のようにペットとして飼われているのだ。

「ほら、チャーハンしか出来んかったけど」
「坊の作るもんやったらなんでもええです〜」

いただきます、と二人で向き合ってご飯を食べる。今日はテレビじゃなくて金造が好きな音楽を流していた。勝呂はニュースが見たいけれど、ニュースをつけているとたまに金造が寝てしまうのでタイミングを見計らってつけるようにしている。音楽は金造が選んだものだがガンガンと重低音のあるものではなくて、カフェで流れるような柔かい音楽でチャーハンとは異質だったが耳には優しくていい選曲だと思う。ガツガツと食べる癖のある金造はいつも勝呂にゆっくり噛んで食べろと叱られてしまう。それに従って勝呂の様子を伺いつつゆっくりと食べるが、最終的にはやっぱりガツガツと食べる。

「お前はほんまに忙しないなぁ」
「ちゃいますて、坊の作るもんが美味しいから悪いんです。胃がはようって求めとる」
「ふは、なんやそれ」

そんなん言うてもまたガツガツ食いよったら叱るで、と言うが勝呂の顔は綻んでいる。
金造と一緒に暮らすまで勝呂は一人で暮らしていた。何を作っても美味い不味いと料理の感想を言う人などはいない。食べるときは一人黙々食べ、仕事の事について考えながら食器を片づけて、寝る。そんな味気ない生活だったのに、金造が一人いるだけでその生活はガラリと変わったのだ。
仕事の事など考えさせてやらないというように金造は勝呂と話したがる。自分の事をべらべらと喋ったり、一緒にゲームしましょうと言って誘ってきたり、この曲好きなんです〜といって音楽を聞かせたり。仕事で悶々と悩んでいるのがバカみたいに思えてしまう程だ。

「金造、ちょっと離れぇ」
「やですぅ〜」
「皿洗えんやろ」
「手伝いましょか?」
「お前初日に皿を五枚割ったこと忘れてへんか?」
「なんでも練習せなね」
「練習で家にある全部の皿割られたら困るわ」

肩に金造の顎を乗せられ、腹の前で手を組まれ、ぴったり密着された状態で器用に皿洗いをすることももう大分慣れた。本当に大型犬を飼っているようだ、と勝呂は何度も思ってしまう。しかもとびきり甘えたなやつだ。

「あとで一緒にテレビ見ましょうね」
「んー」
「で、耳掃除してください」
「この前やったばっかやろ。耳が傷ついたらあかんから却下」
「えー!」

まさか却下されるとは思わず、ショックを隠しきれない(むしろ隠そうともしてない)。耳を掃除される気持ち良さと膝枕をしてもらえる嬉しさを考えると、そこはすんなり引けない。いややいややと駄々をこねると勝呂がああもう、と代案を出した。

「髪の毛、洗ったるから。それやったらあかんか?」
「えっほんまですか?やったー!」

俺、坊に髪の毛触られるん好きですと言ってさらにくっついてくる。彼なりの愛情表現だと思っているから勝呂それを本気で拒むことはしない。金造に甘えられるのは嫌いじゃないし、髪の毛を洗うのだって勝呂は好きだ。そして苛々している愚痴をその時に聞いて貰うのだ。
勝呂は「甘える」と言う事が苦手だった。どうすれば良いのか分からないのだ。仕事で「もっと頼っていいんだよ」と言われても、どれだけの量の仕事を回せばいいのか分からないし、どう頼ればいいのか分からない。そうやって考える時間があるなら自分でしてしまった方がいいと考えてしまう。前に恋人にも甘えて欲しいと言われたがどうにも出来なかったということもあった。「甘える」という言葉は鬼門である。けれど金造は自分が目一杯甘える癖に遠回しに勝呂を甘やかす。自分の髪の毛を洗うときによく愚痴を溢すと感じているため、勝呂が行き詰まっていたり苛々していると感じれば「髪の毛洗ってください」と甘えるふりをして勝呂のガス抜きをする。

「風呂に湯溜めといて」
「はーい」

金造はすぐに風呂に行って湯をためる準備をした。その間に勝呂は洗い物を終わらせ、明日の用意をし、一息つく。明日は今日終わらなかった処理をしなければならないし、会議も入っているから一緒に夕食は食べれないだろう。金造の分は朝の内に作っておかなければ……そこまで考えて金造が帰ってこないことに気付く。この家の風呂は自動で湯が溜まるシステムなのに、なぜ風呂場から帰ってこないのか。

「きんぞー?」
「坊!風呂わきましたえ」
「なにしてたん」
「自動で沸かしてさらに蛇口からも湯出してました。その方がはよ溜まるし」

はよはよ、ともう金造は上半身裸で待機している。勝呂は分かったからそんな急かさんでと言いつつゆったりと風呂に向かった。
金造は湯船に浸かり、勝呂は服を着たままシャンプーをする。一緒に入りましょうと何度も誘われているのだが、男同士で入れるほど風呂は広ないからあかん、と誘われた分だけ断っている。

「今日のあいつはほんまに参ったわ、なんっで最後の最後で言うねん!」
「んー」
「どないな仕事してんねん、ほんっまに腹がたつ!」
「あかん!目に入る!その洗い方目に入る!!」

シャンプーボトルから何度もポンプして良いにおいのシャンプー液を出して金造の髪の毛につける。泡でもこもこになりながら金造は勝呂の話に相を打つ。勝呂の気分が高ぶると洗い方が雑になるのでその時だけは静止させるために声を出すが、ほとんど聞いているだけで、聞かれれば答える程度だ。

「仕事なめとるわ…。目ぇ瞑り。流すから」
「あい。坊の手ぇがなんか美容師さんみたいにプロってきてますね」
「洗うのだけな」

目を瞑らなくてもその泡や水が入らないことは分かっている。生え際を手で押さえて泡だけを綺麗に流しきって手で軽く水を切ってリンスをつける。

「坊の仕事は大変な事多いですね」
「どの仕事でもそうやとは思うけど…今回の仕事も部下に頼まんと自分ですれば良かったわ」

部下に回すよりも自分でやってしまった方が教える時間が省けるから早いし全体の流れが分かる。それが部下のためにならないと分かっていても今回のようなことがあれば回さなければよかったと後悔するのだ。期待して裏切られるなら期待したくない。

「それはあきませんわ」
「?」
「職場で一人で仕事してたらぼっちになりますやん。育つまでは我慢せなね」
「せやかて…」
「部下もきっと悪気あったんちゃうし、長い目で見ましょ?」
「…」
「俺、坊の結局最後まで手ぇ焼くところは可哀相な性分やなって思うけど嫌いちゃいますえ?」
「…可哀相ってなんやねん」
「いだだだだだすんませ、すん…っ許して坊ごめんなさい!!」

髪の毛を洗っていた手がこめかみに移り、その場所を思い切りぐりぐりと押してくる。痛すぎてじわりと涙が出てきたところで力が弱まってどうにか泣くことは回避された。
金造は思う。ほんまに可哀相な性分やなぁと。結局仕事を一人ですれば他の社員は定時までに帰ることもできるし、そうしてやろうときっと勝呂は心の底で思っているのだ。優しくて人を放っておけないタチであるというのはこの生活をして嫌という程感じている。そんな優しい勝呂だからこそ、どこの誰だか分からない金造を拾って一緒に住んでいるのだ。金造が一番彼の優しさに触れている。

「ほら流すで」
「ぶふっ顔…っ鼻に入……っ」
「終了」
「鼻痛…、鼻から湯がいっぱい出てきた」

怒ったようにシャワーを金造の顔からかけてリンスを洗い流した。でも金造は、この性分が嫌いではないと言われたことへの照れ隠しだという事を知っている。にやにやする金造に「なんやもっとかけて欲しいんか」とノズルをあげて脅すとぶんぶんと首を振って意思表示をしたものだから勝呂に水滴が飛んでしまって余計に怒らせた。

「俺はもう上がるからな」
「えーもっと一緒におりましょうよー」
「あほ」

柔軟剤でふわっふわに仕上がっているタオルを洗面所に置いてばたんと扉を閉めた。
飛ばされた水滴を服の袖で拭いてソファをゆったり腰を落ち着ける。テレビをつけてニュース番組にすると、スポーツ関連の事を報道していて別段興味はそそらない。珈琲を淹れてから新聞をゆっくりと読んだ。一面の記事はインターネットで読んだが新聞でも読んでおく。溜息半分に深く息を吐くと、ふと肩に乗っかっていた重いものがなくなって身軽になっていることに気付いた。

(…苛々した気持ちが無くなっとる)

また金造に助けられた。
一人の時は愚痴を吐露する相手もいなくて自分の中にもやもやと溜まって最終的には飲み込んで無理やり忘れていた。そうするしか苛々する気持ちを処理することができなかった。金造が来てからは自分の心はオープンになったと思う。なんでも聞いてきてくれるから、なんでも話してしまう。そして話した後は苛々したことを全部話していていつの間にかすっきりしていることに気付く。
自分より自分の事を分かっているような節があるのだ。まだ一緒に住んで一か月程しか経っていないけれど、金造は勝呂の大切な部分をちゃんと分かっているというか距離感を掴んでいるというか……勝呂にとって程よい付き合い方をしてくれている(体的な意味で少し近すぎると思うが)。安定剤のような存在になりつつあるという表現がしっくりくる。頼るものがなかった生活だったため人に頼ることを覚えた自分が少し怖いと思いながらも、金造の優しさに触れてしまうと頼りたくなってしまうのだ。頼ってしまった時は今はそれでいい、今だけはと自分に言い聞かせている。

(どんだけ金造に頼んねん…申し訳ないわ)

感謝してもし足りないと思いながら、もうすぐ出てくるであろう男のためにソファを半分空けておいた。


<了>

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