短編 | ナノ


ゆめだった。01【しますぐ】


*「暗い・妊娠・よくわからない」のキーワードでだめだと思う方は自己回避で。


「できてもた」

泣きそうな顔で、自分の腹を守るようにして触って、どないしようと珍しく弱気でか弱いこの人を幸せにしたいと思った。俺は、この俺の唯一の人を守りたいと思った。




幼い頃から好きやった。生まれた頃からずっと同じところで一緒に育ってきた。初恋や他の経験を積んでやっぱり俺には坊しかおらんってなった。告白したらオッケー貰えて無事恋人同士になれた。
祓魔師って特殊なものを目指しつつ、寺を復活させつつの生活やから大変やけど坊に励まされたり時にはご褒美もろて俺も頑張ってた。この一人で重いもん背負とるからだを支えれるように頑張った。頑張るなんて普段やらんし面倒やしで絶対せんけど、坊のためならできた。子猫さんにしか言ってない関係やけど塾の皆は多分全員知ってるし、京都の実家の方はまぁ……その内にとか思う。俺らはどこにでもおる平凡で幸せな恋人同士やった。



「おろす」
「は?」
「やって、育てられるわけあらへんし迷惑やろ」
「なんでそんなこと言うんです。迷惑やなんて」
「これから任務大変になるし……」

まだ分かったばかりの俺の、俺らの子供を坊はおろすと言った。きっと俺が女の子好きでまだ遊びたいやろし、任務してたら育てるのもしんどいし、京都の実家に半殺しの目に遭うやろし、子供を育てられる環境やないしっていろいろ真剣なこともあほなことも考えての答えやと思う。俺らはようやく未成年を越えたばかりやし経済的にもおろす方がええんやって考えたんやろ。

「お嬢はどうしたいんですか」
「……」
「俺は見たいです。自分とお嬢の子見たいです」
「……っ」
「見たい、です」
「やってお前……っ」
「俺のために人殺しにならんでください。俺も頑張ります、おろすなんてやめてください」

坊を抱き締めると良いにおいで、自分が好きになった人で、その人の中には自分の精子が入って子供が生まれている。ああこの人を守らなければ、と思った。鍛え上げられてはいるけど薄っぺらなお腹、いつか動くのが億劫なほど大きくなるのだ、俺の子を生むために。抱き締めると坊は泣いた。恋人の俺の前でも泣くことなんてないのに声を必死に圧し殺して、一言言った。

「ありがとう、俺らの子うみたい」

綺麗に聞こえる声じゃなかったけど、俺の心に響いたその言葉に俺は何度もはい、はいと頷き返事をした。俺だけが抱き締めていたのに、そっと俺の背中に坊の手が回って2人でお互いを確認しあった。

この事は誰にも言わなかった。2人だけの秘密にした。2人だけの、孤独な、幸せな、秘密だった。ギリギリまで隠しきろうと俺が言った。坊は戸惑っていたけど、有無を言わさずそれに従わせた。誰にもその秘密に加えたくなかったし、なにより誰かにおろせと言われるのを俺は恐れた。子猫さんに言ったら戸惑いながらほんまにええんですかと坊になんべんも聞いて坊を不安にさせるからあかん。実家なんて体裁考えてなんぞ言うかも知れんし、血統を大切にしとるのに五男坊の俺の血が入ったとなればおろせとか言うかも。おろさせはせんわ、あほんだら。俺の子や、誰にも文句は言わせやせん。

「えへ」
「なんや、にやにや笑て気持ち悪」
「やってお嬢、ここに俺の子がおると思うと嬉しゅーて顔が緩んでまう」

勉強中の坊を後ろから抱き締めて腹を擦るのが俺の日課になった。これからここでどんどん大きくなって腹を蹴ることも増えてくると思うとついつい手をここにおいてしまう。坊は仕方ないなぁ言うてそれを容認してくれてる。
今がこれぐらいの周期やから、あの時にお腹の中に宿ったんやろかとかその時のことを思い出しては幸せで勝手に顔が笑っていた。あの時めっちゃ好き好き言うたし、言ってもろたもんな。やからこの子くれたんやろか。

「最近、お嬢は志摩さんに優しいですね」
「……そうか?」
「はい、邪険にするよりええことです。煩くならんでええし」

にこにこと菩薩の笑顔で笑う子猫さんに坊は困った笑いで答えていた。
俺は坊が子猫さんに打ち明けたいということを知っている。知ってて俺は誰にも言うたらあきまへんと釘をさしている。誰にも相談できないのは辛いししんどそうな坊をみて心苦しいとは思うが、自分がうまく立ち回れば良い。いつかはバレる。バレるまでは、時が来るまでは俺らだけの秘密にして。その先は話してもええから。



坊は日に日にしんどそうになってった。いろんな人から大丈夫かと言われていた。人徳がある人やからたくさんの人に心配されてしまう。それを見て正直に言わせて貰うと、あんたらに関係ないやろ。そりゃ妊娠しとるねんからしんどいに決まってんねん、そっとしとってや俺らのことやねんから。誰にも関係あらへんことやろ。俺が全部やるからええねん、俺と坊の子やねんから俺が責任持つ。
責任とかそんな面倒なもんとは全く無縁な五男坊の生活やったけど、坊のためなら責任くらい背負うたるわ。坊とその子を守るだけの力と、強さと。いくらでも辛いことやったる。それが坊の笑顔に繋がるんであれば。

「お嬢、大丈夫やろか。最近どうしはったんやろ」
「んー」
「なんや、辛そうにしてはって……」
「偏頭痛ちゃうの」
「そんなん長すぎます。…聞いても大丈夫しか言うてくれんし」
「本人がそう言うてんねや、そうなんやろ。ほんまにあれやったら俺が病院連れてくし」

子猫さんは坊を心配していた。検診受けてるし大丈夫て言われとる。任務の方は長くなりそうなものは最近偏頭痛のが酷くてやら体調が優れんくてと難癖つけて断らせた。坊はそうやって自分の仕事を他の人に振るのをひどく嫌がったが、体調不良のその身体では正直長期間気を張ってなければならない任務は不可能と判断して断った。坊が任務さぼっていると周りも思うはずもなく、任務はすいすいと違う連中に当てられた。


「お嬢、大丈夫です?」
「……」

返事はない。うっすら目をあけて小さく頷くだけだ。眉間の皺は深く、大丈夫ちゃうやろと思ったが、口にするのは避けた。飲みたいもんありますか?と聞くとあったかいもんとか細い声で言われたのでホットミルクを作った。

「しんどそうですなぁ…どうにかできんやろか」
「大丈夫や」
「……」

心配せんで、と笑う坊はいつもの覇気が感じられない。心配せんでと言われたけどしてしまうに決まってる。横になっていた坊の頭を撫でると眉間の皺は少し浅くなるがなくなることはない。こんなに苦しんでいるのに自分はどうにもできない、苦労を全部押し付けているようなそんな気持ちになって辛い。

「そんな顔すんな」
「そんな顔て」
「ここ、皺寄っとる」

坊が眉間に手を当てる。冷たくてひやりとする手を握る。

「…誰かさんの真似しただけやし」
「真似せんでや」

ようやく小さく声を出して笑った。それに少しだけ安心する。まだ大丈夫、まだ。もう少し辛抱したらちゃんと皆に公表して任務も減らしてもろてちゃんとした環境でこの腹の子のために頑張ろう。この腹の子が生まれても良い環境を2人で作ろう。それまでもう少しだけ。堪忍、という意味を込めてその額にキスをした。苦しいことを強いてすんません、もう少しだけ我慢して。

「しんどいけど、うむためやし、苦痛やないわ」
「ほんま?」
「嘘つかん。女の子と男の子どっちやろとか考えただけで嬉しなるもん。…ちゃんと幸せやで」
「……そうでっか。最初は女の子がええなぁ」
「最初は?」
「二人目もう欲しなってますもん」
「阿呆、気ぃ早いわ」

坊が幸せなら、俺はもっと幸せになれる。


「お嬢…!?」
「ん?」
「なんで泣いてはるの」
「え、あれ…なんでやろ。止まらん……」

坊は精神的な疲れが限界まできたのか、時折ぽろぽろと涙を流した。一緒に寝てる時にも涙をいつの間にか流している時がある。

「もう少しだけ堪忍してくださいね」
「ん…志摩がそう言うんやったら。やってこの子のおとんやもんな」

決める権利は志摩にもあるし。
そうや、俺はこの子のおとんやねん。しっかり守ったらんとあかんねん。やからあと一か月、それだけ待って。そしたら全部を話せるから。坊のつわりは早い段階できていて、よく吐きそうになって物を食べれなくなってしまっていた。飯も結構残すし、無理して食べたら必ず吐いてしまう。子猫さんだけやのうてそろそろ周りにおる人らに気づかれそうなくらいやった。


「廉造、お前明日お嬢連れて病院行け」
「…あー最近しんどそうやもんな」

ついに、というべきかか。柔兄がそう言い出した。多分おとんと相談した結果やろうな。

「小さい頃から偏頭痛が酷い御人やったから様子見とったけど、ちょっと長すぎるやろ。なんぞ悪いところとかあったら困るし、早いとこ見てもろた方がええわ」
「そやな」
「任務よう断っとるやろ?それもストレスになって余計悪なってるなんて悪循環避けたいし」
「分かった。今日病院探して明日行ってくるわ」
「頼んだで」

検診とかやないけど一度行っとかなあかんと思とった。坊の精神状態は結構不安定になってるし、昼間いきなり眠くなって少し寝れるけど夜全然寝れんくなってたりしてる。坊は幸せすぎてちょっと怖いんかもと言っていたけど、部屋の隅で震えているときがある。心配事が山積みや。自分たちで考えてもなんぞええ方法なんて出てくるわけないから直接先生に聞いた方がええやろ。柔兄たちにはちょっと任務とか寺のこととかで色々思い詰めてたらしいとか言っておけばええ。で、先生に焦らずにゆっくり自分のペースを掴んでいけばええとか言われたから日帰りの仕事とか警備に回した方がええんちゃうかって言おう。

病院に行ったら坊はほんまにちょっと鬱っぽくなっているらしく、精神安定剤と不眠症の薬を渡された。薬を貰って柔兄に報告すると、坊の任務は週4あるかないかになった。これならこなせる、と坊は申し訳なさそうな顔で柔兄に感謝していた。


これで一安心や、坊もゆっくりできる。
なんの障害もない。俺と坊の子は生まれてきてくれる。

そう思ってた。



続→

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