長編 | ナノ


とても静かな狂想曲【しますぐ】


「いやん、坊なに見てるんですか」
「ばっ、見とらんわあほ!」
「え〜めっちゃ視線感じましたえ?」

なんですかなんですか、と詰め寄ると「準備運動終わってもこんから見に来ただけや、はよ行くで」とそのまま坊は俺を置いて行ってしもた。えー絶対見てたのに、なんやったんやろか。ま、ええわ。とりあえず着替えよ。更衣室を出るとざぶんっざぶざぶっと激しい水の音が聞こえる。これ水泳選手になれるんちゃう?ってくらいの速さで温水プールを泳ぐ坊。ターンも完璧。
プールから上がると引き締まった身体が見える。長身でバランスの良い筋肉がついとる。坊は任務に加わらんけど、何かあった時に自分の身を自分で守れるようにはしとかんとあかん。柔道、合気道、空手と幅広くやっとったし、銃もナイフも坊は一通り扱える。特に銃はお気に入りがあるようで、最近じゃコレクターとして集めとる。100mを泳いでもふうと一息で息を整えられるくらいのスタミナも持っとって、最近デスク仕事が多いて嘆いて張るけどええ体型を維持してはると思う。ついでに俺の感想も増やすと水に濡れた坊の身体はごっついエロいと思う。勃ったらソッコートイレ行こ。

「おま、外せやそれ!」
「へ?」
「首輪や、首輪」

ちょいちょいと首を指さされ、そこに手をやる。首には黒い首輪がある。俺と金兄と柔兄だけがつけとるもん。金兄が坊につけてもろてて、俺と柔兄がおねだりしてもろた。坊はめっちゃ変なモンを見るような目で俺ら兄弟を見とったけど、俺らは首輪を貰えてお祭り騒ぎやった。俺と柔兄は首輪だけやけど、金兄にはゴツい鎖がつけられとることもある。風呂入る時とか何日もある訓練中とかは外すけど(痛むし)、ほとんど自分の身体と同じようなもんやから外さん。

「おお、忘れとった。痛むとこやった〜」
「ほんまに…ここ貸切やからええけど、水着に首輪てお前ただの変態やぞ」
「そんな事言わんでくださいよー」
「なんでそんなん欲しがったんや意味わからん……」
「ちゃんと坊のモンって言われてるみたいで嬉しいですやん」

柔兄と金兄は知らんけど、俺は正直明陀に仕えとる気は全くない。坊が明陀をでかくする言うから俺は坊のために明陀に尽くす。結局は坊がおらんと俺はなんもせん。

「よぉ分からんわ。ほら、泳ぐで」
「はいはい。タイム測りましょか?」
「や、今日はええわ。自分のペースでゆっくり泳ぐ」

そんなら俺もそうしよ。準備運動をしっかりしてからプールの中に入る。波が立つから少しコースを離してスタート。思い切り壁を蹴り、そのまま空気抵抗を受けにくいフォームで一心不乱に泳ぐ。

水の中におったら水で苦労した訓練や任務を思い出す。振り返ることは大事なことや。同じ状況になったとき次はどう対処すべきか考えなあかん。
例えば、外にある深い池に潜り、泳いで行くとターゲットの敷地の池に出れるっちゅーけったいな侵入の仕方の任務があったけど、その日に池のすぐ前の大広間で会議があり、俺1人では太刀打ち出来んレベルの殺し屋がゴロゴロおった。戻るにしても外の池にも見張りがおったし中も出たら殺されるような状況やったから忍者みたいに筒で息して一晩耐えた事がある。まぁそれは俺やなくて情報が入ってきてなかったんが悪かってんけど(それを言うと蝮姉さんがめっちゃ機嫌悪くなるからこの話は大分薄れとる)(その情報を盗れんかったんは蝮姉さんや)。それとか猛獣の住むジャングルの沼地、大雨の時の紛争。水で銃をあかんくして柔兄にめっちゃ怒られたこともある。色々思い出す。

「ぷはっ久しぶりに泳いだ!」

それを面白おかしく言うと坊は笑ってくれるからネタにもなっとる。その時はほんまに死ぬと思ったけど、現実はこうやって高級ホテルのプールを貸し切って優雅に泳いどる。ま、ラッキーやね。

「一旦休憩いれよか。泳ぎっぱなしも身体に悪いしな」
「はい」

坊にタオルをかけてドリンクを渡す。その隣に俺も座らせてもらう。時計を見ると大体一時間ほど泳いどった。今日は任務もなんもないからこのままゆっくりしとっても全然ええな。あわよくばこのまま坊がどこか行くならついて行かせて貰お。

「ひっさしぶりにしっかり身体動かしたわ」
「久しぶりやのにそんだけ泳げれば十分ですわ」
「犯罪組織言うても事務やら面談やらがないわけちゃうし取引もあるし…ほんま身体鈍ることばっかりや」
「まぁ坊に任務させられませんからなぁ」
「はは、俺も今から志摩みたいな仕事やれ言われても無理やわ」

俺は忙しいと週に1回は人を殺める仕事がある。それ以外はまぁ警備やら警護やら武器の調整やらいろいろ。それのどれも坊にやらせるわけにはいかんし、坊には坊にしかできん仕事をしてもらわんとあかん。こればっかりはどうしようもないから坊も軽々しく口に出してるんやろうけど。

「今日は一日オフです?それならどこでも付き合いまっせ」
「すまんな」
「いいえ、好きでしてることなんで」

ざぶん、とプールに入る。もうひと泳ぎしておこうかと身体を水に慣らしていると肩に手が伸びる。坊は俺の肩を真顔で見ていて、何を見ているのかと首を捻るとその手の先には弾痕があった。

「ああ、これは高3の夏休みに受けた任務でやられたやつですわ」
「…他にも仰山あるな」
「まーこんな仕事なんで。しかも俺なんてまだまだやからよう弾もろて皆に迷惑かけてますわ」

弾痕なんて背中に3つもある。それはつまり注意力がないやら逃げ傷やらと不名誉な傷。そして3つもあるのに生きている俺は逆に幸運の持ち主と冷やかされることもある。最近では銃で撃たれる傷というのは貰わないが、昔はよく受けた。他にもナイフの傷もたくさん残っている。もう消えん傷跡や。

「…」
「さっきもロッカーでこれ見てたんです?」
「ん」

くるりと坊と対面すると、坊が嫌な顔をしていた。俺にとっての、嫌な顔。坊が俺らにとって嫌なことを考えている時ってのはすぐに分かってまう。座っている坊の足の間に体を入り込ませて手を握る。ちゅ、とその手の甲にキスをしてもなんとも言われない。

「この傷受けたんは俺のせいなんです。誰のせいでもあらしません」
「…」
「傷を受けた任務は全部一応成功しとるから結果明陀のために、坊のためになったと思うと俺はこの傷すら愛おしい」
「そんなわけあらへんやろ」
「ほんまです。俺のすべては坊のために。これは寝言でも譫言でもあらしません、ほんまに心から思ってますえ」

坊が明陀再建のために必死になっとる、だからこそ俺も金兄に続くよう頑張っとる。こんな傷がなんやねん、と思う。傷が出来ても坊を守ることができるのであればいくらでももろたるわ。

「…柔造も金造もお前も…子猫丸も蝮らも傷があって俺にはない」
「はい」

当然だ。俺らは小さい頃に紛争の中に二年間放り込まれてきた。その時にいろんな傷を受け、その傷は癒えても痕は残って永遠に自分とともにある。坊はそんな死ぬかもしれない紛争地に行かせるわけにはいかないため、この国に残ってこの国で訓練を受けていた。

「俺にはできん事をお前らがしとる。俺より大変なことをお前らが。…時々、自分の立場を忘れてもうすんなて、言いたくなる」
「…」
「甘い考えやと思う。やけど、特にずっと一緒に育った志摩や子猫丸がおらんくなってもたら、俺はきっとブレてまう。この仕事をここですっぱりやめた方がええんちゃうかとか…」
「坊、暗闇に少しでも入ったらもう表に出られんのは分かってますやろ?俺らはもうここしか居場所はあらへん。俺らの仕事、奪わんでください」
「志摩、」
「しかも俺らがおらんくなるわけない。背中に銃弾3つも受けて生きてる男なんざ殺しても死にませんわ。大丈夫ですえ、ずっと坊のお側におりますよって」

坊を守るために俺らが動いとる。坊が安心できるように俺らは強くなろうとしとる。坊が望むのであれば坊より一秒でも長く生き続ける。俺らの根本にある当たり前な事、坊の望むままに。坊が望むことはすべて叶えてあげたい。叶えなければならない。

「その言葉、信じるで」
「はい。信じてください」
「……はぁ、すまん。変な事話した。プールあがろか。ジム付き合え」
「はーい。坊の水着姿見れんくなるの残念ですわぁ」
「あほか」

プールから上がると坊が渡してくれたタオルを持ってシャワー室に行く。シャワーを浴びながら自分の身体の傷を見る。確かにほんまに仰山あるなぁ。金兄も柔兄も傷はあるけどここまでちゃうやろなぁ。小さい頃の紛争地区に行かされたんはほんまに地獄やった。やけどそれがあったからここまで上り詰めることができた。立派に狗になることができた。そう思うと、ま、悪くはない。

(俺らのことなんて考えてくれんでええんに)

心では思っている。坊より長く生き続けるなんて不可能やなんて分かりきっている事や。最近明陀を狙う組織も多いし、任務が成功している分、敵を増やしとる。ヴァチカンとの関係も良好とは言えんし、右も左も気を緩めたら終わりな状態。この状態で死人が少ないのは奇跡に近い。それでも俺のこの口は夢を語る。「坊より先には死にませんよ」と。

「俺の最期は坊に任せたかってんけど、あかんなぁ」

俺の夢、破れてもたけどしゃーないか。
俺は死に物狂いで生きますえ。坊の死ぬなっていう願いを叶えるために勝呂家の次に自分を守るくらいの勢いで、生にしがみつきますわ。老いても側におれるように。坊の一番の従順な狗になれるように。



そうして俺はこの首に黒い首輪をつける。



(坊がジジィになったらさぞええジジィですやろなぁ)
(お前はただのエロジジィやな)
(あーん、そんなん命令してくれたら坊だけにしか勃たんように訓練しますえ?)
(……このランニング速度遅いんちゃうか?)
ピピピピピピピピピピピーッ
(ぎゃっちょ、こける!ぎゃあ!)



<了>

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