長編 | ナノ


親愛なる私の勇敢な主へ【柔勝】


「柔造見とって、俺あれとってくるから」
「や、あれは高いですから柔造がとりますよって」
「いや!おれがとるねん」
「ああああ……」

俺の生きる意味である竜士様、勝呂家の長子がお生まれになって9年。坊はすくすくと成長し、その成長をすべて見てきた。人懐っこい笑顔で明陀の連中を癒してくれる。
遊ぶものがほとんどないこの寺では山や建物が遊び場みたいなもんや。寺の高い壁から飛び降りたり、山を全速力で駆け下りたり、かくれんぼで変なところに嵌ったりとまぁこっちからしたらあかん!!と叫びそうなことをいろいろしたくなるお年頃らしい。そして今も高い高い坊より何十倍もでかい木に登って引っ掛かってしまったボールをとりに行こうとしている。

「ん、もうちょっと」
「ああああ!坊、無理せんでええんですえ、今から降りてもええんです。ほら、ゆっくり!ゆっくり…!!」
「大丈夫や」

ちらちらと自分の頭上にあるボールを見て、そこを目指して一生懸命登っていく。あああないな高いところまで…無理してでも止めるべきやったやろか、木で掌傷ついてやせぇへんやろか、草履なんて滑りやすいもんで登らせるべきちゃうかった、と不安でぐるぐるしてくる。俺のそんな不安を余所に高いところまで登り、ボールに手をかける。

「あ、あぅ…綺麗なすべすべしたあのおみ足、擦り傷できてへんやろか?あああ……そんな、ああああ!手…手!枝畜生の分際で坊の手に傷つけてみぃ後悔さすぞ……あああ坊そんな急がんでも!!」
「柔造!とれたで!!」

青色のゴムボールを両手で持ってにっこりと笑う姿はまさにアイドルスマイルであってこれは写真に収めなければならないと思うほどだ。放るで、とボールは手元にきた。あとは坊がちゃんとここに来てくれれば問題はない。

「坊!ゆっくりでええから」
「?ゆっくりなんて跳べへんわ」
「え、跳……?え……………?」
「ほな行くで」

高い木の枝に立ち、そこから思い切り跳んだ。
今起こっていることに理解できずにいたが、ただひとつわかることは大変なことが起こっているということだ。坊が危ない、と思うと身体は勝手に獣化しとって、いつもの数倍の速さで動くこともできる。そこから思い切り跳んで空中で自分の体に坊を乗せ、そのまま枝に数本着地しつつ最後は地面に降りる。

「…な、なにしてますの!」
「へ?やって柔造が助けてくれるやろ?」
「そ!……そ………そうですね」
「俺、この姿の柔造好きやで」

ふわふわで黒くて、大きゅうてかっこええもん。狼の形になった自分の頭を撫でる坊を見ると、先ほどまで焦っていた自分が笑えてくる。ああ、お願いだから自分を大事にしてください。



勇敢なる柔造の主へ。
これからもお側におりますけど、無茶は大概にしてくださいね。




(俺が出遅れたらどないするつもりやったんです、もうそんなんしてはいけませんえ)
(でも柔造があかんかったら後ろにおる八百造とか蟒とか蝮とかが助けてくれるやろ?)
(!!…おったんか…)
建物の影に隠れてるけど隠れきれてない大人たち。いざという時のための保険がたくさんある明陀宗。



<了>

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