長編 | ナノ


ひびのせいかつ【志摩兄弟】01


「げっテストだって」
「さ、最悪なことが続きすぎて俺どうすればええん……」

配られたプリントを後ろに回し、燐は苦味をつぶした顔をした。
そのプリントには前期最終日程が書かれてある。筆記テストが3つ、レポート提出が4つ、実技1つをクリアすると単位修得ということになる。半魔獣の授業の定期的なレポートなどは2人とも真面目な主を持ったこともあって完璧にこなしている。テストも死ぬ気で勉強すればどうにかなるだろう(否、死ぬ気で勉強させられるだろう)。

「ああ、志摩んとこ兄貴たちが一昨日から帰ってるんだっけ?」
「そうそう。今も金兄は坊とデートや!俺を差し置いて!!」

いつもやったら図書館で勉強して待っててくれんのに!と机に伏せて情けない声を出した。
この曜日の授業は午前中と昼休みを挟んでもう一コマある。しかし主である勝呂は午前中だけで午後は授業がないので本当は帰っても良い。廉造が寂しい!だの嫌や!だのと甘えるから勝呂は予定がなければ仕方なく図書館で時間をつぶしていつも待っていてやるのだ。
しかし兄が帰ってきたらそうはいかない。兄の金造は「そんなことしてやることないです!ほんなら俺に構ってください」とあっさり勝呂を連れて遊びに行ってしまった。今頃映画を見たりゲーセンで遊んだりプリクラ撮ったりボーリングしたりファーストフード店でお喋りしたりしているのだろうと廉造は容易に想像できる。

「そんなカリカリすんなよ。雪男なんてまた泊まりで任務だぜ?マジありえねー」

2匹の半魔獣ははぁーと重苦しい息を吐いてプリントを見てさらに気分を鬱々とさせた。

「つかこの実技ってなんやねん」

廉造がそういうとパシンと頭を叩かれ「今からそれを説明しますのでお静かに」と怒られた。もちろん燐も同じく。
実技というのは半魔獣の力を使って任務をこなせるかどうかを見る。力を使っても自我を失わないか、力を制御できているか、人に危害を加えずに行動できているのかなど様々な状態で点数をつけられる。もし暴走してしまった時のために実技試験時は主を同行すること。これが先生の説明だった。

「なんだ、じゃあ炎を使って任務すればいいんだな」
「俺は魔獣の姿でやれっちゅーことか」
「……」
「へ?なんか変なこと言うた?」
「魔獣の姿ってなんだよ!お前、え!?」
「これ人間の姿やん。半魔獣やねんからもう一個ちゃんとした姿あるよ」

ってこれ最初の授業でやってるで…と一言付け加えると知ってるけど!と強がりを言って燐はその場を濁した。燐の場合は半分がサタンの血という特殊な形態であるため、悪魔の姿というものが存在しない。あえて言うならば刀を抜いた姿こそがその姿であろう。

(っちゅーことはこの試験の時は坊と2人でおれるってことやな)

試験や兄弟で鬱々としていたが、その気持ちが少し浮いた廉造であった。



*  *  *


「ただいま」
「坊ー!遅かったやないですかー!!!」
「うお!す、すまん…」
「なに言うてんねや、まだ7時にもなってへんわ」

廉造が家に帰るとまだ誰も家にいなかった。金造と勝呂は遊んでいると知っているし、柔造も京都に報告をしに行くと行ったっきりだと分かっている。そのため授業が終わってからずっと一人であったのだ。
出てきた尻尾をぶんぶんと千切れそうなほど振り回し、勝呂を抱きしめることで愛情表現をするが「お前邪魔や」と金造に蹴られてすぐに勝呂をとられてしまう。

「洗濯物畳んでくれてんな、ありがとう」
「いいえー」
「柔兄もう少しかかるらしいです。でも寿司持って帰ってきてくれるみたいで」
「よっしゃ。なら復習できるな」

勝呂はいつものように学校に持って行っているカバンから教科書とノートを取り出し勉強を始めた。この住んでいる家は1LDKで、一つしかない部屋は勝呂の寝室と全員の衣類を収納するスペースとなっている。座主と一緒のところで寝るわけにはいかないと志摩家一同はリビングに布団を敷いて寝る。机はみんなで食事をとるその机一つであり、勉強するときは必然的に机のあるリビングになるのだ。

「坊、帰ってそうそう勉強です?」
「おー今日の分は今日復習せんとな」

ほー、と言いながら勝呂を足の間に収め、肩から机の上に置かれてあるノートや教科書を覗く。育騎士(ブリーダー)の資格は持っていないためその内容はちんぷんかんぷんだが、勝呂が真剣に見ているということは大切なことが書かれてあるのだろう。なら邪魔をしてはいけないと金造はそのまま声をかけずに首筋にキスをしていく。手は腹や太ももを撫で上げるが、金造はいつものことなので怒られない。これに関して廉造は狡いと思う。もしこれが自分ならば怒られるだけならまだしも、触るなとさえ言われるかも知れない。

「金造、こら」
「充電しとるんですぅ」
「やからってそん…ん、ぅんっ」

不自然に途切れた会話をいぶかしんで皿洗いをしていた廉造が2人の方を見ると、後ろから耳と尻尾の生えた金造が勝呂の唇を奪っている最中だった。

「な……な、」
「……っぁ、あほ!なにすんねや」
「やって坊の唇がちゅーしてて言うてたんです」
「言うか!しかもこんなん誰かがおるとこでするもんちゃうわ」

誰か、と言われて金造が廉造をじとりと睨み付ける。その眼は「お前がおらんかったら万事解決やねんけど」と言っているのは廉造にも汲み取れた。しかし自分がいないと勝呂は金造にさらになにをされるか分かったものじゃない。

(やばいごっつ睨みきかせとる……でもここ退きたない!)

「大人しゅうしとって」

ぶんぶん振られていた金造の尻尾がふにゃりと床に置かれる。

「おい廉造」
「っはい」
「どっか行け」
「金造!」

直球の言葉に勝呂がそれはないと口を挟む。萎えた金造の尻尾とは反対に、庇われた嬉しさからぱたぱたと尻尾を振る廉造を余計に良く思わない。

「やってちゅーめっちゃしたいんです!」
「いやそんな凄まれたかて…いや、ちょっ」

どさりと金造は勝呂を押し倒し、有無を言わさずまた唇を貪った。

「ちょ、金兄ずるい!」

勝呂に馬乗りにどっしりと乗っかり、唇だけではなくありとあらゆるところにキスを落とす。抵抗する手はもちろん抑えられている。外ではさすがに俺も坊が嫌がるて思って我慢してましたし我慢した分のご褒美欲しいです、なんて訳の分からないご褒美を強請っている。その顔はいつもの甘えたで忠実な半魔獣ではなく、褒美という名のエサを欲しがり目を光らせている野性味のある半魔獣の姿だ。

「ん……っ、」

やめさせようと傍に寄るが、激しいキスに目が潤んで耳まで赤くしている勝呂に廉造は救いの手を差し伸べることができなかった。

(キス、されてるのはやめさせたいけど、キスしてる坊めっちゃえっろい…)

漏れる声に、息遣いに、動かす身体や手に興奮する。けど手は出せないのがつらい。抑えられている手に少し触れると熱いその掌で廉造の指をきゅっと握る。涙目のまま廉造を見て、良いようにされている自分を見られたくないのか顔をそむけた。ご褒美をもらえるようなことはしていないけれどこれからの三日間、兄たちに自分と勝呂との時間を盗られてしまうのであれば今良い思いをしたい、と廉造は思う。

「坊、廉造に見られてめっちゃドキドキしてはんねや」
「…っ」

するすると金造の手が脇を通り横腹までたどり着く。そしてゆっくりとその服の下に手を差し伸べたときだ。

「帰ったでー!」

空気を読まない明るい声と笑顔で部屋に戻ってきた柔造は、いつもと違う雰囲気を瞬時に読み取った。机には勉強が出来るような準備があり、無造作にシャープペンが転がっている。主を押し倒している金造、押し倒された主は涙目。主と兄を横で見ている廉造。トドメはその主が弱々しく「じゅうぞぉ…」と声を出したことだ。左手に持っていた寿司詰めをそっとキッチンに置き、そこから悪魔に出会った時のような速さで錫杖を組み立て、その矛先を金造と廉造に向ける。

「ちょ、」
「俺が納得出来るような言い訳あるんやったら話聞くわ」

ドンッと地に着いた錫杖がシャラランと清澄な音を出すが、その音は場違いであり錫杖を持っている男は鬼でも動揺するような恐ろしい顔で愚弟二人をにらみつける。

「じゅ、柔兄落ち着いて…」
「落ち着ける状態やったら最初から落ち着いておれるねんけどなぁ。まずはこの状況説明してもろてからになるなぁ」

どうやねん、なぁ。低い声で言う柔造にも耳と尻尾が生えている。これは嬉しいから生えたわけではない。怒りで興奮して生えているのだ。二人は思う。まずい、と。
金造は必死で言い訳を考えようとしているが前に大好きな兄が般若のような顔でこちらを睨みつけているとなると考えられるものも考えられない。残念やなぁ、兄ちゃん信じててんけどなぁ、ああ?と、口調はもはやすでにヤ●ザのようだ。あわあわと口を開閉するだけの金造と廉造にじりじり詰め寄ってくる柔造、そのプレッシャーにそろそろ二人が涙するという瞬間。天がようやく声を上げる。

「柔造。俺からも言うわ、落ち着け」
「坊。柔造はいつでも落ち着いてますえ?」
「……ま、まぁそれは置いておいて…。今回は俺のせいでもあるから怒らんでやって」
「坊が悪い?そんなことあらしまへんわ。愚弟が坊になんかしてこうなったんでしょう。坊に悪いことなんて一つもあらしませんわ」
「柔造、俺が悪いて言うてるねんからそんでええの。ほら、飯の用意しよ」

この話はもう終わりやで?というような睨みを利かせられてしまったため、柔造もこれ以上深くは追及できなくなった。ぎろりと二人を睨んでから錫杖を片づけ、そのまま夕食の用意に取り掛かる。

「ぼ、坊…」
「構わんかった俺も悪いから今日は助けたけど、二度は助けへんで?」
「十分です!坊マジお釈迦様っ」
「俺なんもしてへんのに怒られてめっちゃ損な役回りやん!!」

ほんまに柔兄に殺されるかと思った、と怯える二人の目には確かに恐怖が写されている。弟たちを心から愛しいと思ってる反面、まじめな性格でもあるから厳しくするところは厳しい。特に勝呂や家が関わった時などはそれが顕著に表れる。家は面目や存続のため、勝呂が関わっているときは自分のためでもあるのは周りから見て思ってしまうが、それを指摘したものは誰もいない。

「お吸い物できました。」
「ありがとう、ほな飯にしよか」
「はーい」

柔造は勝呂の右側、金造は勝呂の左側、そして廉造は勝呂の正面。
一瞬の隙だった。柔造は隣に行くことはすでに確定しているので(先ほどの今で逆らう気も起きない)、残りの左側を狙うはずだったのだ。なのにさっきまで良かった良かったと心底安心して呆けていた金造がちゃっかりともう自分の箸を持ってそこに座っているではないか。

「ちょ、ちょ、金兄酷いわ!なんで坊の隣とるねん!」
「あ?そんなん早いもん勝ちやろ。なに言うてんねんあほか」
「前もその前も譲ったやん!俺も坊の隣がええに決まってるやろ!」
「譲った?お前に譲られるほど落ちぶれてへんわ!上下関係まだ分かってへんみたいやなぁおい」
「え…ええで受けてたつわ!!」
「こら飯前に喧嘩すな!金造、お前はすぐに喧嘩吹っかけようとすんな!廉造は口で負けるねんから大人しゅうしとき!」

まるでオカンかというような口調でまくし立てて二人は縮こまる。ほな静かになったところで飯食べるでーとそのままご飯を食べだす。

(金兄に坊盗られて、柔兄に殺されそうになって、また金兄のせいで坊に怒られて、結局坊の隣に座られへんくてって俺めっちゃ踏んだり蹴ったりやん!!!)

金造や柔造が坊に寿司を取り分けたり取り分けて貰ったりする様子を見ながら自分から一番近かったたまごを食べつつ、緊急の任務が二人に入りますようにと切に願う廉造だった。


<続>

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