色に染まったのは01【金勝】 勝呂は悩んでいた。とても悩んでいた。 ドラッグストア。さまざまな商品が並ぶ中、勝呂は迷うことなく一直線にあるブースに向かった。そして簡単に手に入るであろうものの種類にたじろぎ、そこで3分ほど悩んでいた。自身がいる棚の右側はかわいらしいポップなイラストが描かれてあるため、女性向けの商品なのだろうとわかる。そして左側にクールなイラストが描かれてあるものが並んでいる。そして自分は左に寄る。そこまでは良かった。そこからだ。 (しくった。俺何色にするかさっぱり考えとらんかった) 盲点だ。気合いを入れるために頭部の少し眺めの髪の毛を染めるということまでは考えていたのだが、色まで考えていなかったのだ。現物を見れば直感でこれだと思うと思いきや色が多くて中々決まらない。気合いを入れたいということで明るい色を入れたいと思っていろいろと手に取ってみる。真っ赤、真っピンク、緑、白(銀)、青というのもある。原色系で攻めると大体は目立つからいいとは思うが、自分にピンクやら白が似合うとは思えない。奇抜な色から目を離し、ちらりと横を見ると黄色から茶色にかけて何種類も置かれてある。 黄色、金色。自分の名前の中に「金」という字が入っているがためその色に染めた人物が頭に思い浮かび、自然に口元が緩くなってしまう。金髪と言えば金造、というくらい彼には金色の髪がしっくりときた。彼はきっとこれくらいの明るさだろうと一つのパッケージに目をやった。正直この色が妥当だしここまで明るい色にすればさぞ目立つだろうが、自分もその色に染めて良いのか考える。先に染めていたのは金造で、その色をマネしたとでも思われないだろうか。そんな小さなことをとやかく言う男ではないというのは勝呂も重々承知だが。 ううん、少し唸ってそれを手にしようとした矢先、ひょいと後ろからその明るい色のパッケージの箱をとられてしまった。自分が先に見ていただろうと文句を言いそうになったけれど、ここでずっと悩んでいたのだ。自分が邪魔で取れなかったのかもしれないと次の箱に手をかけた。 「坊、髪の毛染めるんです?」 「き、金造!」 「お久しぶりです。元気にしてはりました?」 その箱を元の場所に戻して金造はにっこりと人懐っこい笑顔で坊の前に立った。 「久しぶりやなぁ、こっちは今引っ越し準備でてんやわんやしとるわ」 「ああ、明日ですやろ?もう一度挨拶行かんととは思てましてんけど、坊と中々時間合わんで…」 「そんなん、一回来てくれたやんか。ええんや、俺も挨拶回りってほどでもないけど回っとったら家出とることが多かったし」 二人は久しぶりといえど一週間ほど前に会っていた。そこからは本格的に高校に行く準備やらなんやらと勝呂が忙しくなり志摩家に行けなくなったのだ。本当は親と一緒に引っ越す準備をした方が良いのだろうが父親である和尚に反対されて東京の学校に行く身分、母親の虎子にも手伝わせるわけにはいかなかった(影で手伝っては貰ってしまった節はあるのだが)。そのため買い出しやら何やらをしている内に時間が徐々に迫り、出発が明日になってしまった。 「今日の夜行こう思てたんです。会えて良かった」 まさかこんなところで会うとは思いもよりませんでしたけど、と金造は付け加えて色とりどりの箱を見る。 「髪、染めようかと思うねんけど中々色が決まらんくてな」 「ほー、なら俺とお揃いにしましょ」 「へ?」 「そんなら家に染めるのあるんで金浮きますよって」 「ええんか?色かぶるで?」 「勿論ええです。坊とお揃いなら俺うれしいし」 そう思てくれてんねやったら貰おうかなと勝呂が言うと、今なら染めるのも手伝いますよってと付け加えた。 「手伝ってくれんのはめっちゃ嬉しいんやけど、染めんのは明日の朝にしよかと思てんのや。今日したら絶対なんぞ言われるからな」 「女将さん怖いからなぁ。なら…そや、俺がよくライブさせてもろとるとこが駅近であるんでそこはどうです?朝開けて貰えると思うんで手伝います。女将さんにもバレやしまへんえ?」 「そこまでしてもろたら悪いわ。朝早いし…」 「やらせてくださいよ、俺めっちゃやりたい」 とりあえず店出ましょ、と手を引かれてドラックストアを出た。もう寄るところないですか、と聞かれて頷くと一緒に帰りましょうとそのまま帰路についた。 金造とこうやって二人きりでいるということは少なかったと勝呂は思った。ライブに行かせて貰ったりは何度かしたが、やはり廉造を訪ねるときや母の用事を言いつけられて志摩家に出向くときに挨拶をするくらいだった。まぁ、その時に金造の部屋に入ったり、するりと誰も来そうにない部屋、風呂、トイレに廊下でキスの練習だとか言ってたくさんキスをされたりした。それがこの上なく恥ずかしくて仕方がなかったけれど男の金造とキスをするなんて異常ではあったが嫌ではなかったし、キスをしたあとの満足そうな金造の顔を見るともっとその顔を見たいとも思った。 「そうか、あのアホと一緒に坊もおらんくなってまうんやなぁ」 「志摩がおらんなって寂しゅうなるで」 「それは別になりませんけど、坊がおらんなるのが一番寂しいですわ」 「はは、そんなん言うたらあいつ泣くで」 喧嘩をよくする金造と廉造だが、どちらともが大切に思っていることを勝呂は知っている。 「あ、そういえば前に開けたピアスどうです?膿んだりしてません?」 「そうや、その礼も言おう思てたんや!全然大丈夫やってん、ほんまありがとぉ」 「いーえ。それなら何よりや。今日はピアスしとらんのですね」 「すんのはあっち行ってからって決めてんねや」 これも絶対に言われるし家では髪の毛で耳隠したりしてんねんで、と悪戯っ子のような顔ではにかんだ。 「これも俺に任せてくれてめっちゃ嬉しかったし」 「金造には世話になりっぱなしやな」 「したくてしとんですわ。ほな坊、明日のことまたメールしますわ」 「ん、頼むわ」 旅館の前に来ると、金造は前後左右を何度か確認し、勝呂の唇を奪った。 あまりに急なことに勝呂はどうすることもできずにそのままなすがままだった。両手で顔を包まれ、口を開かされてその中に金造の舌の侵入を許す。くちゅくちゅと少しの音が聞こえてようやく抵抗を示した。 「……っあは、坊顔まっかっかや」 「きんぞ……おま、ここどこや思てんねん!」 「大丈夫ですって、誰もいやしませんわ。ほなお休みなさーい」 小走りで逃げた金造にもう少し怒りをぶつけたかったが逃げ足が速すぎた。勝呂は左右を確認して本当に誰もいないことを確認してから中へ入った。 一時間後、明日の詳細のメールが来て返事をした。 そうか、もうこの場所から俺はいなくなるのかとじっくり実感した。 <続→> |