長編 | ナノ


わんわんわん!【奥村兄弟+しますぐ】


「なぁ坊〜…俺行きたないぃ」
「ならずっとそうしとれ。俺は行く」
「あかんー!待って、坊待ってお願い!」

一人にされんの一番嫌や、と廉造はすぐに靴を履いた。
通っている大学から徒歩10分。大学生の一人暮らしにしては広すぎる部屋を借りている。勝呂はそこで一人暮らしではなく、最大4人で生活する。大体は2人なので少し広いとは思っているが、4人になれば手狭なので現状維持をしている。

「勝呂くん!」
「おー先生に奥村、なんや先生にしては遅ない?」
「ははっちょっといろいろありましてね」

いつもは教室で出会う同級生と廊下で出会った。その顔は笑っているが、禍々しいオーラを放つ先生こと雪男に勝呂はほぉか、と一言いうのが精いっぱいだった。大体の理由は奥村と呼ばれた燐が関わっていることは表情からしてわかる。
雪男と燐は高校からの仲で、雪男とは大学も同じ学部に所属している。高校の頃、雪男が勝呂たちに授業をしていたたため、「先生」と呼ばれている。もう先生ではないのだがすでに愛称になってしまっていて、卒業したからといって誰も変えようとしないのだ。

正十字学園を卒業した後、勝呂たちはそのまま正十字大学へと進学した。祓魔塾も卒業し祓魔師として任務もこなすが、もう一つ学んでおきたいものがあった。それは雪男も同じだったようで勝呂と一緒の学部に行き、勉学に勤しんでいる。
勝呂たちのいっている学部は他の生徒たちと同じようにとはいかず、祓魔塾のように鍵を使って教室に行く。そしてもう一つ、その教室で授業を受ける前に行かなければならないところがある。

「ほなまたな」
「えーまだ時間ありますやん!もっと一緒におれますやん!」
「あほか。教室行って復習すんねや」
「いややー!坊の変態!」
「言うとけ」

勝呂たちの行く教室とは少し離れた場所にあるもう一つの教室。そこに廉造や燐を連れて行き、授業を受けさせるのだ。

「兄さん、頼むからちゃんと授業受けてよ」
「俺はいつも真面目だっつーの!」
「それであの点数だとしたらもうどうしようもないよ…じゃあね」

ぎゃーぎゃーと喚く二人を残して人間の勝呂と雪男は来た道を戻り、教室に入った。教室には数名が席についており、自由席であるためスカスカな印象を与える。

「勝呂くんはすごいよ。僕兄さんだけなのにこんなでさ。3人もだなんて」
「いやー俺んとこは特殊やからなぁ。志摩の兄貴らはしっかりしとるしなんもせんと同じようなもんや。問題は志摩一点やわ」

「普通」の人間の勝呂と雪男。そして「普通の人間ではない」志摩兄弟たちと燐。
悪魔と人間の血縁の者だ。普段は人間の姿をしているが興奮状態になると悪魔の部分が身体に出てくる。それは個々によって違うが、尻尾・牙・耳・翼・爪などが多い。悪魔とのハーフは珍しいものでもなく、人間として生きる者も多いが、その中でも「飼われる」ことを本望とする者もいる。志摩の一族、宝生の一族がそれに当たり、代々勝呂一族に尽くすことを自分たちの生きる目的としていた。

「魔育学科入ったのはいいんだけど、それが兄さんに全然適応しなくて」
「しかも実の兄貴てなるとなぁ…」
「操るだなんて思わないけど、少しは僕の言うことをきいてくれるようになるかもって……はぁ」

魔育学科―それが勝呂と雪男が入った学科である。
称号でいうと育騎士(ブリーダー)を得るための学科だ。悪魔と人間のハーフ―半魔獣を操り、戦闘時のサポートができるように育成することを学ぶ。手騎士は印で悪魔を召喚するが、育騎士は常に半魔獣と共にし信頼関係を築いて共闘するようにする。主となる者との信頼が強ければ強いほど離れていても主の命令を聞くようになるのだ。

「これ学んで思たけど、大体の道筋だけ学んであとは全部そいつの性格考慮してやからなぁ」
「自分から半魔獣になりたいだなんて言ってくれたけど、兄さんは半魔獣の基礎が分かってなさすぎるからね」
「基礎分かっとっても志摩みたいなやつもおんで」
「いやあれは一応ちゃんと従ってるから…」
「エロ本買うたるとか言うたら大概頑張りよるわ」
「はは…」

雪男は知っている。廉造は本当はもっと良くできるのだということを。しかし、良くできてしまっては勝呂の気を引けないためたまにできの悪い様子を見せて関心を引いている。まぁ、上にあと2人もいるものだからこのような気の引き方をしてしまうのだろうと雪男はそのことを勝呂に言わず自分の心の内に秘めている。

「奥村は協力戦苦手やろ?主とのワンツーマンでも協力できるようにさえしとけば祓魔師としてもレベルがぐんと上がるし、この学科受けて無駄やない思うで?」
「だといいけどね。というか、勝呂くんはなんでこの学科に?協力戦は得意そうだけど…」
「まー家のアレもあるな。育騎士(ブリーダー)とっとかんとこれから半魔獣が増えたときとかどう対処してええんかわからんし」

勝呂の家は志摩家と宝生家の半魔獣がいる。しかし京都支部の人出が足りなくなって半魔獣が来た場合、育騎士(ブリーダー)としての知識があった方が断然ことを円滑に進めることができるだろう、という勝呂の判断であった。それは志摩家の者も宝生の者も、もちろん両親も納得してくれている。
そこまで言って授業が始まったため、二人は話をやめて教科書に向かった。

(ああ、今日の復習を兄さんにさせないと…)

半魔獣の教科書を復習させるために自分も読んでいるため、自分の方が良い半魔獣になれるんじゃないかと思い頭を抱える雪男だった。



<了>

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