長編 | ナノ


とりあえず、まぁ。


「えっ、喧嘩!?」
「そぉや」
「めっずらしいこともあんねんな、何日目?」
「四日目」
「へぇーへぇー!」
「なに笑っとんねん、こんドアホ!」

いきなり金兄が押しかけて俺の家を占領した。金兄は「一人暮らしのお前があまりにも侘しくて悲しいから来たったわ」つってたけど、この坊溺愛者がそんな事思うわけも実行するわけもない。けど初日は機嫌が悪すぎてどうしたとも聞いたらあかん状態っぽかったから放置。昨日は自分が仕事で疲れてたから放置。そして今日ようやく事の真相を暴くことができた。

「珍しすぎやろ、付き合って喧嘩とかしたことないんちゃうん」
「……そういえば初めてやな」
「そんなん楽しすぎるやろ」
「…お前一回シバかれたいんかゴラ」
「ま、ええやんええやん。泊めたってんねから原因くらい教えてや」
「向こうの浮気や」
「………え!?」

カップ麺を勢いよくかっ込んでいる金兄をついつい二度見してしまった。なんそれ。それ本気で言うてはるのこのお兄様。あの坊が浮気て……ないわ〜絶対ないわ。坊ほど情が深い人なんておらんし、恋人おるのに浮気するなんてせん…っていうかそんな器用な事出来ん人や。

「それなんかの間違いやろ、金兄がならまだしも坊が浮気て…」
「俺はせんわ!でも坊はかんっぜんに女と浮気やわ」
「坊なにしたん」
「服に口紅つけて帰ってきた」
「ぞええ!?」

祓魔師のコートを脱いでネクタイを緩めようとした坊の左の襟にぼやけたピンク色の口紅が唇のマークでついていたらしい。やー…でもそれはなんかの拍子にこう…ちゅっとね。予期せんハプニングっちゅーやつちゃいますの。

「知らん女から挑戦状受けてもたわ」
「……いや、事故やろ」
「坊もそう言うてはったわ。百歩譲って事故やとしてもその言い方も可愛ないねん!「事故やからもうええやろ?」って。もうええやろってなんやねん!良ぉないわこっちは浮気やて吃驚して息も出来んかったのにもうええやろて!ほんっまに意味わからんし!」

いろいろ聞いていくと、とどのつまり浮気した!と言っているけれどほんまにしたとは思ってへんなこれ。それに対して坊が冷たくあしらったから金兄は怒っているわけで。なんやねん、そんなん俺、めっちゃどうでもええ話しやねんけど。しかもなんかキレるとこが微妙すぎるわ。そんなん疲れて帰ってきたら適当になることもあるやろうに。

「金兄が心広く持ったればええやん」
「今回は坊が折れへんかったら絶対に帰らへん。口紅つけて帰ってきてんで?それやのに詳しい説明もせぇへんで俺も納得してへんのに「もうええやろ?」ってなんやねん!」
「はぁ……ってちょい待って。その間ずっと、」
「兄様とずーっと一緒やで。良かったな廉造」
「いやいやはよ帰れや!寧ろ俺が坊んとこ泊まりにいくわ!」

金兄がおるなら自分の陣地明け渡すわ!そんで喜んで坊のとこ行くっちゅーねん!さっそく電話してそっちに行かせて貰おう。そう思って携帯で番号を探していると、隣から遠慮のないタックル。ぐふぇっと普段生活していれば全く発しないであろう言葉がついつい腹の底から出てしまった。

「あほか!俺が坊とお前二人きりにさせると思うか!」
「ぐふ…っなら帰れっちゅーてんねん!」
「それも嫌やっつってんねやろ!頭悪い弟やな!」
「金兄に言われたないわ!」
「なんやもっかい言うてみぃ!!」

ギリリと首を締め上げられてギブギブと訴え、ようやく手放して貰えた。するとインターホンが鳴って出てみると、最近煩いんだけどと女子大生に怒られ平謝り(口説く暇すら与えてくれず)、金兄のせいや!と部屋に戻ればベッドを占領されてお前は床で寝ろと意味の分からないことを言われた。

「こ……ンのっ」
「あン?なんや」
「〜〜〜〜なんもないわ!」
「ふん」

この疫病神!と罵りたかったが、殺気立った金造を相手にするのは止めた方が良いと長年の経験から本能が訴えるので我慢する。あかん、これははよ迎えに来て貰わんと!

「……俺今からコンビニ行くけど」
「水買ってきて」
「あとは?」
「いらん」

行ってくるわ、と財布と携帯と鍵だけ持って出てきた。道路に出て一呼吸置く。そして尋常やない速さで携帯を操作する。アドレス帳、ぼ、坊、電話発信!

『はい』
「ぼおおおんんん!!!ええ加減にしてくださいよ疫病神がうちに来てるんですけど!坊のせいでっせ!でも好き!!」
『あ、ありがとう…?金造やっぱり志摩んとこにおったんか。なんやすまんな』
「坊ん部屋泊まらせてくれるか金兄引き取ってくれるかしてください」
『金造がこの部屋に誰かあげるの嫌やって言うてたからなぁ……前者却下』
「えー!なんでですのん!ちょっと坊の胸のお尻とアソコ触るだけやないですか」

そこまでいうとツーツーと通話がすでに終了した音が聞こえてしまったので、冷静にもう一度着信履歴から電話を繋ぐ。

『もう一回言うてみろ』
「ちょっと金兄のベッドで快適な睡眠ができればそれで良いんですけど」
『つーか……その、金造怒っとる?』
「怒るより拗ねとる」
『あー…』
「ほんまのところどうなんです。浮気ちゃいますやろ?」

当たり前や、といってキスマークの発端を話した。
任務が終わって慰労会という形で飲み会があったらしい。それはちゃんと金兄にも言うてて了承を得てた(律儀やわ)。その時にコートを脱いで酒を飲んでたらしく、女の子がはっちゃけて独身男のシャツにキスマークを付けまくるという暴挙に出て喧嘩の原因が出来上がったってことやった。うわぁ、めっちゃ羨ましいやん……やない、迷惑な話やね。

『そんで酔って動けんやつを介抱してようやく家に帰れたんに金造にいろいろ言われて面倒になっておざなりな返事したらこれや』

はぁー…と深い深いため息が電話口から聞こえる。坊も一応は自分が悪いと思ってるみたいやな。

「そんならちゃちゃっと謝ってパパッと連れて帰ってくださいよ」
『やって……』
「やって、なんですか」
『…怒った金造とかどう接すればええかわからんねんもん』
「はぁ!?」

つまり坊は金兄に甘やかされて育ってきた。いつだって金兄は坊の味方で、金兄は坊のすべてを肯定して生きてきたと言っても過言ではない程。坊が左を右と言えば右やし、犬を猫と言ったらそれは猫って勢い。それなのにいきなり自分が適当な返事を返しただけでぶちギレて家を出ていかれて、どうすればええかなんて分かるはずがない、と。

『なぁ志摩、どないすればええと思う?』
「いやそんなん「金造、ごめんな?」つったら全部済む話ですやんか!」
『そんなんでええんかな…』
「あ、いっその事金兄と別れるとか……あだっ!」

ガツンと頭を殴打されて後ろを振り返ると、拳を握った金兄が鬼の形相で仁王立ちしとった。「お前電話してもつながらんとかなに様やねん」と殺気が最高潮に達していて今にも誰かを(っていうか俺を)殺りそうな顔をしとる。あかん、俺の人生ここまでかもしれん、殺やられる……!

「なに別れさせようとしてんねん」
「あーははは…」
『志摩?しーまー?』

電話口から坊の声が聞こえる。すぐに返事をしようと携帯を持ち直すが金兄に奪われてしまった。

「………金造です」

それから携帯で何かを聞いているのかはたまた喋っていないのか沈黙な時間が作り出されてしまって、しかも金兄が無表情で俺はめっちゃ怖い。金兄の真剣な顔っていうのは結構よくみたりするねんけど、無表情って滅多にない。いっつも顔面煩いもんな。

「あ、あの…これ俺の携帯やねんけど…」
「……別に、変わりありません。………そっちは、どうですか?」

あ、無視決め込まれてんねんけど。俺めっちゃ邪魔者やん、なんなん、なんなんこれ。面白なくて金兄が持っとる携帯に耳を近づけてみる。一応嫌がられてはない。っていうか俺がおることちゃんと覚えてますよねと言いたくなるほどの無関心。

『こっちも別に……変わりはない…で』
「そうですか」
『でも…』
「?」
『……部屋、ひろい』

こんな声、初めて聴いたと思うようなか細くて今にも消えるような声やった。驚いた。あの坊がこんな弱い声を出すんか。

「…」
『快適に眠れるし、作るご飯一人分でええし、変な時間の目覚ましで起きんでええし、誰も掃除邪魔せんし、電気の消し忘れもないし、洗濯楽…やけど』
「…」
『部屋、めっちゃ広いねん』
「…」
『………なぁ』
「…はい」
『ひろい』

こんなん、坊がめっちゃ頑張ってるやんか!坊がここまで言うなんて滅多にない。金兄なんか返したれよ、と顔を見ると耳まで真っ赤にするほど照れとった。うっわめっちゃラブってるやんこん人ら!人の携帯電話で!

「…ちょっと、待っててください」

金兄はすぐに携帯を切って俺に返した。

「仲直りかぁ…あー坊と一緒に寝たかったわぁ」
「うっさい。はよ部屋開けぇ。帰る。今日今すぐ帰る」
「はいはい」

それから部屋に戻って少ない荷物をかき集めてすぐに、ほんまにすぐ帰って行った。俺は一応坊にメールを送っておいた。「坊には俺もいますから考えておいてくださいね(ハート)」なんつって。まぁ本気やねんけど。

次の日、面倒かけて申し訳なかったってメールが律儀に来た。またその日やなくて次の日っていうのがなにしとってんナニしとったんかっていう苛立ちがあるねんけどそこはまぁ大目に見よう。最後に「この部屋は当分の間満員やからお前の入る隙間はないわぼけ!」と明らかに送信者とは別の奴が打った文章が入っていた。




とりあえず、まぁ、俺が言いたいことはただ一つ。被害者は俺ってこと。



<了>

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