長編 | ナノ


ある雪の日01【金勝】


「またえらい降りよんな」

さっむ、と独り言を漏らしつつ早歩きで自分の家に戻る。
お気に入りのヘッドフォンからは、これから出そうとしている新曲のデモが流れていた。もう少し曲に勢いをつけたいからと完成を遅らせているものだ。横かけ鞄は今日使われた文房具やら食べたお菓子の残りやら未完成曲やらが詰め込まれていてぱんぱん、さらに手には大きな紙袋を引っ提げていた。今日はバンドメンバーと次のライブに向けて話し合うだけだったのに、ライブハウスから近いファーストフード店をつかっていたからファンの子たちがそこに集まり結局はしゃぎ倒した。さらに頑張ってください!とプレゼントを貰って今の紙袋がある。もうクリスマスが近いからだろう、中身はまだ見ていないが結構な重さで手の血液が止まる前に帰らねばと金造は寒い中滑らないように小走りになる。
さくさくさく、足の感触で雪がどれだけ積もっているかがわかる。こんなに降るのは珍しいことだが、積もるときは思い切り積もるという事は子供の時から知っている。明日はきっと自宅と寺と旅館の雪かきで朝から借り出されるのだろうと金造は安易に予想できた。

「ただいまぁ」
「おーおかえり。早かったな」
「柔兄!帰ってたんか」
「夕方にな。飯いつものとこ置いとるからって言うてたで」

柔造はこの一週間ほど家を空けて任務についていたため、金造と会うのも久しぶりだった。柔造に今回の任務はどうであったといろいろ聞きたいことが出てくるが、ついさっき帰ってきたばっかりでようやく今荷物の整理が終わったくらいだろう。今日は何も聞かずに後日聞いた方が良いと判断した金造はありがとー、と一言言うだけにした。
靴についた雪を払いながら並べられた靴を見る。見慣れた靴の中に、あまり見かけない靴が紛れていた。あまりここでは見かけないけれど、それは良く知った人物のものであるというのは分かる。

「この靴……今って」
「おう、坊来てはんで」
「マジか!」

これもまた珍しい。金造は勝呂と会う機会なんて寺と自宅に遊びに来た時だけだ。金造のテンションは一気に上がった。しかし後で顔を出しに行きたいが、もし廉造と勉強でもしていたら声をかけにくい。顔を出してそのまま居座って話が盛り上がり、父親に注意されたことまだ記憶に新しい。会って話をしたいという気持ちを抑え、タイミング良く帰るときに会えたらその時また話をしよう。
金造は勝呂に聞いてほしいことも聞きたいこともたくさんあった。オススメなバンドが出てきたとか、またライブをすることとか、今考えている新曲の感想とか、この前貸した曲の感想とか、今なににはまっているのかとか……考えれば考えるだけ出てくる勝呂に聞いてほしいことと聞きたいこと。それでも勝呂の邪魔にはなりたくないと、廉造の部屋に行くのを堪えて自室に戻った。
それから残して貰っていたご飯を平らげ、風呂に入り、新曲を練り直す。いつもはドライヤーまでするが、している間に勝呂が帰ってしまうなんて事があれば悲しいと今回はせずに部屋に戻った。最初のうちは勝呂が帰る気配を察知しようと部屋から出て近い廉造の部屋の方に耳を澄ませてみたりしていたが、曲のことを考えているうちに部屋の戸を少し開けるだけで真剣になってしまっていた。



「…―、――ぅ、金造」
「うおおあああ!?」

トンと肩をたたかれ、金造は思わず大声を出して飛び上がった。ヘッドフォンを外して後ろを向くと、その大声に驚いた勝呂が肩を叩いたままの状態で固まっていた。

「な、なんか…すまん」
「坊!いややわ、俺めっちゃ声出してもた」

ははは、と笑っていると廉造が走って金造の部屋を見に来た。

「なんや、なんかありましたん!?」
「俺が金造驚かしてしもただけや。志摩ははよ課題せぇ」
「……ちぇー。はよ戻ってきてくださいね」
「お前が課題終えて俺を呼びにきい」

渋々廉造が自室に戻るのを確認して金造は坊に話しかける。

「学校の課題です?」
「ややこいのが出て一緒にやっとったんや、俺はもう終わり。それより金造、遅なってすまんかったな」

これ、と言って出されたものは前に金造が勝呂に貸していたCDだ。ジャケ買いしたものだったが、存外良くて勝呂に聞いてほしくて押しつけたものだ。

「ああ、貸してましたなぁ」
「これめっちゃええな。次の新曲予約してもたわ」
「えー!そんならそれ俺に貸してくださいよ」
「貸す貸す」

それから音楽の話で盛り上がった。金造と勝呂は音楽の話でよく盛り上がる。マイナーなバンドをよく知っている金造から情報を貰って勝呂は色々なジャンルを聞くようになった。もちろん金造のバンドも好きで次にこういう曲を出すだとか、ライブの日程などをいち早く教えてもらっている。

「次これ聞いてみてください、前に坊がイマイチ言うてたとこなんですけど、2曲目!2曲目だけでも聞いてください」
「はぁ?ここの好きちゃうって」
「2曲目めっさ神なんですわ。ほんま、騙されたと思って」

持って帰るのに袋要りますね、と金造は先ほど持って帰ってきた紙袋の中を漁って適当な小さめの紙袋を見つけ、それに勝呂に貸すCDを入れた。

「すごいな、それみんなプレゼントやろ?」
「まぁ。色々貰ってます」

冬だから手袋にマフラー、ギターストラップやピックなど色々なものが入っている。重かったのはクリスマスの置物と、菓子が詰まっている缶だろう。

「ほー」
「クリスマスが近いからですかね、こんなに貰えるの」

最近ライブしてへんし、クリスマスまでに出来るか分からんし、と付け加える。ファンの子たちからのプレゼントにはちゃんと可愛らしい封筒に入った手紙も添えられており、勝呂は金造のライブを思い出す。あれだけ格好良ければこのプレゼントと手紙でもなんらおかしくはないだろう、という結論に行き着いた。だが、やはりもう一つ思う。

「………なんや金造がタラシに見えるわ」
「ちょ、坊それは誤解です!俺ごっつちゃんとしとりますから!!」
「えぇー……」

勝呂は女性に何かをプレゼントされるという事があまりない。寺のこともあって友人も少ないし、貰っても宝生家の蝮たちからだ。中学に入ってからはバレンタインや誕生日等でいろいろと貰うが、勝呂は全てを義理だと思っている。

「好きな人にはまっすぐですえ?まぁ、女の子の扱いが上手い言うんは否定しまへんけど」
「そういうんがタラシいうねん」
「でも坊、キスが下手な彼氏とか嫌や思いません?」
「そら、まぁ……つかなんでいきなりキ、キスの話になるんや」
「なんですの、坊したことないんですか?」

にやにやと金造が勝呂との距離を縮めた。その分勝呂は身を引くが、金造に押されて結局もうひけない壁側まで追いやられた。ずい、と体を乗り出され、息がかかるまでそばにいる。

「ちょ、近寄んな近すぎや!」
「もうすぐ高校生ですやろ?キスの一つや二つできなあきまへんえ?」
「そ、そんなん……」

別に、ええやんか…と俯きながら答える勝呂に、金造は胸が高鳴った。この調子だと勝呂はキスをしたことがない。エロ魔人という不名誉なあだ名をつけられた弟とは全く違う反応だ。弟にキスの一つや二つでも…と言ったならば「はぁ?キス?んなもんとっくに通り過ぎて最後までいっとるわ」と言われるのが安易に想像できる。

「キス、してみます?」
「……は?いやいや、なに言うてん……っ」

キス一つで顔を赤らめている勝呂の口を自分の唇で塞いだ。三秒ほど、ただ本当に塞いだだけのようなキス。ゆっくりと唇が離され、金造は笑みを零した。

「坊、かいらしなぁ」
「な、な、な……っ!」
「もっとキスしましょ?」
「するかアホ!」
「なんでですの、練習した方がええですえ?」

勝呂の足の上にどっしりと座りこんで勝呂が逃げられないように。ギリギリまで体を近づけて押し返されないように。金造の手は勝呂の手の上にそっと置かれたまま、動けばすぐに対処できるように。
金造はこの状況が楽しかった。父親に言えば叱られるかも知れないが、勝呂とは次期当主だが友人のような関係でもあると思っている。廉造のように密接していないし、柔造のように主従関係がしっかりしているわけでもない。基本的には次期当主として接するが、話の内容から友人に代わる時もある。良い意味で2人の関係はあやふやだった部分が多い。
そんな金造は金造なりに、勝呂を愛していた。強い敬愛と少しの友愛と。敬愛に似た恋愛であるのか、恋愛に似た敬愛であるのかは本人すら分からない。今は勝呂の深いところが見れるような、兄や弟たちも見たことがないんじゃないかというような部分が見れることに金造は興奮している。こんな気分が高鳴ること、滅多にない。
(あの坊が、めっちゃ照れて戸惑ってはる…なんこれ、俺めっちゃドキドキしとる)
いつもと様子が違う。自分も勝呂も。真黒い髪の毛に赤くなった顔、すべてが新鮮ですべてが愛おしく思える。男の自分にキスをされたのに本気で逃げようとはしない。それは自分が今まで培ってきた絶対的な信用があるから、今までの敬愛がそうさせていると金造は分かっている。

「きん…ぞ、も、離れぇ」
「俺が近くおったらいやや?」
「そ、そうやのうて……近すぎるやろ、これ」

ふいと顔を背ける勝呂は耳まで真っ赤だった。こんな、真っ白な坊、知らんかった。金造は風呂から上がって乾かしていない自分の髪の毛が興奮の熱によって乾くんじゃないかと思う。それほど、あつい。

(坊の唇意外とやぁらかかった。口ん中はどうなんやろ、柔らかいんやろか、熱いんやろか)

金造の目は勝呂の唇一点を見ており、勝呂は余計に恥ずかしくなった。

「坊は俺んこと好き?」
「す、好きやけど」
「じゃあええやん。坊がほんまの恋人出来るまで俺が練習台、な?」
「そん……んんんっ」

言い終えるのを待たずに金造はまた唇を合わせた。ちゅ、とリップ音をわざと鳴らして一度離す。離すと言っても喋ると唇が触れあってしまう近さだ。

「坊、キスの時は目ぇ瞑んのが礼儀どっせ?」
「きんぞ………っ」
「ほら、目ぇ閉じて」

ほぅら、と言いながらなかなか閉じない勝呂の上唇だけを食む。すると言う通り目を瞑るのを確認したと同時にまたキスをする。何度か啄むように口づけ、それから舌で勝呂の歯列をなぞる。その初めての感覚にびくんと体を揺らして反射的に押し返そうとするが、手は未だに金造に縫い止められていて動かせなかった。

「……っ……ん…、……ふぁ」

頑なに閉ざしていたが、鼻息だけでは呼吸が追い付かず、ついに口を開いて酸素を求めた。すると、求めた酸素と同時に金造のぬめった舌も咥内に侵入を許すこととなった。

「舌………、絡めて」

金造がそう言うが、勝呂にはそんなことができるほど頭が追い付いていない。初めて自分以外の人間の舌が自分の口の中を蹂躙しているのだ。舌が擦りあう度になんともいえない感触に瞑った目をさらに強く瞑る。こんなに、こんなに気持ちが良くて、あつくて、ぞくぞくする。柔造に少し前までして貰っていた行為くらい緊張して背筋に電気が走ったようになる。

「はっ………ぅ、……んん、」
「坊、そう、ゆっくりでええんよ」

少し舌を持ち上げた。
少し舌を伸ばしてみた。
少し舌で金造の赤くてあつい舌を舐めてみた。

そうすると金造は勝呂を褒めて嬉しそうにその気持ち良いことを倍にして返した。勝呂の口からどちらのものかももう分からない唾液が伝わるが、そんなことを感じる余裕すら勝呂にはない。本当に酸欠になる、というところで勝呂は身を捩ると金造はあっさりと口を離した。

「は………っ、は………ぁ、」
「坊、まだまだですえ?また練習しましょね」

にっこり笑って言う金造に悪態もつけず、勝呂はただただ自分の息を整える事に専念した。息を整え終えると、キスをしていたという事実が恥ずかしくてその件について触れるのすら顔から火が出る。

「……髪の毛ぇ、冷たいわ」
「へ?あぁ今日はタオルで拭いただけですもん」
「タオル、貸せ。ちゃんと拭いたる」

前髪あたってめっちゃ冷たかったわ、と照れ隠しに言う勝呂が可愛すぎて金造はすぐにタオルを持ち、後ろを向いて勝呂の前に座る。わしゃわしゃとタオルで髪の毛を拭いてもらう。一見雑に見えるがしっかりと水分を落とせていて、すごく気持ちが良い。

「ふぁー気持ちえー」
「……なんや金造見とったらわんこ思い出すわ」
「わんころですか?じゃあちゃんと躾てください」
「こんなじゃじゃ馬、俺には躾れん」

ぱたぱたぱた、すぱーん!勢いよく部屋の中に入ってきたのは廉造だ。課題を済ませただけだろうに息切れしている。

「おわ、…終わり、ました」
「お、おおそうか……大丈夫か?」
「大丈夫もなにも坊、なにしとるんですか!」
「なにて、髪拭いとる」
「ずっこ!俺もっ俺もしてくださいよ!なんや嫌な予感して急いで良かったー!」

それになにが嫌な予感や、と金造に蹴りを入れられて軽く涙目になるが廉造に一つの後悔もない。勝呂は金造にあとでドライヤーでも乾かしぃ、とタオルを返して廉造の部屋に向かう。

「坊っCD忘れてます」
「あ、すまん」

金造からCDの入った袋を受けとると少し手をひかれ前屈みになり、耳元に口を寄せられた。

「ちゅーの練習もちゃんとしに来てくださいね」

一言いうとすぐに手を離してまた先ほど座っていた定位置に上機嫌で戻った。

「この………!」
「ぼーんー!ついでに一緒に風呂入りましょー!」
「〜〜〜〜あほか、俺はもう帰る!」


遠退く声、そして無音のヘッドフォンをつける。新しい曲が目の前にあるがそんな気分じゃない。鞄からまだある未完成曲と取り出し、そこに一気に歌詞を書いた。

しんしんしん、雪のよく降る夜のお話。



<了>

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