長編 | ナノ


とても静かな狂想曲【子猫+坊】


『坊、そこにおらんか?』

ぜぇはぁと男たちの荒い息がする地下の訓練場。金造の携帯電話が鳴り響き訓練を中断した。その電話のおかげで金造の目の前にいた数人は数秒の休憩が与えられることになり、どさどさと倒れていく。

「ここちゃうで。坊は今充電中」

『ほんまか。訓練中にすまんかったな。……どうや、訓練は』

「まだまだこれからやわ」

『思い切りしごいたれよ』

「当たり前や」

がちゃんと電話を切って訓練中の新人を見る。皆汗でべとべとでぐったりとその場に死んでいるのか倒れているのか分からないような状態で寝転がっていた。そんな金造も汗にまみれているが、息ひとつ上げていない。このありさまに溜息を洩らしつつ、その辺りにいる輩を蹴り起こす。

「オラ起きんかい!スパーリングいくで、そしたら休憩10分して下の階で銃持つからな。成績悪いとどうなるか分かってるやろなぁ」

新人(否、身内以外)には厳しい金造の怒声が響き渡る。入って半年も経たない新人がたちがひいと情けない声を出しているがするしかないのだ。しないとどうなるか等、もう数か月前に訓練をさぼった時から分かっている。した方が天国なのだ。






かちゃかちゃとキーボードを叩く音が響く。小さな畳の部屋の隣にフローリングの部屋がある。そこには様々な機械がところ狭しと置かれ、コードはフローリングを隠す勢いで這っている。畳の部屋では布団が一枚敷かれており、そこにごろりと寝転がっている大男が一人。そしてその周辺には猫が数匹いる。

「なぁー子猫丸、今なにしてんねん」
「今ですか?武器の売買してます」
「ほー…」

布団でごろごろ寝転んでいた勝呂は自分にすり寄ってきた猫を抱きかかえる。雑種が多い中唯一雑種ではないシャム猫だ。ごろごろと首をかいてやると気持ちよさそうに目を細めてそのまま身を預ける。

「はは、うめは面食いやなぁ」
「このシャム、うめて言うんか。えっらい美人猫やな」
「はい。この子、ええ男にしか寄っていかんのですえ」
「お前は素直な子ぉやなー」

しかしシャム猫にうめ、とは。もう少し別の名前があっただろうにと思いつつ、うめ、と呼ぶとその猫は自分の事だと分かっているらしいので口にはしなかった。面食いなうめはこれまた美人なオス猫がくるとなんの未練もなくするりと勝呂の御膝元からオスの方へと移って行った。

「振られましたねぇ」
「なんやこの疎外感…」

つまらんー、とまた布団にごろんと寝転がる。布団をかぶってそのままのそのそとフローリングの方へ行く。子猫丸と背中をくっつけてゆっくり目を閉じた。

「今日は坊が甘えたさんですねぇ」
「んー…」
「なんぞありました?」

勝呂がこの部屋に来ることは滅多にない。この部屋はパソコン等のを使う蝮や子猫丸しか出入りはしないのだ。畳の部屋だって、時間がないときに仮眠をとるだけであって、ここが子猫丸の部屋というわけではない。そんなところにわざわざ出向くという時は、勝呂は何かを考えているときだ。

「……別になんもない。少し疲れただけや」
「そうですか」
「これ以上組織をでかくするんは一旦止める」
「…そうですね。それがええと思います」

ここ一年で明陀は急激に大きくなった。人も倍以上になったし、資金調達もうまくいって名を轟かせたし、隣国に支部を数個増やした。ここまで大きくできたのは運が良かっただけだというのは昔からいたメンバーなら分かっている。危ない橋も何度も渡った。無謀だと思っても勝呂の描いた未来に必要不可欠ならばと様々なことをした。本当に運が良かっただけだ。
この組織を大きくしたために発生する問題は放置をしていた。その問題は後々癌となって組織を腐らせる。それだけは絶対に避けなければならない。放置していた問題を片づける事を考えると、今組織の拡大は賢明な判断とは言えない。

「若いんは金造が扱いとるけど、どうなんやろな」
「頑張ってはるみたいですねぇ」
「武器庫の数合わせ、柔造にも頼んどるけど子猫丸にも頼むわ」
「はい」
「新しく入った奴のデータもまとめとって」
「それはもうあります」
「………役に立たんかったら、殺ってええ」
「はい」

それを言いに来たのか、と子猫丸は複雑な気持ちになった。
この組織に入る前にしっかりとその人物のデータを収集し、申し分なくこの世界に入れれると思った人物しか組織に入れない。けれど、その中でもやはり腐る者もいる。腐った者を野放しにしておくと情報漏洩にも、他の組織の者にも被害が拡大していく。その場合はけじめをつけてもらう、それが筋だ。
勝呂は自分と話したことはなくても、一度この明陀に入った者を消すという命令が中々できなかった。そのためその仕事は全部柔造がしていたのだが、今回初めて、勝呂が言った。柔造や金造ではなく子猫丸に言ったのは、本当に仕事をする可能性が低いから。本当に仕事をするかもしれない柔造や金造に面と向かってはいう事はまだできない。

「……、これ、伝えとって」
「分かりました。必ず」
「…つかれた」
「そうみたいですね。仮眠していってもええですよ」
「んー……」

ここで寝る、と子猫丸に背中を預けたまますぅとすぐに寝入った。きっと役に立たない連中を一掃しろ、と言うのにはかなりの勇気が要っただろうと子猫丸はこの守るべき方の心中を察した。
人を殺す仕事を主な生業としているのに、組織に入ったひよっ子を殺すのに慣れていないなんて馬鹿な話はない。それでも、子猫丸は自分の主が心を失っていない事に喜びを隠せなかった。殺すことに慣れてしまってはならない。心を持って、状況を見て殺さないという選択肢を選べるようにしなければ。それも甘い考えで、その心があるからこそ破滅への道が開かれるかもしれないというのは重々承知だ。

「僕は、殺すことに慣れてしまってあかんなぁ」

邪魔やったら、おらんくなればいいと直結して考えてしまう。パソコン関係に強いが、子猫丸は狙撃の腕も組織上位になる。なんの躊躇いもなく引き金を引ける。いつも温厚な子猫丸はそのいつも優しい笑顔で人を愛し、人を殺せる。そうはならんでくださいね、ただただそれを望む。

(猫は気ままや言いますけど、意外と狗より従順なところ、あるんですえ?)

近寄ってきたうめをゴロゴロと撫でながら、子猫丸は静かに笑った。



(あら、竜士さまが寝とる)
(今寝たばっかりです)
(充電中やったら起こしたらあかんな)
(充電中?)
(本人が知らんの?竜士さまが子猫不足になってここに来ること充電中ていうねんて)
(ふは、それどこ情報ですか)
(志摩家に決まっとるやないの)
(やっぱり)



<了>

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